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61 祝福の花畑

「今日は何故か狼どもの襲撃はありませんね。戦い続きでしたし、勇者パーティーの皆さまも今日くらいは休んでみてはいかがですか?」


 騎士の元に今日の戦況を聞きに行った俺たちを迎えたのは、意外な報告だった。


「姿がない?まだ姿を見せていない、もしくはこちらを油断させる罠などの可能性は?」

「それはもちろん考えたのですが、斥候をいくら放っても姿が見えないのです。どうやら、人間領の近くには来ていないようですね」


 騎士の目を見ながら話を聞いていたが、嘘を言っている風でもなかった。自分たちが戦果を挙げたいがために勇者パーティーを追い出そうとしているのかと少し邪推したのだが。


「ですので、いつも我々を助けていただいている勇者パーティーの皆様にも偶には休んでいただきたいと思ったのです。見張りは我々に任せて、休養を取ってください」

「なんだか悪いような気がしますね……」


 オスカーが何やら余計な事を言い出す。くれるというのだから黙ってもらってしまえばいいのに。


「いえいえ、特にオスカー殿には、我々は何度も助けられていますからね。雑事は私どもに任せ、休暇を満喫してください」


 口調柔らかに言う彼には、含みなど何もないようだった。オスカーに向ける瞳には、どこか敬意が見て取れる。

 ……俺の時には、ついぞ見なかった表情だ。騎士なんて、つまらない嫉妬で勇者を敵視するばかりで協力なんてできない相手だと思っていたが。


「貴女の見てきた騎士とは随分違う。そう思っていますか?」


 後ろからひっそりと、ジェーンが話しかけてきた。


「……ああ」


 こいつ、人の感情を推し量るのが上手くなったか?


「オスカーさんはここ数日の戦いでずいぶん騎士を助けましたからね。でも、感謝されているのは貴女も一緒だと思いますよ。試しに騎士たちに敵意の籠った目を向けるのを止めてみたらどうです?きっと今なら仲良くできますよ」

「いいや。前に言っただろ。人気者はオスカー一人で十分だ」


 だから、俺のつまらない嫉妬なんて必要ないのだ。


「……やれやれ、私は貴女のそういう愚かなところも好きですけどね?」

「気色悪いこと言うな」


 ジェーンの考えは未だによく分からない。その無機質な瞳に映る感情を、俺は分かりきれずにいた。



「──そういうことなら、皆で『祝福の花畑』を見に行かない?」


 思考の海に沈んでいると、カレンの溌剌とした声が耳に入ってくる。向き直ると、彼女はキラキラとした瞳で続けた。


「アタシ、イーアロスに行けるって聞いてからずっと行くの楽しみにしてたんだよね。お休みっていうなら、皆で見に行ってみたいなぁ」


 体を休めるのを優先するべきではないか、なんてカレンの顔を見ていたら言うことはできなかった。……案外、宿で大人しく休んでいるよりもリフレッシュになるかもしれない。

 カレンが期待したような表情でこちらを見てくる。他の皆も、俺の顔を窺っているようだった。


「いいんじゃないか。あそこなら近いし、すぐ帰ってこれる」

「やった!」


 俺の返事を聞いて、仲間たちはみんな嬉しそうだ。俺は行かない、なんて言える状況でもなかった。仕方ない。久しぶりに観光というやつを楽しむとしよう。





 冬らしくもない、穏やかな気候だった。真上に昇った太陽から温かな光が地上に降り注いでいる。

 少し汗ばみながら小高い丘を乗り越えると、ようやく視界が開ける。すると、色とりどりの花畑が視界いっぱいに広がった。


「わあああ!すっごーい!」


 嬉しそうなカレンの言葉に、心中で同意する。何度見ても、ここの景色には圧倒されるばかりだ。平野いっぱいに広がる花々。ラベンダー、ひまわり、バラ、アネモネ。違った季節に咲く花たちが並んで咲く光景は圧巻だ。まさしく、大神の残した祝福が為した奇跡の光景と言えよう。


 多種多様な花々が多彩な色味を出し、平原を彩る。天国なんてものが本当に存在するならこんなところなのかな、なんて最初見た時に思ったっけ。


「もっと近くで見ましょう」


 オリヴィアがスタスタと歩いていく。一見冷静そうに見える彼女にも、どこか高揚した様子が見える。公爵令嬢として色々な美麗なものに触れてきた彼女にとっても、この花畑は綺麗なものだったらしい。


 彼女の横顔を見て、ふと遠く昔の記憶を思い出した。大事な記憶。彼女と初めてここにデートに来た時。あの時も彼女は、こんな顔を見せてくれたっけ。

 今目の前にいるオリヴィアに、かつての彼女の姿が重なる。けれども彼女は、俺の恋人だった彼女とは別人だった。


「メメさん、早く早く!」


 珍しく少し焦ったような口調で、オリヴィアが俺を呼ぶ声がする。その声に遠い昔から今に呼び戻された俺は、足早に彼女の元に向かった。



「ほら、見て見てオスカー、花冠」


 ふわりと回転してこちらを向いたカレンの頭には、丁寧に編まれた花冠が乗っていた。……そういえば彼女は、昔故郷でああいうものを作っていたっけ。色とりどりの花畑を背景に花冠を被る彼女は、いつも以上に美しく見えた。

 カレンの様子を見たオスカーが、狼狽しながら言葉を返す。


「かわっ……ふ、ふーん。まあ似合ってるんじゃない?」

「あれあれ?今何を言いかけたのかな?ねえねえ」

「な、何も言ってないし」


 イチャイチャし始めた二人を遠目に見る。カレンの嬉しそうな表情がオスカーの方を向いているのを見て、俺は改めて安心した気持ちになった。彼女と決別してしまった俺とは違って、彼は上手くやれている。

 今眼前にいる彼女ではない、俺を拒絶した彼女の顔を思い出す。その瞳には、長年一緒にいたはずの幼馴染への不信が籠っていた。ああ、何年経ってもあの瞳は忘れられない。信頼を裏切るとはこんなにも苦しいことなのだと、俺はあの時初めて気づいたのだ。


「──メメさん、こちらへ」

「あ、ちょオリヴィア!?」


 物思いにふけっていると、オリヴィアにガシリと手を掴まれて、どこかへ引っ張られる。彼女らしからぬ行動に驚きながら、無理に抵抗して怪我させるわけにもいかず、大人しく連行される。



 無言でずんずん花畑を進む彼女に、黙って手を引かれる。オリヴィアは口を開かなかった。色とりどりの花々に囲まれた道を進む彼女の後ろ姿は、不思議と大きく見えた。


 キョロキョロとあたりを見渡す彼女は、やがて行きたい場所を見つけたらしい。まっすぐに進んでいく。周囲には季節外れのひまわりが咲き乱れ、俺たちの小さな背丈程度なら隠せてしまいそうだった。ガサガサと緑を搔き分けて、その中へと侵入していく。


 垣根のように咲くひまわりに囲まれたそこは、花園の中心にできた密室のようだった。恋人同士の逢瀬のようなシチュエーションに、内心動揺する。


「どうしたんだ、オリヴィア?」


 ようやく手を解放されたので、聞いてみる。


「……オリヴィア?」


 彼女は何を言うべきか考えるように、少し視線を巡らせた。キッパリと物を言う彼女らしからぬ仕草。やがて、その視線が俺の顔で止まる。その瞳には僅かな迷いが見えた。


「……正直、何か話したいことがハッキリとあってここに連れてきたわけではありませんの」

「……なんだ、それ」


 らしくない。そんな恋人みたいに馴れ馴れしい言葉を胸に仕舞う。


「ただ。ただ、オスカーさんとカレンさんを見つめる貴女の目がどこか遠くを見ているようで。それを見ていたら、なんとなく貴女が遠くに行ってしまうような気がして。……だから、せめて今だけでも私の手に収めておきたかったんです」


 こちらを見つめるオリヴィアの瞳には、なんだか不思議な感情が籠っていた。その奥に潜むものは、いったいなんだろう。


「ごめん、言いたいことがよく分からないよ」

「ええ、私も良く分かりません。でも一つだけ確かに言えることがあります。──私は、メメさんにどこかに行ってほしくないんだと思います。……貴女に会ってから、時々こんな感情を抱くことがあります。変、ですわね」

「……」


 胸に去来する感情を抑え、何か言おうとする口を閉じて、ただ頷くだけにとどめる。


「貴女がどこか遠くを見ている時に何を想っているのか、私は存じません。貴女はきっと教えてくれないのでしょう。──だけど、せめて、黙ってどこかに行かないでくださいませ」

「……ああ、きっとな」


 死が二人を分かつまで、なんて縁起でもない言葉が思い浮かぶ。でも実際、彼女との別離はいつも唐突だった。彼女が死んでしまった時。俺が先に死んだ時。戦いの日々の中で、最期の言葉を交わす余裕すらなく離別することは特段珍しいことでもなかった。


 俺の消え入るような言葉を聞いたオリヴィアが、少し不満げに眉を下げる。


「……貴女はいつだって核心に迫ると曖昧に答えを返してきますわね」

「自分の核心なんて、死んでも話したくないからな。許してくれ」


 醜い自分を他人に語るなんて、それこそ死んでもごめんだ。


「話せば楽になるかもしれない、なんて使い古された言葉はお嫌いですの?」

「嫌いだな。話せば苦しくなることだってあるだろ」


 俺の苦しみを人に共有する、晒すなんて、そんなに苦しいことがあるだろうか。

 オリヴィアは、俺を見たまま少し黙り込んだ。冷たい風が吹き、葉が擦れる音がした。


「……いえ、踏み込みすぎでしたね。申し訳ございません」

「謝ることなんてないよ」


 そう、彼女は悪くない。悪いのは俺だ。


「……貴女を見ていると、私の胸の内にある何かが疼くんです。その何かは、貴女はもっと幸せになるべきだと絶えず囁いてくるのです。だから、貴女がどれだけ拒絶しようとも、私は貴女に手を差し伸べることをやめません」

「そうか」


 ありがとう。





 一通り花畑の中を見回っただろうか。俺たちは、満開の桜の木の下にあるベンチで一休みすることにした。


「いやーいい思い出になったよ!快く送り出してくれた騎士の人たちに感謝しないとだね!」


 突風が吹き、桜の木が揺れる。季節外れの桜吹雪を背景に、カレンが笑う。昨日までタフな戦いをしていたとは思えないほど溌剌とした様子に、皆の口角が自然と上がる。


「カレンは大はしゃぎだったね」

「何オスカー、アタシ一人ではしゃいでたみたいな言い方やめてよ。アンタだって結構楽しそうにしてたし、それにオリヴィアとかいつもの二倍くらい元気だったよ」

「わ、私そんなにはしゃいで見えていましたの!?」


 うん、見えてたな。言葉にはせずに思う。いつもは大人しい彼女は、今日は口数も多かったし表情もコロコロ変わっていた。彼女がここに来た時の楽し気なリアクションは、何度見ても飽きない。

 ふと気になり、後ろにいたジェーンに問いかける。


「……ジェーンは?」

「楽し気な貴女の顔を眺めるのも悪くないですね。いつも辛気臭い顔ばっかりなので」

「花を見ろよ!というかやかましいわ!」


 ……楽しそうだっただろうか。ジェーンの言葉を聞いて気づいたが、俺も花よりも仲間たちの楽しそうな顔ばっかり見ていた気がする。


「まあ、いい思い出づくりにはなったかな」


 道中手に取ったハナニラを掲げる。花弁が、少し傾いた太陽に照らされていた。


「ねえねえ、面白かったから、ここ、春にも来ない?」

「また来るのか?もう見れるところは全部見たぞ?」

「そうだけど、でも季節が違ったらまた違う見え方がすると思わない?」


 桜の木の下で、彼女は無邪気に提案する。俺たちがこれからも一緒にいることを、全く疑わないように。


「まあ、時間が経ったらまた違った景色が見れるかもな」


 思い返せばこの花畑は来るたびに少しずつ景色を変えていた気がする。いくら季節外れの花が咲くとはいえ、咲く花の移り変わりはあるようだ。


 再び風が吹き、桜吹雪が舞った。宙に舞うピンク色を背景に、彼女は笑う。


「よし、じゃあ約束しよ!皆で、またここに来るの!」


 カレンが華やいで笑顔で言う。


「仕方ないね」


 オスカーが苦笑する。


「ぜひ、来ましょう」


 オリヴィアが微笑する。


「私もですか?分かりました」


 ジェーンが遅れて返事する。


「ああ、皆で、来よう」


 きっとまた、この桜の木の下へ。


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