思春期に弄ばれて
扉の開く音がする。
少し不快な、擦れた金属音にはもう慣れている。
「また、違う男と歩いてるのを見たよ」
「人聞きが悪いなぁ。もう、前の人のことは忘れたんだよ」
「そう」
『ほら、私って一途だから』と言う彼女は、悪びれもせず。
本当にどの口が言ってんだろうと思う。
でも、彼女にとってはいつものことだ。
「でも、ここに来たってことは何かあったんでしょ?」
昼休みの学校の屋上に人が来ることなんてない。
そもそも、立ち入り禁止だと思っている生徒が多数だろう。
彼女がここに来るときは決まって同じ理由だ。
「まぁ、そうだね」
照れくさそうに言う。
最初に出会った時もこんな顔をしていたことを思い出す。
今日は、いつもより傷心らしい。
「話してもいい?」
「勝手にどうぞ」
それから、彼女の話が始まる。
とても、とても不快な話。
本音を言えば、耳を塞いでしまいたかった。
素っ気ないような表情で、目を合わせずに話を聞いているのはせめてもの抵抗。
自己防衛。
「それでさ、ひどいんだよ。彼の家に行ったら、明らかに女物の化粧水があって! 絶対浮気じゃんって思ったんだよね」
「そう」
「そう! でエッチが終わった後のお風呂の中で聞いてもはぐらかすから、彼が寝ている間に勝手にライン見てやったの」
「それで?」
「やっぱり浮気してたからさ、その女の子に寝てる彼とのツーショット送ってやった!」
面白そうにけらけらと笑ってる。
その顔をのぞき見したい衝動を抑えて、やっぱり変わらない自分でいる。
「で、今の彼はバイト先の先輩なんだけど、凄く優しくて!」
「それはよかった」
「でしょ? ひどい顔でバイトに行ったときに、凄く優しくしてくれて。そのままの流れで、エッチして付き合うことにしたの!」
また、ここに来る事になるだろうなと予感する。
彼女の幸せを願うなら、ここに来るなと思うべきなんだろう。
だけど、神でも何でもない意地汚い人間に、そんなことをが出来るはずもない。
「幸せそうで何より」
こんな言葉が精一杯の本音だった。
彼女は笑顔を浮かべる。
「何か、話したいことがあるならいいんだよ。私にしてくれても」
「特にないな」
「それは残念」
それから、昼休みが終わるまでお互いに一言も話さないまま時間だけが過ぎる。
この時間が一番好きだった。
この世界に二人だけだと心から信じることが出来る、この時間が。
チャイムの音はひどく鼓膜に響いて、不快なものだった。
未だに慣れない。
「じゃあね。また来るから」
「いつでもどうぞ」
ひらひらと手を振って行ってしまう。
また、一人になる。
足音が聞こえなくなるのを待ってから、教室に戻ろうと思って立ち上がる。
もし、呼び止めたら止まってくれたのだろうか。
『そんな男やめとけ』と言ったら、聞いてくれただろうか。
私が男だったら、何かが変わっていたのだろうか。
付き合えていたのだろうか。
いや、どうせ、出会ってすらいない。
足音はとっくに消えていた。
私はまた、自分の殻に帰った。
ありがとうございました。