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ある者の話  作者: さおん
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獣人嫌いで有名だった王女の話

獣人に一目惚れした王女が、獣人嫌いとして有名になっていた話。

『花嫁を迎える前に』で書いた公爵家が獣人嫌いで有名になる原因を作った祖母の話です。



彼を初めて見た時、私は間違いなく恋に落ちた。

その魅力的な耳から目が離せなくなり、そのふさふさした毛にどれだけ触りたいと思ったことか。

それでも恋に落ちた瞬間に理解したの。

彼と私が結ばれることは絶対にあり得ない事なのだと。


「王女様、どうかなさったの?」


いつも私に付きまとってくる女が私の視界を邪魔してくる。

私にはほんの数分見つめていることも許されないのね。

もう二度と彼を見ることも叶わないかもしれないというのに。

仕方ないわ。だって、私は王女なのだから。


私はその日、獣人に一目惚れをした。

初恋と同時に、失恋が決定している恋だった。

私は王女で、この国で獣人という存在はほとんどが奴隷として虐げられる対象なのだから。


私は絶望した。

叶わぬ恋に絶望すると同時に、自分の浅はかさに嫌気がさした。

獣人が奴隷として酷い扱いをされていることは知っていたの。

私はこの日、初めて顔が分かるくらい近くで獣人を見て、彼に目を奪われた。

そして、どうして彼がこんなに酷い扱いをされなければならないのかと、疑問に思った。

恋をしたからそう思えたの。

そうでなければ彼らの置かれている境遇に何の疑問も持つことなく受け入れていた。

獣人はそのように扱われて当たり前の存在なのだと。

それが恋をしたことで急に許せなくなるなんて。

私はなんて浅はかで愚かな女なの。


彼らの境遇を良くできないものかと思っても、私には何の力も無い。

ただでさえ私は自分の立場を上手く利用出来ていない。

この前は、私がその娘に冷たく接しているように見えた、というだけで、その娘は王女に嫌われた娘というレッテルを貼られてしまった。

私はそんなつもりなんてなかったのに。

でも私が悪いのよ。

王女なのだから、自分の些細な行動が誰かに利用されることも考えて行動しなければならなかった。

少し機嫌が悪いからと素っ気ない態度を取ることも許されない。

何があってもどれだけ気分が悪かろうとも、微かな微笑を湛えて、常に同じ状態を維持しなければならないの。

ねえ、それって神様みたいね?

あら?でも神話の神様はもっときまぐれだった気がするのだけれども。


どれだけ気を付けようと思っていても、初恋の余韻は薄れてくれなくて、つい意識が散漫になることが増えてしまった。

どうやらそのことがお父様とお母様の耳にも入ってしまったらしく、呼び出されてしまった。


「姫よ、最近元気がないようではないか。何かあったのか?」


心配そうなお父様は本当に私のことを気に掛けて下さっているのは分かる。

それでも、お父様は王だから。お母様も王妃であって、一人の父親と母親という訳にはいかない。

二人のことは尊敬はしているけれど、人の親としては信頼はしていない。

心配して下さっているのは分かるのだけど、それは親としての純粋な行動などではなく、義務のようなもの。

それに、素直に私の真実を告げたところで、悪い結果になる想像しか出来なかった。

お父様は良くも悪くも獣人に対して無関心だったから、今の獣人に対する現状がある。

もし私が獣人に恋をしてしまったのだと正直に告げてみたらどうなるかしら?

その獣人を私の奴隷として買うと言われるかしら。

それとも、私から獣人を遠ざける為に、獣人を更に悪い立場に追いやるのかしら。

悪い想像しか出来ないわ。

それに、この前の誕生日には私があるお店の高級菓子を願ったばっかりに、その店を買収までしようとした。

誰もそこまでして欲しいなんて言っていないのに。

その後も、私がその菓子が好きだと知った貴族達が媚を売る為にその菓子や似たような物を大量に送り付けてきて大変だった。

その時に好きなものを気軽に言う訳にはいかないと学んだのよ。


今は何と答えるべきなのかしら。

真実を言えなくても、事実を述べたらいいのかしら。


「私、先日悲しいものを見てしまって、今も心が塞いでますの。獣人と言いますの?あの不思議な耳や尻尾を持つ人々が酷い扱いをされているのを見てしまって、悲しくなりました。人が酷い扱いをされているというのはとても心が痛みますわ」


私がお父様にこう言ってもお父様は何もされなかった。

お父様は良くも悪くも獣人に無関心。わざわざご自分では何もしては下さらなかった。

それでもこの発言は大きな効果があった。

主に悪い意味として。

他の貴族に悪い意味で捉えられて「どうやら王女は獣人を嫌っているらしい」という噂になったのだ。

己の発言が真っ直ぐ人に伝わるとは思っていなかったけれど、まさか私が獣人嫌いだという話にされるなんて。

獣人に一目惚れした私が、獣人嫌いですって!?

私は酷い扱いをされている人を見たくないと、遠回しに獣人への対応をどうにかして欲しいと言っただけなのに。

自分の都合の良いようにしか人はその意味を受け取らないのよね。

見たいところしか人は見ない。

そういう意味ではないと訂正されれば、今度は伝え方が悪いのがいけないのだと『悪』を別に持ってこようとする。


でも、私は気付いてしまったの。

これは、好きだと言ってしまうよりも、利用出来るかもしれないと。

私が(虐げられる)獣人を見たくないのだと主張し続けることで、私に媚を売りたい貴族達が奴隷としていた獣人を手離し始めた。

常人よりも力の強い獣人は奴隷として隣国から無理やり連れて来られているということを私は後から知った。

噂はどんどん広がり、獣人をこき使っていた者達は獣人を毛嫌いするようになり、獣人達は居場所を無くし始めた。

私は獣人嫌いの筆頭として祭り上げられてしまった。

私は高圧的な態度で、獣人なんて見たくもないと言いふらし続けた。

大人しい王女の時は私の意見なんて風の囁き程度に流されていたというのに、偉そうして傲慢な態度を取ると「王女が怖いから言うことを聞くのだ」という態度で人々が従っていく。

私はおかしくて仕方がなかった。

王女の私が嫌いだと言えば、獣人の扱いは更に酷くなってしまう。

だけど私は、見たくもないのだと言い続けたから、獣人に対する嫌悪は増しても、奴隷として所持する者達は減っていった。

このまま、奴隷として拐われる獣人がいなくなればいい。

私のささやかな抵抗。

正しくない方法だったとは分かっている。

人の嫌悪を煽ることで彼らを奴隷から解放出来ないかなどと、きっと間違っているのだわ。

それでも、私にはこんな愚かな方法しか取ることが出来なかった。

だって、もし獣人が好きだと言ってしまったら、より多くの獣人が誘拐されて奴隷にされていた可能性があるのだもの。王女に媚を売りたいというつまらない理由だけで。


獣人嫌いの人々が増えると同時に奴隷になる獣人が減ることに、私は満足していた。

たとえ自分が獣人嫌いで傲慢で我が儘でどうしようもない悪役王女だと言われていようが、そんな事どうでも良かった。

だけど、私はとても考え無しだった。

この国に居られなくなった獣人がどうなったかなんて、ちゃんと考えて無かったの。

それは突然だった。

いえ、彼らは念入りに準備をしていたのでしょう。

寝所で剣先を向けられながら、私は震える事しか出来なかった。

それは獣人達の反逆。

自分達を酷い立場に追いやった元凶である私を暗殺に来たのでしょう。

常人より身体能力が高いという獣人は王宮の警護を潜り抜けて私の寝所までたどり着いた。

私を殺さんと私に剣先を向けているのは、私があの日恋に落ちたあの獣人だった。

こういう運命もあるのね。

恋をしてから二度目に姿を見れたのは、まさか殺されようとしている時だなんて。

私を憎しみを込めた目で睨み付けてくる彼に、私は本当に自分の愚かさを恨んだ。

彼等には私が諸悪の根元だと思っているのかもしれないけれど、きっと私を殺しても何も良くはならない。

私には悪役王女という立場を利用するくらいしか、力が無かった。

恋した人に殺したいと思われる程に憎まれた己の人生が悲しくあるのに、このまま殺されたらこの苦しみから解放されるという嬉しさからつい笑みが漏れてしまう。恐怖より、終われる喜びの方が勝った。

それに、このまま殺されたら私は彼への恋心を持ったまま死ねるのよ。

もう悪役王女を演じる必要がないという喜びと、恋した人にまた会えたという喜びが顔に出てしまう。

彼が驚いた顔で私の方を見ている。

そうよね、獣人嫌いの筆頭と言われている私が獣人を前にして憎々しげに睨み付けるならまだしも、嬉しいとばかりに笑顔を向けたのだから。

さあ、早く、斬ってしまって!

誰か来る前に、早く!

気持ちが焦って自ら剣の方に近付いていくと、彼が動揺したのが分かる。

その時、部屋の外が騒がしくなってきた。

もしかして獣人が王宮に侵入したのがバレたのかもしれない。

彼と視線が合う。

彼の目には動揺が浮かんだまま。

殺しにきた王女が自ら剣に近付けば驚きもするわよね。

残念だけど、私を殺す気が失せてしまったのなら彼にここに居てもらう訳にはいかない。

私は声を出そうしたけど、自分でも思っていたよりも喉が張り付いていて声が出ない。

私はかすれる声でなんとか言った。


「生きて」


それは情けないくらいとても小さい声だった。

彼が驚いていたので、獣人は耳が良いというから聞こえていたのかもしれない。

私は窓を開けて彼の逃げ道を作った。

音もなく、彼はいなくなっていた。


「王女様、大丈夫ですか!?」


扉の外から衛兵の声が聞こえてくる。

私は高圧的な声を意識して怒鳴り返した。


「煩いわよ!せっかくゆっくり休んでいたのに、私の睡眠を邪魔する程の事があったんでしょうねえ?」


こんな醜い声は出るのよね。私の悪役振りも板についてきたものだわ。

残された私の心には、大きな失望が残った。



獣人というものは人間よりも強いのに、種族的な問題もあってあまり群れることが無いらしい。

彼らが本気で抵抗していたら奴隷になんてならずに人間に勝っていただろう。

あの日から獣人達の抵抗が始まり、騒ぎが起きることが多くなり、王都は荒れた。

きっと彼が獣人達を先導しているに違いないわ。王女を殺しに来るくらい行動力があるのだもの。

解放されたり他国に売られそうになった獣人達は団結して戦い、隣国の自分達の国に帰ったらしい。

私は獣人達が騒ぎを起こした責任を取るというかたちで嫁に行くことになった。

王族を離れるといっても、相手は公爵家。権力なら十分あった。

王女の私に相応しい身分と財力を持った旦那様は昔からの知り合いでもあった。

私は旦那様が私を叱責してくれることに期待した。

王女ではなく公爵家の嫁になるのだ。旦那様に注意されたというかたちで今までの悪行を反省して心を入れ替え、悪役王女を引退出来るかもしれないと期待した。

けれど、旦那様は私に苦言の一つも言われなかった。

口を出すと面倒だと思われたのだろう。私は放置されて、悪役のまま。

それでも結婚してからはそれまでよりも穏やかな日々を過ごすことが出来た。

跡取りとなる男児も生まれた。

けれど、子供と接することはあまり出来なかった。

私の悪い噂を鵜呑みにした乳母や使用人達が私から子供を奪うように離し、私が子供と関わるのを嫌がった。

旦那様に苦言を呈しても、貴族の教育はそういうものだとしか言って下さらない。

寂しかったけれど、他の者が子供をしっかりと育ててくれる事を信じて任せるしかなかった。

全てが悪い方にいったのは、二人目が生まれた時だった。

私と旦那様の二人目の子供して生まれたのは、女の子だった。

生まれた瞬間から心臓の音が弱いと医者に言われ、私にその姿を見せることなく医者は娘を連れ去っていった。

娘は長生き出来ないかもしれないと医者も使用人も大慌てで、私にはその姿さえ見せてくれない。

せめて一度でもいいから抱いてあげたいのだと懇願したのだけど、私が娘の命を奪う諸悪の根元とばかりに遠ざけられた。

娘はわずか数日で死んでしまった。

せめて亡骸だけでも会いたいと懇願したのも無視されて、私は一度も娘と会うことが叶わなかった。

その時、私は自分の心が大きく壊れるのを感じた。

一人の母親としてただ会いたいと願っただけなのに、命をかけて産んだ子供と一度も会うことすら叶えられなかった。

私は泣いて、引き込もって全てを恨んだ。

憎くて、憎くて、皆皆不幸になってしまえばいいのに、と恨みながら日々を過ごした。

そんな生活をしていたら身体も弱る。

けれど、他の者達は私が堕落した生活をしているからだと判断し、私を心配してくれる者はいなかった。

子供の死亡率は高い。特に生まれてすぐ死んでしまう子供は多く、様々な理由があると言われてはいるけれど、大抵その理由は産んだ母親の責任とされる。

娘が丈夫に生まれなかったのは私の責任?

でも、そういうことにしていないとその場にいた使用人全員の責任になってしまうから、私がその責を引き受けるべきであるの。

身分ある者としてそれは分かっている。

それでも、一度も抱き締めることも姿を見せてもらえることも出来なかったのは別の問題よ。

私から子供を取り上げておいて、私が子供に興味がないと皆思っているのよね。

許せない。


娘を失った悲しみを少しでも癒そうと息子に会いに行くと、正直な子供は乳母や使用人の教育の成果を見せてくれた。


「わるいやつめ!ぼくがおまえをたおしてやる!」


息子は剣に見立てた棒を私に向け、私に斬りかかろうとしてきた。

使用人が慌てて息子を私から遠ざけた。

意味が分からなかったけれど、意味はすぐに分かった。

乳母や使用人達は、息子に私のことを『悪い』人間だと思い込ませる教育をしていたのだ。

一人の母親として子供を愛する気持ちを持っていたはずなのに、私の悪名は私から子供も奪っていたのね。

娘を失った悲しみをかかえたままだった私は怒りで冷静な判断が出来なくなり、乳母と使用人を解雇した。

身近にいた者がいきなりいなくなった息子の心情は心配だったけれど、母親への悪感情を育てるように子供への教育を、正義感すら持って行っていたのかと思うと、どうしても許すことが出来なかった。

娘が生まれた時も、私が娘に悪い影響を与えると思って離したのだとしても、きっと許すことなんて一生出来ないわ。




どうして私の人生はこんなにも辛いのかしら。

私の心はどんどん壊れ、お酒に溺れ、正気を保っている時の方が少なくなった。

旦那様は面倒なものには近付きたくないとばかりに何も言って下さらない。

元々優しい人だというのは分かっていたけれど、言うべきことは言ってくれる人だと思っていたのに。

ねえ、旦那様。妻の好きなようにやらせるだけが愛情だなんて馬鹿らしいこと仰らないわよね?

放置するには貴方の妻の悪名は広がりすぎてるわ。

公爵家の妻という身分はまだまだ高すぎて、私のつまらない一言に多くのものが動く。

私はそれっぽく偉そうにしているだけで、実際にはほとんど何もしていないというのに。



この国と獣人達の多くいる隣国の境目に、獣人が嫌うという植物が植えられているという話を聞いた時、私は初めて自分で動いた。

獣人が嫌うという植物を、私は公爵家の全ての屋敷で使うから伐採してこいと命令した。

無理な伐採をしていたら、そんな植物はいつか無くならないかしら、なんて。

子供でももっとましなことを思い付きそうな発想しか出来なかった。

その植物を、私がただ燃やしてしまえ、というのは無理がある。

公爵家の為にと言って乱刈りさせて、少しでもその植物を減らせはしないか、なんてバカみたいよね。

それでも隣国との境目に壁のように植えられていたその植物はすっかり無くなってしまったそう。

国内の獣人達の数は減ったとはいえ全くいなくなった訳ではない。

公爵領だけは無駄な権力を使って獣人を全て追い出した。

私は高価な宝石や売ればお金になるものを買い漁った。

いつか公爵家所有の建物全てが建て替えられる時に、資金として使えるように。

これは言い訳として言わせてもらうけれど、残念ながら旦那様には商才がなかった。

無駄な投資にばかりお金を注ぎ込んで浪費していく旦那様のお金の使い方よりも、私の宝石などの方が余程有益だと思ったのよ。

無駄使いの多い妻のせいで旦那様はずっと心労が絶えなかったことでしょう。

旦那様は孫が生まれて少しして亡くなってしまった。

死ぬなら私の方が先でしょうに。私はまだ生きていた。

あの日、獣人に放った「生きて」の言葉が私にも呪いのようにかかったみたい。

苦しんでも、まだ生きろと。



息子はずっと私の事を嫌ったまま。

私は息子が私を止めてくれないものかと少し期待したのだけど、旦那様の特徴を受け継いだ優しい息子は私を止めたりはしなかった。

私はいつになったら止まれるのかしら?

私は息子の嫁にも嫌われていた。

息子からも他の者からも十分に私への悪感情を植え付けられていたその嫁に、私は冷たく接した。

「怖い姑がいる可哀想な嫁」として大切にされるその女に、私は嫉妬した。

私はこんなにも辛いのに、その嫁は大切に大切にされながら、私の事を睨んでくる。可愛くないわ。

嫁を守る為に大人しい息子がとうとう私を追い詰めてくれないかと思ったりもしたけども、息子は耐える道を選んだようだった。

私は男子を一人生んだ嫁を、子供一人しか生んでいないのかとバカにした。

私も今は息子一人しかいないけれど、娘を生んでいたもの。たとえ数日で亡くしているとしても、生んだことは事実。

私は確かに娘を生んだ、ということを忘れたくなくて、主張していただけなのかもしれない。

嫁を責める言葉としてはとてもヒドイものだった。

嫁はまだ若く、その内二人目も生まれるだろうと思っていたから言えた言葉だった。

結局、息子夫婦は二人目に恵まれず、私はその酷い言葉の止め時を失ってしまい、長いこと嫁を苦しめ続けることになってしまった。

悪い、とは思っていた。

子供のことは母親にとってとっても繊細な問題だもの。

子の事で苦しむ気持ちを知っていたはずなのに。


私のやることは空回ってばかりね。

自棄になった私は、それまで国の事には口出ししないようにしていたのに、けっこう図々しい主張をするようになっていた。

王位を既に引退していた弟は、それが鬱陶しかったのだろう。

私が今まで自由に出来ていたのは、お父様が旦那様に「王女のやることには口出しするな」と申し付けていたからだということを教えてくれた。

衝撃だった。

旦那様が私を止めて下さらなかったのは、お父様にそう命令されていたからなのだ。

だから自由に出来ていたのだと言われても、私はそんなことは一切望んでいなかった。

勝手にお父様がやったことじゃない。

そんなこと、私は一度も頼んだことなんてないわ。

それがお父様の愛情だったのだとしても、全く嬉しくない。


ああ、なんてバカなの。

でも、一番バカだったのは私。

誰かに止められなければ止まれないのだと、思い込んでいた私が一番バカだったのよ。

既に年老いて後は死を待つばかりという歳になって、やっとそのことに気付くなんて。

私は他の者に頼るべきではなかった。

私はいつでも私自身を止めることが出来たのよ。

だって、傲慢で我が儘で、どうしようもない悪役王女が気まぐれでそれまでの悪行を止めたとしても、不思議でも何でもなかったじゃない。





「おばあ様、ご機嫌麗しく。また僕に会いに来てくださったのですね」


実の孫にすら嫌われている私に自ら話し掛けてくるのは今ではこの頭の弱そうなこの国の王子だけ。

弟の孫なのだから私の悪口など散々聞かされてきただろうに、この子供は飽きもせず私に話し掛けてくる。

お父様にも弟にも似ていないのは良いことね。

でもまだ子供だからこそこの子供には知らなければならない事があるはずよ。


「ねえ、お前は外に学びに行きなさい。この国の事しか知らない王族なんて恥ずかしいだけだわ」


お父様も弟も、弟の子も国からほとんど出たことはなかった。

命の危険を考えるとそれは当然だったけれども、今は周辺国も落ち着いて争いからは離れている。

自国しか知らない視野の狭い統治者なんて古いのよ。

少し学べば周辺国が獣人に対して友好的になりつつあることなど分かる事なのに、この国は遅れている。

私のような老害のせいもあるのでしょうけれども、王族の興味が薄いのも問題なのよ。


「分かりました!僕は遠く離れていようとも、僕の運命のお姫様を探しに行きます!」


私が言いたい事とは違うけれど、この子供が国を出ることに乗り気なのは良いことだわ。

国を出たら嫌でも分かるでしょう。如何にこの国の知識が遅れているかを。




王子は私との約束を守り、成人すると他国へと留学に行った。

私の体は、王子が帰って来るまでもたなかった。

でも、見ていたわ。

体が失くなっても、上の世界(天)から。

王子は五年の他国への留学で、本当に自分のお嫁さんを見付けてきた。

その王子の結婚に巻き込まれる形で、私の孫の結婚相手も決まった。

私が死んだ時、二十代半ばだった孫がまだ結婚していないのは私のせいかと心配していたのだけど、まさか孫が獣人のお嫁さんを迎えることになるなんて思っていなかったわ。

良かった。

孫は、私の愚かな行いを見ていても、優しい心を忘れていなかった。

そうよ、獣人だといえ「公爵家の嫁」よ。

女性として相手を大切にする孫を、誇りに思うわ。

その優しさを、私は知っているわ。

旦那様も、息子だって優しかった。

その二人に似て優しい孫ならきっと獣人としてではなく、自分の大切な結婚相手として相手の娘をきっと幸せしてくれるわ。

フフ。獣人に一目惚れをしてしまうところは、私に似たのね。



ああ、やっと私の苦しみは終わったのね。






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[一言] 不幸しか無いのは悲しいよね。 天で幸せになったってオチはフランダースの犬並みに欺瞞
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