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第二百八十話 主賓到着

 奥村家も広い敷地の大きな日本家屋です。

 広い中庭とお屋敷を囲むように、人の背丈より少し低い生け垣が有り、縁側に立てばお屋敷のまわりの風景がよく見えます。

 中庭を望む客間に通されてすぐに、大殿は縁側から屋敷に続く道をじっと見つめました。

 奥村家にはすでに人の気配は無く、静かで寂しさを感じました。


「なんだか、妙に落ち着くなー」


 縁側から部屋に戻った大殿が、畳の上に座り言いました。


「夏休みに行った、おばあちゃんの家を思い出します」


 響子さんが言いました。

 響子さんはとても美しく、女の私が見てもうっとりするくらいです。


「もうじき田んぼに水が入ると、蛙の声で眠れなくなりそうだ」


「おおとのーー!!」


 大殿が、言い終わると木村様が走って来ました。


「どうですか?」


「は、はい。ぜーぜー」


 相当、急いで来たみたいです。

 ぜーぜー言っている姿に女らしさが微塵もありません。


「ゆっくり、呼吸を整えて俺の横へ」


 それを聞くと木村様は、満面に笑みを浮かべ深呼吸をしながら大殿の横へ進みます。

 こんなにうれしそうな、女の子のような顔をする木村様を私は知りません。


「村井家も、残っていた村も全て、越中へ避難することを承諾してくれました」


「もう、全部回ってくれたのですか?」


「はい」


 無意識なのでしょうか木村様が大殿に手を伸ばしました。

 大殿は気が付いて、木村様の手を上からがっしり握りました。


「ありがとう。さすがは木村さんだ」


「はわわわ」


 木村様が、真っ赤な顔をして、あせっています。

 なんだか、見ているこっちが恥ずかしくなります。


「よし、これで安心だ。食事にしようか」


「えっ!?」


 奥村永子さんが驚いています。

 ですよね。恐らくお屋敷には何も残っていないですよね。

 大殿が黄色くて、大きなポケットのあるジャージに着替えました。


「お食事ボックスー!」


 あの青い猫型ロボットの声で言いました。

 見た目は、完全にブタ美ちゃんの方ですよ。

 ポケットから、どう見ても入りきらないはずの大きな青いボックスを出しました。

 出したボックスから、はじめに静岡茶とお湯の出るウォーターサーバーを出しました。


「す、すごい」


 永子さんが驚いていますが、『なんでー?』とはなっていません。

 あの言い方だけで、日本人は納得出来てしまうのです。

 アニメの力は偉大ですね。


「えーっと、お食事ボックスと言っても、ステーキ系とマグロ丼しか有りません。どちらが良いですか?」


「りょ、両方ではいけませんか?」


 永子さんの目が、うるうる輝いています。

 きっと、ずっと食べていなかったのですよね。


「ふふふ、アド、マグロ丼はいるか?」


「食べるニャー」


 アド様は姿を現すとかわいい幼女メイド服姿で、マグロ丼をかき込みはじめました。食べ方は肉体労働のおじさんです。

 大殿はそれを楽しそうに目を細めて見ると、今度はジュウジュウ音を立てるステーキを永子さんの前に置きました。間髪入れずにマグロ丼も出します。


「ささ、木田家では、美味しい熱々のうちに食べるのがマナーです。食べて下さい」


「よ、よろしいのですか?」


 もう、よだれがこぼれそうですよ。

 その次に、久美子さんに出しました。

 久美子さんは遠慮無く食べ始めました。

 この子、かわいい顔しているのに、性格が太いです。


 恐らく、こうなるように大殿は食事を出す順番を決めたのでしょう。

 アド様も、大げさにかき込むフリをして、チラチラ永子さんを見ています。


「どうぞ」


「は、はい。ありがとうございます」


 うれしそうに食べ始めました。


「……」


 大殿が他の人にも出しながら、永子さんから視線を外しません。

 お優しいですよね。


「お、おいしい」


 小さな声ですが、目からポロポロ落ちる涙がとても美味しいことを物語っていますね。

 私まで、胸が熱くなってきました。

 大殿は満足したのか、今度は私に視線を移しました。


 ――えっ、私


「ご苦労をおかけしました」


「えっ?」


「ふふふ、屋根の上での会話を聞いていました。あなたのような優秀な班長がいてくれることが、本当にうれしかった。的確な判断が出来る人なのですね。お名前を決して忘れません。黒田さんですね」


「いえ、あ、はい」


 すでに間違っているのですけど、私は黒川です。

 前半泣きそうなくらい、感動したのにー。返してほしい感じです。


「あんたって人は、黒川さんですよ。全く人の名前を覚えられない人なんだからー」


 ミサ様が突っ込んで下さいました。

 クスクス笑うミサさんの胸がゆれています。

 肩は小さく揺れるだけなのに、胸はもう暴れ回っています。うらやましい。

 でも、よかったです。もし、訂正してもらえなければ、黒田に改名するところでした。


「そうか、ごめんごめん。黒川さんは何を食べますか?」


「あ、はい。では、ハンバーグと白いご飯でお願いします」


「ハ、ハンバーグ!!!」


 久美子さんと永子さんの目が輝いています。

 どうやらハンバーグまで食べるようです。

 若い人の胃袋には敵いませんね。


 日が傾き、少し肌寒くなってきた頃にお客様が来ました。

 ガチャガチャ具足の音が聞こえます。

 お屋敷もすっかり取り囲まれているようです。


「よう、邪魔するぜ!!」


 スーツをアレンジしたようなキザな服を着て、悪魔の様な浅黒い顔の男が、気持ちの悪い低い声で言うと、門から中庭にズカズカ入ってきました。

 その横には、フランケンシュタインのような顔をした大男がボロボロの服を着て付き従っています。

 手には、黒くて太い鉄の棍を持っています。


 恐ろしい。

 私は二人の姿を見ただけで怖じ気づいてしまいました。

 体がすくんで身動きが出来ません。まるで金縛りです。


「やれやれだぜ。せっかく興が乗ってきた所なのによう。おめえらも一緒にやるかい?」


 はー、すごいかっこいいです。

 こんな恐ろしい男達に全くひるんでいません。

 金縛りから解けてしまいました。


「すげーなー、おい! 俺達を見てまるでびびりもしねー。だがよう、格好付けるならその服装はやめてくれ。それじゃあ、ブタ美ちゃんだ」


「ぷっ」


 また、久美子さんだけが笑っています。

 この緊張感ただよう中で笑えるとはたいした物です。

 薩摩島津家の豪胆さには驚きをかくせません。

最後までお読み頂きありがとうございます。


「面白かった!」

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