表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

1 紫陽とハナ

 誰かがこの世界を終わらせようとしている。

 被害者が増えるにしたがい、そう考えるしかなくなった。



「やられた。5人目だ」

 俺は顔をしかめた。現場は校舎の裏庭、被害者が花壇の前にたっている。

 彼女は俺の同級生で、ウサギ少女の形をしていた。赤い目をひらき空を見あげ、ピタリととまっている。

 これはクラッシュと呼ばれる現象だ。

 しかし、俺が追っている事件そのものではない。彼女が固まってしまったのはかなり以前のことだ。

 事件は、クラッシュの先で起こる。


 俺は被害者を観察した。

 髪から伸びていたウサギ耳、その片方が消えている。耳のはえていた場所は黒く塗りつぶしたようになっていた。


「とられたのは右耳だな。ハナ、ほかになにか消えてないか? 服のかざりとか」

 俺がふりかえると、ハナがこわごわとのぞきこんできた。

「大丈夫みたい。でも、シロちゃんかわいそう。よく聞こえる自慢の耳なのに……」


 ハナはブレザーを着た腕をのばし、友人の頭をなでる。

 悲しげな横顔の上で、アジサイを輪にした冠が水色に変わった。

 このパーツは感情のバロメーターだ。ノーマルタイプの女子学生というハナの形に特徴をあたえている。


「どうする、紫陽しようくん?」

 俺はノーマルタイプの男子学生で、紫陽という名前以外に特徴はない。

「まわり調べておこう。ハナはそっちを頼む」

「わかった」

 ハナは、被害者を気にかけながら花壇にしゃがみこんだ。



 俺は校舎に手をふれる。

 平板な外壁も、それをなぞっている俺も、つくられたオブジェクトだ。

 ここは仮想空間。かつて人間たちの交流の場として栄え、役割を終えた。

 ぬけがらになった世界で起こる変化は、欠落と停止だ。

 構造物のあちこちに、虫くいのような黒い穴がある。

 空は永遠の晴れ。校舎の内外には、動きをとめたたくさんの同級生が点在していた。


 俺たちはクラッシュによって仮想分身としての死をむかえていく。

 そして今、誰かが死者のパーツを奪いつづけているのだった。




 しばらくして、俺とハナは校舎の階段をのぼっていた。ハナが口をとがらせる。

「なんにもなかったね、証拠」

「ここは跡が残りにくい仕組みしてるからな」

「もう、犯人も自分の耳落としていけばいいのに! そしたらすぐ解決だよ」

 アジサイに赤みがさしていて、俺は肩をひいた。

「落ちつけよ」

「だって許せないもん。みんなかわいそう」

「ハナはやさしいな」

 俺は少しほほえみ、表情をひきしめる。


「犯人の落としものを待つより、奪ったパーツの隠し場所をつきとめる方が早そうだ。5人分となると、それなりのスペースが必要だから……」


「さすが紫陽くん! それどこ、どこにいったらとりもどせるかな?」

 顔が近すぎる。俺はもう一歩距離をとろうとした。



 すると、にぎやかな声がふってきた。

「ひくなよ紫陽、押せよ!」

「あーあれは地味にドキドキしてる顔だね」

「ときめきまで地味でいいのか、紫陽」


 踊り場からあおってくるのは、数名の同級生だ。

 学校にいるので学生なのだが、よろいや剣、ひらひらしたオプションパーツなど、とにかく見た目が派手だ。羽もはえている。


「羽組さん、ひさしぶり」

 ハナがうれしそうに手をふる。俺は踊り場へあがった。

「また事件だ。裏庭のシロが耳をとられた。あのあたりでなにか見てないか」

「いや、俺たち地面にはおりないから」

 相手は元気に答えた。


 学校にはまだ数十人が活動しているが、事件を事件としてとらえているのは、俺とハナだけだった。

 クラッシュした友人がパーツを奪われるのは、気の毒なことだ。

 しかし、やっきになって犯人を探すよりも、今を楽しんでいたい。彼らはそう考えていた。

 


 俺は羽組にうなずいた。

「わかった、お前たちも気をつけろよ」

「平気平気、空は安全」

 彼らは雑談にもどり、俺もハナにむきなおる。

「図書室、帰るか」

「うん……」

と言いかけたハナが、目がさめたようにまばたきした。

「その前に、屋上いこう。ハイドくん元気かな」




 屋上へつながるドアはいつもひらいている。

 最後の階段をのぼっていくと、広々した明るい床と、切りとられた青空が目に入る。

「ハイドくん、おはよう」

 ハナが光をあびて駆けていく。

 俺はその後ろ姿を見つめた。視線を先に送ると、フェンスにもたれる白いシャツの背中があった。


 人間の分身として使われることがなくなり、俺たちは自然と似たものどうしで集まった。

 ハイドもノーマルタイプのグループのひとりだ。制服の上着の有無をのぞけば、俺とうりふたつだった。


 クラッシュしたあいつに、ハナは以前とおなじように話しかける。

「晴れてるね。いつも青」

 あいつはフェンスに両ひじを乗せ、片腕を虚空へさしだしている。

 その手首から先は、ない。消失している。


 そう、事件はハイドの右手からはじまった。

 クラッシュしたのは最近だが、なぜか第一の獲物に選ばれた。

 発見したのは俺とハナだ。ハナは、あいつがクラッシュした時よりもショックを受けていた。少しでもはげましたくて、俺は言った。

「ハイドの手、俺たちで探そう」



 それから事件はつづき、捜査に進展はない。

「ごめんね。私、頭が悪いから役にたってないの」

 ハナがハイドに言い、俺にふりむく。

「でも大丈夫、紫陽くんはかしこいから」

「全然だよ、まだなにもわかってないし。一緒に推理してくれ。ひらめきとか、ハナの方が強そうだ」

「わあ、それじゃあがんばる! ぜったい解決するからね、ハイドくん」

 ハナが親しげにあいつを見あげる。あいつはまぶしそうに遠くをながめていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ