IF メメのバッドエンド 彼女亡き後
本編とは違う、もしもの世界の話です
「メメちゃん大丈夫!?」
慌てた様子のカレンが倒れ伏したメメの元に駆け寄る。しかし、返事はなかった。凄惨ともいえる生傷に顔色を変えて駆け付けたカレンの眼前にあったのは、もはや物言わぬ屍だった。
「──ッ!メメちゃん!」
「そんな……メメが……」
カレンが絶叫し、オスカーが呆然と呟く。両者の声は、受け入れ難い結末に震えていた。そんなわけがない。あんなにも勇ましかった彼女が、こんなところで死ぬわけがない。オスカーの思い込みは、しかし彼女の死に顔を見てすぐに否定された。
ようやく登り始めた太陽に照らされたメメのもう動かぬ顔は、未だ苦痛に喘いでいるようだった。痛みに絶叫していた口からは大量の血が飛び出した跡が見られる。見開いた目は何を映さず、ただそこには光のない黒のみが存在した。
その表情には、救いなどどこにもないようだった。
「『女神よ!最上の癒しを!』『っ女神よ!最上の癒しを!』うっうううう『女神よ!」
「もういいよカレン!フラフラじゃないか!」
何度目か分からない暖かい光がメメの死体を包んだが、もう治せる傷は治った後だ。変化はない。心臓は動かず、その体が起き上がることは、もうなかった。
オスカーに止められても、彼女は詠唱をやめなかった。瞳からは絶えず涙が流れ続け、その顔は唇まで真っ青だ。神聖魔法の使い過ぎで、明らかに体調不良を起こしている。
「なんで!傷は塞がってるのに!心臓が動いてくれない!どうしてなのオスカー!?ねえ、アタシはどうすればメメちゃんを助けてあげられる!?」
「カレン!落ち着いて!」
「そんなの嫌だよメメちゃん!アタシを助けるだけ助けて、助けさせてくれないなんて絶対許さないから!『女神よ!彼の者に最上の癒しを!』」
カレンの狂乱は、騎士たちが死体の回収に来るまで続いた。オスカーにはそれを止める術はなかった。
◇
人が死ぬとはこんなにあっけないことだったのか、とオリヴィアは感慨に浸る。あの後、メメの遺体は速やかに棺に納められ、土葬された。家族など身元の確認は取れず、葬儀は小規模に行われた。
メメの兄を名乗っていたジェーンという男は、彼女の死と同時に姿を消していた。オリヴィアに驚きはなかった。きっとそういう人間なのだろうと思っていた。メメのこと以外どうでも良いと思っていたあの人は、今どうしているのだろうか。それだけが少しだけ気になった。
何度訪れても、集合墓地は人気がなくひっそりしている。
オリヴィアは墓前に跪き、花を手向ける。物言わぬ彼女は、それに対して彼女は何も返してくれない。言葉も、気持ちも、想いも。オリヴィアの手元には、彼女に贈ったはずの蒼色の小さな宝石の嵌まった髪飾りだけが残った。
「初めて、でしたのに」
ぽつりと呟く。感情の籠った言葉は誰にも聞き咎められず、空へと消えていった。
初めてだった。身分の高い、人よりも優れた才能を持って生まれた、自分の瞳を臆せずに真っ直ぐに見つめてくれる人。公爵令嬢としてではなく、単なるオリヴィアを見てくれる人。
その何物にも左右されない毅然としたあり方に親近感を覚えた。そして、その苛烈なあり方に危ういものを覚えた。
墓標の表面、簡素な石碑をそっと撫でる。冷たくて硬い感触が、自分たちの取り返しのつかない失敗を責めているようだった。
きっと、もっとちゃんと止めるべきだったのだ。オリヴィアは彼女らしからぬ後悔を続ける。メメの危うさに気づいたその時に、無理やりでも止めるべきだったのだ。
分かっていたではないか。彼女はもう戦場に立つべき人間ではないのだと。過酷な命のやり取りをするには、その心は擦り切れすぎていた。
だからきっと、自殺紛いの特攻をしていったのだろう。オスカーから訊きだした話を思い出す。相手を殺すことを何よりも優先して、自分の命すら顧みなかったメメの最期。話を聞くだけでも胸を締め付けられる思いだった。どうして彼女の背負っていた何かを代わりに背負ってあげられなかったのか、と。
墓石からそっと離れて、いつも持ち歩いている髪飾りを撫でる。あの時彼女に贈ったもの。鈍色の中央に、サファイアの青い光。きっと自分は、この髪飾りに自分を重ねていたのだろう。オリヴィアは彼女がいなくなってから自分の無意識に気づいた。
彼女の燃えるような赤髪とは対照的な、理性を示すような蒼い光。自分が彼女にとっての激情のストッパーに、踏みとどまる理性になりたかった。
彼女が自分を不自然なほどに大切にしてくれているのは分かっていた。口ぶりはいつも柔らかく、自分を見る目はいつも優しげだった。
だから、大切にしてほしかった。自分から渡された髪飾りを、大切にしてくれると思った。しかしきっと、大切に思う気持ちよりも彼女の燃えるような憎悪の方が強かったのだ。だから、取り返しのつかない結末を迎えた。
サファイアにそっと指をあてる。宝玉のツルツルとした表面は、人肌には冷たすぎた。
◇
「カレン、もう少し食べようよ。また痩せてるよ?」
「ううん、いいの。心配してくれてありがとうオスカー。じゃあ、アタシは教会に行くから」
そっけない態度のカレンが食卓を去ってしまい、オスカーは歯噛みする。また、彼女に何もしてあげられなかった。後悔する少年の心に浮かぶのは、一人の少女の姿。ああ、メメならこんな時、あっさりと悩みを解決してみせるのだろう。
オスカーは、これ以上目の前の料理に手を付ける気になれず、そっと食器を置いた。どうして自分だけが生き残ってしまったのか。後悔だけが残っていた。
オスカーにとってメメは憧れだった。何をやっても自分よりも上手くやってみせる頼もしい背中。オスカーにとっての理想の勇者像だった。だからだろう。彼女ならどんな状況でも切り抜けてくれると思ってしまった。その結果が、あのざまだ。
彼女が何か重いものを背負っているのは分かっていた。時折言動に表れる不安定な心。何かに囚われているようだった。分かっていながら何もできない。それどころか、オスカーは自分の重荷まで背負ってもらった。
メメの、勇者の代わりくらい務めてやるという、傲岸不遜な宣言。その時の、勇者よりもずっと勇ましい姿に失念していたのだろう。彼女はただの一人の少女なのだと。気づいたときには彼女は二度と起き上がることはなかったのだ。
聖剣の横、腰に差した大剣の柄を撫でる。メメから受け継いだそれは、恐ろしいほど聖剣のサイズにそっくりで、手に馴染んだ。しかし、その硬質な手触りが、オスカーにはどうしても自分の持ち物だとは思えなかった。
「メメ、せめて君の意志だけは継いでみせるよ」
オスカーは考えたのだ。どうすれば彼女に償えるか。どうすれば彼女を殺してしまった贖罪をできるのか。答えは彼女の言葉の中にあった。
魔王を殺す。彼女はそれに自分の人生全てを賭けていると言っていた。であれば、それを手向けとしよう。魔王を殺したとしても彼女が蘇るわけでもない。しかし、そうでもしなければ、彼は自分を赦せる気がしなかった。
黒い双眸に決意の炎が灯る。暗く濁った瞳は、赤髪の少女のそれと酷似していた。
ジェーンはメメが死んだ時点で世界に存在する意味を無くしました
ちなみにメメは赤髪黒目、オスカーは黒髪黒目です(野暮な説明でしたか?)
三章開始はとりあえず一週間後を目途に頑張ります




