1−1 猫
初投稿です。ご容赦下さい。
わたしの生前の飼い主は陽一という暗い男だった。
幼い頃は神童と言われた訳でもない普通の人間で、それでも興味を示したものには驚異的な集中力を発揮したものだ。彼はよくわたしに話しかけてきた。わたしも彼の話を聞くのが好きだった。
彼と私以外誰もいない古びた一軒家で、一人と一匹でゆったりとした時間を過ごした。わたし達は兄弟のような、友のようなそんな関係だったと思う。
その日はいつも通り朝目覚めベッドを飛び降り伸びをする。まずキッチンへ。レバーを上げると新鮮な水が出るのは便利だ。カラカラと自動でカリカリが出てくる音が聞こえる。設定した時間毎に出るこれも便利ではあるがどこか抜けてる飼い主が補充を忘れることもしばしばあった。その度に猫らしく爪を立てて教えこむのだが、あと三日程度で無くなるだろう。次はどうやって知らせようか思案するのもいつの間にか楽しみになってきていた。申し訳なさそうな顔をしたあの男を鳴いて責め立てるのも、じっと見据えるのも良いな。
食事をし口周りを丁寧に舐め取りカーテンをよけ外を監視する。特に意味は無い。毎朝ただ外を眺める。鳥が飛べば無意識に目で追う。捕まえてもいいが、昔何度か雀を咥えて帰宅したら嫌な顔をされたことがある。全く外に出ようとしない兄弟の為にと善意で持ってきてやったのだ。それなのに人間はもう狩りなんてしなくても食用に飼育された動物がスーパーに並んでいて、自分で獲る必要も獲って来てもらう必要もない!と、わたしを抱き上げ真剣に言われてしまった。だとしてもわたしは人間ではないのでたまに本能的に雀や虫なんかを捕まえる。そうして得たモノは勿体無いが裏庭に放って置けば勝手に消えている。余談だが部位だけならどうかと試した事もある。頭だけだったり尻尾だけだったり。やはりだめだった。そしてだめな理由をコツコツと詰められるだけだった。
庭で遊ぶ鳥の羽を散らしたらどんな顔をするのか。それも面白そうだった。
大きく伸びをし、寝室へ戻る。昼にならなければ陽一は目覚めないので布団の隅でもう一眠りしよう。
そうして寝室へ戻ったら陽一はもう呼吸が止まっていた。
時が止まったように静かだった。心臓の音もしない。
いつものように頬に額を擦り付ける。まだ暖かい。
そのまま側に丸くなる。
離れたくなかった。
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目覚めたら膝の上で撫でられていた。
でもこれは女性の手だ。見上げると女が優しい目でわたしを見ていた。人ではないのは確かだ。そうか、ここが死後の世界か。
“申し訳ありませんが貴方の会いたい人はここにいません”
わたしの言いたいことが分かるように彼女は言った。長いような短い時間の中で、陽一との別れは済ませたはずだった。
転生というやつか。生前流行りという転生モノを幾つか一緒に観たが、そうか。
俯くわたしをより一層優しい手が撫でる。あの手に撫でられることも、夜通し語らうことも出来ない。鼻の奥にツンと刺すような痛みを感じる。
“賢く尊い貴方に、私の世界へ行っていただきいたいのです”
行ってどうする・・・。
“何もしなくてよいのです。貴方は猫ですから。ただ、世界を見守っていただけませんか“
猫だから何も出来ないさ。
”また人と暮らすもよし、お一人で過ごすもよし。ただ長く私の世界を見守っていただくために、貴方には死なない身体を授けます“
そうか。
“貴方の新しい生幸多からんことを・・・”
受け入れも拒否もしないわたしを彼女は慈愛の目で送った。
そうしてわたしは異世界に行くことになった。