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ある者の話  作者: さおん
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運命の罠

悪縁で繋がってしまった魂の縁を絶ちきるために、復讐しないことにした娘の話。




(えっ!?醜くっ!引くわっ)


ベルは鏡に映った自分の顔を見てしまい、そのあまりの醜さにドン引きした。

感情的に振り上げていた手をゆっくりとおろす。

さっきまでの怒りは一瞬でどこかへいってしまった。

怒りのままに妹を殴ろうとしていたベルは、鏡に映った自分の姿にショックを受けた。


(アイツにそっくりじゃない!)


アイツって誰だっけ?

混乱していてアイツが誰かも分からない。なのに、アイツに似ている自分の姿を受け入れたくなくて、さっき見た自分の顔を忘れようと頭を激しく振る。


「お姉様?」


ベルに殴られそうになっていた妹のフレアが、不安そうにベルを見上げた。

6歳も年上の姉に苛められている可哀想な妹のフレア。

その庇護欲を誘うようなかわいい妹の姿を見ても、ベルは愛情どころか憎しみに近い感情しか感じることが出来なかった。


(アイツだ!)


まだ8歳の妹がアイツの訳がない。そう否定したいのに、アイツと妹が同じなんだとなんとなく分かってしまった。


(だからかわいいと思えなかったのね)


アイツと妹のフレアが同じ人物だから好きになれなかったのだ。ベルは納得した。


(また家族として生まれて、私に復讐の機会が訪れたってこと?)


そう思った考えを、ベルはすぐに忘れたいというように首を横に激しく振った。


(復讐なんてアホらしい。これってアレだ。運命の罠だ)


アイツと同じ魂の妹に対する憎しみに近い感情は残っている。

でも、今まで通りに妹を苛めていたらよくないことだけはしっかりと分かった。



「何をやっているの!」


その時、母親が2人の前にやってきて妹を庇うように抱きしめた。


「お母様!お姉様が苛めるの!」


妹が母親に助けを求めて抱きついている。

今日はまだ苛めてはいない。

でも、今まで苛めてきたのだから今日の一回がなくなったところで何も変わらないだろう。

だからベルは黙って母親の叱責を受けた。

それでも心は納得出来ていない。


(前世で苛められていたのは私なのに!)


心の中でそんなことを思いながら、それがムダな感情であると分かってしまった今は、虚しいだけだった。






(前世の記憶、か)


ベルは、自分よりも幼い妹を大事にする家族にいつも苛立っていたのに、今日はそれどころではなくなった。


前世の記憶では、妹のフレアは前世のベルの母親だった。

前世の母親には感情的によく殴られ、ひどい言葉を浴びせられて育った。当時は認めたくなかったけれど、虐待に近い扱いをされていたのだと思う。

前世のベルは母親の愛情を求めて長いこと苦しんだ。

母親なら子供に対する愛情があるべきだ。

という理想を夢見てしまったが為に、長く苦しい時間を過ごすことになった。

前世のベルはその内だんだんと母親を憎むようになり、長いこと闇の中の住人となっていた。

長い時間をかけて、母親もただのつまらない人間の一人でしかないことに気付いた。

母親という完成された素晴らしい存在なのではなく、ただの未完成で未熟な者でしかない。

それこそ、その時の母親の精神年齢は子供といってもよいくらい低かったのではないだろうか。

相手が立派な大人だと思うから腹も立つ。

相手が子供だと思えば怒りも少しは治まる。

前世のベルは母親に求めることを諦めた。

するとどういうことか、心が軽くなったのだ。

それまで長いこと苦しんできたのに、母親のことを諦める‥‥母親との関係の改善を諦めると、重たいものがなくなった気がした。

母親に執着するのを止めて、母親のことを心の中から追い出すように別の物に心を傾けて、時間を別の物に使った。

暗い泥々した母親に対する感情は、キラキラした新しい夢中になるもので浄化された。

自分が何を推していたのかも思い出せないのに、キラキラした幸せな気持ちだけは思い出せて、少しだけ前世でも幸せな時間があったことを思い出せた。


(ていうか、それよりアイツ(前世の母親)のことよ)


前世の間に母親に対する憎しみは昇華したつもりだった。

なのに、また思い出したくもない前世の母親が、今度はベルの妹として同じ時代に生まれたのだ。


(フレアに対してかわいいと思えないのは、フレアが皆の愛情を奪うからだけではなかったのね)


フレアはベルの6歳も下なので、当然親も使用人達もベルよりもフレアのことをかわいがった。それまでベルはその事が許せなかった。

幼い妹をかわいいと思えない。皆から愛されるフレアが憎くて仕方ない。

だって、ベルの幼い頃はフレアのように愛されなかった。

怖いおばあ様が常に不機嫌に目を光らせていて、大きな声で笑っても泣いても注意された。

おばあ様が亡くなってから母親のストレスが軽減したのか、妹のフレアが生まれた。

フレアが生まれてから屋敷の中が明るくなった。

当然フレアは大きな声で笑うことも泣くことも注意されなかった。

甘やかされ過ぎているように見える妹に、姉のベルが嫉妬するのも仕方なかったのではないかと思う。

自分の時は鬱屈とした幼少時代を強要されたのに、妹は自由に育てられているのだ。

幼く明るい妹は、誰からも愛された。

既に自由に振る舞うことすら出来ない年齢になったベルには、そんな妹を見ているだけで怒りにかられた。

両親も、使用人も、誰もが妹を愛するべきだと思っていた。

誰からも愛される妹に、ベルからも妹に愛情を向けなければならないらしい。

幼いかわいい妹を見ていたら、愛するようになるのは当たり前だと。

自分より幼い者を愛しく思う感情くらいベルにもある。

それでも、フレアを愛することは出来なかった。


(それはそうよね。フレアが憎むべきアイツだったんだから)


もう前世の母親を母親と呼びたくもなくてアイツ呼ばわりだ。

ベルが幼い子供をかわいいと思える証拠に、フレアの後に生まれた弟のカインはかわいいと思えた。

フレアに対する態度が悪すぎたせいでカインの側にいくことを許してもらえなかったが、カインに対して憎しみに近い感情を抱いたことはない。


前世と違って、まだ家族の関係の改善を願っていた14歳のベルは、前世を思い出したことで、家族と分かり合うことを諦めた。


(多分、妹がアイツと分かった時点でもうムリよ)


こんなにもかわいい妹を愛しく思えないなんて異常ではないか。

父親と母親がベルのいないところで呟いていた。

ベルだってそれは思ったことがある。

フレアは明るく誰からも愛されるかわいさがあった。

でも、ベルにはかわいいと思えなかった。

何より、父親や母親だけでなく使用人からもかわいがられているくせに、ベルからも愛情を求める傲慢さが憎くて仕方なかった。


(でもそれももう終わりにしよう)


なんで愛せないのかは分かった。

だから、ベルは冷静に思った。


(前世の復讐を出来るように見せかけた罠だわ)


母親に虐待された前世の可哀想な自分に与えられた復讐の機会、に見せかけた『罠』だと。

ベルが喜んで復讐の機会だと飛び付いた瞬間に、運命はベルをまた不幸の渦に巻き込むだろう。

前世の復讐とばかりに妹に復讐を果たしたなら、次の来世では逆の立場が用意されるのだろう。

次は自分が復讐される側になるのだ。

よーく分かっている。

だって、前前世でもそうだったから。

復讐する側とされる側が入れ換わる人生を、ベルとフレアの魂は繰り返していたのだ。


(もうあんなやつと運命を共にするなんて絶対嫌!今世こそアイツとの悪縁を断ち切ってみせるわ)


本当は前世の時点で悪縁を断ち切ってきたつもりだった。

また同じ場に生まれたのは、試しという罠なのではないかとベルは思った。

これは復讐の機会だ!

とベルが喜んで飛び付いた瞬間、運命は嬉々として次の運命を決めるだろう。

そんなにその者と同じ人生が好きなら次も同じ時代に生まれさせてあげるよ!

と善意の顔をして。


(もうムリ!アイツと同じ運命とか本当に嫌!だから今世では怒りを抑えるのよ!)


何よりもベルはさっき鏡に見た、自分の姿がショックだった。

怒りのままに妹を殴ろうとした自分の姿が、とても醜かったのだ。

一瞬で怒りが治まるくらいの醜さで。

そしてその顔はアイツとそっくりだった。

前世の怒りすら抑えるくらいショックで、ベルは瞬時に心を入れ替えた。






「お姉様がひどいの!」


ベルは心を入れ替えてからフレアと関わらないことにした。

フレアを避けて関わらないように、気を付けてきた。

たとえ心を入れ替えたとしても、妹に対する憎しみが失くなったわけではないから。

見たら苛立つし、余計なことをされたら今までのように暴力で解決したくなる。

でも、ベルがどれだけ気を付けようとも、誰もが自分を愛して当たり前だと思っているフレアが関わろうとしてくる。

家族なんだから分かり合えるはずだ。

なんて理想の理想を押し付けられたらベルの心は死ぬ。

だって、どう血迷っても、家族でも、前世で自分に酷いことをした憎むべきアイツなのだ。


だからフレアに近寄らないようにしていたのに、フレアがわざとなのか近付いてくる。

自分に暴力を振るうような酷い姉に、自ら近付いてくるのだ。

そして上手に被害者になってベルを悪者にする。

無視をしたら無視をされたと泣けばいいし、ベルが我慢出来ずに暴力をふれば殴られたと泣けばいい。


今日も案の定、泣いているフレアを被害者、怒りを抑えて立っているだけのベルを悪者にして、母親が見咎めてベルを怒ってきた。

もちろん状況も理由も聞いてはもらえない。

今までベルは何度もフレアを苛めてきたのだから。


「どうしてフレアのことをかわいがってあげられないの?」


母親の()()()訴えが前世のベルの訴えと重なった。


どうして愛してくれないの


前世のベルの涙ながらの訴えは、母親に届くことはなかった。

涙ながらに訴えたところで届かないものは届かない。


そんなことはとっくに知っている。


ベルの心情を涙ながらに訴えても無駄だろう。

ベルはもう14歳で、自分の感情を抑えるべきで、フレアはまだ8歳で、まだ守られるべき存在だから。


(どうせこうなると思っていた)


それは親に対する諦め。

きっと期待をする方が自分は傷付き、不幸になる。

期待をするよりも諦める方が、ずっと楽だった。

だって、ベルとしての人生でも、親は明らかにベルよりもフレアをかわいがっていた。

愛され上手なフレアと、跡継ぎで大切にされている末っ子のカイン。

そして年が離れて、大人に近付いているベル。

それでも両親は言うのだ。

同じように愛情を注いでいる、と。


(ずっと不平等だったのに、どこがよ!)


ベルは苛立つ感情を抑えなければならなかった。

それでも両親はベルのことを愛してくれていないわけではない。

比べてしまうから愛情の差を感じてしまうだけで、大切にされていないわけではないのだ。


(だからこそ、余計にね)


いっそのこと分かりやすく虐げられていたら、可哀想な自分を悲観出来たのかもしれない。

悲観したところで前世の二の舞になるだけかもしれないが。






「お父様、私、学園の寮に入りたいです」


ベルは、妹のフレアと、フレアの方をかわいがる両親から離れる為に学園の寮に入ることにした。

フレアに対する怒りを抑えるのもけっこう辛い。ベルにとって家は居たくない場所となっていた。


「学園なら家からでも通えるだろう?今さらどうして寮に入りたいと言うんだい?」


父親が不思議がるのも仕方ない。寮に入る女子生徒は少なかった。家が遠方の者でも寮に入るよりも知り合いの家に住まわせてもらう方が多いらしい。

家から離れたいから。なんて正直に言えば絶対に許してはもらえないだろう。


「女子生徒も男子生徒のように独立心を養う為に、寮に入ることを学園が推奨しているのです。それに、婚約者のキアランも寮に入っていますし」


家から通える者でも男子生徒なら寮に入る者は多い。

弟が生まれてから決められた婚約者のキアランも寮に入っている、と言えば説得力が増した。

同じ年のキアランとはそれほど仲がいいわけではないけれど、婚約者と交流を深める為だと言えばそれっぽく聞こえるはずだ。

家から通えるのにわざわざ寮に入る必要があるのか、と父親だけでなく母親にも止められた。それでも最終的には許された。

婚約者のキアランの家が独立性を重視する考えだったのも大きい。







ベルは寮生活にもすぐに慣れ、それなりに学園生活を楽しんだ。

週末の度に親は家に帰ってこいとうるさかったけれど、勉強が忙しいことを理由に帰らなかった。

勉強が忙しかったのは本当だ。

優秀という意味ではなく残念な方で忙しかったのだが。

ベルは推しを見つけてしまい、忙しかった。その為に勉学を蔑ろにしてしまい、休日はその補填の為の勉強で忙しかった。

ベルの推しは第三王子だ。

学園の中でも一番人気の定番だった。

第三王子の推し活の為に婚約者のキアランが協力してくれた。

第三王子と同じクラスだったキアランが授業の予定などを教えてくれたのだ。

自然とキアランとも仲良くなった。

ベルの学園生活は推し活と、補填の勉強で毎日忙しかった。

婚約者がいるのに推し活をしていてもいいのかとも思わないこともない。

でも婚約者と推し活は別物だ。

まだ婚約者としてお互い特別な感情もなかったからか、キアランも気にしていないようだったからいいだろう。




長期の休みになると、更に親から帰ってこいという圧が強くなった。

それでもどうしても帰りたくない。

両親は普通の家族のつもりでいるからベルの気持ちなど分からない。だから当たり前のように帰ってこいと言う。

ベルが困っているとキアランが家に誘ってくれた。

少し早い花嫁修業だということにしてキアランの子爵家に滞在することになった。

キアランの家のゴンダート子爵家は独特な花嫁修業があるということで、丁度いいとゴンダート子爵夫人にも歓迎された。

ゴンダート子爵家の花嫁修業は、子爵家で働いている使用人の仕事を経験するというものだった。

メイドや料理人、洗濯係の仕事まで、当主夫人になるからには一度は経験して、その大変さを理解する、というものだった。

前世で母親にこき使われていたベルにとってはなんてこともない。

普通の令嬢ならなんでそんなことを自分がしなければならないのか、と怒っていたかもしれない。ベルにとっては新鮮な気持ちで出来るいいものだった。

使用人の苦労を理解した上で采配することが当主夫人として求められているのだ、と子爵夫人は厳しく教えてくれた。真面目に取り組むベルの姿は子爵夫人によい印象を与えた。






「ベル。今週末に家に行く話だけど、止めた方がいいかもしれない。最近君の妹が家によく来るらしい」


ベルが妹と会いたくないことを理解しているキアランからの報告に、ベルは言っておいてよかった、と心から思った。

ゴンダート子爵夫人もベルの心情を理解してくれた。

キアランも妹が生まれた時に妹に対する嫉妬でひどかったらしい。

キアランの妹エレナとフレアは年が近いこともあって仲良くしているという。

そして、最近はフレアがよくゴンダート子爵家に遊びに行っているらしい。


「げ。分かった。キアラン、ありがとう。助かった」


令嬢にあるまじき声が出たような気がするけれど、気にしない。キアランとはなかなか気安い仲だ。

フレアがゴンダート子爵家によく行くことになったことで面倒が増えた気がしたけれど、逆だった。

ゴンダート家からフレアの情報が入るお陰で、フレアがいない日を狙って実家に帰ることが出来た。事前に連絡するとフレアが出掛けるのを止める可能性があったのでいきなり帰る。

親には事前に連絡しろと怒られはするけれど、滅多に帰ってこないベルが帰ってくる方が嬉しかったのかそこまで責められなかった。







ベルも18歳となり、学園卒業が近付いていた。

学園卒業後はすぐにゴンダート子爵家に嫁入り予定で実家には帰らない予定だった。

嫁入りに関して両親から話がしたいと言われた時、ベルは嫌な予感がした。

嫁入りになるのだから話し合いがあるのは不思議ではない。

それでも妙に胸騒ぎがしたのだ。

当日は、ゴンダート子爵家で先に親を待つ。

ベルの心配した通り、何故か両親と共にフレアも一緒にやってきた。

長女の嫁入りにどうして次女まで話に加わる必要があったのか。

その疑問はすぐに解決した。

話し始めに父親が気まずそうに切り出したのだ。


「実は、妹のフレアがご子息に惚れてしまったらしく、もしよろしければ婚約者を長女のベルから妹のフレアに代えてみるのはいかがでしょうか」


父親の言葉に驚いて誰も反応しない中、フレアだけが恥ずかしそうにしながらもキアランに熱烈な視線を送っていた。

ベルは嫌な予感的中に眩暈がした。

両親は甘え上手なフレアをとことん甘やかしていた。

フレアがキアランに惚れたから婚約者を代えろ?

ではベルのことはどうするつもりなのか。

かわいい娘のわがままを聞くにしても、あんまりにも酷い話だ。

沈黙が耐えられなかったのか、父親が汗を拭きながら早口で言う。


「キアラン君とベルの婚約は私達親同士で決めたもので、2人は想い合っているわけではないでしょう?それならば親としてはかわいい娘の恋を応援してあげたくなるものといいますか」


あなたにとってはかわいい娘は一人だけなのか。

ベルは声に出して父親に問う気にもなれなかった。

「そんなことはない。ベルのこともちゃんと大切に思っているよ」

なんて白々しい言葉が返ってくるだけな気がする。

この父親の驚きの発言を、母親も受け入れているらしい。

恋をしていない娘より、恋をしている娘の方を応援してあげよう。

なんて、もしかして自分達はいい親になったつもりなのかもしれない。



「キアラン兄さま。ベル姉さまは私にひどいことする怖い人なんですよ。そんな怖い人よりキアラン兄さまには私の方がお似合いだと思います!」


自信満々のフレアの主張を聞きながら、ベルはどうでもいいことを思った。

フレアは12歳のはずなのに、話し方が子供っぽくないか、と。


「お義母様も、私のことをとてもかわいがってくれてますよね?いつも私のことをかわいいって誉めてくれますもの!私、ゴンダート家の嫁としてやっていく自信がありますわ!」


ベルはフレアのこの幼稚な発言に笑い出しそうになった。

いつもかわいいって言われるから、ってこの子はお世辞も分からないのだろうか。


「どうだろうか。フレアでも、家同士の契約には問題はないことですし、婚約者を姉と妹を入れ替えるというのは」


何故か父親は自分達の意見は通ると思っているらしい。

家同士の契約には問題ない。

そう言われるとベルには何も言えない。

ここでベルの意見を主張しても、妹を苛める嫌な姉として印象付けるだけだろう。

そもそも、こんな話を事前にベルにしてくれていない時点でベルの存在は両親にとってフレアより下だと言われたようなものだ。

実家に寄り付かないことで両親が家にいない長女より次女を大切にしたくなる気持ちは、分かりたくもない。


黙っていたゴンダート家側の人達は、気遣うような視線をベルに向けてきた。

この場にはゴンダート子爵夫人とキアランしかいない。当主はいないので、決定権はこの2人のどちらかにあるのだろう。


キアランはゆっくりと入れられたお茶を飲んで、本当にゆっくりとカップをおいた。

笑顔を父親に向ける。


「冗談にしてはキツすぎませんか?」


どうやらキアランは笑顔で怒っていた。


「え?いや、冗談では」

「家同士の契約だからこそ、誰かが誰かに惚れたからと軽く契約を見られるとは、まだ学生の私でもどうかと思いますよ。せめて私が妹殿に気持ちがある、というならありえない話ではないかもしれませんが、残念ながら私は子供を好きになるような異常者ではありません」


キアランは普段口数が少ない方だ。特に年頃になってから口数が減るばかりで、ベルもキアランがこんなに話すのを久しぶりに聞いた。


「子供だなんて、フレアもう12歳です!すぐに大人になりますわ!キアラン兄さまが後ちょっと待ってくれたら、フレアきっと素敵な女性になります」


フレアの主張にゴンダート側は呆れるばかりだった。

キアランに続いて、ゴンダート子爵夫人も続ける。


「私の意見としても、息子と同じですわ。ほとんど花嫁修業も終わっているベルさんから、フレアちゃんに変えなければならない理由が分かりませんわ。それに、この家の当主夫人としても、残念ながらフレアちゃんでは当主夫人を任せることは出来ません。娘の友人としてはかわいいと思っていましたけれど、当主夫人として任せられる器ではありませんわ」


ゴンダート子爵夫人の言葉にフレアは泣き出した。


「そんなのひどい!ベル姉さまに出来ることぐらい、フレアにだって出来ますわ!フレアまだ子供だから出来ないこともあるかもしれないけれど、ベル姉さまに勝てる自信はあります!」


ゴンダート子爵夫人はフレアの言葉を否定するように首を横に振った。


「ごめんね、フレアちゃん。でもあなたのことはちゃんと見極めてきたわ。そして当主夫人の器ではないと思わざるを得なかったの。特にゴンダート家は独特の花嫁修業があるから、フレアちゃんじゃ無理なのよ。あなたは使用人の仕事をするなんて絶対に嫌だって言ってたでしょう?そういう子は家のお嫁さんにはなれないわ」


ゴンダート子爵夫人の言葉にフレアは母親に泣きついた。

「フレア出来るもん」と言いながら泣きついている様子はとても12歳には見えなかった。

ベルは、もしかしてフレアは最後に見た8歳から成長していないのではないか、と真剣に思った。


「この馬鹿げた話はまだ続けますか?」


キアランが圧をかけるように言うと、父親は怯んだ。

フレアがいては話にならないと、母親とフレアは部屋から出てもらうことになった。

ほとんどゴンダート側で決められた話を父親に報告する、という形で話し合いは終わった。


「ベル、お前からも説得を‥‥」


話し合いが終わって立ち上がると、父親はベルに声をかけてきた。

父親からベルを遠ざけるようにキアランがベルの前に立つ。


「そうそう、いい忘れていましたが、今後フレア嬢が家に来るのを禁止させてもらいます。毎日のように押し掛けられて、妹も少々迷惑していましてね。今日のような態度が直らないようであれば、結婚式も来ないで欲しいくらいです」


キアランの冷たい言い方に、父親も年上として腹が立ったらしく、そんな言い方しなくても、と怒り気味に言い返そうとしているところにキアランは被せて言う。


「ベルは既に私の妻同然の存在です。それをよく姉でなくても妹でもいいだろうと軽く言ってくれましたね。義理の家族になるのですからあまり揉めたくはないのですが、あなた方がそのようにベルを蔑ろにするようならば、結婚式も全員欠席してくださってもいいんですよ」


キアランの言葉に父親はショックを受けたのかベルに助けを求めるような視線を向けてきた。ベルは父親の視線を無視した。


帰っていく家族を見送る為に外に出てみれば、フレアとエレナがケンカをしていた。


「ひどい!どうしてそんなことを言うの!」

「ひどいのはどっちよ!姉の婚約者をとろうとか信じられない!あなたそういうところ直さないと友達なくすわよ!ベル義姉様が悪い人だなんて嘘までついて!もう家には来ないで!」


フレアとエレナの友情は終わったようだ。

帰っていく両親がベルと話したそうにしていたけれど、ベルは両親に視線を向けることもしなかった。

自分を蔑ろにしようとしてる人に気を遣えるほどベルは出来た人間ではない。


ベルにとっては今日のことはそれほど重要なことではなかった。

妹の方を優先するだろうと思っていた疑念が明らかになっただけ。

それよりも、ベルにとってはこれから嫁ぐ家の人達の考え方が分かったことの方が意味があったと思った。

この人達となら、これからやっていけそうだ。

そして、ベルの中でフレアの位置がとても低いところにあることも分かった。

もうベルの重要な順位にフレアはいなかった。

フレアに対して怒りを感じなかったのがその証拠だ。

ついでに親の位置が下がったのが確認出来た。

これから二度とベルは親に心許すことはないだろう。

この決別を、ベルは歓迎した。







「ベル、アレはなんだ?」


家族が帰った後、ベルはキアランの部屋に連れていかれた。


「私の家族がごめんなさい」

「そうじゃなくて!なんで何も言い返さなかった?俺達が言い返さなかったらあのアホみたいな話に従うつもりだったんだろ」


さっきと違って粗野な話し方のキアランは、いつものベルがよく知るキアランだ。

なんで言い返さなかった、と言われても、もしキアランがフレアのことをかわいいと思っていて婚約者変更でもいいと認めていたら、ベルに勝ち目などなかった。その場合は親の意見に従って婚約者変更も受け入れるしかなかっただろう。


「お前は俺にあんなお子ちゃま押し付けるつもりだったのか」


キアランが怖い顔で迫ってくる。

もし、キアランがフレアのかわいさに魅了されていて婚約者変更を受け入れていたら、ベルは別の意味でキアランと婚約解消出来て良かったと思っていただろう。

12歳の女の子でいいとか、そういう危ない性癖ならベルも遠慮したい。

まあ、キアランがかわいい系よりも大人なお姉様系が好きなのは同級生との軽口で聞いていたから知っていたけれども。


「俺の初めて奪っておきながら、逃げようとか思うなよ」

「いや、初めてって、言い方!」


初めては初めてでも、ファーストキスのことだろう。

とベルの反論は口で塞がれて出来なかった。

この日、キアランから熱烈に求められて、ベルは初めてキアランからの気持ちを感じた。


「キアラン、私のこと好きだったの?」

「黙れ」


ベルの質問にキアランは言葉では答えなかった。

少し残念に思いながらも、キアランの気持ちが感じるような口付けに、今はこれで満足してやるか、とベルは心の中で思った。






結婚式では見事にフレアが問題を起こしてくれた。

キアランの運命の相手は自分だ!と大声を上げながら白い花嫁衣装に似たドレスを着たフレアが暴れたのだ。

ここまでくると、ベルは内心笑いをこらえるので必死だった。

12歳のフレアが結婚式で花嫁の立場を奪おうとしても、ただの子供の癇癪でしかなかった。

式場の誰もが花嫁が入れ替わる可能性など考えもしないくらい、ただのお子ちゃまの騒動にしか見えず、式場は笑いで包まれた。

ある意味記憶に残るハプニングとしていい思い出になったかもしれない。

ただ、キアランは本気で怒っていた。今後の家の付き合いは考えると言っていたので、ベルはそれに同意した。






その後も、甘やかされて育ったフレアは何度か問題を起こし、家族はその対応に追われた。

ベルにも手伝ってほしい、という内容の手紙が両親から何度かきたけれど、ベルは全てを無視した。

家族なのだから助けるのは当たり前。

その正論を無視したことで、その内両親の怒りは問題を起こしたりフレアではなく、ベルに向くようになってきた。

ベルは冷静に思った。

ここで同情したら、運命はまた悪縁を繋ぐのだろう。

フレアのように自分のいる(低い)位置に相手を引きずり下ろそうとするような罠にはまってなるものか。

両親はその罠に既にはまっているのだろう。

次の悪縁は両親が引き継いでくれることを願いながら、ベルはキアランや、義母と義妹との新しい縁の人生を楽しんだ。

幸いしたのは、嫁ぎ先の人達が人を下げるフレアのような者に惑わされない人達だったことだろうか。








前世での判断は、ベルにとって誇りだった。

怒りや憎しみで心を染めたまま、絶対許してなるものか、という思考に囚われず、新しい道を見付けるのは、想像以上に大変なのだ。

家族という身近に敵がいるような状況で、推しという光に目を向けた前世の自分は偉い!

たとえそれが現実逃避からだったとしても、わざわざ闇を見つめ続けるよりましだ。

そしてその決断をちゃんと今の人生に引き継げたことに、とても安堵した。

目に見えないこの闘いは、誰にも理解はされない。

ただ逃げているようにしか見えないかもしれない。

そこで抗う苦しさは、想像だけではきっと分かりはしない。

だからこそ、今の人生もベルにとっては誇りだ。

怒りを優先すれば、また運命は次も悪縁を繋いでくるだろうから、気は緩めない。けれど、今のベルなら大丈夫だ。

だって、ベルはもう次のことに忙しい。

新しい子供という推しに、集中するのに忙しいのだから。





問題ばかり起こすフレアと、それを見捨てられない両親は、成長した弟のカインによって厳しい対応をされたことを報告しておこう。

自分が一番大切なフレアは、弟を苛めていたらしい。

フレアと両親が距離的に遠いところに行ってから、ベルは弟とそれなりに仲良くすることが出来た。




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[一言] 宗教にもそんな考え方があったなぁとちょっと思い出した
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