IF ヒロイン、メメ
本編とは関わりのないもしも、の話です
精神的BL要素注意
苦手なら飛ばして下さい
「あ──」
死が、すぐそこにあった。別人のように素早い動きをするセレネレーンが、地べたに座り込んだ俺を潰さんと迫ってくる。凄まじい力で繰り出される体当たりは、俺の小さな体を完膚なきまでに押し潰す、はずだった。
いつまで経っても衝撃が訪れず、目を開ける。猛スピードで突撃してきていたセレネレーンが動きを止めている。
諦めかけていた俺の目の前に立ちはだかったのは、オスカーのあまりに大きな背中だった。彼が俺を庇うように立ちはだかり、聖剣で突撃を受け止めていた。
その頼もしい姿を見た瞬間、心臓が今まで経験したことのない跳ね上がり方をしたのが分かった。とくとくと、疲労でも緊張でもない不思議な鼓動を始める。──これは、一体なんだろう。
「メメ、大丈夫?」
ああ、オスカーが俺を気遣う言葉を投げかけてくる。──嬉しい。
なぜだろう。少し前までの自分なら、むしろ生意気だ、などと不快に思ったはず。それなのに、俺の心臓が歓喜に震えるのが分かった。理由は分からないが、不思議と胸は温かかった。
それからのオスカーの働きは凄まじかった。素早い動きで女を抑え、一人でトドメまで刺してしまったその姿は、まさしく人類の希望たる勇者と呼ぶに相応しいものだった。
そして俺は、そんな彼の背中を目でずっと追ってしまっていた。躍動する背中は今までよりもずっと大きく見えて──頼もしかった。
その思考は、彼を導こうと、彼の上に立とうとしていた今までの俺とは到底かけ離れたものだった。今までの俺と決定的に異なる思考。しかしその正体が掴めずに、俺はただ彼の背中を眺めていた。
結局、俺の手などほとんど借りず、彼はセレネレーンを倒してしまった。
そして、王都に帰ってからもずっと俺の体はどこかおかしかった。ぼーっと、食事を進めるオスカーを見る。野菜が口元に運ばれて、彼の頬が満足げに緩んで……。
「どうしたのメメ、珍しくあんまり食べてないね」
「ひゃいっ!い、いや別になんでもない……」
「……そう?ならいいけど」
オスカーに急に話しかけられて、驚いて変な声が出てしまった。ああ、やっぱり俺の体はずっと変だ。どうしてオスカーと話すだけでこんなに緊張するのか。どうして頬がこんなにも熱くなるのか。どうして鼓動がこんなにも跳ねるのか。
その謎を解決するために、俺は彼女に相談することにした。
「カレン、ちょっといいか?相談したいことがあるんだ」
夕食の後に呼び止めると、彼女は不思議そうな顔をした。
「メメちゃんが相談?珍しいね。何かな?」
「……ここじゃないほうがいい」
夕食時の食堂は騒がしく、人の目がたくさんあった。
「じゃあ、アタシの部屋でいいかな?」
「ああ」
宿の部屋まで来ると、カレンはベッドに座って、俺に隣に座るように促してきた。素直に従うと、興味津々な彼女の顔がぐいと迫ってきた。
「それで?相談って?」
「実はさ、この前の戦いから、俺、変なんだ」
「変?」
続く言葉を出すのに、意味もなく緊張する。自分が何を恐れているのか分からないままに、俺は言葉を切り出した。
「うん。なんかオスカーを見るたびに不自然に心臓が跳ねるっていうか、とくとく言い出すっていうか……」
「……つまり、恋してるってこと?」
「こっ恋!?」
その言葉を聞くと、また心臓が跳ねあがる。鼓動が早まり、頬が熱くなる。慌てて、否定する。
「い、いやいやいや。別にそういうのじゃないと思うんだ。ただオスカーを見てると心臓がとくとくして……」
「だからそれ、恋じゃん」
「うっ……」
相談して、自分の状況を口に出して、気づかないふりをしていたことに気づいてしまう。最近の自分の体の異変の数々、それは完全に恋をしているということなのではないだろうか。
最近の自分の心の動きを、できるだけ客観的に分析する。男だった時とはまた違う、不思議な感覚。男だった頃の恋は、言うなれば所有欲にも似た何かだった。しかし今の気持ちは、その逆、所有されたい、独占されたいとでもいうのか……
「ち、違う!俺はオスカーなんかにっ!」
「うわっびっくりした」
思わず立ち上がると、カレンがびくりと肩を震わせた。
「いやあ、メメちゃん、やっぱりかあ。怪しいと思ってたんだよねえ」
「……そうなのか?」
「うん。なんていうか。やけにオスカーについて詳しいっていうか、よく見てるっていうか」
「まあそれはそうかもしれないが……」
しかしそれは、俺の自己分析に基づくものなのだが。しかし、考えてみれば、今の彼は過去の俺とは随分違うように思える。前向きで、仲間想いで、優しくて、そしてかっこよくて……
「……って違う!」
「また!?」
再び叫びながら立ち上がる俺に驚くカレン。いや、申し訳ない。
「でも、メメちゃんが自分の想いに気づいたってことは、アタシたちライバルだね」
「ライバル……」
「そう、恋のライバル。いくらメメちゃんが魅力的な女の子だからって、負ける気はないからね」
「いや、俺なんかよりカレンの方が……」
「もう!メメちゃんのそういう変に暗いところ、アタシ好きじゃないよ!……よし、そうと分かればメメちゃん、明日服買いに行こう?いっぱいおめかしして、オスカーに可愛いって言ってもらおう?」
オスカーに可愛いと言ってもらう。それは……悪くないな。
大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出す。俺は覚悟を決めると、目の前の戸を叩いた。
「お、オスカー、今いいか?」
「えっうん。大丈夫だよ」
「そうか。ありがとう」
ドアを開けて、自室でくつろいでいたオスカーと対面すると、彼少し驚いたような様子を見せた。
「……どうしたのメメ、珍しいね。スカート履くなんて」
「……変か?」
やや緊張しながら問いかけると、彼は少し戸惑ったような様子を見せながらも言葉を返してくれた。
「いや、良く似合ってるよ」
その言葉に、大きく心臓が揺れるのが分かった。頬がだらしなく綻んでしまうのを抑えるために、なんとか言葉を続ける。
「そうか。……ありがとう」
素直に返すと、オスカーは何か面くらったように、少し黙り込む。やがておずおずと言葉を切り出してくる。
「……なんか今日のメメ、いつもと違うね」
「え?」
「なんていうか、しおらしい?」
彼に言われて、改めて実感する。今の俺にはもう、かつてのように気軽に彼と話すことができなくなってしまった。彼と話していると、心臓が、たまらなくうるさい。不思議な熱がずっと体の内から湧き出ていて、頬のあたりが暑い。平静を保つことなんて、できるはずもなかった。
「それで、どうして僕の部屋に?」
そうだ。カレンに後押ししてもらってまでこの部屋に来たのだ。言わなければ、正直な気持ちを。伝えるんだ。俺のこの熱を。
「その……お、俺は、お前のことが──」
朝日に照らされた俺の意識が急激に覚醒する。俺は衝動のままに、力いっぱい枕を叩きつけた。
「乙女かっ!!」
バンッという力強い音にやや溜飲を下げた俺は、額に浮かんでいた寝汗を拭う。なんだろう。夢の話とはいえ、何かとてつもなく気持ちの悪いものを見せられてしまった。
「メメ、なんか大きな音がしたけど大丈夫?」
夢の中で聞いたのと同じ、オスカーの声がする。青年になりかけの少年のやや低い声を聞いていると、夢の中で感じた熱が意味もなく蘇ってきた。
「問題ない!来るな!」
それだけ叫ぶと、枕で自分の頭を叩く。
「どうかしてるって……」
何をそんなに気にするのか。あれは夢だ。今の俺とはなんの関係もない。そう自分に言い聞かせるが、鼓動はとくとくと早鐘を打ち、不自然に上がってしまった体温は下がりそうになかった。
それから数日、頑なにオスカーと顔を合わせることを拒否するメメの姿があった。その顔はなぜか真っ赤で、カレンだけは何かを悟ったように「やっぱりね」などと呟いていた。
本編とは別人です




