別の角度から
「おい、本村。これおかしいだろ」
「え、どれですか? 言われた通りに入力したんですけど……」
「三年間売り上げデータが全部変わらない商品なんてありえないだろ。あ、関数をそのままコピペしたんだな」
「え? どういうことですか?」
俺は本村が丸一日かけて作ったデータを見てため息をついた。
某人気商品のラインナップを一新させるために過去三年間の売り上げデータの入力を本村にお願いしたのだが、ひとつの商品の売り上げが三年間変わってない。
そんなことあるはずがない。確認すると計算式も一緒にコピペして、全体がぐちゃぐちゃになっていた。
やり方を丁寧に教えなかった俺のミスだが、これはもう頼むより自分でやったほうが早い。
謝る本村に俺が行くはずだった打ち合わせの仕事を任せてひたすらデータ入力した。
データと企画案を作り終えると帰宅は終電となり、冷たい風が吹き抜ける坂道を登り帰宅した。
氷のように冷え切った鍵を出して玄関を開くと、廊下に咲月さんがいた。
「おかえりなさい、隆太さん。お風呂入れますよ」
「ただいま。ありがとうございます、はあ……疲れたので、お風呂いただきます……」
玄関に顔を出してくれた咲月さんは丁度風呂上りなのだろうか、タオル素材の帽子のようなものをかぶり、ビールを持っていた。
室内は暖かくてそれだけで冷え切った指先に体温が戻ってきた。
家に一人だったころは冬家に帰るのがイヤだった。
家の中は冷え切っていて、まずその部屋ではコートも脱げない。
部屋が温まるまで疲れ果てて座り込むような日が多かった気がする。
でも今は帰宅すると部屋が暖かくて、お風呂も準備してある。
結婚なんて……と思っていた時期もあるけど、咲月さんと暮らすようになってから誰かがいるありがたみを日々感じている。
お風呂に直行して温まったリビングに行くと、咲月さんが顔に白い紙? を張り付けていた。
俺を発見すると手をひらひらさせてソファーの前に呼んだ。
「ワラビちゃんからもらったハチミツパックなんですけど、肌がムチムチになって楽しいんです。それにこのパックはセットでハチミツの紅茶がついてるんです。これを貼って、これを飲むと、パワーアップ! はい、座ってくださいね」
咲月さんに促されるまま、俺は座った。
すると顔にぺちゃりと冷たい感覚があり、パックが貼られた。
ベタァ……とくっつく感じがすごい。そして渡された紅茶は紅茶という次元をはるかに超えた甘さで、もうハチミツだった。
咲月さんは俺の横で「これ、紅茶のティーバッグのなかにハチミツの粉みたいなのが入ってるんですよ、だからお湯を入れたらもう甘い!」と楽しそうに笑っていた。
そして俺の頭を優しくなでて、
「今日は大変だったみたいですね。本村くんがしょんぼりしているのを見ました」
「ああ……そうなんです。あいつももう新人じゃないのに、どうしてあんなミスばかり……」
俺はあまり愚痴るタイプではないが、本村はミスが多すぎる。
結局誰かがそのカバーをする必要があるから困ってしまう。
やり直しが必要になるなら、もう頼みたくない。
それでは育たないので教えて任せたいけど、二度手間三度手間、時間が無駄にかかる。
咲月さんは俺の前に向かってパックを直しながら、
「たぶんなんですけど、本村くんはエクセルとか苦手なんですよ。苦手で済まないのは分かってるんですけど。でも彼は私以外にプログラマーの佐々木さんと楽しく話せる唯一の人なんですよ」
「ええ? 知りませんでした」
「今日もシステム部で悲しんでいるのを見ました。あの佐々木さんが個人的に使い方を教えてましたよ」
「えっ? あの佐々木さんが?」
佐々木さんは天才的な才能があるプログラマーさんだけど、気難しくて有名な人だ。
俺は咲月さんのコネ(?)があるので、仕事の話は聞いてもらえるが、個人的な会話をするなど想像もできない。
咲月さんは何度も頷きながら、
「そうです、あの佐々木さんと仲良しなんですよ。まあ今日教えてる時もかなり悪態ついてたし、横で聞いてるかぎり上級向けすぎる説明でシステム部の人たちも『その説明では無理やろて』顔しててちょっと面白かったんですけど」
「かなり専門用語を使われますよね。ついていけない俺たちが悪いと思いつつ、難しいですよね」
「私も『?』ってなることが多いですけど、そもそも仕事以外のことを話す佐々木さんが珍しいんですよ。私とは必要最低限のことしか話さないですけど、本村くんはゲームのフレンドだそうです。休みの日に朝から晩まで一緒に狩りしてるって話ですよ」
「えっ?! そこまで仲が良いんですか?!」
ゲームのフレンドで休みの日に会話するとは……プライベートで仲良いということだ。
咲月さんは紅茶を飲んで、
「ゲームのグッズを持ってたのに本村くんが気が付いたみたいです。フレンドになるとガチャの確率が上がるからなったらしいですけど、休日の狩りも一緒なのはすごいですよね。狩りの最中もめっちゃ怒られるらしいですけど『本村くんは仕事より狩りのほうが使える』って話してる佐々木さん、すごく楽しそうでしたよ」
「狩りのが使える営業……もう本業が狩りですよね? それはそれでどうでしょうか」
やっぱりアウトなのでは……。
咲月さんは「とんでもない」という感じで手をひらひらさせて、
「他にも、読めない請求書を無断でゴミ箱に捨てるので有名な港さんとかも、本村くんなら話すんです。それに本村くんの請求書は清書してあげてるんですよ。社内で難易度が高い人と話せるのはすごい才能だと思いますよ。本村くんがデザイン部に来たときも、ミスが多いのにみんなに愛されてる気がします」
咲月さんの話を聞きながら、俺は何も知らなかった……と驚いた。
確かに営業先でも本村は可愛がられている気がする。
つまり、俺が頼んでいるのは本村に向いてないことなのか。
それにエクセルやデータ管理は、俺のほうが間違いなく得意だ。
本村とは付き合いも長く、よく分かってるつもりだったけど、間違ってたのは俺のほうだ。
「……咲月さん、ありがとうございます。俺、本村のできないことばかり見てました」
「いえいえ、私はほんとーに人付き合いが好きじゃないので、営業の方々はみなさん尊敬してます。画像加工しているほうが気楽です」
そういって咲月さんはほほ笑んで、俺の横に座って腕にぎゅっとしがみついてきた。
そして俺の方を見て目を細めて、
「さあ、お家でお仕事のこと考えてしょんぼりしても残業代でませんよ? だったら私と甘えんぼタイムしたほうが有益ですよ? なんと無料です!」
「……ありがたいです」
俺は温かい紅茶を一緒に飲み、咲月さんを抱きしめて眠った。
それから俺は本村をエクセル関連の仕事を減らして、営業業務や窓口業務を増やした。
適材適所。本村にもう新人じゃないんだから……なんて偉そうに言っていたが、上司として何もわかっていなかった。
別の視点……それを提示してくれる人のありがたさに俺は安堵した。
今日も頑張ろう。咲月さんが待つ暖かい部屋に早く帰りたい。




