ヘルエス逃避行
ヘルエスはガブン子爵家で身を隠していた。
一使用人を装いヘルエスは他国やパーナルト王国から逃げている。
事情はジークが把握しており今回の潜伏も彼の指示である。
休職届と辞表両方書いて隊長であるアスティナへ提出済みであり状況に応じて辞任すらも操って貰えるように手配されてある。
司書総出で国家からヘルエスを庇っているのだ。
「こちら粗茶でございます。ご賞味ください。」
ヘルエスは客人という名の追っ手に対して茶を出していた。
「どうも。で例の魔女はこの家の嫁として嫁いだとお聞きしておりますが今どちらで?」
相手は貴族で王国軍に所属している者であった。
「ただいま休暇ということで海外へ出掛けております。お引き取り下さい。」
当主がそう答えるが追っ手は下がる道理がない。
「場所は?」
「お聞きしておりません。」
「いつお帰りに?」
「ほとぼりが冷める頃では?詳しくは何も……。」
「禁書庫の司書でしたよね?勤務されてないということですか?」
「ですから休暇を取られております。休職届が受理されているかと存じますが?」
平行線、進展などなかった。
それから数十分ほど世間話が過ぎ去り帰宅された。
「……ヘルエス、ご苦労だったな。見事な扮装だ。」
「恐縮でございます。」
メイド姿で当主と共にニヤけるヘルエス。
休職中なのになぜここに残っているのかというとジークと連携取るためであった。
王都内で貴族動向を伺いこちらに情報が流れるようになっており追っ手が来る場合は予め知った上で対応できているのだ。
それだけでなく国際的な対応もちょくちょく耳に挟んでおり司書として戻れるタイミングを見計らって貰っている。
「しかしまぁ……司書は続けられんのか?」
「出入り口が限られており王国軍に見張られています。まぁ突破こそ容易いですけど暫くすれば見張りの数も減るだろうという話になりまして一旦休職という形ですね。」
「それはまた災難だねぇ。出入り口固められると渋いなぁ。あ、美味しい。上手くなったね。メイド姿も板についてきたし。」
「恐れ入ります。」
王国は他国との交渉材料として、他国は不穏分子の排除としてヘルエスの身柄をこぞって求めている。
故に今はほとんどの貴族が敵対してるといえる。
保護に動いてくれたのはアガスティア家、ブラウン家、トール家そしてガブン家のみである。
またアガスティア家もブラウン家とトール家が揃って説得させたに過ぎない。
司書の雇い主ともいえるアガスティア家としてもヘルエスの有能さ、ブラウン家、トール家との敵対を鑑みるに止む無くといった感じで消極的ではある。
「この後はどういった予定で?」
「休職中は各地に振り撒かれた呪いを消し去りつつこの家に潜伏させていただきます。
もし退職という流れになった場合はガイア一家と協力して戦争犯罪者2名の捕縛に移ります。そちらはもうジークフリート卿が動いて下さっております。」
ヘルエスとしてもさっさと呪いを止めに行きたい所なのだがガブン家には見張りが付いており出入り困難な箱庭と化しているのだ。
そう相棒待ちである。
相棒がやってきたのは夜更けの頃だった。
人影さえあれば侵入すら容易な彼は玄関口を見張っている見張りの影と玄関口で身体を休めているヘルエスの影を経由して家の中へ入ってきた。
「お待たせ。」
「お疲れ様。休まなくていいの?お茶くらい淹れようか?」
「いいよ。どうせヘルエスの作業中に休ませて貰うし。というか森に抜けたらヘルエスが運んでくれるでしょ。」
「そりゃ労い込めて丁重に運ばせて貰いますよっとじゃよろしく。」
ずるんと床から来る反発力が消え失せたかのようにガイアの影の中へ沈んでいった。
森を抜け山を越え、巨大な運河に沿っていくと下っていく毎に地平線が明るくなっていく。
やがて炎のドームに覆われた街の残骸らしきものが見えてきた。
「おぉ燃えてるねぇ。」
「だね。」
呑気な言葉を交わす2人、それもそのはずこれで3つ目でありもう手慣れたものとなっていたからだ。
ガブン家で用意していた魔法陣が描かれた巻物を取り出す。
2メートル四方のそれには莫大な魔力が籠っておりそれを広げては詠唱を開始する。
「ヒャド・グラシア・フスト・フィルド・イエテ・ヨトゥン・ビグフト・ウンデゴ・シャノン・ヒャダ・ヴィネ!」
特殊最上級魔法・絶対氷晶隔結界
魔法陣より迫り出したる冷気は全てを包み内部温度を氷点下へと下げていく。
時折爆発音が聞こえるが抵抗虚しく炎の息吹が絶えるのが目に見えて分かるほど萎んでいった。
魔法を解くと溶けた残骸が無惨に残る廃墟が露わになった。
また1つ、そして明日以降もまた1つずつ、尻拭いをするかの如く火消しに邁進していくのだった。
逃げてないって?世間的には逃げてどっか行ってることになってます。




