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48 騎士団長

 じわじわと身を蝕む熱さから目を逸らすように、進む先に聳え立つ二階建ての建物を見上げる。王都の騎士団員は、そのほとんどがここ、兵舎で生活をしている。

 そして俺が今回尋ねようとしている相手、騎士団長アストルの部屋は兵舎の中、その一番奥に位置している。彼に会うアポイントメントは、勇者パーティーの名前を出すとあっさりと取れた。


 兵舎の手前、騎士の訓練所となっている中庭を、先導する騎士についていく。中庭では、多数の騎士が集って鍛錬をしていた。木剣を打ち合わせる鈍い音。時々響く、怒声のような号令と、剣を振るう若者たちの力の入った雄叫び。熱気に溢れるそこは、まさしく人類を魔物の群れから守る防人たちの待機所だった。


 鍛錬する騎士たちの振るう剣は、どれも鋭く、重そうだ。騎士という名誉ある職に就ける人間は、多かれ少なかれ魔力を持っている。そしてその魔力を、特に身体能力を強化することに扱える者が騎士となる。

 騎士である彼らは、詠唱などなしに、体の延長であるかのように体内の魔力を使いこなす。踏み込む足の力を強化したり、撃たれた箇所を守ったりとその用途は様々だ。そのため彼らは皆、常人とは一線を画す身体能力を発揮する。


 だからこそ、騎士とは本来ただの平民に、大神教の信者に負けるような存在ではないのだ。しかし、魔物との戦いとは異なり、人間同士の争いには搦め手や策略が横行する。大神教はそれをよく理解した戦いができる集団だ。狂人の集まりとは言え、その頭脳部分は理知的な判断力を残していることが窺える。



 訓練する騎士たちが、見知らぬ部外者である俺をチラチラと見ているのが分かる。なぜかそわそわとしている若者たちは、上官らしき騎士に叱責されていた。集中しろ。


 多数の視線にうんざりしながらも、ようやく目的地にたどり着いた。無骨な騎士の勤め先らしからぬ豪華な造りの扉。案内役の騎士がノックをして、部屋に入っていく。一瞬中の様子が見え、中にいる彼と視線が合った。

 冷ややかな表情に、鷹のような鋭い瞳。彼こそが、その若さにも関わらず王国の騎士団長という重役に抜擢された秀才、アストル。俺の知る限り、最も強い騎士だ。


 招かれたので部屋に入り丁重に挨拶をするが、彼は眉一つ動かさず俺を見ていた。貴族相手でも失礼のないように挨拶をしたはずだが、返事はない。顔を少し上げると、刺すような鋭い瞳と目が合う。


「それで、勇者の使いがいったいなんの用かね?」


 ずっしりと腰かけたアストルが嫌そうに問いかけてくる。その顔にはありありと、早く帰れ、と書いてあった。


「はい、先日の共和国のクーデター、及びそれに伴う王国への攻撃の可能性について、です」

「それは私も良く把握している。素人に何か言われる筋合いはない。帰れ」


 バッサリだった。王国で最も王都の防備に詳しい男への進言だ。不機嫌になるのも無理はない。しかし言わねばならない。普段優れた思考を発揮する彼が見落としている可能性について。


「確かに、貴方は人間相手の防衛戦だろうが素人ではないかもしれない。しかし貴方の部下たちは?大半の騎士は、魔物殺しのスペシャリストたちは、姑息な人間との殺し合いについては素人ではないでしょうか?」

「それこそ、貴様のような素人に言われる筋合いはない」


 間髪入れずに彼が言葉を返してくる。しかしその程度の言葉で帰るわけにはいかない。


「騎士の中に内通者がいる可能性がある、と言ったらどうでしょう?」

「ほう……」


 眉をひそめた彼の雰囲気が変わる。間違いなく、悪い方に。


「部外者が我ら騎士団の結束を疑うというのか?──大きく出たな」


 鷹のように鋭い目は、今や俺を射殺さんばかりに睨んでいた。見れば分かるほどの激しい怒り。であれば、俺も礼節を気にしている必要もあるまい。


「ハッ。貴族のボンボンを押し付けられ続けた今の騎士団に結束だと?末端の一員まで完璧に制御できているとでも?お前もぼんくらが機密に触れられる現状が良くないことくらい分かっているはずだ」


 俺の言葉を聞くと、ようやく彼の表情が少し変わった。意外なものを見たように眉を少し釣り上げる。


「……詳しいな。話くらいは聞いてやろう」


 アストルは座りなおすと、こちらに視線を向けてきた。その鋭さは、怒りから観察へと質を変えていた。


「いいか?騙されたと思って俺が名前を出した騎士を探れ。何らかの動きがあるはずだ」


 数人、名前を挙げる。いずれも実家から騎士団に厄介払いされてきた、利己的で怠惰な貴族階級の人間だった。その名前を聞いたアストルの眦が僅かに吊り上がる。心当たりが無いわけではないらしい。


「それから、精神干渉の魔法か薬物に気を付けろ。その影響が騎士団内部に入り込んでいる可能性が高い」

「そこまでハッキリ言われれば調査もやぶさかではない。しかし、間違いだったら騎士団を疑った貴様はただでは済まさんぞ?」

「好きにしろ。火炙りにでも串刺しにでもすればいい」


 俺の言葉をつまらない冗談と取ったアストルは、軽く鼻を鳴らすだけだった。


 そうして、あまりにも短い騎士団長様との面会は終わった。彼の無駄を嫌う性格は貴族階級には嫌われているようだが、俺としては非常に好ましかった。やはり騎士の中では、まだ話が通じる。冷たい男だが、合理的であるというただ一点においては信用できる。これで多少は大神教の襲撃があった時に騎士団は上手く動いてくれることだろう。


 しかし、おそらくこれでも共和国の浸透を完全に防ぐことはできない。俺の知識も完璧ではないのだ。これでも入り込んできた狂信者どもは……斬り殺すしかあるまい。剣の柄にそっと触れる。慣れ親しんだ聖剣ではなく、ただの大剣。であれば、今回は聖剣を人間の血に濡らす必要はあるまい。オスカーの決意がどうであれ、俺は俺の理想を汚させたくはなかった。



 騎士団長との面会を終えた俺は、自室に戻って大神教の対策について思考を巡らした。


 大神教は一度に動員できる数が多いという点だけ見れば魔王軍をも上回る。時に自殺すら命ずるあの宗教が信徒を獲得しているのは、教祖となっている魔物の能力と、依存性のある薬物を使っているからに過ぎない。

 甘い言葉で誘われた者は、彼らの本拠で薬を嗅がされ、正常な判断能力を失う。そうして、じっくりと大神教への忠誠を刷り込まれるのだ。


 だから、彼ら相手に躊躇している暇などない。しかし、いくら決意を決めたとはいえ、仲間たちの、特にオスカーの剣先が鈍らないとは限らない。人を殺す覚悟を決めることと、人を殺すことの間には、大きな隔たりがあるのだ。その大きな隔たりは、時に大きな過ちを生む。

 だから俺こそが先陣を切って敵を殺さなければ。この身をもって示すのだ。相手が何であろうと、容赦なく切り伏せるのだと。


 ふと、カレンの言葉を思い出す。頼ってほしい。一言伝えて欲しい。仲間としての、正しい願いを思い出す。逡巡して、すぐにそれを否定する。──あり得ない。それは、嫌だ。


 大神教との戦いは、テロ、ゲリラとの戦いと言っても良い。個々人はたいして強くない。信徒はただ正気を失っている一般民衆に過ぎないのだから。しかしその躊躇いの無さ、熱意と勢いは本物だ。死ぬまで止まらず、死を恐れない。

 だから俺は、できるなら今の優しい勇者パーティーに戦ってほしくなかった。



 ◇



 俺の想いとは裏腹に、勇者パーティー全てに声がかかる。予想外の出来事に、俺は勇者パーティーを戦いに巻き込まない選択肢をあっさり奪われてしまった。まさか、あいつが直々に来て、止める間もなく全員に言い渡されるとは思ってもみなかった。


 狂信者からの王都の防衛。その重要な任務は、騎士団長アストルその人の口から伝えられた。



「王城からも要請があった。貴様らに担当してほしいのは、王城前、貴族街のメイン通り防衛の支援だ」


 鷹のような鋭い目をした男、騎士団長アストルは開口一番そう告げた。


「あそこは特に広い。騎士たちだけでは手が回るか怪しくてな」

「内通者の炙り出しはできたんだろうな?」


 有無を言わさぬ口調に少々反感を覚えて少しキツめに問うと、アストルはバツが悪そうに少し目を逸らした。


「ああ、お前の情報通りだった。全く、今回の件は騎士団の歴史の汚点だな。現在、騎士団全体を対象とした調査をしている。しかし結果は芳しくないな。想像よりもずっと根が深かったし、数が多い。俺の予想だと、お前の言う大規模な襲撃当日までに全部見つけ出すのは無理だな」


 栄光の王国騎士団も地に堕ちたものだな、とアストルは自嘲気味に笑う。いつも毅然とした彼らしからぬ態度からは、名高き騎士団の腐敗が衝撃だったことが伝わってくる。

 だから、俺はそんな彼に強くでれる。


「俺に少しくらい恩は感じたか?」

「……ああ、だからこうして直接出向いている」


 騎士団長自ら出向いてきたのも、どうやら彼なりの誠意だったらしい。であれば、一つくらい頼みを聞いてもらえるかもしれない。


「恩ついでに一つ頼まれてくれないか?」

「……内容にもよるな」


 凄まじく嫌そうな顔はされたが、拒否はされなかった。


「オスカーに、勇者に剣を教えてやってくれないか?」

「勇者殿の?」

「……僕?」


 二人が怪訝な顔をする。


「王都でも活躍を噂されている勇者殿に、俺から教えることなどあるのか?」

「こいつはまだ剣を握って半年程度なんだよ。勝負勘はあるが、剣術の基礎は正直お前のような一流の騎士には劣る。お前の指導は、今後こいつが生き残るのに役に立つはずなんだ」

「……お供の女に好き勝手言われているが、勇者殿はいいのか?」

「メメがそう言うなら、僕は信じます」


 オスカーはアストルを真っ直ぐに見返す。彼の鷹のように鋭い視線にも怯える様子はなかった。

 信じる。言葉にされるとあまりに無垢で、それを向けられるとむず痒い。しかし、今回は話を進めるのに好都合だろう。無垢ではない俺は、彼の気が変わらないうちに話を進める。


「この前の件を借りと思ってくれるのなら、受けてはくれないか?」

「……承諾した。ただし私も忙しい身だ。多くは時間を割けない」

「よろしくお願いします」


 アストルは少しオスカーの様子を見た後、こちらに向き直った。


「これで貸し借りは無しだぞ、図々しい女」

「ああ、それだけ聞ければ十分だ」

「そうか。……では、詳細については追って連絡をよこそう。その時が来たらよろしく頼む」


 短く挨拶すると、アストルは足早にその場を後にした。せわしないその背中は、もう次の用事のことを考えているようだった。


「メメ、いつの間にそんなこと考えてたの?」

「ああ。……勝手に決めてしまってすまない」


 突然アストルが訪ねてきたものだから、慌てて頼んでしまった。腕の良い騎士とコンタクトを取る貴重な機会だったとはいえ、流石にオスカーに一言くらい言えば良かった。オスカーの様子を窺うと、彼はただ苦笑を浮かべていた。


「メメがこの機を逃すまいと焦ってたのはなんとなく分かったからね。責めるようなことはしないよ」

「……助かるよ」


 穏やかな表情の彼に、俺はただ感謝の言葉を述べることしかできなかった。


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