IF メメのバッドエンド 皆殺し
例によって暗い方のIFの話です
「LaLa──」
人を惑わす美しき旋律が、洞窟に反響する。でも大丈夫だ。歌を聞かないように、魔力を集中させて──
「──な、なんで」
体が、動かない。考えてもみなかった最悪の事態に、体が芯から冷えていくような感覚を覚える。対策さえ分かっていれば簡単に防げるはずだった魔性の歌が、俺の身を蝕んでいた。
「まって──」
そして、最悪の時が始まった。
まず俺の体は、振り向きざまに一閃。大剣はオスカーの右腕をあっさりと切り落とした。
「ああああああ!」
オスカーの悲痛な絶叫が洞窟に反響する。それは、勇者パーティー崩壊の序章に過ぎなかった。
痛みにうずくまるオスカーを尻目に、俺の体はオリヴィアに向けて突っ込んでいく。近接戦闘の覚えのない彼女は、全く動きについてこれていなかった。
「オリヴィア、よけ……」
「──アアッ!」
言葉が届く前に、鮮血が飛ぶ。腹部を深々と突き刺されたオリヴィアの瞳は滅多に見せない涙でいっぱいだった。ああ、彼女がうずくまる。
その優雅な金髪を、俺は土足で踏みつけた。彼女の顔面が勢いよく地面に押し付けられる。彼女の頭を踏みつける足に徐々に力が籠っていく。彼女の痛みに呻く声が少しづつ小さくなっていき、やがて、めき、と頭蓋骨の割れる音がした。
「──ああ」
それ以来、彼女は二度と起き上がってくることはなかった。彼女の遺体を踏みつけていた足がようやく退く。
彼女の控えめで、だけど嬉しそうに笑った顔が頭によぎった。その魅力的な表情を俺が見ることは、もう二度となかった。
俺の内心など関係なく、体は次の獲物を探すようにキョロキョロと辺りを見渡した。しかし、突如体ががくりと動きを止める。足元を見ると、カレンが俺の脚に縋りついていた。
「お願いメメちゃん、正気に戻って!」
勇気を見せた彼女の肩は、小刻みに震えていた。しかしそれを認識した俺の体は、煩わし気に足を振るう。たったそれだけの動作で、カレンの軽い体は宙を舞い、地面に勢いよく落下した。
仰向けに倒れる彼女の腹を、俺の足が踏みつける。足がどんどんとめり込んでいくほどに、カレンの顔色が悪くなっていく。
「ぐっ、苦しいよ……」
苦悶の表情を浮かべる彼女が、掠れた声と共に血を吐く。
「メメちゃ──」
苦し気に、懇願するように俺の名を呻いたのが、彼女の最期の言葉だった。ギロチンの如く振り下ろされた大剣が彼女の顔面に突き刺さり、その端正な顔面を見る影もないものにした。
記憶の中にある彼女の優しい言葉の数々を思い出す。散々救われたくせに、結局一度も彼女を救えたことなんてなかったな。
「ああああああメメえええええええ!」
オスカーの悲鳴のような絶叫が洞窟に木霊した。幼馴染みを目の前で殺された彼の瞳は、憎悪に燃えていた。──ああ、お前が殺してくれるか。
意思とは裏腹に、体は迅速に迎撃体勢を整える。右手を失いふらつく彼だったが、その剣筋は見たことないほど苛烈で、彼の怒りが痛いほど感じられた。
「あああああ!」
憎悪の籠った刃を、仲間の血に濡れた大剣が受け止める。左手一本で大きな聖剣を振るう彼と、数度、切り結ぶ。彼の殺意の籠った剣先は、鍛錬の時には、見たことがないほど苛烈で、命の危機を感じるほどの凄まじいものだった。
凄味を感じさせる剣筋だったが、右腕を切断され、血液が今なお右肩から流れ出る彼の顔は真っ青だ。俺にも経験があるから分かる。四肢の切断なんて、すぐに立ち直れるような怪我じゃないはずだ。
「くそっ!なんで届かない……!」
気迫こそ凄まじかったが、左手一本では彼も本領を発揮できていなかった。俺と切り結んでいくほどに、彼の体に生傷が増えていった。
やがて、俺の剣に絡めとられた聖剣が彼の手から放り出され、遠くへと飛んでいく。続けて、俺の蹴りが無防備な彼の体を吹き飛ばす。聖剣を失った彼は、諦めたように抵抗しなかった。
俺とオスカーの最期の決闘はあっさりと終わりの時を迎え、後はオスカーの死を待つだけになった。無様に地面に転がる彼だったが、その瞳はずっと憎悪を湛えて俺を睨んでいた。取り返しのつかない罪を犯してしまった俺を断罪するような、絶対零度の瞳。
倒れ込んだ彼に、剣を振り下ろす。女神の加護を受けた勇者の体は頑丈で、ただの剣で少し斬られた程度では簡単に死ねない。それを知っている俺の体は、何度も何度も攻撃を加える。
「ガッ!ウゥ……」
畑を耕す農夫の如く、何度も何度も剣を振り下ろす。すぐには死ななかったから、何度も斬った。頭を斬った。顔を斬った。首を斬った。胸を切り裂いた。腸を切り裂いた。足を切り落とした。いつしか彼の悶絶の声が聞こえなくなっていた。彼の体は血だまりに沈み、その呼吸も止まっていた。
彼の憧憬の瞳を思い出す。こっちの気も知らないで俺に憧れるような目を向けていた彼は、最期には俺を恨み、憎み、殺意すら抱いて死んでいった。
「なんで……なんで……」
口からはひたすら意味のない言葉が流れ続ける。頭の中ではずっとぐるぐると今見た最悪の光景を繰り返していた。
「無様な女の子ね。うるさいから早く死んでね」
セレネレーンの言葉が耳に入ってきて、体が動き出す。右手を上げ、仲間の血に塗れた大剣を自分に向ける。
絶望のままにそれを迎え入れようとした時に、気づく。否、気づいてしまった。──体が、自由に動く。そのことを認識した瞬間、俺は半ば無意識に大剣を彼女に振り下ろしていた。
「なッ何故……」
言葉少なく沈んでいくセレネレーン。しかしそれを見る俺に歓喜はなかった。ただ、取り返しのつかないことをしてしまったという喪失感。慣れたはずのそれは、しかしかつてないほどの鋭い痛みとなって俺の体を蝕んだ。
他ならぬ自分の意思で、剣先を自分の胸に向ける。償いを。贖罪を。俺の頭にあるのはそれだけだった。仲間に、皆に、最大限の詫びを。
先ほどまで見ていた地獄がフラッシュバックする。オリヴィアの倒れた体と踏みつけた頭の感覚。カレンの手の感覚と破壊された顔面の残骸。オスカーの憎悪に燃える瞳と切り刻まれた死体。
その全てから解放されるために、俺は剣を握りしめた。怖くはない。死への恐れはなかった。俺の自決を妨げるものなど、何もないはずだった。
しかし、俺が永遠の眠りに就こうとした瞬間、光のないオスカーの瞳と目が合った気がした。
「──あ」
その瞳は、もう何も映していないはずだった。それでも、俺には感じ取れた。──逃げるのか、と言っているようだった。死という安息に逃げて、僕たちを殺したことをなかったことにでもできると思っているのか、と言っているようだった。
「じゃあ、どうすれば、どうしろっていうんだよ!!」
絶叫は、俺の他に物言わぬ死体しか存在しない洞窟に虚しく反響した。虚ろな穴倉には、他に何の音もなかった。
彼女が歌に抵抗できなかったのは、自分の生理による体調不良を考慮できていなかったからです。百年を生きた彼女も、性別が変わったことによる不調は考慮しきれていなかった。そんなもしもです。




