雪の夜に(ワラビちゃん視点)
『ワラビちゃん、雪が降るんだって! 家で雪見ながらホラー映画みない?』
「どうして雪が降ったらホラーなのか分からないですけど、みたいのはアレですよね」
『そう、あれ!! 隆太さん血がボシャーーって出るホラーは苦手っぽくて。でもぜったいひとりで見たくないの!』
「りょーかいです」
最近配信で話題になっているホラー映画があって、私……ワラビも黒井さんも気になってたんだけど、なんかヤバそう。
見た人はすごく興奮してて「絶対見て、今すぐ!!」と言っている。
映画を無限に見てきた私と黒井さんの評価は「これはかなりヤバい仕掛けがあるね」だ。
コアな映画ファンはひどい目に遭うとすぐに仲間を引きずり込む。
そして同じ目にあった人をみて楽しむの。
私もひどくつまらない映画を見ると「全然面白くなかったんで、黒井さん見てください!」と言う。
このどうしようもない気持ちを共有したいの!
そうじゃないと落ち着かない気持ちってのがあるのよ。
それはつまらない時だけじゃなくて、すごく面白かった時も同じだけど。
それに対して「なるほど。これは主人公の気持ちがわかりにくいところが問題ですね」みたいな冷静な判断じゃなくて「あぎゃああ、いやああ!!」みたいなテンションが上がった感想が欲しい。
……欲しい。
……実は先日婚約者の響さんと映画を見に行ったのだ。
私の趣味はBL描き。そして世界中の映画を見ること。
そう伝えたら、
「麻友さんを理解したいと思っています。一緒に出かけたいので一緒に見に行きましょう。麻友さんがお好きな映画でいいです」
と言われた。ちょうど恵比寿の映画館で見たい映画があったのでふたり分予約して見に行った。
フィンランド映画で、全くメジャーなものではない。
でも私はその監督が好きで、映画館で流れるときは常に見に行っていた。
見ると内容はやっぱりすごく良かった。
普通に暮らしていたおじさんが、森の中に住む精霊に惑わされ、それによって自分を縛る心の鎖から解放されていく映画だった。
フィンランドの森の奥に佇む精霊の美しさが危うくて、それでいて心の鎖を解き放つのに必要で、素晴らしかった。
黒井さんとふたりなら速攻あの子をアニメ絵で描いて……あーっ、黒井さんに電話……と思って横に響さんがいるのを思い出した。
とりあえず感想を聞いてみる。
「どうでしたか?」
「そうですね。あの主人公の男性は結婚して子供もいるのに、どうしてあんな森奥深くの山荘にひとりでいるんでしょうか。家族や子供を家に置いたままでひとり女性とあのようなことをしているのは、やはり倫理的に受け入れられないですね。そういったことを望むなら、まず話し合いをすべきだと思います」
「……響さん、あれ、夜にしか森に行ってないですよね、あれたぶん行ってないんですよ」
「なるほど。そういう仕掛けをしているとあらすじに書いておいてくれると、もっと違った視点で映画を見られたかも知れません。その場合フィンランドの歴史を垣間見るに、あの少女はスウェーデンの象徴なのかも知れませんね。そう考えると主人公が夢の中でのみ少女と会っていたのもわかります」
なるほど。
たぶん私はこの監督の映画を見慣れてるけど響さんはそうじゃない。
響さんはその後も延々と「だったらこういう仕掛けにすべきで、あのタイミングでああいうこというのはどうなのか」「三国の歴史を垣間見るに、彼女の描き方はああではないのではないか」と語り続けて、もはや新鮮……いやチョイスを間違えたと思った。
誰でも同じような感想を言えるハリウッド大作を見に行くべきだった。
だから私の中でも意見が超合う黒井さんと一緒にホラーみたい欲はすごくて、雪かきの手伝いさせられること承知で(いやごめん、板橋を働かせるつもりだった)来たけど……やっぱり黒井さんはわけがわからない。
まだ雪が降っていて、外は零度以下。めちゃくちゃ寒くて、いつもの私なら部屋から一歩もでない。
なのにいやいや作った雪の滑り台は……予想より楽しかった。
スキーやスノーボードは両親が好きだから何度か連れて行ってもらったし、インストラクターに教えてもらったから滑れる。
別にそんなに楽しいと思わないけど、黒井さんは超楽しそうだった。
黒井さんはほんと、何かを楽しむ天才だと思う。
「板橋さん、お手伝いして頂けて本当に助かりました、それにこんなおいしそうなおでんもありがとうございます」
「いえいえ。では麻友さま、明日の10時ごろお迎えに参ります」
「よろしくーー!」
雪かきを終えてふたりで震えながらお風呂に入った。
このために持ってきたバラの匂いのバスボムは予想以上にバラの花びらが入っていて黒井さんと爆笑してしまった。
最後には排水溝にバラの花びらが詰まった。
どーなってるのこれ? これで正解?
お風呂から上がると身体はいい感じに疲れていて、目の前には板橋が昨日から作っていたおでんとよく冷えたビール。
持ってきたラクチンパジャマを着て髪の毛縛りあげて準備万端。
滝本さんはさっきシャワーを浴びて着替えて出ていった。
こんな天気が悪い日に?! と思ったら「こういう天気が悪い日のライブはお客さんが少ないので古参で埋めるんです」だって。
黒井さん曰く「たぶん雪も雨も嵐も関係ないよ」と笑っていた。ああ、やっぱりこの夫婦の距離感はすてき。
来るたびに羨ましいなあって思っちゃう。
黒井さんはリモコンをもって私のほうを見た。
「では再生ボタンをぽちっ……かんぱーーい!」
「かんぱーーーい!」
ビールを飲むと、ううーーんっ、疲れた身体に最高に美味しい。
私は普段本当に運動しないから、あまり身体が疲れない。
でも疲れるとビールは二倍くらい美味しい。そして板橋が作ったおでんは相変わらず絶品。
二日前から煮ていた牛筋はまったく臭みがなくて、このおでんの汁にすごく合う。
「んんんん、もうやっぱり板橋さんの作ってくれるご飯、最高に美味しい」
「わかります。外食もするんですけど、結局板橋が作ったご飯のが美味しいんですよね」
「そりゃワラビちゃんのこと一番知ってるから……あらら……まあまあ……予想通り車が壊れましたよ!」
「始まりましたよ、黒井さん!!」
私たちは始まったホラー映画を見ながら口に大根を投げ込んだ。
ホラー映画はやっぱりパリピな主人公たちの車が壊れて、親切にしてくれた村の人にアホなことするところからスタート!
「あーーーっ、親切心をっ、村の人の親切心をっ」
「はあああ~~来ましたよ、抜け出しましたよ。やめとけって、あーーっ、そっちは行くなって言われてたのにーー」
「ワラビちゃん、ダメ、行っちゃうよ、そっちはダメだってーー!」
「はい、札を、ちぎりすてた!!」
ふたりでキャーキャー言いながらビール飲んでカラシ大盛りのちくわぶを食べる。
この映画……予想以上に『悪意』に満ちていて、イヤなことしかない。
だがそれがいい! これがホラーのいいところ!
ふたりでギャーギャー言いながら二時間ホラー映画を満喫した。
結果見ることによってこっちも不幸になる映画で、ふたりしてTwitterに「みんな見て!!」と即ツイートした。
ほらやっぱりTwitterにこういうことを書きたくなる映画はそういう仕掛けがしてある。
私は黒井さんが追加で作ってきたポテトを食べながら、
「あー、楽しかった。もうやっぱり映画は黒井さんと見るに限りますよ」
「誰かと行ったん?」
聞かれた私は響さんと映画を見に行った話をした。
黒井さんは、
「あの監督の映画を最初にふたりで見に行くなんて、さすがワラビちゃん」
「MTUに行くべきでした。分かりやすくヒーローかっこいい……とかにしといたほうがよかったです」
「違うよ、絶対正解だよ、超分かりにくい映画に行くべきじゃん?」
そういって黒井さんはポテトを食べた。
そして、
「だってあの監督はワラビちゃんが一番好きな人だし、何も気にせず自分の感想投げまくったら、反対側からも感想がきて楽しいじゃん。でもあれかもね、確かにこの監督、いつも夢オチでつないでくるけど、そうじゃない可能性もあるよねー。感覚が違う人の感想も楽しいよ」
「……なるほど」
私は頷いた。
同じような感性で、同じような意見を持つ人としか付き合ってこなかった。
というか、正直黒井さんとだけ、趣味の話をしてきた。
Twitterも、趣味が合う人しかいない。だから意見は同じ方向に向かう。
でもそうじゃない人の感覚は、間違いなくそこにあるものだ。
私は飲み始めた焼酎に氷を入れた。
「よく考えたら全然別の世界の人と映画の感想言いあったの初めてかもしれません」
「隆太さんは同じオタクだけど、音楽畑の人だからね、映画見てても音楽の話をすごくするのよ。それが面白いの。普通見ててさ、音楽気になる? 隆太さん『あのシーンと同じ音楽が流れてたんですよ。ちょっとアレンジして。だからこのふたりは兄弟かなって思ってました』とかいうの。同じ映画見てるのに、違うところでネタバレに気が付いてるの~」
「……へえ。そういえば、響さん、フィンランドの歴史がどーのこーの言ってました」
「世界史が好きなのかな」
「そうかもしれないですね」
黒井さんと話していると、響さんの別の顔が見えてきた。
私本当に結婚するんだな……と妙な実感をしてしまう。
私は焼酎のロックを飲んだ。
そして机に置く。
「でもやっぱり、マイナー映画は黒井さんと行ったほうが楽しい!!」
「同じ畑で実った野菜~~そりゃそうだ~~~。板橋さんのご飯が美味しいみたいなもんだあ~~次は韓国ドラマ見よう!」
「ツマミが足りませんよ!」
「通販でエビシュウマイ買ったよ、食べよ!」
「いいですね!」
私たちはそれを食べながら韓国ドラマを見始めた。
やっぱり冒頭で車がぶっ壊れてふたりで爆笑した。車ってそんな頻繁に、しかも簡単に壊れるっけ?
たくさん食べて、飲む前からひいておいた布団に転がりながらお酒を飲んだ。
そして笑いつかれてふたりでいつの間にか寝た。
くっ付いて眠ると黒井さんはあったかくて、やっぱりこの時間が最高に好き。
夜中に目がさめて、窓の外に降り積もる雪を見ていた。
しんしんと降り積もる雪は、今日黒井さんと作った滑り台さえ丸く包んでるかな。
今度はMTUを響さんと見てみようかな。どういう感想を言うんだろう。
歴史的建造物を壊しすぎ、とか? 笑っちゃうな。