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女神の使徒 ー猫編ー  作者: 伊勢新
2/2

1-2 トーリ

PCが使えるようになったので全体的に編集をかけていきます。

3話が2話とダブっていてデータも消えたので書き直しております。

 そこは黄金色が風で揺れる素晴らしい景色だった。これは麦だろう。昔映画で観た。


 小高い丘からどこまでも広がる麦畑は圧巻だった。


 少し離れたところから、鉄のニオイがする。暑くてたまらないし視界に映る自分になんだか嫌な予感もしている。ここにじっとしてる訳にもいかないので警戒しながら近付いてみることにした。




 そこには小型の鉄が張られた盾のようなものがあった。裏には腕を通すものが付いているので盾で間違い無いのだろうが何故ここに?


 そんな疑問もどうでもよくなる。その盾に映ったわたしの姿が、生前とまったく違う姿になっていたからだ。いや、視界にずっとふわふわな胸の毛は入ってたさ。鈍く光る盾を覗き込むと辛うじて自分の姿を見ることが出来た。どうだろうわたしの黒く美しい毛並みが横に広がり薄茶色になっている。手も!身体も!尻尾も!変貌しきった姿をこれでもかと開いた目と口で追う。開いた口が塞がらない。

 あの女おそらく女神のようなものだろうがよくもやってくれたな!こんな仕打ちありえん!もともとのわたしはとてもスマートで身体のラインに沿った黒く艶やかな毛並みが知的さと高貴な様を物語っていた。陽一もわたしを撫でながらまるで悪魔の使いのような美しさだと言ったものだ。


 落ち着こう。


 この毛も見ようによっては金持ちが飼ってそうな嫌味な猫に見えなくもないだろう。怒っている訳ではないのに倍以上膨らんでしまった尻尾を眺め溜め息をついた。




 情けなくなった尻尾を丁寧に舐めて抑え散策を再開する。ホコリ掃除に使うあの棒を連想する尻尾は時間が経てば収まるのだが、こんなことで気持ちを荒げた自分が情けなかった。



 少し離れたところに人間が腰掛けていた。なんとなく少し近くに寄ってみることにした。もし猫が嫌いな人間だったら?走って逃げればいい。それにわたしの心の平穏の為に少し脅かしてみるのも悪くない。飛びかかれるくらいの距離まで近付いても、青年はこちらに気付く様子は無く本を読み耽っていた。



ニャー



「おわっ!たっっ」



 驚き飛び退く青年を見据え足を揃えて座る。よく見るとまだ若い。十五か六くらいの子供だった。しょうがないもうひと鳴きしておくか。



ニャー



「ね・・・猫か・・・?驚かせるなよ・・・」



 肝は小さいようだ。ほっとして溜息を吐いている。よく見ると白い肌に赤が差しており頭髪も茶色く日焼けしていた。健康そうな子だ。



「ははっこんな大きな猫初めてみるよ」



 噛んだりしないよな?と近寄り恐る恐る手を伸ばしてくる。前足を揃えて猫の模範とも言える姿勢のわたしが噛んだりするものか。ほら撫でられてやろう。



「すごいふわふわだ。お前はどこの猫だ?うちのサイロにこんな大きな猫いたかな」



 うちのサイロというくらいだ、この辺の麦畑はこいつの家の物だろう。こいつはまだ若いが学校には行っていないのだろうか。といっても陽一のように集団に馴染めないやつもいる、か。


 ひとしきり撫で回した後にそろそろ帰るという青年に付いて行くことにする。猫が好きなのだろうか、どこか嬉しそうだ。



「家まで付いてきちゃったか・・・お前は小綺麗だしいいかな」



 畑の中のあぜ道を並んで歩き木造の建物の前で立ち止まる。ドアを開けわたしが入るのを待ってくれている。目を見返し少し飛びながら家へ入る。部屋には夕餉の香りがしていた。ドアから入ってすぐに母親らしき人間が粗末なテーブルに皿を並べている。その足は靴を履いている。



「母さん、そこで大きな猫に会ってね。家まで付いてきてしまったんだ」



 立ち止まるわたしの横に少年が並ぶ。

 わたしは知ってる。こういう人間は飼いたいと親に懇願すると。だからわたしはアピールしなければならない。だが驚いたことに顔を覗かせるこの女は肌が少し焼けてはいるものの白く頭髪は金。瞳は蒼く見える。


 優雅に座り足を揃え一声鳴く。初めが肝心だ。



ニャン



「まあまあまあ!本当に大きな猫ね!それになんだか賢そう。どこかで飼われてた子なのかしら」



 母親が顎に手を当てて悩んでいると、ドカドカと大きな足音の男が入ってきた。湯上がりなのだろうかタオルで頭を拭いている。



「あぁ父さん、そこで大きな猫に会ってね。ここまで着いてきちゃったんだ」



 母親、父親、そしてこの少年の三人かな。父親にも鳴いておこう。



ニャン



「確かにデカいな。だがこれから猫の手も借りたくなる。うちに出るネズミを退治してくれるならいいさ」


 しっかりした体躯の男は少年に目を向けニヤリと笑うがその目は家族を見るものだった。少年は父親似なのだろう。この父親はどこか生前の家族の顔立ちと似ていた、それでいてあまり見たことがない目をした。

 そろそろ麦も収穫の時期でネズミが湧いて出てくるらしい。しっかり働いてくれよ、と父親がニカっと笑った。ネズミなど捕まえるのは別にいい。良い運動になるからな。だが食事は別に用意してもらいたいものだ。毎食ネズミでは飽きてしまう。まあ、一鳴きだけしておいた。



 夕餉の時間母親はわたしにパンをミルクで浸したものを出してくれた。パンの香りが豊かで美味かったが、皮の部分が上顎に引っ付いて取るのに苦労していた。家族の会話で少年はトーリと呼ばれていて、この家の子供は彼だけだった。木造の家、キッチン周りはレンガ、風呂はなく家の裏の井戸で水浴び。灯はランプ。ここがど田舎なのか、それとも電気が無い世界なのか。









 二階にあるトーリの部屋の窓辺から外を眺める。街灯も無いので星が強く輝いていた。残念ながら星座に詳しくない為ここがどこなのか、同じ星があるのかも分からない。ガラスに映るわたしの姿が情けなく見える。


 振り返るとトーリはベッドに横になり本を読み始めていた。わたしも窓から飛び降り彼の隣から本を覗き込む。


「君も読むかい?」


 そう言って本を開いたが知らない文字だった。目をぱちぱちさせると小さな声で読み始めた。


「これは大昔に魔王と戦った勇者の話でね。こんなの読んでるなんて子供だと思われるかもしれないけど、この中に出てくる商人がすっごくいいやつでさ。危険を知りながら勇者達の為に戦地にまで赴くのさ」


 今から百年程前、女神に選定された勇者が仲間と共に魔王討伐の旅に出る。特別な力なんて持っていないただの商人が、故郷を救った勇者の為に自分が出来ることをしたい!と勇者では知り得ない情報を探してきたり奔走するらしい。RPGなんかで都合よく現れる商人のようだ。ストーリーが終盤になるにつれ商品の価格がインフレしていたのが懐かしい。そうして魔王討伐後もひと所に留まらず放商人となり人々の架け橋になったそうだ。



 楽しそうなトーリの声は瞼と共に次第に夢の中へ落ちていった。


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