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第百六十五話 不男はつらいぜ

 早朝まだ暗いうちに、名古屋城の城門を出ようとこっそり向っている。

 あずさやアドに気付かれないようにするのは一苦労だ。

 紺のトレーナーとGパン、ネズミ色のパーカー、頭には黒いオカッパのカツラ、帽子もかぶった。背中にバックパックを背負った。

 名前は十田十と書いて、トダシュウとしよう。

 門を出ると。


「とうさん」


「うおっ!!」


 なんだか、大勢が待ち構えていた。


「あずさ、何でわかった?」


「はぁーーっ、全くとうさんはー、昨日柳川さんに、最後にスザクをステルスモードで西に飛ばし、物資を回収させて欲しいって言っていたでしょ。最後ってそういうことじゃないですか。バレバレです」


「バレバレかー」


「とうさん気をつけて行って来てください」


「ニャーー」


 あずさが背中にしがみついてきた。そして足下にアドが抱きついている。


「また、すごい格好ねー。豚ポーですか」


「ミサー、豚とキンポーをまぜるんじゃねえ。そこは普通に豚ゴンでいいだろー」


 俺は、ブルースリーのまねをした。


「じゃあ、行ってくる」


 全員がさよならのあいさつと、手を振ってくれた。

 あずさはとてもついて来たそうな顔をしているが、今回は絶対に無理だ。

 ハルラに遭遇し、ふたたび殺されでもしたら、俺の精神が持たない。

 わがままで、情けない俺を許してくれ。

 後ろ髪を引かれながら名古屋城を後にした。




 最初に南に向い、国道一号を目指す。

 国道一号にぶつかったら、西に向う。

 蟹江を過ぎると、弥富に入る。

 弥富と言えば金魚が有名だ。

 俺は金魚見たさに、国道一号線沿いの金魚屋の看板を見つけ寄って見ようと思った。


「おい、あんた! 何処へ行く?」


 俺の行動が不審に見えたのか、呼び止められた。

 呼び止めたのは、腰に剣を刺した尾張治安隊の男四人だ。

 今の俺は、尾張では有名な黄色いジャージの大田大ではない。

 どうしたものか。


「あのー、俺ですか?」


「そうだ」


「ちょっと、そこの金魚屋さんへ」


「き、きんぎょーー!! ぎゃーはっはっはー!! もう一匹もいないぞ、全部食われてしまった」


「く、食われたー?」


 そうか、食糧不足で金魚まで食ってしまったのか。

 それでも、俺は店の近くまで行き、中をのぞいて見た。

 金魚がいたであろう形跡はあるのだが、もうどこにも水が入っていなかった。ただの廃墟のようだ。

 四人が俺を囲むように集って来た。


「なっ、言った通りだろう」


「そ、そうですね」


「しかし、あんた変わっているねー。こんな時に金魚なんて」


「あ、あやしい者ではありません。ただのデブのオタクです」


「うむ、それは見れば分かる。呼び止めてすまなかった」


 見れば分かるって……。どういうこと?

 四人は、俺に不審な所がないとみて開放してくれるようだ。

 まあ、オタクなんて奴は、だいたい人畜無害だ。


 国道一号線はすでに人の往来がある。

 皆、一心不乱に先を目指して歩いている。

 俺みたいに、道から外れる人はいない。

 と言うことで目を付けられたのだろう。

 いろいろ迷惑をかける、今後は気をつけよう。


 先に進むと木曽川が見えてきた、木曽川を越えると長良川、そして桑名だ。

 桑名城は今、浜松の本多家が入っている。

 尾張尾野上隊はすでに鈴鹿まで部隊をすすめていると聞いている。

 ゆっくりしすぎたので、すでにあたりは薄暗くなってしまった。

 桑名で宿屋を探し一泊することにした。


「あのー?」


 翌朝、宿を出ると見知らぬ四人の男女に呼び止められた。


「俺ですか?」


「はい。どちらまで?」


「そうですねーー。お伊勢さんまでお参りに」


 俺はとっさにこう言ってしまった。

 いきなり大阪と言ってしまうと『何しに?』とか言われそうで、面倒なのでそう答えてしまった。


「まあっ、まあっ、まあまあ」


「?」


「私達と同じですわ」


「あなた方もお伊勢さんに行かれるのですか?」


「はい」


 四人は、美人姉妹のような二人と、その護衛といったところだろうか。

 美女二人は、結構高そうな服を着ている。高貴なお方なのだろうか。

 護衛は、一人が美形の細身の男、もう一人は体のごつい筋肉質の男だ。

 顔はあのマッチョの映画スター、アーノルドのようだ。

 二人とも女にもてそうだ。

 俺とは住む世界が違う男達だろうな。


 だが、美女二人の護衛としては、不向きに感じる。

 ひょっとすると二組のカップルかもしれない。

 それなら、楽しい道中。俺に声をかける意味がわからない。


「女性がお伊勢さんとは、危険ではありませんか」


「うふふ、だから、護衛をつけているのです」


 やっぱり護衛のようだ。


「護衛といっても二人では心もとないのでは?」


「うふふ、一人で、寂しそうに歩いている方に言われたくありませんわ」


 そうなのか?

 俺は寂しそうに歩いていたのか。

 そうかもしれないな。

 一人旅など久しぶりだから。

 この美女は、寂しそうなオタクのデブに声をかけてくれたのか。

 天使のような人だなあ。


 でも、良く見ると笑った時のしわが深い、歳は三十なかば位か。

 もう一人の美女は、それよりずいぶん若そうだ。

 二十歳前後か。

 まさか親子なのか。

 だとすれば、恐るべき美女親子だなー。


「こう見えても、中国拳法の達人なのです。人呼んで豚ゴンです」


 俺は、ブルースリーのまねをして見せた。

 燃えよドラゴンや、死亡遊戯をVHSがすり切れるくらい見たものだ。

 ヌンチャクもまねをして、たんこぶを作った事が思い出される。


「うふふ、面白いお方」


 ぎゃーー、て、天使かよー。笑顔がかわいすぎる。そして美し過ぎる。さらに優しそうだーー。

 ほれてしまうだろーー!!!!

 なんてね。経験不足のオタクならそうなるのだろうが、俺は経験豊富なデブ不細工オタクだ。

 からかわれていることは、充分ご承知です。


 あーあー、好きでこんな醜い豚顔に生まれた訳じゃねーんだけどなー。

 はぁーつらいぜ。

最後までお読み頂きありがとうございます。


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