EX 宴会
お久しぶりです
評価、登録ありがとうございます
一章の番外編を二話ほど投稿します
一つはこの話、ひたすら明るい話
もう一つはイフルートのひたすら暗い話です
今回は後日談のようなものです
※軽微なガールズラブ(精神的NL)注意
「乾杯!」
陽気な酔っ払いの集まる食堂の一角に、楽し気な音頭が響く。もはやお馴染みとなった大衆食堂は今日も盛況だった。
俺たち勇者パーティーは、祝勝会と称して食事会を開いていた。四人で同じ卓を囲み、互いの無事を祈る。
「でも、取り敢えず皆生きて帰ってこれて良かったよね」
「メメちゃんが血塗れだった時はどうなるかと思ったよ」
「心配かけてすまない。カレンの援護がなかったら死んでたよ」
本心から感謝を伝えると、彼女は魅力的にほほ笑んだ。何だか数日前よりも少し大人になったような印象を受ける。初陣を乗り越えた彼らの顔には、どこか自信がみなぎっているようだった。手元のジョッキの水を一気に喉に流し込む。祝勝会、と言われるとただの水すら何か味わい深いものであるかのように感じられた。
「オスカー!これ美味しいよ!アンタのにもレモンかけてあげるね!」
「ああ、カレン!レモン勝手にかけるのはダメだって!僕だって許せることと許せないことがあるよ!」
オスカーとカレンはいつにもまして楽しそうにお喋りをしていた。ここ数日の少し暗い雰囲気とは打って変わって表情は明るい。どうやら戦勝後に見せていたナーバスな気持ちは克服できたらしい。
先日の戦いは、勝ったとはいえ死んだ人間がいなかったわけではない。俺たちがたどり着く前に死体も残さずに食われて死んでいった村人。オークとの戦いで散っていた名前も知らない騎士たち。犠牲に心を痛めるのは、優しいとも甘いとも言える二人の特権だろう。それは俺が手放したもので、失くしたものだ。
二人から目を放して、先日は大衆料理に苦戦していたオリヴィアの様子を見る。気品を保ちながらも上手く料理を口に運んでいた。彼女も上手く環境に適応できているようだった。
その様子を見ていると、かつて恋人になった時、彼女が徐々に庶民文化に馴染んできた時のことを思い出した。
当初は騒がしい庶民街の喧騒に顔を顰めていた彼女は、いつの間にか街行く平民と話すことすらできるようになっていった。高嶺の花だった彼女が自分に近しい存在になっていく。あの時は自分色に染めていくような不思議な感覚を覚えていたものだ。
処女雪を踏み荒らし自分の足跡を刻むような、背徳的で、征服感にも似た優越感。似た物を感じて何だか感慨深くなる。
彼女と付き合う以前の俺の感情はきっと憧れだったのだろう。何度も触れ合って、笑い合って、ぶつかって、憧れはいつしか恋へと姿を変えていった。自分と同じものを好きになってほしい。相手の好きなものを好きになりたい。一方的ではない双方向の気持ち。思い出すだけで失くした恋心が蘇ってくるように胸が熱くなる。
そこまで考えてからようやく自分の体の異変に気付いた。不自然に体全体が熱い。頭がフワフワしている。高揚した、夢見心地。
まさか、と先ほど口にしたジョッキの匂いを嗅ぐ。覚えのある、アルコールのつんとした香り。店員が一つだけ酒を間違えて持ってきたらしい。驚きと、呆れが浮かんでくる。こんなことにも気づかないとは、俺も自分で思っている以上に高揚していたようだった。
一口飲んだだけで体に違和感を覚えるほどの急速な酔い。どうやらこの体は酒にひどく耐性がないらしい。分析し、自覚した途端にさらに酔いが回る。
気持ちの良い酩酊は直ちに抗いがたい眠気へと変わっていく。椅子に座ったまま、俺の意識は、否、理性は断絶した。
◇
いつもと違うメメの様子に最初に気付いたのはオスカーだった。少しふらついていて、俯いた顔が初めて見る表情をしている。いつもと違う、言うなれば女らしい、色っぽい表情。
「メメ……?」
メメの視線はオリヴィアの方に向いていた。愛おしげで、熱の籠った視線。その表情は普段の彼女とは全く異なる、妖艶さを醸し出していた。
突然、椅子がひっくり返るのではないか思うほど勢いよく席を立つ。その顔は何故か真っ赤だった。
立ち上がったメメはテーブルの上のサンドイッチをむんずと掴んだ。そしてつかつかとオリヴィアの元まで歩いていくと、突然の行動に困惑している彼女の口にそれを突っ込んだ。
「な……ムグッ!」
「良く噛めよ?愛しいオリヴィア」
そのまま背後から割れ物を扱うように優しく抱きつく。オリヴィアの白い顔に赤みが走った。突然の事態にメメを問いただしたいが、突っ込まれたサンドイッチで喋ることもできないらしい。
さらに体躯の大小には反して、メメの身体能力はオリヴィアよりもずっと上だ。彼女は絡みつく小柄な肢体を振りほどくことができず、熱い抱擁を受け入れざるを得なかった。
蜂蜜色の髪に顔が触れてしまいそうなほどピッタリと密着して、メメはずっと愛しいものを見るようにオリヴィアを優しく見つめていた。恋人を見つめるような、我が子を見つめるような慈愛の瞳。
視線に晒されたオリヴィアは目を白黒させながらも必死に口をもぐもぐと動かしていた。まずは口の中を空にしないと抗議もできないと考えたらしい。
それはおよそ普段の男らしいメメの様子からはかけ離れたものだった。オリヴィアの背にしだれかかる様子は艶やかで、長年連れ添ったパートナーとの二人きりの時間を過ごしているような甘さを感じる。細い両腕は彼女の細い体に優しく巻き付いて、決して放そうとしない。そのしなやかな体躯は彼女の背中にピッタリとくっついて、彼女の温度を肌で感じ取ろうとしているようだった。
今度はメメはオリヴィアの黄金色の髪を優しく撫で始めた。それは幼子をあやす母親のような、無償の愛を感じさせる手つきだった。オリヴィアの耳元で、メメが艶やかに囁く。
「偉いなあオリヴィア。今まで貴族社会で生きてきたのに、頑張って平民と付き合えるように努力して。魔法の研鑽も頑張って。俺はお前が努力家だってことを良く知ってるからなあ……たとえ誰も認めなくても、俺だけはお前を認めるからな……」
「ンッ!ンンン!?」
一方的に言葉責めされているオリヴィアは未だに口の中がいっぱいでしゃべれないらしい。幼子のような扱いを受けた彼女は耳まで真っ赤にしている。
「好きだぞ、オリヴィア。愛しているぞオリヴィア。何があっても、何年経っても俺はお前が好きだからなあ……俺を認めてくれたお前を……俺は何があっても肯定するからな……」
メメはうわ言のように甘い言葉を囁き続けている。顔はずっと真っ赤で、目はトロンと垂れ下がって、蠱惑的な表情だった。メメがブツブツと呟き続けている間に、オリヴィアの口がようやくサンドイッチから解放されたらしい。真っ赤な顔で背後のメメを振り向いて、反撃を試みる。
「メメさん!お気持ちは嬉しいですが!時と場所というものを考えて――」
「怒った姿も可愛いぞ?我が愛しい人」
メメのほっそりとした指がオリヴィアの艶々とした唇に触れて、そっと塞いだ。オリヴィアの口がピタリと止まる。これ以上赤くなることはないだろうと思われていた顔がさらに赤くなった。メメは艶やかに笑いかけると、とどめに、オリヴィアの額にキスを落とした。
「――ッ!うううッ!」
オリヴィアは勢いよく後ろを向くと、テーブルの上に突っ伏した。ノックダウン。それはこれ以上恥ずかしい思いはできないという降伏の意を示していた。そんな様子のオリヴィアを優しい瞳で見つめたメメは、突然カレンの方に向き直った。
突然矛先を向けられたカレンは激しく狼狽する。先ほどまでの蠱惑的な光景を思い出して体が熱くなる。
「えっ!?何?怖いよメメちゃん!」
艶やかな笑みをカレンに向けると、メメはオリヴィアの口を塞いだのと同じように、サンドイッチをむんずと掴んだ。
「いやああ!?助けてオスカー!壊されちゃう!アタシ、メメちゃんに骨抜きにされちゃう!」
ゆらゆらと近づいてくるメメにカレンがおののく。その姿は恐怖しているようにも、何かを期待しているようにも見えた。オスカーもカレンもその場から動くことができなかった。あまりにも普段の様子とは異なるメメの様子に呆然としていた。
しかし妖艶な様子のメメの足は途中で止まることになる。ふらついていた足元はついにメメの体を支えきれず、その場にバタンとうつ伏せに倒れた。そのまま穏やかな寝息を立て始める。サンドイッチだけは落とさずにしっかり手に持っていた。
「寝ちゃった……?」
安心したような、残念なようなカレンの呟きに応じたオスカーが歩み寄って確認する。
メメは気持ちよさそうな寝顔をしていた。
「……なんだかお酒の匂いがするね。もしかして間違えて飲んじゃった?」
「……そういうことかあ。どうりでいつもと様子が違うわけだよ」
カレンが頬をつついても、メメが目を覚ます様子は全くなかった。酒が回った彼女は、固い床の上で深い眠りについているらしい。
「よいしょ……うわあ軽い」
「重いとか言ってたらアタシがメメちゃんの代わりにぶん殴ってたよ」
オスカーがメメを背負っても、彼女は微動だにせず眠りについていた。体の力の抜けたメメの体は想像以上の軽さで、オスカーは驚く。小さな体に相応しい軽さ。それは勇ましい彼女の姿からはかけ離れた軽さだった。
全く目を覚まさなかったメメは二人によって部屋まで運ばれることになった。翌日、この一件について全く覚えていないらしいメメは、自分の顔を見るたびに顔を赤くするオリヴィアの様子に首をかしげていた。
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