私の魅了魔法
「申し訳ございませんでした!!」
下着一枚だけの男が地面に両手両膝を付いて一生懸命謝っています。
情けない姿を晒しているのは私の婚約者のライオネル様。
その背中には筋肉男のお父様が乗っています。
絶対に重たいですよね。だって筋肉男ですから。
「君の謝罪は声が小さ過ぎて聞こえんなあ」
充分ライオネル様は大きな声で謝っていたと思いますが、お父様は意地悪をしてライオネル様を攻め立てます。
「ほ、本当に申し訳ありませんでした!!」
「ほほー。君は私の娘を裏切っておきながら、謝って済むとでも思っているのか?」
謝っても許す気がないなら何故ライオネル様はこんな目に遭わされているのでしょうか?
娘を裏切った婚約者に罰を与えて下さっているようには見えてはいますよ。
本当はコレ、お父様の趣味でいたぶっているだけなんですけどね。
ライオネル様が助けを求めて私の方をじっと見てきます。
ごめんなさい、ライオネル様。私はお父様が怖いのです。
貴方を庇って私が怖い目をみるなんて絶対に嫌です。
娘想いの父親に見えるでしょうが、残念!お父様はただの筋肉男なのです。
わざわざ下着一枚にしてこんな馬乗りみたいなことして、これで娘の為??いいえ。筋肉男の趣味です。
〈父親というものは見た目が怖くても実は優しくて娘を溺愛している〉なんて都合の良い設定は我が家にはありません。
素で頭の中が筋肉なのです。
この筋肉男には私も怖くて逆らえません。
残念ながら私にはライオネル様を庇う勇気も義理もありません。
そもそも私を裏切ったライオネル様が悪いのですし。
自分の仕出かした後始末くらい自分でして下さい。
たとえ魅了魔法に掛かって洗脳されていた上だとしても、裏切りは裏切りですもの。
それに、魅了魔法に掛かっていたからといって数人で1人の女性を責め立てるなんてどうかしてますよ。
断罪だと言ってましたけど、人を断罪する立場にお前があるのか、って感じですよね。
まあ、結局、断罪されているのがこの男である時点でどうなったのかは、ねえ?
魅了魔法なんて弱いものなら女性ならだいたい使えるものに掛かる方が悪いんですよ。私だって魅了魔法・小が使えますし。
魅了魔法・中を使える人は少ないとはいえ、精神がしっかりしている者は掛かりにくいんですから。
まあ魅了魔法・小とはいっても「あざといと分かっていても可愛い」と思ってしまう程度のものですけど。
ライオネル様に魅了魔法を掛けた相手が魅了魔法・中の使い手だったとか関係ないのです。本人の意志がしっかりしていれば魅了魔法は掛からないのです。
ライオネル様の精神がそれだけ未熟だったということです。
『俺に魅了魔法を掛けれるものなら掛けてみろ』がお酒の席でのお父様の持ちネタ。
お父様と国王陛下だけはどんなに強い魅了魔法にも掛かった事がないらしいのですよ。
そう。お父様はは魅了魔法に掛かったことがないのです。
娘の私の魅了魔法も効かないのです。
つまり、お父様は私のことを〈可愛い〉と思ったことがないということ。
何十年と自分の思い通りに生きてきたお父様。
娘は自分の言いなりになって当たり前の存在でしかなく、自分に反抗する者がいるだなんて思ってもいないことでしょう。
むしろ最近は反抗する者が少なかったからこそちょっと暇をしていたんですよね。
だから今ライオネル様を合法的に折檻出来るのが楽しいのかもしれませんね。
ライオネル様は残念ながらお父様好みの筋肉ではありませんので、あまり好かれていなかったんです。
子供の頃からお父様の筋肉育成教育を受けてきたライオネル様の筋肉は、お父様のように盛り上ってはいないのです。
それにしても、ライオネル様は魅了魔法・小程度とはいえ私が昔から掛けまくっていたというのに、魅了魔法・中の女に騙されるだなんて。
少しとはいえ魅了魔法が使える私は傷付きました。
男盛りの18歳のライオネル様です。
4歳下の私では魅力に乏しく感じてしまうのは仕方ないことなのしれません。私のささやかな胸元はまだ成長途上なので。
しかしですよ?ライオネル様に魅了魔法・中を掛けた女の胸元も私と大した差もないらしいのですよ。
小さくてもいいのにあの女の魅了魔法には掛かったんですね?
私の女としての魅力が足りなくてすみませんでしたねえ?
本来なら私が自らライオネル様に罰を与えたいところではありますが、筋肉男に取られてしまいました。
流石、筋肉男。娘の出番も奪って自分の変態趣味全開ですか。
娘の冷めた目に気付かない筋肉は嬉しそうにライオネル様を虐めています。
この国に筋肉男を止める事が出来るのはきっと陛下くらいしかいないのではないでしょうか。
だって、娘どころか妻の言葉すら聞かない人なのです。
妻は貞淑であるべき、を地でいくお父様はお母様にも口出しされることを好まず、お母様も大分心に不満を溜めています。
この場にお父様を止められる人はいません。お兄様もお父様には従順ですから。
という訳で、私はお父様に折檻されているライオネル様から目を逸らしてその場から逃げたのです。
ライオネル様は辺境の地へと反省の修行に行かされてしまいました。
私とライオネル様の婚約はそのままです。
私がそう望みました。
だって、ライオネル様と婚約を解消してしまったら、今度はお父様好みの筋肉と結婚させられるかもしれないのです。
お父様とお母様は20歳以上年が離れているので、私にも30代の相手を考えられる可能性があります。お父様は筋肉さえあればいいのですから。
それが素敵な方なら私だって文句はありませんが、お父様が選ぶ筋肉なんて所詮筋肉ですよ。
お父様は独身を誓っていたようですが、40代を過ぎてから陛下の命令でお母様と結婚したのです。
当時、20歳を過ぎて結婚を焦っていたお母様は国の英雄との結婚を喜んで受け入れたそう。
結婚20年もすると後悔の方が多かったりするそうで。
お父様に厳しく監視されている私とお母様は他に話し相手がいないこともあって、お互いが不満を言い合える仲間なのです。
年頃の娘の手紙を平気で読み、勝手に捨ててしまうような横暴なお父様にただ怯えているだけの人生なんて、耐え続けられるでしょうか。
ライオネル様が辺境に飛ばされて2年経ちました。
私も16歳となり、迎えてしまったのです。反抗期を。
お父様は1番のヘイトの対象です。
いつまでも娘は自分の所有物で命令を聞かせて当たり前と思っているお父様を、許せなくなりました。
まず食事の時間は必ずずらして一緒には食べません。
お父様の呼び出しも基本無視です。
全ての人間が自分の言うことを聞いて当たり前だと思っているお父様には私の行動が理解出来ないようでした。
お父様に従順なお兄様に反抗期はありませんでした。
今までお父様に逆らえば殴られるかもしれないと恐怖がありました。
あんなに大きな筋肉で殴られたら死んでしまいます。
でも反抗期の私には、殴れるものなら殴ってみろ、という気持ちしかないのです。
基本恐怖で人を支配するお父様ですが、一応今まで殴られたことはありません。
殴られたことはありませんが、大きな声で恐怖は与えられました。
だから私は声が大きな人が嫌いです。
ところが、残念かな。
頭の中が全て筋肉のお父様には私のお父様嫌いが伝わらないのです。
娘は親を慕って当たり前だと思い込んでいて、私の行動が理解出来ず、前より関わろうとしてきます。本当に迷惑です。
今まで筋肉の為に家族なんて二の次にしてきたくせに、以前よりも家族の時間を持とうとしてくるのです。
ここまで残念なんて。
まあ断ってますがね。
お母様は私を生んでからお父様と夜は共にしていません。
お父様との夜の生活に恐怖を覚えたお母様が、私を出産後すぐにもう子供が生めない体になった上、夜の生活も無理だと嘘の診断を医者に書かせたのです。
その代わり、お母様はお父様の浮気も夜遊びも許容されました。欲なら外で発散させてくれと。
つまり、お父様は浮気も夜遊びもしているのです。
自分が遊び回っているくせに、ライオネル様のことを浮気者だと折檻したのです。
まだ若い私にはお父様のこの正義が理解出来ません。
自分はしているくせに、人のことは許せないと?
それに、守ると言いながらお母様と私を監視して、自由にお金も使えない私とお母様の我慢は限界にきていました。
そんな時に問題が起こりました。
国王陛下とお父様が魅了魔法・強の女に惑わされてしまったのです。
『俺に魅了魔法を掛けれるものなら掛けてみろ』
と自慢していた陛下とお父様の体たらくに呆れてものが言えません。
陛下とお父様を魅了した女性はそれはそれは立派なお胸とメリハリのついた体を持っていました。
陛下とお父様ですら魅了してしまう女です。
もうこの国の男達はこの女に落ちたといっても過言ではありません。
まさかの国の危機を迎えたのです。
しかもこの女を迎え入れたのは陛下自らですからね。
自分は魅了魔法には絶対に惑わされないと自信満々だったのに情けない。
陛下もお父様もいい年こいて何をやっているんだか。
あの女に魅了されてしまったお父様があの女の為に家の財産を浪費し始めました。
自分はきっと彼女の為に生まれたのだ。
とか言っちゃってるんですけど、もう既に老人の枠内に入っている人間が何言ってるんだか。
私とお母様は服を買うのも気を遣う生活をさせられていたのに、あの女の為には貢ぎ物を買い漁るお父様に嫌悪を越えて憎しみすら感じました。
お母様はこれを機にお父様と離婚しようと乗り気です。
あら?お母様にとっては良かったのかもしれません。
誰にも洗脳されることのなかった陛下とお父様という国の2大巨頭が崩れてしまった今、こんなバカみたいなことでこの国は危機に陥ってしまいました。
笑えない。
身内からそんな愚か者を出したとあっては私の将来も終わりではないですか。
しかし、絶対的な権力を持っていた陛下にも、国1番の英雄としての長年陛下の側で仕えたお父様にも反抗出来るような者はいないのです。
陛下やお父様が赤と言えば、白い物も赤と言わなければならないのです。
「シャリーヌ!会いたかったです」
国の危機と聞いて辺境の地からライオネル様が帰ってきました。
「ライオネル様!?」
ライオネル様とは2年間手紙のやり取りすらしていません。
多分ライオネル様の手紙はお父様に握り潰されて私には届きませんでした。
私から手紙を書いてもお父様に握り潰されることが予想されたので書いてもいません。
辺境までは遠いので手紙を送るだけでもけっこうなお金がかかりますしね。
2年振りのライオネル様は甘やかされた貴族の坊っちゃん感が消えて、なかなか精悍な顔付きになっていました。
あら、あらら?
これはなかなか私の好みかもしれません。
凛々しさを増したライオネル様の男らしさに私も思わずときめいてしまいました。
2年前にライオネル様をお父様から助けることが出来なかった罪悪感がずっとあったのですが、会えばそんなこと心から吹き飛んでいってしまいました。
「シャリーヌ、綺麗になりましたね」
私のことをうっとりと見つめてくるライオネル様に心の動悸が止まりません。
私ったらまた魅了魔法・小でライオネル様を魅了してしまったのでしょうか!?
いえ、むしろライオネル様が魅了魔法を使っているのでは!?
男性でも魅了魔法を使える方はいると言いますし。
「ライオネル様っ!」
婚約者、という前にライオネル様は小さい頃から知っている幼馴染みです。
私にとって頼れるお兄さん的な存在だったライオネル様との再会で、色々と我慢の限界だった私は泣きついてしまいました。
だって!国の危機なんですよ!?
それなのにお父様に従順なだけのお兄様はお父様が操られる訳がないと認めようとせず、ただ狂ったお父様に従うだけです。
お父様が法律ですから、逆らうなんて考えもしていません。
国に仕える者達も、陛下の異常に見てみぬふりをするか、気付いていても何も出来ずにいるのです。
そんな中で何も出来ない私だけが気を揉むような状況で、とても心細かったのです。
お父様ですら魅了されてしまうくらいですから、どうせライオネル様も魅了されてしまうのでしょうけど、でも今はまだ魅了はされていないのですから、信頼は出来ます。
私が抱き付くと逞しい腕が支えてくれます。
2年前は鍛えていてももっと頼りなかった気がするのに、ライオネル様は辺境でとても成長してきたようです。
苦労した者にしか出せないこのやつれた顔がとても私好みです。
「シャリーヌ、もう大丈夫です。辺境伯様も一緒に来たのできっと解決してくれます」
ライオネル様は辺境伯様とその騎士団と一緒に王都に来たようです。
辺境伯様は陛下の弟君で、確かに国でも強い権力を持っていますが、もし辺境伯様まで魅了されてしまったら、本当にこの国は終わりです。
不安は尽きませんが、このままにしておいても仕方がないので、辺境伯様とその騎士団は陛下と謁見することになりました。
玉座のある広間で、仰々しい行事のような謁見に、お父様の娘である私も同席することが出来ました。
玉座に座る陛下の隣の席には、王妃様でなくあの女が座っています。
大きな大きなお胸を強調するように見せびらかせて、足もほとんど見えているような下品な服を着ています。
魅了魔法とは少しでも相手に好意を感じてしまったら終わりです。
特に男性はお胸に弱いらしいので、あの大きなお胸を見てしまったら、好意を持ってしまうらしいのです。
あの女のすぐ側にお父様が守るように立っています。
お父様が守るのは陛下のはずなんですけどね??
あの女の魅了魔法が漂ってくるかのように、強烈な香水の匂いが漂ってきます。
辺境伯様やその騎士団は大丈夫なんでしょうか。
不安になりながら見ていましたが、今のところ普通。というよりは王妃が座るはずの席にあの女が座っていることに嫌悪している?
私のことを心配して隣に立っているライオネル様を見てみましたが、私と目が合うと微笑みかけてくれました。
あれ?あの女の魅了魔法にはかかっていない?
「お久し振りですね、兄上。王妃殿下と離縁したとは知りませんでした」
辺境伯様の挑発的な言い方に、陛下が不快そうにされました。
「年を取った女よりも美しい女に目移りするのは男として仕方ないことだろう?」
うわあ。陛下サイテーの発言です。お父様も頷いているから同罪ですね。
もうさっさとくたばればいいのに。
辺境伯様が物凄い顔で陛下達を睨んでいます。
愛妻家として有名な辺境伯様には陛下の言い分が許せないようですね。
「お前もアテナの魅力が分かれば納得出来るだろう。アテナ程素晴らしい女はこの世にはいない」
陛下がうっとりとした顔であの女の方を見ています。それと同時にあの女から漂ってくる魅了魔法の気配が強くなりました。
私が魅了魔法・小を使えるからこそ分かることですが、あの女の魅了魔法は確かに強力そうです。
もうこの場の全員はダメかもしれません。
隣に立つライオネル様だけでも守れないかと私の弱い魅了魔法を意識してライオネル様を見上げました。
ライオネル様のうっとりとしたような顔とすぐご対面です。
あの女の魅了魔法に魅了されてしまっているようには見えません。大丈夫そう?
というか、ライオネル様もしかして、さっきから私の方ばかりを見ていますか?
視線を向ける度にすぐに目が合うのはライオネル様がずっと私の方を見ているからですね?
私しか見えていないとばかりにライオネル様の視線は私から外れません。
ライオネル様、もしかして既に私の魅了魔法に魅了されている状態ですか?
でもそうだとしても私よりずっと強いあの女の魅了魔法に負けてしまう可能性だってあるんですけど。
「その下品な女が素晴らしい?ふざけないでください!この世に私の妻と娘達ほど魅力的な女性などいません!」
辺境伯様の妻バカ娘バカ発言が炸裂しました。
どうやらあの女の魅了魔法は辺境伯様には通用しなかったようです。
辺境伯様があの女の魅了魔法に惑わされなかったとは朗報です!
というか他の騎士達も魅了されている様子がない?
皆さん魅了魔法に対抗出来るような術でも持っていたのでしょうか。
「あのような女が素晴らしい?陛下は女を見る目がないんじゃないか?」
「あの下品な胸を見るだけでゾッとするな。俺は適度な大きさの方が好みだぞ」
「あの目元と口元のホクロ、色っぽいと思うか?俺はもっと可愛らしい女性の方が好みだな」
「分かる!俺も女は可愛らしい方が好きだ」
「俺も!」
「デカい胸と細い腰と大きな尻がいいなんておじさんの趣味だよな」
あら?
若い騎士さん達がひそひそと話す声が聞こえてきました。
訳しますと、大きいお胸など女性らしい特徴を持った女性が好まれたのは陛下やお父様が若かった時代の話で、今の若者の好みはどちらかというと可愛い系であると。
つまり、あの女は今の若者の好みではないので、あの女の魅了魔法に惑わされることはないのだと。
「そうだよな。俺もあの女が誰より素晴らしいなんて思ったことないぞ」
「俺もだ。陛下と総指揮が落とされたくらいだからと反論はしなかったが、別にあの女に魅力は感じない」
「そうだよな!?俺だけがそう思っているのかと思ったけど、皆も同じだったんだな!?」
「私もあんな下品な女に惑わされてはいない!」
「俺も。あの女はないと思っていたんだ」
あらー。
辺境伯の騎士さんに釣られて王宮の騎士達の本音が漏れてきました。
私もね、あの女はどうかと思っていたんですよ!
確かに体はね、凄いようですよ?でも大きければ大きい程いいなんて時代はもう終わってしまったんですよね。ていうか大きすぎて逆に下品というか。あの大きさは作り物かというくらい変なんですよね。
それに、化粧で誤魔化していますけど、あの女の顔、言うほど美人でもないですよね。
特にあの目!大きく見せようと頑張っていますけど、化粧を落としたら糸目くらい小さいと思いますよ。
あのホクロも偽物ではないかと疑っています。
皆さん陛下とお父様が魅了されてしまったことで本音が言えなくなっていただけで、あの女の魅了にかかった訳ではなかったのですね!
魅了魔法・強が使えるからと容姿まで恵まれるとは限らないのが魅了魔法保持者として悲しいところです。
個人によって好みも違いますし、どうやら時代によっても変わるようですね。
騎士さん達の声が聞こえていたらしいあの女が真っ赤な顔をして睨んでいます。
「わたくしのことをバカにしてっ!許しませんわ!」
あの女がお父様と陛下に向ける魅了魔法を強めました。
強すぎる力というのは劇薬と同じようなもの。
あの女の魅了魔法に充てられ過ぎた陛下とお父様はどう見ても正常とはいえない様子に見えます。
お父様が剣を持って戦う体勢に入りました。
洗脳されているとはいえお父様はかつての国の英雄です。
年老いても鍛えている肉体はその辺の騎士様には負けていません。
緊張がその場に走りました。
ところが、洗脳が強すぎたのか、その辺の騎士にお父様はあっさり負けてしまいした。
もう一度言います。
その辺の騎士に、あっさりと、負けたのです!
どうやら洗脳が強すぎて肉体に異常をきたしたようです。
あのお父様がこんなにもあっさり負けてしまうなんて!
長年お父様に苦しめられてきた私はちょっとすっきりしました。
陛下も戦おうとしましたが、辺境伯様にあっさり負けちゃってます。
あんなにも絶対的な力を誇っていた陛下が負けるなんて!
なんて今日は愉快なんでしょう。
「こんなバカげたやり取りは終わりだ。陛下と総指揮殿は正常な状態ではないようだから引退してもらおう」
辺境伯様の意見に反論する者はいませんでした。
陛下とお父様はあの女の魅了魔法を強く浴び過ぎて抵抗すら出来なくなっています。
魅了魔法で精神が侵されてしまったんですね。
私程度の弱い力であれば起きることのない問題ですが、最後にムキになったあの女の魅了魔法が陛下とお父様をダメにしてしまいました。
憐れお父様。ざまあ。
娘の魅了魔法にもかからないくせに下品な女に惑わされるからそうなるのですよ。
陛下には3人も王子がいたのに3人共が王位を拒否しました。
絶対権力者である親に怯えて暮らしていた為に縮こまってしまった気持ちは私にも分かります。
ですが王子達は男ですからね。か弱い娘の私とは違うのですから誰かが責任を取ってくれないと。
辺境伯様は奥様がいる辺境から離れる気など全くないようですし、次期国王は王子様達の中からどうにかしてくれないと。
3人共奥様の実家の婿養子になる気満々だったということで継承者に揉めましたが、王妃様の決断で第3王子様に決まりました。
あの時玉座に居なかった王妃様ですが、王子様達の奥様方の家と話し合いをしていたようです。
陛下はもうダメだと見限っていたようですね。
流石あの陛下と長年連れ添っていただけあります。ただの大人しいだけの王妃様ではなかったということですね。
お父様は引退することになり、お兄様が跡を継ぐことになりました。
お父様は精神的に問題があるとして山の奥の静かな病院に行くことになりました。
場所を決めたのはお母様です。
お母様はお父様と離婚せずに財産を受けとることにしたみたいですね。
あの女に貢いで減ってしまったとはいえ、今までケチを極めてきたお父様の財産はそれくらいでは無くなっていません。
ライオネル様は弟に家を継ぐのを譲りました。
辺境伯様に仕えることにしたのです。
私はライオネル様に付いて辺境に行くことにしました。
今までほとんど王都から出たことがないので楽しみです。
辿り着いた新しい地で、私は新しい美を発見したのです。
辺境伯様の奥様は辺境の地に古くから住んでいる現地民の出身でした。
私よりも濃い色の肌色に私は魅了されました。
辺境伯の奥様は浅黒い肌に、女性にしては高過ぎる身長に、見事に鍛えられた筋肉をお持ちでした。
アリです!
お父様を見て筋肉なんてクソだと思っていましたが、奥様は素敵すぎます。
辺境伯様が奥様を溺愛される気持ちが分かります。
お胸や見た目などと言っていた私がバカでした。
本当に美しい人とは奥様のことを言うのです!
奥様のファンとなった私は辺境の暮らしを楽しみました。
その内辺境伯様の娘様の1人とお兄様の縁談も持ち上がりました。
お兄様は長年お父様に仕えてきましたが、お父様と違って優しい人です。
辺境伯様の娘様ならお兄様を引っ張ってくださることでしょう。
ライオネル様と私は、私が18歳になるのを待って結婚することになりました。
本当なら1度裏切られたことを忘れてやらないのですが、魅了魔法・中の女に引っ掛かったのは私に似ていたからだと言われたら仕方ないでしょう?
それに、長年お父様という重荷から解放されて気分が良かったのです。
仕方ないから許してあげます、ライオネル様。
でも2度目はないですけどね?