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サンソンくん sunflower/typoon No7 編  作者: ハクノチチ
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sunflower ーGO WESTー




 連れ添う光と別れる、宙に浮かんだ階段の先には想い描く扉などどこにもなくて、音のしない巨大な雲があるだけだった。

 明け方に君は何かを言っていたんだ。赤い砂の地面にまでは達していなかったとか、たぶんそんなようなことを。

 友達とケンカしてふて寝した君の寝言もヒントになる遥かな空を旅する小さな彼。昨日も今日もGO WEST。風があれば風に乗り、なければないでダラダラと……


 太陽が一つである限り間違えようもない方角へ進む小さな彼の旅は、時に人の心の中を通過する厄介な場面もあるのだが、大概は丸い大気のなか故、徹底的に暇だったりする。百年前から一秒後までの永い時間を、命のない真っ青な落とし穴に黙々と埋め戻しているかのように暇なのだろう。そういうときには、今や誰も来たためしのない遠くの岬に転がっているかもしれない、星の欠片のような鉄の弾を思い描いてみることがある。

何かの、たとえば勇ましい物語のプロットから、知らない間にこぼれ落ちてしまった一発の弾丸。誰にも撃ち込むことがなかっただけではなく、マヌケな暴発すら起さずに放っとかれてしまったのだ。勝利と敗北が繰り返される四季の巡りもかなり他人事で、後からきた閃きにかすめ取られた活躍は、無駄に広い行間の静寂に加えられた。

 止まない潮風に当り続け、気の合う火薬と分け合えたはずの誇りは赤茶色く錆ついていることだろう。耳慣れた波の音だけを聞いて過ごすしかないのだから。

 小さな彼は、忘れられたどこかの岬で退屈を持て余す星の欠片のような鉄の弾の気持ちと、誰もいない大気の中にいる自分を比べてみるのだった……



 黄色の原色に囲まれた丸い顔。種類によっては顔まで黄色い。短く毛羽立った緑色の細長い茎が放つ「首」の青い匂い。開花を待つ間も密かに陽を追いかけ、土壌の許可が下りた季節の始まりから朝いちばんで顔をもたげる。そのやる気に満ちた行動は、複数の名を持つ一人の神様に忠実な天使よりもよほど忠実に実践します。精魂果てて枯れる日まで。

 彼らをどこかで見かけたとき、人知れず大地に根を張り、今もまだ空を見上げ続けることを諦めてはいない身近な友人や、もうすっかり知らない誰かになってしまった、昔の冷たい恋人の笑顔を思い出すこともあるでしょう。だからそのことで、遠く忘れていた記憶が蘇り苦笑いを漏らしてしまったとしても、ひまわりは夏の陽の厳しさに辟易する我々の気持ちを陽気にするのでした。


 ディスコティックで派手な尻尾のトカゲが、下品な蛇の愚痴を言いに来ても彼らはなあなあでしか話しを聞きません。

 働き者のミツバチが断りもなく顔に止まったとして、とてもくすぐったいものでしたが、首を振り回して追い払うこともしません。

 カマキリがお腹を空かせたままどこかの葉の先で動けなくなっていても動じません。

 彼らは太陽の寡黙を真似しながら、笑顔も絶やさないのです。時々は横目を使い、こっそりお隣同士おしゃべりくらいはしますがね……


「太陽は私だけを見てくれているに違いないわ」

「私のことよ」

「みんなのことを見てくれているんじゃないかな?」

「いいや、そうじゃないとぼくは思うんだ。本当はぼくらがみんなで太陽を見張っているんだよ。今日も一日、ズルしないでちゃんとお空を横切るかって」

「何のために?」

「……夜のためなの?」

「だとしたら月のためなのかい?」

「正しさのためにさ。正しい季節の中の正しい夏のために、ぼくらはその仕事を請け負っているんだ。季節で一番力強い太陽が、ぼくらの頭の上で空の歩みをチョロまかしでもしたら大変なことになるからね。春の雷や秋に色づく山や谷、冬の星まで口を出してきて文句を言われちゃうよ。だからぼくらは夏の虫や他の花からも尊敬されるよう、しっかり見張らなくっちゃいけないんだ。でも決して笑顔は忘れずに!!」


 そんな彼らは陽が沈むとぐったり疲れましたし、本当は雨の日や曇りの日は嫌いじゃありませんでした。どうしてかは分かりますよね? 



 グダグダ飛ぶ空には、季節が移行したという目安は余りなくて、もちろん夜空の星座は分かりいいのですが、夏の星座も冬の星座も実際はかなり前のめりに現れるので時期的な余白が多すぎます。昼間の白い月にしたって四季による濃淡はかなり微妙です。季節の移り変わりを知るには、地上における「変化」や「出現」を発見するのが最もかもしれません。

 そんなわけで、いつでもどこでも現れたら最後、どんなタイプであろうともやり合うことを決めている「鳥」が一羽もいない今日も退屈な上空から、黄色いドットに埋まる一角を発見したとき、季節の到来を知った小さな彼は小躍りしました。

 眼下には多くの時間と共に、止まっているようにさえ見えるくらいゆっくり蛇行する広い河がありました。向こう岸の叫び声など聞き取れはしないだろうほどの川幅でした。静かな水音を立てる水辺には背の高いアシが嫌ってほど生い茂っていて、隙間なく土手の際まで密生しています。敵に追われる小動物が逃げ込み、仲間に追われている人間は命がけで裏切ったボストンバック(後日回収する)を放り投げるようなところです。でももちろん今のサンソンくんには、一本だろうと百万本だろうとアシに用などなかったので、降下していったのは土手の裏側でした。

 本流へ流れ込む穏やかな支流や逆にこちらへ引き込む用水路などもない、丸み帯びた平地の一か所に誰が植えたか、自然発生したのか? 人の肩の高さほどあるひまわりはうまいこと顔と顔を重ね合わさずに咲いていました。ざっと2000本ってところでしょうか? この夏の「手始め」にはまずもって理想的な規模でした。


「やぁ、ひまわりさんたちこんにちは!」サンソンくんは、広い河の土手の裏側に見つけたハローサマー!! の全部を見渡せる高さから元気に声を掛けました。

「誰だい君は? 申し訳ないけれどちょっと横にズレてもらえないかな。そこに浮かんでいられると、今ちょうど向き合っている太陽が見えなくなるんだよ」

 もちろんサンソンくんは高さだけではなく、本当の太陽を隠せる位置も計算していました。慣れたものです。

「ぼくは太陽の妖精サンソンくんだよ!」今日ここから、ひと夏のあのいたずらが始まるのかと思い笑顔が弾けました。

 手頃な上空でウロチョロすると彼らは一斉に首を振り、太陽の妖精を追いかけてしまうのでした。すると彼らは勝手に目を回すか、大事な笑顔を支える細い首を痛めてしまうのでものすごく怒りました。嫌なら追いかけなければいい、と思うかもしれませんが、そう簡単な話ではありません。サンソンくんは本当の太陽よりもずっとずっと低い空にいますし、曲がりなりにも「本物」であるからです。



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