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2/12

隅田川にいる巨大ロボ

 この辺りはまだ古い工場が残ってるんだな。

 俺はマフラーを引き上げて、歩きながら思った。

 今日営業で来た会社は隅田川沿いにあり、打ち合わせを終えて歩き始めると工場がたくさんあることに気が付いた。

 やはり昔は工場で使った水をそのまま川に捨てていたし、水辺に近いのは利点だったのだろう。

 大きな板を乗せた軽トラックや、どういう順番で積み上げられたのか分からないほど積まれた木箱、そして低いモーター音が響いてくる。

 こういう雰囲気は好きだ。

 楽しく歩いていたら、ふわりと良い香りが漂ってきた……コーヒー?

 俺は匂いが強くなるほうに向かって歩き始めた。

 もともとコーヒーは好きだったけど、家に電動コーヒーミルを買ってからは更に好きになった。

 咲月さんは朝パンを食べるので、それに合わせてコーヒーを出すのも楽しい。

 匂いがするほうに歩いていくと、どんどんコーヒーの香りが強くなってきた。

 その香りを追って角を曲がると、突然真っ白な煙がドワッ……と広がった。

 

「!!」


 あまりにもすごいコーヒーの香りに俺は一歩引く。

 その煙は店の煙突からから出ていた。近づくとそこはコーヒーの焙煎機が置いてあるコーヒー豆専門店だった。

 入ってみると十種類ほどのコーヒー豆と共に銀色の巨大な焙煎機が置いてある。

 それは幅2m×高さ2mほどの大きさで、煙突が外に出ていた。

 さっき出てきたのはその煙突からの煙だった。


「いらっしゃいませ」


 メガネをかけた高身長の店主が俺に頭を下げてきた。

 俺も頭を下げて挨拶して、焙煎機に近づいた。


「これは……すごいですね。こんな大きな焙煎機……はじめてみました」

「これは日本で五台しかない手作りの焙煎機なんですよ。そこの奥のほうにある工場で作ってる完全オーダーメイドなんです」


 店主は道を指でツイツイと指さして微笑んだ。

 奥には大きな鉄板を運ぶフォークリフトが見え、カンカンと高い音が響き渡っている。

 俺は正直心の中で「うおおお……! カッコイイ!」と思ってしまった。

 地元で作っている工場産の焙煎機という時点で最高にカッコイイし、なによりこれは『最大級の調理道具』だ。

 俺は店主が「さっき挽いたばかりのものでおすすめです」と言ってくれたコーヒー豆を数種類買って帰ることにした。




「なんと……! それは街角に現れた巨大ロボ、すっごく楽しそうですね」

「咲月さんはそういうと思いました」


 土曜日の朝、俺は買ってきたコーヒー豆を取り出してお店のことを話した。

 咲月さんは予想通り目を輝かせて話を聞いてくれて、俺に「早くその挽きたてというコーヒーを飲ませてください」と目を輝かせた。

 

「まずは……モンテ・シオンというコーヒーです」

「ちょっとまってください、隆太さん、もう名前からかっこいいですね」

「名前から……かっこいい……?」

「たぶん黒髪のイケメンだと思います」

「黒髪の」

「そう……魔法学校の優等生キャラですよ、その名前。話の中で三番目くらいに出てくるキャラです。私昨日の夜ワラビちゃんと『次の擬人化は何か来るか』トークを延々としてたんですよ。だから脳が何でも擬人化モードなんです」

「なるほど」


 少なくとも俺はなったことがないモードだけど、咲月さんの話は聞いていて楽しいのでそのまま受け入れる。

 咲月さんはスケッチブックを取り出して、サラサラと左側だけ前髪が長い男性を書き始めた。

 そしてカッと顔を上げた。


「さあ、隆太さん、飲ませてください!」

「わかりました」


 俺はさっそく粉にして一杯分入れてみた。

 咲月さんが淹れている横に立って匂いをクンクンと嗅ぐ。


「う~~ん、もうこの匂いがいいですよね。そしてこのモコモコの泡がすごい、こんなの立つんですね」

「焙煎後のコーヒー豆から発生する炭酸ガスだそうです。新鮮なコーヒー豆は立つのだと店主の方に伺いました。どうぞ、はいりました」


 そういって咲月さんの前に出すと、目を輝かせて一口飲み、


「隆太さん、間違えました。彼の前髪は長くないですね!」

「……はい?」


 咲月さんは一口コーヒーを飲んで描いていた男の人の前髪を消して、まっすぐにそろえ始めた。

 そして開いていた襟を詰め襟の服に変えて描き始めた。


「モンテ・シオンくんは優等生の味がします。だから前髪を片方だけ伸ばすようなことはしなさそうです。これはちょっとやさぐれてる設定ですから」

「なるほど?」

「私は次の擬人化は『川』が来るんじゃないかってワラビちゃんに言ったんです」

「川? それは隅田川とか、多摩川とか、そういう川ですか?」

「そうです。隅田川はさっき隆太さんが言ってたみたいに工場が多いし、下町のイメージじゃないですか。そして花火大会のイメージがありますよね。だからちょっとチャキチャキした元気な女の子なんですけど、浴衣着てて……みたいな感じです。東京だけで考えて結構楽しいと思うんですけど」

「普通にアリですね」


 俺は聞きながら頷いた。

 というか、東京を営業で歩き回って川をたくさん見ているけど、そんな風に考えたことは無かった。

 咲月さんの考え方はいつも面白い。

 咲月さんはマップアプリを開いて、


「ほら……川の名前って途中で変わったり、他の川が流れ込んだりしてるんですよ。つまり合流……一家……ふたつの川がひとつに! 萌えます!!」


 テンションを上げ切った咲月さんは描きながら首を振った。


「でも川は、千と千尋の神隠しでやったから、もう勝てないってワラビちゃんが。宮崎駿監督に立ち向かうのかって。そんなの無理です」

「あっ、そうですね、あの男の子、川でしたね」

「そうなんですよ、しかも超カッコイイ、ハクカッコイイ!! それにおかっぱ男子ですよ、無敵無双!! そしてあの服装がまたすごいですよね、どうしておかっぱ男子にあんなイケてる服装着せちゃうのか。宮崎駿監督は天才すぎます。飛行機飛ばさないでイケメン男子飛ばしてほしい」


 咲月さんはサラサラとハクを描き始めた。

 そういえば咲月さんはおかっぱ男子のキャラクターが何より好きだと昔言っていた。

 ハクはこのキリッとした目がカッコイイですよね……と言いながらサラサラ描き切り、モンテ・シオン君のほうに戻ってきた。


「だから川はあきらめて、コーヒー男子はどうかなって思ったんです。そもそもエプロンしてる男子の時点で萌えます。イケます」

「調べたんですけど……これエルサルバドルという場所で作られてるようですね」

「完全に魔法学校の名前じゃないですか」


 話していたら楽しくなってきて、モンテ・シオンのことを調べていたら、場所が出てきた。

 産地のエルサルバドルは、中央アメリカの小さな国で、パナマ、コスタリカが近かった。

 エルサルバドル……なんとなくフランス方面の聖地のような名前だけど、コーヒーの産地の時点でこちら側か。

 写真を見ると山が多く、カラフルな壁の家がたくさん出てきた。温泉もあるようだ、つまり火山があるのかな。

 全く知らない国を調べるのも楽しい。

 俺の言葉を聞いて咲月さんは、普通の学生服の男子にエプロンを着せていたが、それを消してマントを着せ始めた。

 そしてその裾にカラーのペンで柄を入れていく。


「エルサルバドル……結構由緒正しき魔法学校ですね。モンテ・シオンくんは優等生です。親がすごく闇を持ってるけど、それを秘密にして入学してきた優等生ですよ。たぶん魔法の系統は火ですね。でも業火とかではなく、青い火です。冷静に正しい感じ。あー、靴は尖ってるかな」

「では咲月さん、次のコーヒーに行きましょう。次の子の名前はサルパドール君です」

「完全に髪の毛長い美男子の名前ですね!!」


 俺は咲月さんが絵を描いている間に、次のコーヒーを入れた。

 もう豆の時点から少し色が淡い……煎り方が違うのだと店主が言っていたことを思い出して、それを伝えると、


「じゃあ白人です。白い肌の高身長……この名前だとサラサラ銀髪ロング」


 とモンテ・シオンくんの横にそれを描き始めた。

 しかし一口飲んで、


「違う、こいつはちょっとピリリとした男ですね!」


 と叫んだ。言われて飲んでみたら、サルパドールというコーヒーは少し酸っぱくてキツめの味がした。

 でもよく営業で使う喫茶店のコーヒーはこういう味がする。なるほど、浅煎りとはこういうことか。

 咲月さんは俺が次から次にいれるコーヒーを飲みながら、コーヒー魔法学校生徒一覧を作っていった。

 どうしてコーヒーの会がこうなってしまうのか分からないけど、コーヒーの産地に無駄に詳しくなってきて楽しくなってきた。

 咲月さんはそのお店の店主を魔法学校のボスにしますと目を輝かせ、メカに会いたいので来週一緒にその店に行こうと約束した。

 なんだかわけがわからないけど、咲月さんといくならどこでも楽しいのは間違いない。

 


 


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― 新着の感想 ―
[一言]  あ~、そういやアスラン好きだって。  コーヒーの擬人化とか、絵描きの感覚はわから~ん!  でも、浅煎りの酸味強めが好きです。
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