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44 相対的に穏やかな日常

彼女のこれまでと比べて

「──それで、最近微妙に不機嫌だったわけですか」

「……そうだよ」

「オスカーさんとの些細な喧嘩で心乱されるのはまさしく年頃の少女といった様子ですね」


 悪いかよ。表情なく言葉紡ぐジェーンに指摘されて腹が立ったので、大口でステーキを食らう。重厚な肉の食感とソースの旨味が一気に口の中に広がり、多少気分が上がった。たまたま昼食のタイミングがあった俺は、ジェーンと同じ食卓を囲んでいた。


「でも、最近貴女のオスカーさんへの態度が柔らかくなっていましたね。多少気に入ってきたんじゃないですか?」

「……まあ、そうかもしれないな」


 彼の成長自体は魔王討伐の大願を抱えた俺にとって喜ばしいことだ。余計な思考を持ってしまったのはともかく。

 口の中の肉塊を飲み込んで、彼の無表情な顔を見る。


「そういうお前も、最初に比べて随分あいつらに興味を持ってるんじゃないか?」

「ああ、そうかもしれませんね。少なくとも、人混みで見ても顔の判別はつくようになりました」

「お前の基準おかしいよ」


 どうして認識が一度二度会ったことのある人間程度なのだろうか。


「千年近くも人間を観察していると顔の違いなんて些細なものに思えてきますからね。これでも進歩したのです」

「本当か?……じゃあ、この前話してたカレンの印象はどうだ?」

「カレンさんですか?以前はただ平凡な少女にしか見えませんでしたが……最近、彼女のおかげでパーティーの雰囲気が良くなっていることに気づきました」


 確かにそうだ。カレンの明るい雰囲気は、話している人間まで明るい気分にさせてくれるような魅力がある。命懸けの戦いをしているからこそ、平時のメンタル状態は大事だ。それは俺も過去の経験からよく分かっている。


「そういえば繰り返してた頃、カレンと一緒に居なくなってからはパーティーの雰囲気が重くなったな……」


 カレンとの決別が決定的になったのは、俺が犠牲を出してでも勝利を求めだしてからだったか。優しい彼女とはどうしても相いれなくなってしまった。


「でも、今の貴女は彼女とも一緒にやっていけていますね」

「そうだな。…………きっと、あの時彼女とよく話すべきだったんだろうな」


 決別が決定的だと決め込む前に。もしくは過去に戻った時に、胸の内をさらけ出すべきだったのだ。失ってしまった時間。時間を遡ったからといって、その失敗を俺は忘れるわけにはいかなかった。


「……繰り返しについては、話さないのですか?」

「話さない。……それは、誰にも話さない」

「そうですか」


 無表情に呟くと、彼は水を飲んだ。俺もステーキを口に運ぶ。僅かな沈黙。


「オリヴィアとは話したか?彼女の印象は?」

「少し話しましたが、ある意味で分かりやすい人間ですね。持って生まれた者の責務に忠実で、責任感が強い。あの年にしてはとても冷静です。それから、貴女のことが好きですね」


 彼の最後の一言に、思わず肉を喉に詰まらせかける。


「ンッ……。それは聞いてない!」

「そんなに動揺することないじゃないですか。昔は恋人同士だったのでしょう?」

「そうだったが、今は違う」


 恋仲だったのは一度だけだ。でも、当時の記憶は今でも鮮明に思い出せる。苦労もたくさんあったが、幸福な時間だった。彼女が死ぬまでは。魔王を倒すと彼女に約束するまでは。

 無意識に彼女のくれた髪飾りを触っていることに気づき、手を下ろす。


「人でなしからのアドバイスですが、彼女に対しては遠慮なんて要らないと思いますよ」

「……そうかよ」


 顔を逸らして肉を頬鳴る。旨い。


「次はオスカーさんでしょうか。やはり、貴女にそっくりですね」


 水を流し込んでいると、ジェーンの方から話し始めた。何やら馬鹿げたことを言っている。


「……本当にそうか?もう一度良く話した方がいいんじゃないか?」

「いいえ、そっくりです。変に責任感の強いところとか」

「変にってなんだよ」

「鏡でも見たらどうです?もしくはオスカーさん」

「あいつは俺の生き写しでも何でもねえよ。元が同じでも経験が違えば別人だろ」

「確かに別人ですが、根本的に似ていますよ」

「そんなわけないって……」


 最後の肉片をフォークで突き刺し、一口で飲み込む。やや冷えた肉は、まだ旨味を残していた。


「俺は、仲間のために頑張ることを一度諦めたんだ。アイツとは違う」


 清々しいほどに真っ直ぐな、彼の宣言を思い出す。それは夏の太陽のように熱くて、直視できないほどに眩しかった。


「そうですか。……最後に貴女ですが、最初に比べて随分柔らかくなったんじゃないですか?」

「そうか?俺の思考は変わってないと思うが」

「そうかもしれませんが、なんというか、顔です。顔が柔らかくなりました」

「本当か?」


 自分の頬を摘まんで伸ばしてみる。おお、柔らかい。


「その調子で、罰が何だととかめんどくさいこと言い出さないようになればいいのですが」

「それはありえないな。俺が俺である限り、それは変わらない」

「……でしょうね。いつになったら貴女のその頑固さは治るのやら」


 変えられるわけがないだろう。ジェーンはやれやれといったような表情を作る。……こいつ、呆れ顔作るの上手くなったな。腹立つぞ。



 ◇



「ここに来るのも何度目だろうね」

「魔物との戦闘訓練にうってつけだからな。今後ともお世話になると思うぞ」


 俺とオスカーの会話にぎこちなさはない。まるで先日の会話などなかったかのようだ。あの日交わした言葉は忘れる。二人の間にそんな制約が交わされたかのように、あの話はめっきりしなくなった。きっと彼も、分かり合えないということが分かっているのだろう。それゆえの沈黙。それゆえの先延ばし。


 いや、それは今考えるべきことではないのだろう。思考を隅にやり、周囲の警戒に戻る。いつしか、俺がオスカーの代わりに魔王を倒すことを宣言した地、オースティン大森林。木々に覆われた森は、昼間でもうっすらと暗い。


「大きいって聞いてたけど、結構見つからないね」

「ここもそれなりに広いからなあ。目立つと行ってもそう簡単に会えるわけじゃない」


 今回、冒険者向けの討伐依頼があったこともあり、戦うことになった魔獣の名前はヒュージコンガ。赤色の体毛を持つ、森にはそぐわぬ色味をした獣だ。


「いや、噂をすれば、だな。前方にいるぞ」


 俺の言葉に、皆が気を引き締める。全員が前方を注視する中、そいつは現れた。

 その体躯を見て、まず真っ先に連想するのは猿の姿だろう。四足歩行に長い尻尾。丸い頭部には人間にも似た顔が付いている。

 しかし、デカい。四足歩行で移動しているにも関わらず、その頭部は俺たちを見下ろすほど上に位置してる。向こうもこちらに気づいたらしく、顔が向いた。野蛮で獰猛そうな顔立ちは、戦場に慣れていない常人であれば腰を抜かすほどの迫力だ。

 しかし、今の俺たちにそんなものを恐れる者はいない。魔王討伐の大義を背負った勇者パーティーは、順調に成長してきていた。


「キアアアア!!」


 ヒュージコンガが威嚇のための咆哮を上げる。耳が痛くなるほどの大音量。周囲の木から鳥たちが飛び去った。


「う、うるさーい!アタシこいつ嫌いかも!」


 耳を塞いだカレンが嫌そうに叫んだ。同意しないでもない。


「オスカー!行けるな?前で抑えるぞ!」

「うん!」


 オスカーと共にヒュージコンガの前に躍り出る。最初に攻撃されたのは俺だった。


「クッ……」


 踏み出された巨大な前脚が俺の短剣を震わせた。今回、俺は試しに得物を変えていた。大剣とは違い、短い剣先から衝撃が直に手を震わす。


「『炎よ!』」


 短い詠唱から繰り出されたオリヴィアの魔術が、醜悪な顔面を直撃する。黒煙を上げるその様子は、あまりダメージを負っているようには見えない。


「オリヴィア!こいつは炎に耐性があるみたいだ!」

「かしこまりました!」


 下がりながらオリヴィアに伝えていると、素早くオスカーが飛び掛かっていった。


「ハッ!」

「グオオオ……」


 聖剣の切っ先が届き、ヒュージコンガの体表に傷をつける。しかしその厚い脂肪が致命傷を避けたようだった。胸部のあたりから血を流しながらもまだ元気そうなヒュージコンガが体を震わせる。聖剣を突き刺し、体に接していたオスカーは吹き飛ばされた。決して小さくない彼の体が中空で弧を描く。


「オスカー、動けるか?」

「うん、なんとかね」


 俺の傍らに吹き飛ばされてきたオスカーに手を貸す。ゴツゴツとした手を引き上げると、ヒュージコンガの戦意が高まっていくのが分かった。荒々しい鼻息がこちらまで聞こえてくる。手傷を負って、我が身の危険を感じたらしい。


「『女神よ、彼の者に癒しを』」


 カレンから放たれた光がオスカーを癒す。どうやらこちらもまだまだやれそうだった。

 仲間たちの状況をすばやく確認する。後方の損耗は無し。魔力もまだ潤沢にありそうだ。ジェーンの大規模な魔法も完成しそうだ。攻撃の起点にできるだろう。

 前衛は二人とも少し疲弊があるか。癒えたとはいえ攻撃を受けたオスカー。それから俺は、新しい短剣に少し罅が入っていた。どうやらこの粗悪品は一戦で限界のようだ。


「ジェーンの魔法と一緒に仕掛けよう!」

「「了解!」」


 息の合った返答。そして、ジェーンの古代魔法が完成する。


「『万物を打ち砕く岩石よ!我が敵を打ち倒せ!』」


 詠唱の完了と共に、頭上からは大きな岩石が降ってきた。隕石のように超高速で落下するそれは、違わずヒュージコンガの頭を直撃する。脳を揺らされて、動きを止める巨獣。


「『氷よ、地を進む者の足を止めよ』」


 続いてオリヴィアの魔術。体毛だらけの豪脚が氷に包まれ、動きを制限される。忌々し気に唸るヒュージコンガに、オスカーの聖剣が迫った。


「ハアアア!」


 凄まじい気迫と共に、再び胸部に叩き込まれる黄金色の刃。巨大な肉の塊の深部まで食い込んだそれは、今度こそ巨獣の命を奪った。力ない呻き声をあげて崩れ落ちるヒュージコンガ。魔獣狩りのスペシャリスト、冒険者の間でも危険視されるヒュージコンガは、強くなってきた勇者パーティーの前に、あっさり沈んだのだった。


「やったね!完勝!」

「良い連携だったのではありませんの?大きな傷を負うことなく勝つことができました」

「そうだな。敵の強さを考えると出来過ぎなほどだ。オスカーの斬りこみも良かった」

「そ、そう?……良かった」


 だがその照れ顔はダメだ。気持ち悪い。


「しかし俺の短剣はダメだな。もう壊れかけだ」

「メメの馬鹿力に耐えられる武器なんてそうないんじゃない?大人しく前の大剣に戻したら?」

「確かに、そうだな」

「ちょっとオスカー!乙女に馬鹿力はないでしょ!デリカシーってものを知らないの!?」


 俺はあまり気にしなかったが、女性的には許せなかったらしい。オリヴィアもやれやれと首を振っていた。



 こうして、俺たちのかけがえのない日常は過ぎていく。戦い続ける日常は平和とは言い難かったが、それでも冗談を言い合って笑い合える程度には穏やかだった。

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