慣れと成長
「あーもーあんまり動き回らないでくれ!」
俺がこの世界に来てから数ヶ月の時が流れた。俺はあのあと爺さん(名前は教えてくれなかった)に居候、というよりペットのような扱いで家に住まわせてもらっている。この体になってから食料は野草程度で十分だし、寝床も軒先で十分なので、そこまで迷惑はかけていないはずだ。そんな中での俺の仕事はこの赤ん坊(名前はアルなんとかとかいうとても長い名前が籠に書かれていたらしい)の遊び相手と世話だ。爺さんは赤ん坊に何やらまじないのようなものをかけたり、食事も与えたりするが、基本的には怪しい鍋で薬のようなものをかき混ぜたり、厚い紙に何かを書き込んだりといったよくわからない作業をしている。結果として基本的に俺が赤ん坊の世話をすることになった。スライムの姿で世話をするのはとても大変だった。基本的にこの体は人間であった時より不便だ。力も弱くなったし、速度も遅い。前世よりマシなのは柔軟性と体の小ささぐらいだ。ただ人は慣れるもので俺もだんだんこの姿での生きるための動きというのに適応していった。また、この赤ん坊が思ったより手のかからない子だったというのも大きい。この子は普通の赤ん坊と違ってそれほど泣かず一日のほとんどを寝るか、周りの景色をじっと観察するか、俺を見て何がおかしいのかキャッキャと笑うかしていた。しかし、その手のかからなさも動けない間だけだった。少し動けるようになった途端、赤ん坊はすごい勢いで活動的になった。あっちにいっては怪しい瓶を倒し、こっちに行ってはよくわからない塊を口に入れようとする。そんなことが起きるたび、俺は追いかけて必死で赤ん坊を抑える羽目になった。俺が必死で止めようとする度に赤ん坊はそれを見ながら人の気も知らずニコニコしていた。ひょっとしたらこいつ俺がアタフタするのが面白くてウロウロしてるんじゃないか?そう思った俺は、あえて赤ん坊を無視することにした。どうせあいつは魔法が使えるし、具合が悪くなっても爺さんが薬やら魔法やら持ってるんじゃないか?そう思いながら見ていると、赤ん坊はまたウロウロして紙束をひっくり返したり、木の棒をしゃぶったりし始めた。思わず止めようとする心を抑えつつ俺は赤ん坊にそっぽを向ける。
(我慢、我慢だぞ俺、あんま調子乗らせないようにしないと)
すると、赤ん坊はこちらに体を向け、木の棒を握ったまま膨れっ面になった。それは見たことのない反応であり、あるいは泣き出しそうな表情にも見えた。
(す、少し意地悪しすぎたかなぁ。宥めてやろうか)
そう考えた瞬間、赤ん坊はこちらに背を向けると、ものすごい勢いでハイハイしながら家の外に飛び出した。階段もお構い無しなその勢いは赤ん坊のハイハイとは思えなかった。その尻はどんどん小さくなり森の外まで行ってしまうのではないかという勢いだった。
(う、嘘だろ!危ないぞ!待て!)
俺は、その尻を見失わないように家を飛び出し赤ん坊を追いかけた。こんな森の中赤ん坊一人じゃ危険すぎる。胸にはその心配のみがあった。だが、俺は気づいていなかった。この世界に来た初日以来俺はこの家から離れておらず、あたりの地理に対する知識は全く無いことを…
(迷った!ここどこだよ!)
結果として、俺は自分の判断の誤りにすぐ気づくことになった。