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魔物と旅人

魔物と旅人8: 魔物と魔物

作者: 河辺 螢

 町の一角に魔物を売っている出店があった。

 珍しい魔物が数匹、鉄の檻の中に入っていて、一見荒々しそうな姿のものも、皆大人しく、小さくなって丸まっていた。

 魔物なんてめったに出ないので、大人も子供もみんな珍しがって見ていたけれど、あえて買おうという者はおらず、売れ行きは悪そうだった。

 通りすがった男も、魔物の入った檻を見ていた。

 男の肩には魔物が乗っていたが、檻に入った魔物を見ると、慌てて男の上着の中に潜り込んだ。

 男は檻の前にただ黙って立っていた。

 やがて、男の小さな魔物が、服の間からひょこっと顔をのぞかせた。

 檻の中の、ひょろりとした魔物が不意に顔を上げた。

 それを見て、男のそばにいた魔物がふらりと檻に近寄った。

 バン

と音がして、男の魔物は檻に触れる直前で吹き飛ばされた。

 慌てて男は遠くに飛ばされた自分の魔物を受け止めた。

 魔物は目を閉じて、ぐったりしていた。

「この檻には魔物封じをしてある。魔物が不用心に触れると、痛い目を見るぜ」

 店番をしていた片目の男が、魔物を持った男に言った。

「すみません」

 魔物を持った男は、ぼそりと謝ると、手の中の魔物をそっと撫でた。

 すぐに魔物は目を覚まし、ビクリ、と体を震わせ、そのまましばらく男の手の中でじっとしていた。

「何だったら、その魔物、言い値で買うぜ? あんまり見かけねえが、つやつやしたいい魔物だ」

「お断りします」

 魔物を持った男は、口調は穏やかだったけれど、目つきは今にも魔物売りの男に襲い掛からんばかりの怒りを秘めていた。

「ぴきゅ、ぴ…」

 手の中の魔物は何かを言いかけたが、男の手に力がこもったせいか、そのまま黙ってしまった。

「まあ、気が向いたらいつでも声をかけてくれや」

 魔物を連れた男は、黙って立ち去った。




 魔物売りは、俺たちを部屋の中に入れると、魔法のカギをかけていつものように飲みに出かけた。

 今日は売り上げはなかったが、明日はなんちゃら子爵の屋敷に呼ばれていて、予約されている1匹と、他にも数匹の売り上げがあるだろう、と俺たちにわざと聞かせるように話していた

 全く、いけ好かねえ奴だ。

 あんな奴に取っ捕ってる俺も間抜けだが。

 捕まったのは半年前。

 魔物にしては小さく、大した魔法も使えず、可愛くもない。

 こういうのが一番売れない、と魔物売りが愚痴っていた。

 それでも手放す気はないらしい。

 中には「魔物」というだけで欲しがる輩もいるらしい。

 「魔物」の中には魔法の核を持つものもいて、それを取って、剣や盾に仕込むんだそうだ。

 そのうち俺も、そう言った奴に買われて、剣になって知らない所で戦いにでも駆り出されるのかもしれない。

 俺よりずっと前からいる、俺より売れそうにない爺さんは、あきらめたようにいつもぼんやりと檻の中にいた。

 はじめ、出せと檻に体当たりする俺に、「無駄だ、無駄だ」と言ってきた。

 そのうち、その意味は分かった。

 檻にも、俺たちにつけられている首輪にも、魔法がかかっていた。

 外からは触れられない。

 内からは開けられない。

 魔物の居場所を感知し、締め付ける首輪。

 そして部屋にも、封じる魔法。

 売り物として置かれた時以外は、陽の光を見ることもなく、土にも、木にも、草にも触れることはない。

 流れる水も、ずっと見ていない。

 捕らわれる、とは、こういうことだ。

 投げられるように置かれた堅い飯を、しぶしぶ口にする。

「まだ飯をもらえるだけましだ」

 俺より少し大きい魔物が言った。

「前に捕まった所じゃ、ろくな飯にありつけず、大半の仲間が死んだもんだ。やっと抜け出せたと思ったら、あんな奴に売りつけやがって…。」

 赤い目が、人を恨んでいた。

「あんな人間、魔法が使えればひと食らいで終わりだ」

「ニンゲン、コワイ、ニンゲン、コワイ」

「俺は明日売られる人間の所で、番犬になるらしい」

 体の大きな、狼の魔物が言った。

「役に立ってるうちは食わせてもらえるって話だが…。」

「それも、役に立たなくなったら、お役御免さ。人間に捕まったら、おしまいだ」

「ニンゲン、コワイ、ニンゲン、コワイ」

 やがて、話すものはいなくなった。

 窓から洩れる月明かりも、捕まってしまった魔物の心をとらえはしない。

 急に、月の光が隠れた。

 …影?

 丸い影が、踊るように跳ねている。

「ぷきゅ」

 とぼけた声で現れたのは、昼間見た、人間に飼われている丸っこい奴だ。

 窓の向こうで、こっちを覘いている。

 かと思ったら、わずかな窓の隙間をこじ開けて、入ってきた。

 …入って? 魔法のカギがかかっているのに?

「きゅ、きゅ、きゅ? デタイ?」

「なんだ、人間の手下が」

「デタイ?」

「デタイ、デタイ!」

 蝙蝠みたいな魔物が、丸っこい魔物に答えた。

 ずっと「ニンゲン、コワイ」ばっかり言っている奴だ。

 丸っこい魔物が、近寄ってきた。

「やめておくんだ、若い魔物よ」

 古参の、ひょろ長い魔物が、丸い魔物を止めた。

「この檻には魔物を害する魔法がある。開かない魔法も、知らせる魔法も。下手なことをすると、あいつに気付かれて、お前も檻の中だ」

「キュイ」

 丸い魔物は、そう言いながらも、触れるとはじかれる檻に触れた。

 昼間より格段に小さくはじかれ、壁までころころと転がったものの、再び戻ってくると、檻に触れた。

 はじく魔法がなくなっていた。

「カギ、アケタ」

 そうして丸いのは、ひとつづつ檻の扉に体当たりしては、戻ってきて、鍵を開ける、を繰り返した。

 体当たりであの魔法を解いているのか。

 すごい魔物だ。

 全ての檻の鍵が開いた。

 蝙蝠みたいな魔物が檻を出ようとすると、丸いのはその首にある首輪に自分の毛を飛ばして突き刺した。

 すると、首輪に縦に筋が入り、まるで切ったかのようにぼとりと床に落ちた。

「す、すげえ」

「サヨナラ、サヨナラ」

 そう言いながら、蝙蝠の魔物は飛んでいこうとしたが、この部屋に張られている陣が魔法のカギになって、出られない。

 …だが、この丸いのは、入ってきた。

 いったいどうやって?

「ソト イク デグチ、 ナカ イク イリグチ イッショ、イッショ」

 丸いのは、いきなりそういうと、指でその辺を丸くかたどった。

 すると、不思議な輪っかが浮かび、蝙蝠の魔物はその中に飛び込んで、どこかに行ってしまった。


「俺も戻りたい。故郷に、北の森に」

「キュイ」

 明日売られる予定だった、狼の魔物にも、魔物の毛が飛んだ。

 そして、さらに大きな輪っかを魔物が書くと、狼の魔物もまた、輪っかを通り、どこかへ消えて行った。

「お、俺も」

 俺もここから逃れたい。

 すると、丸いのは、俺の首輪にも毛を突き刺して首輪を壊し、丸い輪っかを作った。

 ここを通れば、自由になれる。自由に、身軽に…

 しかし、輪っかの向こう側には、何もなかった。

 何もない…。

 行きたいところが、思いつかない。

 そうだ。俺の故郷は、燃やされ、消えてしまったんだ…。

 丸っこい魔物が、パタリ、と倒れた。

「ばかな魔物だ」

 古参の、ひょろっとした魔物が、首輪をつけたまま檻から出てきた。

「魔力の使いすぎだ。ここであの魔物売りが戻ってきたら、同じく捕まって、売られてしまうだろうに…」

 古参の魔物は、丸い魔物を拾い上げると、手から緑色の光を発した。

 丸い魔物は、その光に包まれて、ふわりと宙に浮いた。

 ゆっくりと目を覚ました魔物は、光から飛びのくと、もう一度俺の前で輪っかを作ろうとした。

「無駄だよ、こいつにも、私にも、もう戻れるところは、ないんだよ」

「きゅうううう」

 丸いのは、それでも輪っかを作って、輪っかの向こう側がないのを見て、項垂れた。

「きゅう…カエル ナイ」

 古参の魔物は、丸いのを持ち上げると、

「お前には帰るところがあるだろう? お帰り、人の子よ」

 そして、丸いのを何度も、何度も撫でた。

 古参の魔物はそう言ったが、どう見てもこいつは人間じゃない。

 人間はこんなに小さくはなれない。

 人間の手や足はもっと長い。

 人間は魔物を嫌っている。

 人間は…

「私はかつて妖精だった。たくさんの仲間を失い、故郷を守るために自ら魔物になった。私は森を守った。それを悔やんではいない。だが、瘴気を得た私はもう二度と妖精には近寄れない。仲間の元には戻れない。だが、お前には戻るべき場所があるだろう。命を粗末にするんじゃない」

 古参の魔物は、丸いのが作った輪っかを真似て作り、魔物をその中に入るよう、促した。

「お前は、幸せか?」

「きゅい!」

 迷わず答える丸いのを見て、古参の魔物は、弱々しいながらも笑顔を見せた。

「今の姿のままでもか?」

「きゅ?」

 首をかしげる魔物をもう一度撫でた。

「…お前の旅に、幸あらんことを」

 そして、丸いのを指ではじいて、輪っかの向こうに飛ばしてしまった。

「そして、もう一人の人の子よ。お前も帰るところを思い出せぬのか?」

 古参の魔物は、俺を見ていた。

 もう一人のって…、俺?

「魔物の半分は、普通に生きていたものの成りの果てだ。忘れたということは、人でいるのが苦しかったのかもしれんな。だが、忘れたままでは、ここから抜け出せぬ」

 古参の魔物は、あの丸いのが出したのと同じ輪っかを、俺にも作ってくれた。

 だが、輪っかの果ては、闇だ。

 思い出せない。どうして魔物になったのかも。人だったかどうかも。

 ただあるのは、人に対する恨みだ。

 それは、魔物としての恨み。捕まった恨み。殴られた恨み。

 …殺された、恨み。

 自分が?

 違う。

 自分ではない、誰か。何人も、何人も。

 奪われた恨み。

 あれは…

「リューシュカ…」

 姿さえも思い出せないのに、その名前が口から出ると、輪っかの向こうに街が見えた。

 焼け落ちた故郷に似ていた。

 魔物として人の世界に戻っても、受け入れてもらえないのは判っていた。

 それでも、自由になりたい。

 風を受けたい。

 光を浴びたい。

 そして、リューシュカを、取り返す!

 気が付いたら、足が輪っかを超えていた。




 魔物売りは、馬車に魔物を積んでどこかに向かっていた。

 昨日、魔物売りを見ていた男は、過ぎ去る馬車を目で追った。

 黒くて丸い魔物はポケットから出てくると、男と一緒に馬車を見送っていた。

 幌のかかった荷台の中で、ひょろ長く、片目の魔物が、うっすらと緑色の光を放ちながら、見送る二人を見ていた。




各種オチ (他にもお好きなものをご想像ください)

Aコース:恨みが積もった魔物による被害発生。

Bコース:半年閉じ込められた魔物による反乱は、体力不足であっけなくやられて終了

Cコース:リューシュカさんに拾われて、幸せな魔物として暮らす

Dコース:リューシュカさんに核を抜かれて、リューシュカさんの剣になってずっと一緒。 うわあ。

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