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28 ナルティアの街

二章終わらす算段ついたので、次回からは隔日ペースで更新しようかなと思います

 王都にばかり滞在しているわけにはいかない。俺たちが勇者パーティーという名の元に集まっているのは、来たる魔王軍との戦いのためなのだから。そして、その影はもうすでに王国にひっそりと迫ってきているはずだ。



 王都から馬車で北上して二日。道はそれなりに整備されていたとはいえ、長時間の移動は中々に堪える。カレンやオリヴィアは疲れた顔で腰のあたりを擦っていた。馬車からようやく解放された俺たちを迎え入れたのは、俺にとっては見覚えのある街だった。


 今回の目的地、ナルティアの街の最大の特徴はやはり、北に位置する鉱山だろう。鉱山には毎日多数の労働者が入っていき、危険な仕事に従事している。

 そして、その作業員たちが多数住んでいるので、街の北側はそれなりに賑わっている。彼らの住居の周辺の酒場、風俗店、商店が、街の北側の猥雑な雰囲気を形成している。


 一方街の南側はそれとは対照的に静かで、綺麗な通りに店舗や家屋が整然と並んでいる。こちらには宝石を取り扱う店が集められている。衛兵が頻繫に巡回しており、物取りなどの気配はなかった。

 ナルティアの最大の産業は鉱業だ。街に面する鉱山から取れた鉱物は、そのほとんどが王都近郊に輸送されていく。

 しかし一部の、小さすぎて輸送するほどの価値が認められなかった煌びやかな宝石類は、街の南側でそのまま販売されている。


 物好きな貴族や平民の金持ちは、この安価な宝石類やそれを用いた装飾品を求めて、はるばるこの街を訪れる。そういう富裕層を迎え入れるために、街の南側は王都と比べても遜色ないほどに整備が行き届いていた。

 北側の粗野ながらも賑わいを見せる歓楽街と、南側の清潔で静謐な宝石店の並びは対照的で、同じ街とは思えなかった。



 俺たち勇者パーティーが紹介されたのは、治安の良い南側に存在する宿の一つだった。小奇麗な宿内の様子から、富裕層を迎え入れることを想定していることが分かった。

 セキュリティのしっかりしている宿の部屋に荷物を置くと、皆で街を軽く探索する。とはいっても、オスカーやカレンを満足させるようなものはなかった。整然と並ぶ店はどれも上品で、売り出されているのは装飾品など、基本的に富裕層向けの贅沢品だ。田舎育ちの彼らはどこか居心地悪そうだった。

 オリヴィアは興味深そうにそれを眺めていたが、彼らが興味なさげなのを見ると、あっさりと退散した。どうやら公爵令嬢様のお目に叶うものはなかったようだ。ちなみにジェーンは目もくれなかった。





 この静かな街並みには見覚えがある。何度もここで戦い、未熟な時には何度もここで死んだ。今でも昨日のことのように思い出せる。焼ける家屋。断末魔と怒号。奴らの哄笑。


 思い出していると、なんだか気分まで当時に戻っていくようだった。変わり果てた人間をこの手で殺した感覚。魔物への果てない憎悪。それらすべてが瞬間的に蘇って、少し気分が悪くなった。少女の体になってから、俺の精神はどんどん脆弱になっているようだった。

 きっと今日は、何か悪い夢を見るだろう。予感があった。



「何だか上品な街だね。ちょっと気後れしちゃうよ」


 カレンがしみじみといった様子で呟いた。新しい物を見つけると猪突猛進していくことも多い彼女だが、珍しく大人しい。今は街の静謐な雰囲気に呑まれているらしい。


「この辺の通りはそうだな。でも北側はそれなりに治安が悪いから、カレンは一人で近づくなよ」

「……うわあ。一番女の子としての危機感ない子に注意されちゃった」


 失敬な。俺はどうせ一人でどうにかできるからいいのだ。

 街を少し北上すると、少しずつ景色の中に平民にも馴染みあるものが増えてくる。看板が擦り切れた酒場、微妙に汚い食堂。生活感溢れる集合住宅。


 その中から、上品さと気安さの両方を含んでいるような、小奇麗な大衆向けの食事処に入る。外観も内装も清潔に保たれていて、初めて入る人間でも気後れしない程度には良い雰囲気だった。しかし時間帯ゆえか、昼過ぎの店内はがらんとしていた。


「何がいいかな?」


 品書きを眺めていると、王都などでは見ないような料理ばかりだ。この食堂では他国の料理を仕入れ、安価で提供しているらしい。極東の名産である、米を使った料理が多数。それから、名前を見ても想像がつかないような料理がちらほら。

 パンが主食となっている王国においては、米を使った料理はあまりお目にかかれない。この食堂はかなり珍しい部類と言えた。



 席に座り店内の壁に書き出されたメニューを眺めるカレンに、恰幅の良い女主人が気さくに話しかけてきた。


「外からのお客さんかい?ちょっとボリュームはあるけどこの店はカツ丼が美味しいよ」

「本当ですか?じゃあアタシはそれお願いします!」


 しばらくして、丼に盛られたカツ丼が届く。女主人の言うように中々のボリュームだ。目を輝かせたカレンが、大きく口を開いて食べ進める。見ているこちらも気持ちよくなってくるような食べっぷりだった。

 それを眺めながら自分のカツ丼を食べ進める。衣を噛むと、サクッという少気味良い音がした。少し味が濃いが、素材の旨味が良く引き立てられている。米も悪くない。

 皆食べるのに夢中になったらしい。しばらく、黙々と食べ進める音だけが卓上に響く。


「モグ……オスカーのも美味しそう!一口もらい!」

「ちょっとカレン、はしたないよ……」


 カレンの箸が器用にオスカーの器から肉切れを掬い上げた。それに抗議するオスカーの言葉には勢いがない。

 分かるぞ。食べ物を取られた悲しみよりも、間接キスのドギマギが勝っているのだろう?俺もそうだった。


「……ジェーンさんのそれ、なんですの……?豚肉……?」

「カエルの丸焼きだそうです。美味しいのでオリヴィアさんもおひとつどうですか?」


 ジェーンの手元には形容しがたい独特の形をした食べ物があった。初見なら食べるのを躊躇するようなビジュアル。それを見るオリヴィアは若干引いている。


「いえその、私は結構です。見た目があれですし。……この方、結構変な人なのでは……?」

「安心しろオリヴィア。そいつは間違いなく変な奴だ」



 食器が空になるころ、暇らしい女主人がまたカレンと話し始めた。


「いい食べっぷりだったね。この街にはしばらくいるのかい?」

「はい!しばらく滞在するつもりです」


 女主人にすっかり気に入られたらしいカレンが雑談を始めていた。


「そうかい?女の子たちは街外れの『シュムック』を訪ねてみるといい。安値で可愛らしいアクセサリーが売ってるよ」

「なるほど、今度行ってみます!」

「ああ、男衆はその間は暇だろうからね。『天使の奉仕場』っていう酒場に行ってみるといい。店の女の子たちが可愛くて服装が際どいって人気だよ。未成年でも入れてくれる」

「もう、おばさん!?」


 ハッハッハと豪快に笑う女主人に悪びれた様子はない。

 しかし実際あそこは良いところだった。女性しかいない店員たちの、不自然に胸元の開いたメイド服、やたらと短いスカート丈。男たちの目を楽しませる趣向が凝らされていた。

 以前は大変楽しんだが、今の俺が行っても以前のように興奮することもできないのだろう……。俺は失った下半身のモノを惜しんだ。


「でもおばさん、こんなに綺麗な街なのにそういうちょっといかがわしい店もあるんだね。ちょっと意外だったよ」

「大きい街には多かれ少なかれあるもんだよ。それにね、この街は北の方に行くとグッと雰囲気が変わるんだ」

「あ、それメメちゃんも言ってたよね」


 唐突に話しかけられた。念のためにカレンにもう一度注意を促しておくか。


「ああ、わりと粗野な人間も多くなるからな。気を付けろよ」

「まあ確かに乱暴な奴が多いね。でもいい奴もたくさんいるからね。お貴族様は鉱山の作業員たちのことを奴隷かなにかだと思っているみたいだけど、この街の生活は彼らのおかげで成り立っているようなもんだからね」


 女主人は溜息をつくと、実感の籠った言葉をしみじみと吐いた。


「生まれや仕事がなんだって言うんだ。みんな同じ人間じゃないか」


 ああ、全く持ってその通りだ。価値のない人間なんて、死んでいい人間なんて一人もいなかった。みんな何かのために戦って、何かのために生きていた。俺が殺した奴に、死んでいい人間なんて一人もいなかった。

 荒廃したこの街の景色を思い出す。絶叫と哄笑が所狭しと響く、終焉を迎えたナルティアを初めて見た時の記憶。きっとあの時、目の前の女主人だって、犠牲になっていたのだろう。



中世感無さすぎる気するけど、こっちの方が話書きやすいなあとも思いました。

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