3 犯行
図書室に入ると、羽組の生き残りが窓辺からふりむいた。
「ずいぶん遅かったな。ハナがお前を探しにいっちゃったよ、すれ違いだ」
「いつごろ?」
「けっこう前」
胸さわぎがした。
俺は考えるより先に屋上へ走った。うす暗い階段を駆けあがり光の中へ。青空が目をさす。
「ハナ!」
ハナはベンチに座っていた。
スカートの両側に手をついて、ハイドの背中を見つめて、凍っている。
クラッシュだ。
データ上の心臓が生々しく脈打った。
俺はこの時を恐れていた。
ハナのアジサイの冠、その後ろ側が黒くほころびはじめているのに気づいてから、ずっと。
震えをおさえて冠をたしかめる。
花の欠落は広がっていない。すぐにつなぎなおせば、新しいアジサイがあれば、きっとハナを助けられる。
俺は迷わなかった。
ハイドに駆けより、フェンスに置かれた腕に手をかける。
消えた手首のすぐ下を、俺が奪った右手のつづきを、きつくつかんだ。
あの時、俺はひとりで屋上にきた。
ハナの冠の欠落を見つけた、すぐ後のことだ。とても怖かった。
「身につけたオブジェクトが欠けるなんて、クラッシュよりひどい現象かもしれない。ハナが壊れたら……」
声が震える。
「どうしよう。どうしたらいい?」
時をとめたハイドはなにも答えない。絶望的な気分で視線をおとした、その時だった。
フェンスからせりだしたハイドの手。ゆるくにぎった中になにかが見えた。
アジサイの花だ。
これがあればハナを救える!
よろこびと嫉妬がわきあがった。
どうしてハイドなんだ。
どうして、新しいオブジェクトを見つけられたのが俺じゃないんだ。
俺たちの形はこんなに似ているのに。
俺は夢中でハイドの手をこじ開けた。とりつかれたように力をこめる。
そして、あいつの手は音もなく砕け散った。
「あっ……!」
アジサイはどこにもなかった。
錯覚だったのだ。
壊した腕を呆然とながめる。ひどいことをしてしまったと思う一方で、頭のすみに生まれた考えが形になっていくのをとめられなかった。
新しいオブジェクトをつくるには材料が必要だ。
その材料とは、俺たち自身なんじゃないか?
俺は、クラッシュした同級生を使って実験した。
誰のどんなパーツも、とったその場で砕けて消えてしまったが、俺はあきらめなかった。
次はかならず成功させる。
きっとつくり出すことができる、ハナの欠落をおぎなうアジサイを──
「紫陽くん」
かすかな声が俺をとめた。
「私、頭が悪いから」
震える声。ハナ。
「見なくていいこと、見ちゃうの」
俺はハイドの腕をつかんだまま動けない。
「紫陽くん、さっき言ったね。
“ひとまわりしてくる” って。ハイドくんそっくりで、びっくりした」
「…………」
「そしたらね、事件が起きてから、紫陽くん変わったなあって。
前は図書室で座ってるのが好きだったけど、色んなところにいって、みんなと話すようになったよね」
そうだったろうか。俺は古い自分をうまく思い出せない。
「みんなのためなんだって思ってた。けど、みんなのおかげだったの。ハイドくんたちがなくした欠片……」
紫陽くんの中にあるんだね。
直感が走る。
同級生は誰も死んでなどいない。
クラッシュは “行動機能をうしなう現象” だったのだ。生きた一部をとりこんだからこそ、俺は変われた。
俺は外を歩いて感情をあらわすようになった。
他人の話を聞き、やさしい言葉をかけられるようになった。なにかを予感し、気配に耳をすますことを知った。
見えない希望を信じられるようになり、6人を手にかけた。
大切なひとりを助けるために。
俺は両手をおろした。
光へ顔をむける。
ハナはベンチの前にたって俺を見ていた。アジサイの冠は青く、ひたすら青く色を変え、世界を見おろす空とひとつになっていく。
( end )