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49 信頼の理由

 日光に照られた皮膚から汗がジワリと滲む。それを手で拭うと、僕は目の前の建物を見上げた。メメの紹介で僕が騎士団長から招待されたのは、なんと兵舎の中だった。部外者の立ち入りが禁じられているそこに向かうと、すぐに案内役の騎士が礼儀正しく話しかけてきて、騎士団長の元へと案内される。

 ……正直意外だった。王都の騎士たちの、どこか平民を見下しているような雰囲気は僕も感じていた。そして勇者という肩書への、嫉妬に似た悪感情も。だからこんな丁寧に対応されるとは思ってもみなかったし、僕も技を盗む気で来たのだ。どうやら、騎士団長を指名したメメの判断は正しかったらしい。


 相変わらず冷たい雰囲気を全身に纏っている彼、騎士団長アストルに会うと、挨拶もそこそこに中庭に連れ出されて木剣を持たされる。口よりも剣で語ると、目の前の男は言っているようだった。


「細かいルールはなしだ。全力でかかってこい」

「はい。──フッ!」


 勇者の力を使って脚力を強化する。踏み出した足が砂ぼこりを散らした。肉薄し、剣を振るう。しかし、アストルの木剣が正面に飛び出してきて、あっさり受け止められる。固い木同士がぶつかり合う音が響き渡る。鍔迫り合いになり、いっそう腕に力を籠める。しかし、微動だにしない。アストルの剣は、力強さだけでいえばメメ以上だった。……彼女以上の怪力の人間は初めて見た。

 手汗で木剣が滑りそうになる。アストルの表情は涼しいままだ。


「──ッ」

「力の入れ方が雑だな。身体能力の強化は闇雲にすればいいものではない。──こうだ!」


 次の瞬間、爆発的な衝撃を受けた。視界が飛んだかと思うと、いつの間にか尻もちをついていた。ようやく、自分が鍔迫り合いの状態から吹き飛ばされたことが分かった。


「剣の筋は悪くない。しかし自分と同じくらい力が強い者との戦い方がなっていないな。魔物は正面から叩き伏せられる相手ばかりではないぞ」

「……はい」


 アストルの言葉に、今までの魔物との戦いを思い出す。印象に残っているのは、吸血鬼の驚異的な膂力だ。力比べでは勝てず、聖剣は硬質な爪に防がれた。


「身体能力の強化がばらつきすぎだな。必要なところに必要なだけ集中させろ」

「……それはどうやってするのでしょう?」

「さっき見せただろう。言葉で伝えられるものではないのだ。よく見ろ!」


 再度、アストルの体がぶれ、すさまじい勢いで飛び掛かってくる。木剣を合わせると、先ほど以上の衝撃が手に伝わって来た。なんとか押しとどめるが、打ち合わせている木剣が折れるのではないかと思うほどの力でグイグイと押される。


「俺の体の力の動きをよく見ろ。総力はお前より少ないが、力を一点に集約しているからお前よりも力が出せる」

「……よく、分かりません」

「一日で分かれば苦労はないなっ!」

「うわっ!」


 別方向への力が加わったかと思うと、僕の木剣は手を離れ、宙を舞ってしまった。アストルの剣が僕の首筋に突き付けられる。


「実戦ならこれでお前の死だな」

「……返す言葉もありません」


 正直、甘く見ていた。これまでの僕の剣の師匠、メメよりも強い人間がいるとは思ってもみなかった。


「この通り、俺は体に覚え込ませる指導しかできないからな。ついてこれるか?」


 木剣で肩をトントンと叩きながら、アストルが挑発的な口調で言う。


「もちろんです」


 望むところだ。それが仲間を守るためになるならば、僕はきっと頑張れる。木剣を握る。途方もなく大きなアストルの姿を確認すると、僕は彼めがけて一直線に走り出した。





 あれだけ煩わしかった太陽は、いつの間にか沈みかけていた。影がすっかり伸びた頃、ようやくアストルは訓練の終了を告げた。僕は疲れ切った体を休めようと、その場に座り込んだ。日光にさらされ続けた中庭の地面からぼんやりとした熱が伝わってくる。


「帰る前に、少し話をさせてくれ」

「ああ、はい」


 座ったままで返事する。意外だった。無駄話を嫌いそうなこの男が、何を話そうというのか。こちらに向き直るその目は相変わらず鋭く、あまり雑談という雰囲気でもなかった。


「今代の勇者パーティーというのは、俺が出向いた時の五人で全てなのか?」

「はい」

「あの女、メメとやらが主導権を握っているのか?」

「その通りです」

「何故だ?」

「なぜ、ですか」


 こちらを見るアストルの目は変わらず鋭い。


「僕とカレンは田舎の村の出身で、戦ったことなんて一度もなかったんです。それで、初めて盗賊と戦った時に出会ったのがメメで、それからずっと助けてもらってます」


 そう、助けてもらっている。あの時から彼女に助けてもらっている僕は、彼女に何か返せているだろうか。


「たまたま、か。──勇者殿、あの女の言うことばかりあまり鵜呑みにするなよ」

「……それは、どういう意味ですか?」

「考えてもみろ。知識を豊富に持っていて、さらに戦い慣れもしているのだろう?勇者殿がたまたま会うにしては、出来すぎなほど優秀な人間だ」


 言われて、その考えに初めて至る。僕に必要だったものを持ち合わせていたメメとたまたま出会ったこと。その都合のよさ。思えば、未だにメメは謎が多い。今まで何をしてきたの語ったことはないし、その豊富な知識の出どころも謎だ。──いや、それでも。


「でも、僕はメメを信じています」

「……なぜだ?」

「また、なぜ、ですか。…………はっきりした理由はありませんよ。僕たちのために命懸けで戦ってくれること。勇者パーティーのために力を尽くしてくれていること。……色々ありますが、一番は目、でしょうか」

「……目?」

「伝わってくるんです。色々なことを経験して、それでも折れない何かが彼女の中にあるのが分かるんです。それがある限り、メメは僕たちと一緒に戦えると信じています」


 暗く淀んでいる時も明るく輝いている時も、その黒い瞳の奥には常に何かが存在していた。それは綺麗で暖かくて、メメの根底にある善性の何かであると僕は確信していた。──それは、或いは正義、と言ってもいいかもしれない──メメに言えば笑われてしまうだろう。自分を信じすぎだと戒められるかもしれない。それでも、その芯が揺るがない限り、彼女は信頼に値する人だと確信していた。


「……解せんな」

「そう、でしょうね」


 他人に納得できる話ではないのは分かっている。でも、信頼なんてきっとそんなものだ。


「勇者殿、仲間を疑うことも覚えた方がいい。君と同郷のカレン殿、それからオリヴィア殿は、王国でも身元の確認が取れている。ただし、メメという女とその連れのジェーンという男は経歴が全くの謎だ」

「……調べたんですね」

「当然だ。勇者パーティーの一員という立場は、栄誉を手に入れたい者にとっては非常に魅力的だ。過去には魔王軍のスパイ行為を働いた者すらいるんだぞ」

「栄誉にはメメもジェーンも興味なさそうですが」

「君の感想は聞いていない」


 取り付く島もない。しかしなんとなく、このぶっきらぼうな男が彼なりに僕のことを心配しているのが分かった。その口ぶりは、僕に用心するように言い聞かせているようだった。それでも。


「僕の仲間のことは、僕が決めます」


 強い意志を籠めて、鋭く細められた目を見つめ返す。少しすると、アストルは軽く溜息をついた。


「意思は固そうだな。では、俺が指導できる間に彼らに負けないほど強くなってもらうとしよう。構わないな?」

「……よろしくお願いします」


 言うべきことは言ったとばかりに、アストルは素早く背を向けて去っていった。その様が彼の人となりを示しているようで、僕は少し笑ってしまった。

 いつの間にか太陽は沈み切ってしまったようで、少しだけ冷たい風が僕の汗に濡れたシャツを揺らした。立ち上がる。帰ろう。僕の帰るべき場所に。



 ◇



 共和国のとある海辺には、長い年月を経て天然の洞窟が出来上がっていた。そして人目に付きづらい位置に出来上がった自然の要塞は今、とある宗教集団の拠点として利用されていた。

 彼らの名乗る名は大神教。人の世に蔓延る女神教という悪を打ち破ることで世界を救う、自称正義の集団である。


 薄暗い洞窟の中には所々に篝火が設置され、ぼんやりとした光を放っている。その最奥の小部屋には、一様に目に狂気を宿した信者たちが集っていた。彼らが仰ぎ見るのは大神の預言者を名乗る教祖だ。預言者を名乗る女は白いベールの先に座っていて、信者たちにはシルエットしか見ることができなかった。神秘的な雰囲気を醸し出す彼女は、泰然と信者の報告を受ける。


「預言者様、当初の予定通り信徒たちの武装は整いました。しかし内通者が予想以上に摘発されており、王国内部、特に騎士団についての情報収集は予定よりも捗っておりません」

「結構よ。予定通りに襲撃を実行。不足はあなたたちの信仰心で補いなさい。できるでしょ?」

「もちろんです!」


 信者の目に迷いはなかった。薬物に思考を毒された彼には、もうすでに正常な思考能力は残っていなかった。


「では、聖戦前最後の信仰の儀を」

「ハッ!……同志よ!時は来た!今こそ地上から女神信仰を排し、真なる信仰を取り戻すのだ!

 勇気を示せ!信ずるもののために万事を為す勇ましさを!

 慈愛を示せ!今なお偽の女神の信仰に囚われる人類への果てしない愛を!

 そして何よりも、忠誠を示せ!我らに真の信仰を示してくださった預言者様に恩を返すのだ!」

「「オオオオオ!」」


 洞窟──大神教本部に集った信者たちの目に迷いはない。彼らは信じるもののためなら何でもできるだろう。その刃は女子供すらも害し、自分たちの理想の世界の礎とする。その信仰が、一人の魔物に作られものだと気づくことすらなく。


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