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第二百五話 傾国の美女

「とうさん」


 ヒマリちゃんが潤んだ目をして、俺の目を上目遣いで見つめてきた。


「な、何?」


「こっちです」


 ヒマリちゃんは俺の手を引っ張った。

 そうか、ここには、ヒマリちゃんの本当のお父さんがいる。

 そこへ行きたいのかな。俺はヒマリちゃんに引っ張られるまま走り出した。

 ゲンと伊達の前を通りすぎる。

 そしてダーと、ポン、上杉の前を通りすぎた。

 いよいよ、今川の前だ。


 だが、勢いは止まらない。

 あれ、実の父親、今川の前まで通りすぎたぞ。

 どこへ行くつもりだろう。

 どんどん扉の方に走る。

 さては、お手洗いかな。でも、それなら俺は必要無いよなー。


 俺は、部屋から出るものだと思っていた。

 だが、ヒマリちゃんは扉の手前で止まった。

 そこには、末席の尾張大田家が座っている。

 立ち止まったヒマリちゃんの手は、かすかに震えている。


「お母様、お姉様」


 ヒマリちゃんの前には、あずさと同じようにほっぺたを膨らまして、うな重を食べている、響子さんとカノンちゃんがいた。

 あたりには美味しそうなうな重の香りがただよっている。


「ひゅまり、ひょうひたの」


 口の中いっぱいなので、何を言ったのか分からなかった。


「ヒマリどうしたの、じゃ無いですよ。行方不明なんて心配したのですから……」


 ヒマリちゃんの目から涙がこぼれた。

 なっ、なにーー!!

 この二人、ヒマリのかあちゃんと、ねえちゃんなのかよ。

 じゃあ、響子さんの旦那は今川かよーー。

 見捨てないで助けて良かったよ。


「シュウ様。このうな重、美味しすぎます。あっ、大殿」


「ふふふ、四人は俺をシュウさんと呼んでもらえば良いですよ」


「はっ、はい」


「ところで、響子さん」


「はい。シュウ様、なんでしょうか」


「響子さんの旦那の権力者って、もしかして今川ですか」


「はい……。言っていませんでしたか?」


 聞いてないはずだ。た、たぶん。

 と言う事は、一応、今川に報告をしないといけないだろうなー。


「ヒマリちゃん、俺は行くところが出来た。ここでお母さんとお姉さんと、楽しんでくれ」


「はい」


 ヒマリちゃんは、返事をすると俺に抱きついて来た。


「四人を助けてくれて、ありがとうございます」


 俺にしか聞こえない声で言ってきた。

 かしこい子だ。すべて分かっているようだ。


 俺は、ヒマリちゃんと別れて、重臣今川の前に歩いた。

 今川は、俺の姿を見つけると俺に正対した。

 そして、俺が前まで行くと、平伏した。

 今川が平伏すると家臣一同が平伏した。

 まわりが急に静かになり、視線が集った。


「この度は、四人を助けていただき、ありがとうございます」


「いやいや、まてまて、まずは、頭を上げてくれ。これが嫌だから、こういう形式でやっているんだ」


「はっ」


 今川は頭を上げて俺を見つめる。

 俺の言葉を待っているようだ。やれやれだぜ。

 今川と俺とじゃあ、生まれも育ちも顔もスタイルも今川の方がすべて上だ。木田家の美形と言えば、今川と真田と上杉だ。俺の豚顔とは大違いだ。


 ――はあーっ。俺の方が平伏したいぜ。


「助けるとはどういう意味だ?」


「はっ。あの四人は律儀者です。出奔するにあたり、手紙を残していました。その手紙には、遺書と書いてはありませんでしたが、内容は遺書とも取れる内容でした。響子にいたっては、ご丁寧に離婚届まで入っていました。おそらく、自殺を決意したものと、行方を捜していましたところ、尾野上から大殿と共に戻って来たと報告がありました」


「それで、俺が助けたと推理した訳か?」


「はい」


「ならば、四人の身柄はやはり今川に戻すべきなのだろうなー」


「お待ち下さい。シュウ様」


 響子さんが、俺の後ろについて来たようだ。


「私達は、今川家を捨て下野しました。今川家とは縁が切れています。そこで命を預けたのがトダシュウ様なのですから、今川家へ戻る必要は無いと思います」


「ふむ、響子さん聞いて欲しい。俺は、あなたの事を傾国の美女だと思っている」


「ま、まあ」


 響子さんは、頬に手をやり赤い顔になった。


「後漢末期、チョウセンという傾国の美女がいました。その美女は、国一番の武と美しさを誇る青年武将リョフと恋に落ちます。ですがチョウセンは美しすぎた。チョウセンという美女の事が、国一番の権力者であり、リョフの父であるトウタクに知られてしまいます。トウタクはチョウセンをその権力で自分の女にしてしまいます。怒ったリョフは、父であるトウタクを殺してしまうのです。息子の嫁を俺は自分の物にして恨みを買うことはできない」


「ふふふ、大殿はこの今川を息子とまでお呼び下さいますか。確かに私は、響子のことを駿河一の美女と惚れ込み、なりふり構わずトウタクの様に権力で自分の女にしました。それがいけなかったのでしょうね、近頃は嫌われてしまい、それがわかるため足が遠のき、一人にしてしまいました。俺と響子の間には、すでに深い溝が有り、それが修復する事は無いでしょう。離婚も受理しています」


 んーーっ……!?

 やばい、この流れは、俺が響子さんをもらう流れになっとりゃあせんか。俺にそんな気は無いぞ。


「う、うむ」


「ですので、大殿が響子を自分の……」


 やばい、自分の嫁にしてもいいと言おうとしている。


「ま、まて」


 俺は言葉をさえぎった。


「は、はい」


「と言う事は、この四人の命を、俺が預かっても良いと言う事だな」


「よ、四人ですか」


 今川が驚いている。ちょっと、欲張り過ぎたか?


「そうだ。今川の恨みを買わないようにと思って話をしたが、四人ともすでに命を捨てている。この後は、俺と同じでこの日の本の為に命を使ってもらう。駄目か?」


「……そうですか。わかりました」


 今川は悲しそうな顔になりうなずいた。

 恐らく、今川家で自殺を考えさせてしまったことを、悔いているのだろう。

 そして、四人と言ったことで、響子さんを自分の女にすると言う事はうやむやに出来たはずだ。


 だいたい、こう言うことは本人の気持ちが一番大事だ。

 響子さんだって、俺みたいな豚顔の不細工は嫌なはずだ。聞くまでも無い。そう言えば、お慕いする人がいるような事も言っていたような気がする。

 男だけの話し合いで、どっちの女にすると言う事を決めるのは失礼な話しだ。


 後ろを振り向いたら、ヒマリちゃんと響子さんとカノンちゃんとスケさん、カクさんがそろっている。


「じゃあ、皆、ゲンに紹介したい。ついて来てくれ」


「はい!」


 五人の返事がそろった。

 五人は今川に深々と頭を下げると俺について来た。

最後までお読み頂きありがとうございます。


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