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55 幸福な日常

新章です

 勇者パーティーの面々がいつも食事を取っているのは、安くて量が多いことから人気を博している大衆料理を出す食堂だ。

 しかし、今日訪れている料亭、『スズメの羽休め』はそれよりも高級な料理を出す、王都の有名店だ。


 食卓の上には既に大皿に載せられた料理がいっぱいに並んでおり、香ばしい匂いを漂わせていた。


「それじゃあ、勇者パーティーの今までの戦果を祝して、乾杯!」


 カレンの音頭に合わせて、皆でグラスをぶつけ合う。その中身は水だ。それを一口飲むと、みんなワクワクとした様子で目の前のご馳走について話し始めた。


「アタシこんな豪華な食事初めて見たよ。どれから食べようかな」

「オリヴィア、これはなんの料理なの?」

「ああ、それは──」


 皆の楽しそうな様子を見ていると、こちらまで嬉しくなってしまいそうだ。その幸福そうな景色を眺めながら、水を飲む。それが喉を通ると、アルコールなんて少しも入っていないのに、どこか高揚した気分になれた。


「ジェーン、お前も食べたらどうだ。そもそもこれはお前の挙げた戦果を祝っての食事会なんだから」

「そうですね、いただきましょうか」


 促すと、相変わらずの無表情で応えた彼が食事に手を付け始める。それを見届けた俺も、うまそうな匂いを漂わせていた食事を取り始めた。


 共和国の洞窟での一戦、それからジェーンが魔王軍を撃退してから、数か月が過ぎた。秋らしい穏やかな気候から一転、王国には寒々しい風が吹き荒れ、時折雪すら降るようになっていた。


 あれから、魔王軍は何度か王国への攻撃を実行してきていたが、人類側に大きな損害はない。やはり初戦での大敗が痛手だったのか、敵の動きが鈍いのだ。

 大規模な魔法で攻撃されることを警戒するように、攻撃は散発的で、まとまりがない。ジェーンの魔法による大戦果は、すっかり抑止力として働いているようだった。王都の噂話でも、彼の健闘が称えられている。


 俺の長い人生の中でも経験したことのないパターンだった。そもそも、俺の知る限り人類側にジェーンほどの大規模な魔法を放てる魔法使いなど存在しなかった。俺の知識に存在しないイレギュラー、女神の眷属たるジェーンの存在は、魔王軍との戦いにおいて予想以上に良い影響をもたらしていた。


 魔王軍と王国の戦争は何度も見てきたが、こんなにも人類が優勢だったのは見たことがない。まだまだ戦争は始まったばかりとはいえ、かれこれ百年以上過ごした中でも、最も魔王討伐に近づいているような感覚。──惜しむべきは俺の手元に聖剣がないことだろう。


 とはいえ、今の聖剣を持った勇者、もう一人の俺たるオスカーの成長は目を見張るものがある。十分魔王に肉薄することはできるだろう。


 ご馳走を楽しむオスカーの様子を見る。その表情は緩み切っていて、いざ戦場に立てば千人分の力を発揮するという勇者様にはとても見えない。

 ……大丈夫かなあいつ。俺が真面目に考えているのにすっかり楽しんでいる様子の彼に何だかムカついたので、いたずらすることにした。


「オスカー、こっち向け」

「どうしたの──ムグッ!」


 こちらを向いたオスカーの口に自分のフォークを突っ込む。


「ハハハ!熱々のじゃがいもに口内を蹂躙される気分はどうだ!」

「あっつ!ひどいよメメ!」

「ふん!お前はそうやって不幸な目にあってるくらいがちょうどいいんだ。……ムグッ」


 彼の慌てふためいた姿に満足したので、自分のぶんのじゃがいもを口に入れる。美味い。


「あ、メメ、そのフォーク……」

「なんだオスカー。言いたいことがあるならハッキリ言え」

「うわあメメちゃん、たまにあざといよね」

「ですね。どうして色々鋭いのに変なところで鈍いのでしょうか」


 何やら言われていたが、聞き流す。俺は料理を味わうのに忙しいのだ。

 食事を嚥下し、水を流し込んでいると、オリヴィアが話しかけてきた。


「ところでメメさん、私の口も空いていますよ?」

「……ん?」


 問いかけの意図が分からず、困惑する。


「ですから、私の口を塞いで情熱的な言葉を囁くことができますよと言っているのです!さあ!」

「……なあカレン、オリヴィアは何を言ってるんだ?」

「メメちゃんも罪な女だよねえ」

「……答えになってないんだが」


 カレンはなぜかしみじみと俺に語り掛けてきた。……言葉の意味がよくわからん。何かを期待するようにチラチラこちらを見ているオリヴィアから目を逸らして、食事に戻る。



「そういえば、この前メメはまたアストルさんと話していたね。何を話していたの?」

「ああ、あいつ俺がどうやって魔王軍の動きを察知したのかしつこく聞いてくるんだよ。たまたま予想が当たっただけだって言っても聞かなくてな」

「……それはそうだろうねえ」


 しみじみとした様子で、オスカーが呟く。彼がアストルとの鍛錬を始めてからかなりの月日が経っている。アストルの性格も分かってきたのだろう。

 彼はその冷たい態度から誤解されがちだが、根底にあるのは王国を守りたいという真摯な願いだ。王国の防備のためになることならなんでもしたいのだろう。


「オスカーはどうだ?アストルとは上手くやれてるか?」

「うん、日々勉強させてもらっているよ」


 それならいい。俺も時々オスカーと剣を合わせているが、その実力は日々着々と伸びている。──いつか俺を追い抜かす日が来るのかもしれない。


「アストルさんのおかげで、メメと対等に肩を並べられる日もくるのかなあと思えるよ」

「……対等、か」


 反射的に何か言い返そうとしていた。言葉を飲み込むために、水を飲み込む。そもそも素質という点でいえば、勇者たるオスカーの方が圧倒的に上だ。俺が追い抜かされる日もいずれ来るのだろう。

 人生を繰り返した経験もないようなのに順調に成長していくオスカーの姿は、失敗続きの俺の目にはひどく眩しく映る。

 ……ああ、油断すれば思考がネガティブになるな。せっかくの祝いの席なんだ。暗いのは無しにしよう。


 豪華な食事を勢い良く掻き込んでいたカレンが、ハリのある声をあげる。


「そうだ!今度行くところはあの有名なイーアロスなんだって?あれだよね、温泉が有名で、『祝福の花畑』のあるところ!」


『祝福の花畑』とは、綺麗な花がみられることで有名な観光地だ。女神暦以前、大神自ら祝福を授けたという伝説の残っている土地だ。大神の祝福とやらの影響か、そこに咲く花々は異常に生命力が高く、冬でも枯れない。


 加えて言えば、大陸中に神と関わりのあった地は多数存在するが(例えば、王都の中央教会は女神ユースティティア降臨の地であるとされている)、大神デウスが関わったことが明らかなのは、この花畑くらいなのだ。女神教に表立って崇拝することを禁じられている大神だが、庶民の人気は高い。何せ自分たちの死後の面倒を見てくれる神だ。観光地に行くだけなら、女神教に大神崇拝を咎められることもない。


 そんな背景もあって、『祝福の花畑』は非常に有名な観光地で、魔王軍の侵攻が始まる以前であれば連日たくさんの観光客が押しかけていたことだろう。


「そうだな、時間があれば観光に行けるかもな。でも、遊びに行くわけじゃないぞ」

「わ、分かってるよ。魔王軍を押し戻すため、だよね」


 今や王国のあちこちで発生している魔王軍との戦いにおいて、勇者パーティーは王国からの応援要請に応じる形で各地の戦場を転々としている。

 そのため、向かう先は基本的に押されている、苦戦している戦場だ。しかし、そんな状況でもこの勇者パーティーは勝利を納め続けていた。


 一人として欠けることなく、戦いの日々を過ごすことができている。それがどれだけ奇跡的なことなのか、彼らは知らないのだろう。──でも、それでいいのだ。


 彼らの幸福そうな顔を眺めていると、ジェーンが小声で話しかけてきた。


「……メメさんは彼らの緊張感のなさを危惧しているのですか?」

「……いいや、それは俺が気を付ければいいだけの話だ」

「……一人で背負うなと散々言われていたのでは?」

「……うるさいぞ。人の感情も分からないやつは黙ってろ」


 ジェーンだけが、俺の考えていることを的確に言い当ててきた。その事実になんだかイラついた俺は、少し強めに言い返す。

 俺の様子に、彼は呆れた、というように肩をすくめた。……こいつ、振る舞いがどんどん人間らしくなってきていやがるな。


「メメちゃんとジェーンさんも!早く食べないとなくなっちゃうよ!」


 三人の目の前には、今日の締めである巨大なケーキが置かれていた。いそいそとケーキを切っているカレンの声は楽し気に弾んでいる。他の二人もワクワクとした様子だ。それは、幸福という言葉を体現したような光景だった。


「あいつらはあのまんまでいい。そうは思わないか?」

「……そう、ですか」


 言葉少なく顔を背けたジェーンは、すたすたとケーキの方に歩いていった。……変なヤツ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 今回のメメちゃん幸せそう。 これは絶望するフラグ。
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