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63 温かい居場所

 なんとか持ち帰った騎士の亡骸を渡しても、騎士たちは僕に文句の一つも言わなかった。ただ、彼の遺体を持ち帰ってくれてありがとう、なんて悔しさを必死に隠した表情で礼を言うだけだった。いっそ罵ってくれたなら楽だったのに、なんていうのはきっと僕の我儘なのだろう。


 冬の風が肌に突き刺さる。仲間たちの待つ宿舎に戻るため、僕は先を急いだ。



「お帰りオスカー、遅かったね」

「ああ、ただいま、カレン」


 宿舎の共用スペースにある暖炉には、いつものように仲間たちが集っていた。僕の姿を認めたカレンが、パタパタと僕の方に走ってくる。


「寒かったでしょ!アンタのためにアタシが暖炉の目の前を譲ってあげる!ほら早く!」


 笑顔で言うカレンに促されて、暖炉の目の前に座る。かじかむ手を暖炉にかざしていると、冷え切った心すら溶けていくような気がした。


「お疲れさん、オスカー」


 僕の右手に座っていたメメが、珍しく労いの言葉をかけてくる。いつも鋭く僕を見てくる視線が、少し柔らかい。


「……どうしたのみんな。なんか優しいね」

「何があったかは知らんが、大変だったんだろ。そんな顔してるぞ」

「……そう、かな」


 メメはどうしてそんなに僕の内心を見抜くのが上手いのだろうか。彼女と対面していると、時々思慮深い老人とでも話しているような気分になる。

 彼女はそれ以上声をかけてこなかった。誰も何も聞いてこないのをいいことに、暖炉を眺める。火の後ろでゆらゆらと揺れている影を目で追っていると、自然と言葉が口を突いて出てきた。


「今日、ワーウルフと会ったんだ。それで。それで、騎士の人を助けられなかったんだ」

「そっか」


 カレンの言葉は、常と違い静かだった。


「僕なら助けられるはずだったんだ。勇者の、僕なら」

「オスカー」


 メメの言葉もまた静かだ。


「勇者ってのは万能の人間じゃない。何でもできるわけじゃないんだ」

「分かってるよ!でも──」

「──オスカー!助けられるはずだった、じゃないんだ。その騎士は、戦うっていう自分の選択に殉じたんだ。──その死を、お前が背負う必要なんてないんだよ」

「……」


 いつだって、メメの言葉には実感が籠っている。だから、彼女の言葉は胸の中にスッと入って来た。戦うのを選んだのは騎士自身。だから、僕がそれを背負う必要はない。

 でも僕は、普通の人よりも恵まれているんだ。勇者という肩書きの重さ。だから。だから──。


 暖炉の火がパチパチと音を立てる。その音で、ようやく自分が黙り込んでいたことに気づいた。


「……うん、ありがとう。今はそう考えることにするよ」

「そうか?……お前の周りには仲間がいる。だから、困ったら相談したらいいんだよ」


 そう言って、メメは男前に笑った。ああ、きっとその少し細められた黒い目は、僕の葛藤をも見透かして、その上でそんな言葉をかけてくれたのだろう。全く、敵わない。僕のことを分かってくれている人が、ここにいる。それが分かるだけで、僕の気持ちは少し楽になった。

 葛藤と後悔と自己嫌悪とをまとめて吐き出すように、僕は大きく息を吐いた。


 僕の雰囲気が変わったからだろう。暖炉に集まる仲間たちの間にも、どことなく弛緩した空気が漂い始めていた。そんな中、ジェーンが新しい爆弾を放り込んだ。


「……しかしそれは、困っても相談しない筆頭である貴女の口から言われたくないのでは?」


 そんな言葉をかけられたメメが、ピタリと動きを止めた。


「そうですわ!全然!何も話してくれない貴女がそれをいいますか!?」


 突然立ち上がりながら、オリヴィアが声を荒げた。それを聞いたメメが、居心地悪そうに身を竦める。ジェーンに言われた時は不満げだったが、オリヴィアに言われると途端にメメは身を小さくした。やはりメメはオリヴィアに弱いらしい。


 オリヴィアはそのままつかつかとメメに近づいた。


「いや、別にそんなことは……」

「ま、まあまあ。メメちゃんだって話したくないことはあるだろうし」

「まあ、それはそうですが……」


 オリヴィアを制止したのはカレンだった。僕はそれを少し意外に思う。


「……全く、この口は何も話してくれないのですから」

「いひゃいオリヴィア。どうしていつも俺の頬をひっひゃるんだ」


 オリヴィアがメメの頬を引っ張ると、柔らかそうな頬がミヨーンと伸びた。オリヴィアの手からなんとか逃げ出して、メメはジェーンの方へ向き直った。その顔は不満げだ。


「お前が余計なこと言ったからだぞ」

「余計なこと?いえ、至極まっとうな指摘をしたつもりですが」

「それが余計なんだよ!よ、け、い!」


 ふん、と鼻を鳴らして腕組みをするメメ。そんな仕草をも、ジェーンは優しい目で見つめていた。やっぱり、彼は彼女を見る時だけ優しい目をしている。


 表情があまり変わらないから分かりづらいけど、やっぱり彼にとってメメは特別みたいだ。彼は自分のことをメメの兄のようなものと名乗っていたけれど、まさしくそんな感じだ。優秀で、だけど不器用な妹を見守るような、そんな目だ。


 メメの方にも、どことなく彼への信頼を感じる。彼に対しては口も態度も悪いけど、それはきっと彼のことを信頼しているからなのだろう。彼女の遠慮のなさは、そのまま信頼の深さに繋がっている。そんな気がする。


「ふん!トイレ!」


 豪快に言い放って、メメはずんずんと立ち去っていった。暖炉から離れた彼女は一瞬ぶるりと体を震わすと、少し足を早めて遠ざかっていく。


「ジェーンさん、メメさんの悪癖を指摘してくださり、ありがとうございます」


 メメの姿が見えなくなった後、穏やかな声で言ったのは、オリヴィアだった。


「いえ、感謝されるようなことでは」

「いいえ、それでも、です。メメさんのことをちゃんと見ている人が1人でも多くいて、私は嬉しいのです」


 そう言うオリヴィアの顔は、常よりも一層大人びている。それは例えるなら、母親の慈愛のような優しさを感じさせるものだった。


「……」


 ジェーンはいつもの無表情を僅かに崩し、少し動揺したような様子を見せていた。少しの沈黙の後、彼はゆっくりと口を開いた。


「しかし、私はメメさんにあまり好かれていないようですからね。私が彼女を見ていた所で、あまり喜ばれないでしょう」

「──そんなこと、ないと思いますよ」


 黙っていられず、つい口をはさんでしまった。ジェーンの無機質な瞳がこちらを向く。


「僕も彼女の遠慮がないというか、ぶっきらぼうな態度に騙されていたのですが、あれはどうも信頼の裏返しみたいですよ」

「……そう、でしょうか」


 僕も勘違いしたものだが、彼女はむしろ距離の遠い相手には馬鹿に丁寧に接する。だから、彼女の遠慮のなさ、気安さは信頼の表れなのだ、と僕は分析している。

 常と違い、ジェーンの返答は揺れていた。なんだか人間らしい彼の仕草に、自分の口角が少し上がるのが分かった。


「私の目から見ても、メメさんはジェーンさんに他の仲間とはまた違った信頼を置いているように思います」

「確かに!アタシもそんな気がする!」


 オリヴィアとカレンも同調する。やっぱり皆同じようなことを思っていたようだ。僕たちの様子をぐるりと眺めたジェーンは、少し考えるように動きを止めた後、ぽつりと呟いた。


「ありがとうございます、皆さん」


 微笑する彼は、なんだか嬉しそうだった。


「──あっ」

「どうしたのカレン」


 突然声を上げたカレンに聞くと、彼女は黙って僕の後ろを指さした。振り返る。そこには、何やら俯いたメメがいた。その顔は真っ赤だ。


「……!」


 僕らの方をちらと見た彼女は、くるりと後ろを向き、再びどこかに行ってしまった。その様子を見ていたジェーンは、彼女の後を追いつかつかと歩いて行った。


「メメさん、私は貴女に信頼されているらしいのですが、実際のところどうなのでしょう」

「うるさい」

「メメさん、ぶっきらぼうな態度は実は好意の裏返しだったって本当ですか?」

「そこまで言ってなかっただろ!」

「メメさん、実際のところ、私のことをどう思っているのですか?メメさん?メメさん?」


 不毛な追いかけっこをしながら、二人は宿の奥へと消え去っていった。


「……仲いいなあ」


 カレンの呟きは、暖炉から流れてくる暖かい空気に溶けていった。


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