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45 女子会!?

 それは、王都でのある休日のことだった。昼下がり、いつものように素振りを終えて宿に戻ってきた俺は、どうやらオリヴィアに待ち伏せされていたらしい。出会って開口一番、威勢よくオリヴィアが言った。


「メメさん!どうして私と二人きりになるのを避けるのです!?またでえと、に行きましょう!」


 相変わらず怪しい発音で、オリヴィアが熱心に俺をデートに誘う。……そろそろカレンに彼女のデートの認識の間違いを正してもらった方がいいかもしれない。俺から言うのは、少し気まずい。


「い、いやだ!……いや、嫌じゃない!でも、二人きりは止めよう!そ、そうだ、カレンも誘っていこう!」


 何やら鬼気迫る様子のオリヴィアに、俺は二人きりになることに若干の恐怖を覚えていた。宝石店での一件以来、彼女は時々こういう様子を見せるようになった。彼女の情熱的な態度に、額の熱い感覚が蘇って自分の顔全体が熱くなってしまう。


「それではでえと、にならないではありませんか!いいから行きましょう!また服を脱がされたいのですか!?」

「毎回毎回上手くいくと思うなよ!分かっていれば防御だってできる!」


 思わず自分の体を抱く。強硬手段に訴えかけてくる彼女が怖い。お淑やかな貴族令嬢然とした姿を取り戻して欲しい。

 魔法が関わっている時のような、蒼い瞳をギラギラさせた情熱的な彼女の様子に困惑する。いったい何が彼女を変えてしまったのか分からない。彼女とは短くない付き合いで、その行動はある程度読める程度には知っているはずだったのだが。やはり、彼女は俺の知っている彼女とはどこか少し違う。……いや、今回は結構違う。


「二人とも何やってるの……?」


 偶然通りすがったカレンが声をかけてくる。ラッキーだ。これならオリヴィアの暴走は抑制できる。


「あ、カレン!カレンも一緒に行こう!また新しいカフェができたらしいぞ!」

「もちろんいいけど……。メメちゃんから誘ってくるなんて珍しいね」


 カレンが俺の誘いに頷くと、オリヴィアが少し肩を落とした。しかし別にカレンが一緒に来ること自体に不満はないらしい。すぐに気を取り直すと、待ち合わせや行きたい店などについて擦り合わせ始めた。





 王都にできた新しいカフェは、以前入ったそれと比べると陽気な雰囲気だ。店内には管楽器の演奏によってアップテンポな曲が鳴り続け、それに合わせて客の話し声も少し大きくなっている。


 俺の手元にあるコーヒーという嗜好飲料は、南方からはるばるこの王都まで輸入されてきているらしい。とある豆から作られる黒々としたその液体は、独特な香りに苦みと酸味が特徴的だ。


「メメちゃん、それ苦くないの?」

「苦いけど美味しいぞ。カレンも一口どうだ?」

「カレンさん、砂糖を少し入れてみると案外美味しいですよ」


 茶菓子を頬張りながら会話する。俺の飲むコーヒーは十代半ばの少年少女には、少し大人の飲み物であるという印象だろうか。カレンはコーヒーを飲む俺に羨望の籠った視線を向けてくる。

 そういえば、昔の俺は飲めもしないブラックコーヒーを飲んで、カレンに見栄を張ろうとしたっけ。一口飲んだ途端に咳き込んでしまってカレンに笑われたのは、今となってはいい思い出だ。


 思い出に浸りながら黒々としたそれを一気に喉に流し込むと、熱さと苦さが喉を通過した。遅れて香りが鼻の奥を通る。


「砂糖入れても苦かったんだよね。アタシには合わないのかも」

「そうか。まあ、無理に飲む必要もないよ」

「ムムム……。そう言われると何だか大人の余裕が見えるなあ。……オスカーもメメちゃんのこういう面が好きなのかなあ」

「ンンッ……」


 カレンの呟きに、思わず飲んだコーヒーを吹き出しそうになった。まだそんなこと思ってたのか。俺にとってそれは馬鹿げた思考なのだが、カレンの表情はわりと真剣だ。

 茶菓子をつまみながら、彼女になんと言うべきか考える。オスカーが俺を好きになるなど、湖面に映る自分の姿を好きになるようなものだぞ。あり得ない。どうすればカレンがそういうことを思わなくなるだろうか。こういうことは、当事者の俺が変に発言しても事態を拗らせるだけだ。


 どうにかできないかとカップに口を付けながら思案を巡らせていると、突如、コーヒーによって冴え渡った俺の頭に全部解決する名案が浮かんできた。そうだ。せっかくだからこの際、俺が相談に乗って、カレンに想いを成就させてみれば良いのではないか。彼女の恋愛相談の相手に俺は正しくうってつけと言える。なんせ意中の相手のことは誰よりも知っている。

 その思いつきは、考えれば考えるほど名案に思えてきた。オスカーとカレンは結ばれてハッピー。俺は余計な疑いを掛けられなくなる。完璧だ。


 フッ、仕方ない。この推定年齢百歳の俺が、大人の余裕というやつで相談に乗ってやろう。俺は椅子に浅く座り直すと、背中を伸ばして、テーブルに手を付いた。カレンの端正な顔が少し近づく。新緑の瞳が良く見えるようになる。


「カレン、せっかくだからこの際想いを伝えてみたらどうだ?案外上手くいくかもしれないだろ?」


 俺が言うのだから間違いない。奴は即オッケーするだろう。俺の言葉を聞いて、カレンが目に見えて狼狽した。


「えっ!?い、いやあ、でも今の関係が壊れるのもちょっと怖いというかなんというか……」


 ごにょごにょとカレンが言い訳をする。声は小さかったが、体は大きく動く。無意味に手を空中でわちゃわちゃと泳がせ、上体が動揺を示すようにふらふらと揺れていた。


「それに、オスカーがどんな気持ちかなんて分かんないし……」

「でも、傍目から見て両想いに見えますよ。お二方なら上手くいくのではありませんの?」


 オリヴィアも追い打ちをかけるように言うと、ついにカレンは真っ赤な顔を伏せてしまった。栗色の前髪が垂れ下がり、カーテンのように顔を隠す。


「二人とも、結構意地悪だよね?アタシを恥ずか死させる気……?」

「恥ずか死……?いやなに、力になれたらと思ったんだが……迷惑だったか?」

「め、迷惑じゃないけど……」


 そう言ってから少し黙ると、カレンの雰囲気が硬くなった。沈黙の後、伏せていた顔を上げ、しかし目は伏せて、硬質な口調で言葉を紡ぐ。


「──でも、オスカーはそういう話されると迷惑かなって思ってさ。ただでさえ勇者っていう役目を背負って大変なのに、アタシなんかが余計な事で迷わせていいのかなって思ったりとかさ……」

「カレン……」


 正直、少し驚いた。カレンがそこまで深く考えていたとは。どうやら俺は少し彼女を侮っていったらしい。心中でだけ反省して、言葉を探す。過去の経験から言葉をゆっくりと紡ぐと、自分の素直な想いが口をついて出てきた。


「……まあ、そんなに硬く考えなくてもいいんじゃないか?相手の意志だけ確認して、想いが通じていることを互いに認識するだけでもいいじゃないか──じゃないと、いつか後悔するかもしれない」


 付け足した俺の言葉に、カレンが硬い表情で頷いた。


「後悔……うん、そうだね……」


 俺たちの戦いは決して安全なものではない。戦っていればいつか死ぬかもしれないし、意中の相手が死んでしまうかもしれない。だから、せめて、後悔のない選択を。先達である俺から言えるのは、それだけだ。


 再び重い沈黙が落ちるかと思ったが、突然オリヴィアが勢いよく立ち上がった。いつもの淑女然とした態度とはかけ離れた行動に、俺もカレンも驚く。


「私は!メメさんのこと!好きですよ!」

「わ、分かった分かった!伝わってるから!これ以上なく伝わってるから!」


 ……いったい彼女はどうしてしまったのだろうか。行動の意図を聞いても、「メメさんが悪い」の一点ばりだった。


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