EX 天使の奉仕場
二章の番外編は例によって明るい話と暗い話と二本です
「オスカー!今すぐ出る準備しろ!いい所連れてってやるよ」
「ノックも無しに僕の部屋入ってくるの止めない!?」
オスカーの宿の部屋に突撃すると、開口一番文句を言われた。今更お前に隠すことなんてないだろ。たとえ俺が失った下半身のモノを丸出しだろうと構わん。
「行くってどこにいくのさ。もう夜だよ?」
「夜しか開いてないんだよ。後悔はさせないから、いいから付いて来いって」
「相変わらず強引だなあ」
二人連れたって外に出る。ナルティアの街、その北側は夜でも多くの店に灯りがあった。最も数が多いのは酒場だ。外からでも大きな話し声が聞こえてきている。賑やかなその様子から、繁盛していることが窺える。
続いて多いのが風俗店。こちらは酒場に比べて光が少ない。店先では煽情的な服を着た女たちが客引きをしていた。ちょろそうなオスカーの姿を見て呼び込もうとしていたが、俺の姿を確認するとすごすごと引き下がっていった。
いや待て。何が「チッもう女つきか」だ。誰がこいつの女だ。ふざけたこと言いやがって。
オスカーは街の独特な様子に少し不安げだ。時折周囲をキョロキョロと見渡している。情けないからやめて欲しい。
「ねえメメ、本当に僕たちこんなところに来てよかったの?昼間と雰囲気が全然違うんだけど」
「気にすんな気にすんな。どうせ俺たちのことなんて誰も見てない。……着いたぞ。ここだ」
「『天使の奉仕場』……ここ、話に出てたいかがわしいお店だったよね!?」
「いかがわしい?何言ってんだ。ただの飲食店だよ。ただ店員がやたら露出度が高くて、ちょっと値段が高いだけだ」
「いやグレー!こんなところ僕たちが入っていいの!?」
答えずに扉を開けると、繁盛している中の様子が目に入った。席に座る客は全て男だ。誰も彼も店員と会話するたびにだらしなく鼻の下を伸ばしている。
応対する店員たちの服はやはりいつ見ても煽情的だ。ベーシックなメイド服を基調としている。しかしそのスカート丈はこれ以上ないほど短い。そして上半身は胸のあたりまでしか布で覆われておらず、肩、それから胸の上部を露出している。相変わらず刺激が強い。店員たちはみな一様に綺麗な顔立ちで、朗らかな笑顔で接客をしていた。
「め、メメ。なんかすごいところだけど、本当に入っていいの?」
「いいから行くぞ」
「あちょっと、手引っ張んないでよ!」
オスカーを引きずりながら入店すると、すぐに店員に声を掛けられる。
「いらっしゃいませ。二名様ですか?」
「はい」
「こちらへどうぞ」
俺の背丈に合わせて、店員が僅かに屈んで話しかけてきた。前のめりになったことで、その大きな胸部が露わになる。後ろでオスカーが息を呑んだのが分かった。
どうだ。お気に召しただろう。なんたって俺の男の頃のお気に入りの店だ。まだ精神的に余裕があった頃は、よくここに来たものだ。カレンにバレて白い目で見られたっけ。
「おいオスカー、何注文するんだ?早く選べ。時間がもったいないだろうが」
「テンション高いね……。全部高価だなあ。オムレツとか?」
「おお、それを選ぶとは分かってるなあ」
しばらくするとオムレツが二つ運ばれてくる。黄色い表面はフワフワで美味しそうだ。
「それでは、愛情を込めさせて頂きますね」
「えっ?」
「お願いします!おいオスカー!よく見てろよ。職人技だぞ!」
「メメはなんでずっとテンション高いの……」
店員はケチャップを持つと、俺のオムライスにそれをかけはじめた。
「美味しくな~れ」
「ああ、ありがとうございます!ほら見ろオスカー!この愛の籠った詠唱!そして絶妙な角度で屈んで強調される胸部!これこそチラリズム!パーフェクトだ!」
「ねえメメ、お酒飲んでないよね?キャラ変わってるよ?」
二人のオムレツにケチャップがかけられた。黄色いキャンパスには赤いハートマークが綺麗に描かれていた。
「いただきます。……おお、やっぱりうまいな」
「うん、高いお金取るだけあるね」
しばらく二人で、脇目も振らずに食べ進める。話し声もなく、食器の擦れる音だけが響いた。そしてほとんど同時に食べ終わる。どちらの食器も綺麗に空っぽだった。
「それで、どうして僕をここに連れてきたの?」
最後に水を飲み干して、オスカーが不思議そうに尋ねてくる。
「お前こういうの好きだろ?鍛錬と戦いばっかじゃ疲れるからな。息抜きさせてやろうと思ったんだ」
「す、好きじゃないけど……」
「目がめちゃくちゃ泳いでるぞ。さっきから店員の方チラチラ見てたじゃねえか」
言われるとオスカーは少し顔を赤くして俯いた。……その表情やめろ。他人として見るとかなり気持ち悪い。
しかし、彼の戦場に立つ姿は少しずつ様になってきたように思う。先日のオスカーのカレンを守る姿を思い出す。悪くない剣さばきだったし、悪くない気迫だった。
「まあ、あれだ。お前は結構頑張ってる。だからたまにはいい思いさせてやろうと思ったんだ」
「……」
オスカーは信じられないものを見たように、あんぐりと口を開けて固まっていた。なんだ、せっかく褒めてやってるのに。
「……なんだ、その鳩が豆鉄砲を食ったような顔は」
「いや、僕に優しいメメなんて偽物かなと思って」
「失礼だな!」
あんまりにもあんまりな言い草に少しムッとしてしまう。そんなに俺は厳しかっただろうか?
──であれば、少しくらい素直に気持ちを伝えるのも良いか。
「……これでもお前のことは見直したんだよ。あの時、カレンのことを守りきってくれただろ」
俺と違って。未熟ながらも懸命なオスカーの姿を思い出す。必死な姿は中途半端に擦れた俺とは違って、今この瞬間に全力だった。それは俺がいつしか憧れた勇者の理想像で、いつしか諦めてしまったものだった。嫉妬するのも馬鹿馬鹿しくなるほどの、正しい在り方。
「それは……メメが僕の前で戦ってくれていたから頑張れたんだよ。僕一人だったらきっと、頑張れなかった」
その瞳は真剣で、真っ直ぐに俺を見据えていた。むずかゆい信頼。それを嬉しいと思う自分と、重い、と思う自分がいた。
「ま、まあ、お前が頑張っていたからな。それに対する褒美みたいなもんだよ。今日は」
「まあ気持ちは嬉しいけど。……まさか女の子にこういう店に連れてこられるとは思わなかったよ」
「好きだろ?」
「…………まあ」
カレンには見られたくないなあ、などと彼はぼやく。恋人でもないくせに何を言っているのやら。
「でも、この店のこと詳しそうだったね。前に来たの?」
「ああ、だいぶ昔にな」
「メメのだいぶ昔って、かなり小っちゃい頃かな?ジェーンさんとでも来た?」
「誰が小っちゃいって!?」
「敏感すぎるでしょ!今のメメが小っちゃいとは言ってないよ!?」
聞き捨てならない言葉が聞こえた気がしてつい反応してしまった。しかし、しまったな。過去の話をしようとするとどうしてもボロが出てしまいそうだ。
「まあ、俺は大人だからな。色んな経験をしてるんだよ。お子様のお前と違って」
「まあ、何かと経験豊富なのは分かるけど」
でも大人って言われるとなあ、などとぼやくオスカー。何だか納得していない様子だった。まあ、何が言いたいのかというと。
「──だから、お前は前だけ向いて、自分のしたいことをしてくれ。下らないことは俺に任せればいい」
正しいことを。下らない些事に囚われるのなんて俺だけでいいのだ。必要な犠牲を考えるのも、無能な味方を切って捨てるのも、穢れた俺がすればいい。お前は妬ましいほどに俺の理想であり続けてくれ。
そんな俺の思いが試されるのは、案外すぐだった。




