一章終了時点の登場人物、設定
話進まなくてごめんなさい
二章前に軽い情報の整理
登場人物→用語→幕間(話の中で小出しにしてた神話)
メメ
タイムスリップを繰り返して100年以上魔王討伐に挑み続けた勇者オスカーがTSした姿。勇者としての義務感と、自分が死なせたあらゆる命への罪悪感に縛られている。魔王討伐にのみ自分の人生の価値を見出していて、あらゆる犠牲を許容していた。自殺願望と義務感の板挟みで、被罰願望とでも言うべきものを開花させる。赤髪黒目、十五歳にしては発育が悪い。
オスカー
聖剣を抜いた勇者。過去のメメの姿とも言える。ただの村人だったが突然勇者という大層な役割を求められる。他人を慮るやさしさを持っていて、仲間の犠牲を嫌う。純粋無垢で素直な少年。メメにどこか自分に近しいものを感じて、何かと気に掛ける。黒髪黒目の凡庸な顔立ち。十五歳。
カレン
オスカーの幼馴染、村の教会で毎日祈りをささげていた。神聖魔法の熟達者。オスカーに対して愛情とも親愛ともつかない感情を持っている。明るくて快活な笑顔が魅力の少女。村娘らしい平凡な価値観の持ち主。茶髪にお下げ、緑の目、大きめの胸。十五歳。
オリヴィア
公爵令嬢。誰よりも貴族らしくあろうとする。弱者には手を伸ばし、怠惰な人間を嫌う。苛烈な性格に優しさが見え隠れする。丁寧に結われた金髪に青い目。十六歳。
パンヴァナフ王国
人類の領地と魔王領の最前線の国。横長に伸びた領土は北に位置する魔王領の防波堤の役割を果たす。王都パンヴァラは中央に位置する。他国は魔王領と隣接するこの国の領地を取っても旨味が少ないので、魔王討伐直後以外は戦争を仕掛けてこない。合理主義者の王と中央教会が結託して万全の統治を行う。魔王軍との戦いが劣勢になると国を売って停戦を求めるらしい。名産品はパン。
魔王
叛逆神に選ばれた魔物たちの英雄。力を是とする恐怖政治で魔物を統治する。人が絶望にあらがうさまを見届けた上で蹂躙したい、サディスト。
美食家気取りのオーク・デニス
人をできるだけ美味しく食べることに固執するオーク一派の首領。人を絶望させたうえで食べることで人間へのコンプレックスを解消している。中途半端に開花した知性のせいでオークにもなじめず、放浪していた。
女神ユースティティア
正義を司る女神。大神なき世界で唯一の神として信仰されている。罪を審判し、それを裁くという役目を大神に与えられた。剣と天秤を持った姿が描かれる。(テミスとかアストライアとかみたいな)唯一人間を見守る最後の女神。
大神デウス
今は亡き、全知全能の神。全ての人間を救う力を持っていて、大神暦という理想郷を形成した。救いの象徴。万事を解決するデウスエクスマキナ。死後の世界で天国という理想郷を形成している、と信じられている。全知全能ならざる身には余るものであるとして、三禁を作り、本能にそれに対する忌避を埋め込んだ。
魔法
人が大神に授けられた超常の力。特に大神の血を強く引く者が扱えると考えられる。遺伝性が強く、貴族の家系に強く出る。ただし平民の家系にも突然強い魔力を持った子が生まれることもある。亡き神々に祈り、その力を借り受けていると考えられる。詠唱が長い分強力な効果を得ることができる。
魔術
魔法を神の神聖なものではなく、単なる技術として体系化したもの。アレンジを効かせやすい。詠唱が短いが、魔法に比べると効果が薄い。魔法が貴族のものなら、平民のための技術と言える。魔法を特別視しないので、生活を便利にするためにもつかわれる。その際には魔力の籠る鉱石、魔石を使用する。
神聖魔法
治癒魔法を主とする、厚い信仰心を持つものが使える魔法。他の魔法とは違い、魔力量ではなく、信仰心によって練度は左右される。そのため貴族以外でも優れた術師になる可能性がある。しかし最高機関である中央教会は既得権益によって腐りきっていて、優秀な術者でも出世できない。そのため必ずしも王都に優秀な術者が集まっているわけではない。
幕間① 神話
かなり昔、自分の体が勇者という名の人外のものに成り果てる前の話だ。俺は故郷の村の神父の話を聞いていた。目の前には文字を読めない平民にも神話が理解できるようにと描かれた絵画があった。
現在の世界の歴史は大神暦が終わり、女神暦が始まるところから語られる。神話として語られる大神暦について、分かっていることは少ない。曰く、大神暦には、全知全能たる大神、デウスとその他多数の神々に庇護された人類は、豊かで穏やかな生活を享受していた。人々はみな全てにおいて満ち足りていて、争いすら存在していなかった。
しかし、そんな生活はある時終わりを迎える。大神が突然姿を消したのだ。それに呼応するように神々はそのほとんどが姿を消していった。
今まで享受していた神からの恵みを享受できなくなった人々は混乱した。理想郷だった大神暦は唐突に終わりを告げた。飢餓、貧困、格差、戦争。愚かな人間によってこの世界は終わるかと思われた。終焉に向かう世界を救ったのは唯一最後に世界に残った神、審判と断罪を司る正義の女神、ユースティティアだった。
女神は人々に善悪という価値観を与えた。人を殺すな。人から奪うな。富めるものは分け与えよ。正義の女神は人に罪、善悪の基準を与えた。大神という絶対の存在を失い迷走していた人々は女神の教えに縋りついた。その教えが広がるにつれて、世界は平穏を少しずつ取り戻していった。今の世界は女神のおかげで存在している。人間は女神と交信することはできなくなったが、世界中に広がった女神教は、彼女の教えを今に伝え続けている。
「こちらの一番大きい方が全知全能の大神、デウス様。人類が大きな危機に陥った時には再び姿を現して、我々に手を差し伸べてくれると言われているよ」
そんなものは現れない。俺は人類の終焉を知っている。それはどこにも救いなんてないものだった。全てを救ってくれる神はいないのだ。何も知らない幼い俺は、純粋な気持ちで神父に問いかける。
「じゃあどうして猟師のおじさんは死んじゃったの?どうして神様が助けてくれなかったの?」
「今は大神様はこの世界にはいないんだ。全知全能に頼りきった人類に愛想を尽かせてしまったんだ。堕落した人類を今も見守ってくれているのは最後の女神様だけさ」
そんなはずはない。猟師のおじさんは良い人だった。堕落なんてしていない。無知だった俺は純粋にそう思っていた。悩みも苦悩も葛藤も痛みも、そして人の世界を救ってくれる都合の良い神も奇跡も存在しない。そんなことは分かっている。それでも愚かな俺は願ってしまう。人類を、罪深くて愚かな俺を、救ってくれる神を、奇跡を。
幕間② 神話、五戒と三禁
人の世界における法や規範は神の残した言葉を元に作られていることが多い。代表的なのが、各国の法律の元になっている「女神の五戒」。大神デウス亡き後の混乱期に女神ユースティティアが打ち出した善悪の基準だ。
人を無暗に傷つけるな、殺めるな
人から奪うな
人を尊重し、愛せよ
人を助けよ
人と幸福を分かち合え
大神のいなくなった後の混乱期にはこの五戒に背いたと見なされた人間には女神の使者が直々に断罪の剣を振るった、と伝えられている。この時の女神の使者が勇者のはじまりである、というのはまた別の話だ。またこの伝説から、今に伝えられる女神は、左手に審判を示す天秤を持ち、右手に断罪を示す剣を持った姿をしている。
混乱期は悪人を殺し尽くして一応の平穏を勝ち取った、らしい。女神が人の世に干渉しづらくなっている現在でも、各国が五戒に背く法を作らないかと、最大宗教である女神教が監視をしている。しかし女神教も動かしているのは人間だ。五戒が完璧に守られているとは言い難い。
五戒と比して極めて厳格に守られている禁忌が存在する。歴史上にしか存在しない理想郷、大神暦から続く、今は亡き大神が打ち出した三つの禁忌、「三禁」と呼ばれている。
大神以外のあらゆる存在が命を創ることを禁ず
あらゆる時間に干渉する試みを禁ず
神が直接世界に干渉することを禁ず
人のみならず神をも縛る強力な禁忌は、破ればあらゆる人間の侮蔑を免れない。大神はこの禁忌を、定命の者には持て余す権限として一切を禁じた。善人も悪人も例外なく、この禁忌を破ることを本能のように忌み嫌う。実際、かつて禁じられた蘇りの魔術を研究していた魔法使いは火炙りに処されている。蘇りの魔法は「命を創ること」に当たると判断される。
そして女神はこの禁忌を破っている、と言っていいだろう。俺という勇者を「時間に干渉」して蘇生するという「命を創る」行いをしている。女神も例外なく禁忌を厭う本能はあるはずだ。しかし大神暦から千年。女神はどこか壊れているのだろう。大神に会えた暁には私は彼の雷に打たれるのだ、と珍しく感情の乗った声で俺に語っていた。お前が勝手に罰を受けるなら勝手にしろ。それではこの俺は。女神によって時間に干渉して蘇生され続けている俺は、どれだけの罪に問われるのだろうか。
そして人が皆この常識の中で生きている以上、俺は自分が蘇り続ける存在であることを誰かに告げることはないのだろう。何度も繰り返して罪を犯して、それでも懲りずに魔王を殺すために愚直に突き進んでいることは誰にも言えない俺の一番の秘密だった。
幕間③ 大神の定めた三禁
人間の本能にまで刻まれた絶対の法、三禁。全知全能の大神は定命の者の手に余る事象としてそれを禁じたと伝えられている。破った人間はあらゆる人間からの侮蔑と憎悪を免れない。その一つ、「大神以外のあらゆる存在が命を創ることを禁ずる」という項目は今日の魔物と人間の対立関係を理解する上で重要な意味を持つ。
人間は大神が自ら創った存在だ。伝承によれば泥から最初の二人の男女は創られたらしい。そして人間は自ら子どもを作って子孫を増やしていった。出産による子作りは「命を創ること」には当たらない。なぜならそれは大神が人間を創った際に与えた機能であり、一から命を創りだす行為ではないからだ。だから普通に生活している人間は三禁など破っていない。
それに対して魔物、と呼ばれる生命体は誕生したその時から三禁に反している。魔物は大神に創られた命ではない。魔物の原点を辿れば、全て叛逆神から生まれているのだ。大神亡き後も世界に残り続けた数少ない神。人間が名付けたその忌み名はサタン。大神に真っ向から叛逆した、堕ちた神。この神は大神の作った法に真っ向から叛逆した。
叛逆神は人間に似た形で、されど人間とは決定的に異なる部分を持つ異形の存在、魔物を創り始めた。この事実こそが人間と魔物との対立を決定的なものにしている。人間は三禁に背いた存在である魔物に対する嫌悪感を本能にまで刻まれている。
例えば、魔物と人間のハーフの子どもなど生まれたなら、人間はその子どもを八つ裂きにした上で火炙りにするだろう。領土の争いなどなくとも、人間と魔物は殺し合う運命にあるのだ。
大神亡き後の女神暦はそろそろ千年を数える。叛逆神はだいたい百年周期で魔王と呼ばれる強力な魔物を生み出している。魔王は人間の領土に攻め込んできて、そして歴史上例外なく、勇者と呼ばれる女神に選ばれた人間によって滅ぼされている。魔王と勇者の殺し合いは叛逆神と女神の代理戦争と言ってもいいかもしれない。