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22 少女の生きる意味

本日二話目

一章最終話です


 木の幹にもたれかかるように座り、村の様子を眺める。魔法の余波などで少々建物が壊れているが、元の姿に戻るのはそう遠くない話だろう。


 俺はまだ頭が軽くどこか意識がふわふわとしている。傷は一通り治ったが、立ち上がって歩き回るまでは少し時間が必要そうだった。

 あんな惨劇があった後でも村人たちは同じ場所に住み続けるらしい。彼らの逞しさに感嘆する。あの様子なら多くを失った後でもなんとかやっていけるだろう。


「本当にありがとうございました!私たちが生きて帰ってこれたのはあなた方のおかげです!」


 オスカーが照れくさそうに村長の礼を受けている。終わってみれば信じられないほどうまくいった、と言えるだろう。まだ生きていた、捕まっていた村人のほとんどを救出できた。未熟な勇者様の戦果としては出来過ぎなほどだ。


 犠牲になった者を悼むよりも先に、無事を互いに喜びあっている村人の方を見渡す。カレンはまだ治癒魔法をかけるために走り回っているらしい。疲労の滲む顔だが、満足げだ。

 オリヴィアは村人のために急ごしらえの建物を魔法で作っているらしい。土塊が組みあがっていく姿は圧巻だ。こちらも村人に頼られて満足げだ。


 俺の時にはこうはいかなかった。勝利は掴めても人質にもっと犠牲者が出ていた。終わった後に残るのはすすり泣きと沈黙だった。きっと犠牲は出るものだと諦めていたのだろう。繰り返すということは慣れるということだ。戦うたびに何か失うことに慣れすぎた俺だからこそ意識的にせよ無意識にせよ、犠牲を容認した最速の勝利を求めていたのだろう。


 また一つ自分の罪を自覚させられる。そして湧き上がってくるのは無邪気に喜ぶオスカーへの醜い嫉妬だった。俺はあんなに失敗し続けたのに、彼は一度で成功を収めた。聖剣もまともに使いこなせないのに。魔術の扱いも覚束ないのに。


 悪いのは、間違っていたのは俺なのに、悪感情は際限なく湧き出てくる。最終的に行き着くのは自己嫌悪。醜くて汚い自分。罪を重ね続けた自分。


 いっそのことその女神の祝福を受けた剣で俺を断罪してくれないだろうか。戦いの中で振り切ったはずの希死念慮が湧いてくる。聖剣を携えるオスカーを眺めていると目が合った彼がこちらに向かってくる。太陽が目に入ったわけでもないのに、反射的に目を逸らしてしまう。彼は確かな足取りでこちらに向かってくる。俯いた俺に、オスカーの弾んだ声が聞こえてきた。


「メメ!……ありがとう、皆を守ることができたのは君のおかげだ」

「……えっ?」

「正直僕だけじゃ何もできなかったと思う。それでも、何とか戦えたのは君が一番前で勇敢に剣を振るってくれたおかげだ」

「……」


 頭が真っ白になる。先ほどまで醜い嫉妬から、憎悪までしていたオスカーが満面の笑みで俺に礼を言う。久しく聞いていなかった類の言葉を頭が処理しきれない。胸のあたりがむずかゆい。


 固まっている俺に、向こうから少女が近づいてくるのが見えた。まだせいぜい十歳といったところか。奥では両親と思わしき二人が少女を見守っていた。少女もまた、満面の笑みだった。


「小っちゃいお姉ちゃん、ありがとう」


 見間違いようもない。メメだった。俺が初めて殺してしまった罪なき少女。彼女が五体満足で俺の前に立っている。信じられない光景だった。


 繰り返しても絶対に死んでしまう少女、それが彼女だった。俺がどれだけ強くなっても、彼女を救うことは一度もできなかった。時には周辺の魔物の大量発生で。時にはデニスに食われて。時には魔王軍の侵攻に巻き込まれて。それが運命であると諦めていた。背後から矢が飛んでくることもない。執拗に周囲の気配を探っても魔物はいない。


 信じられない、夢見た光景がどうやら現実らしいということをようやく受け入れられた。


「……ああ、どういたしまして、だ……」


 礼を言いたいのは俺の方だった。生きていてくれて、救わせてくれてありがとう。胸の中に温かい光が灯り、目頭が熱くなる。涙は男のプライドにかけて我慢した。俺は久しぶりに守れなかったものではなく、守れたものに目を向けることができた。





 幸せの渦中だったと言えよう。救って、それを感謝される。久しく感じていなかった喜びを思い出すことができた。満たされている。

 でも、俺はそれだけでは終われなかった。幸福であることに対する違和感。そうとしか言えない奇妙な感覚が、己の胸に巣食っていた。罪に塗れた俺は、自分がただ幸せになることに喜ぶだけではいられなかった。


 赦されるべきではない、罰せられるべき存在である俺が幸せを享受していいわけがない。幸福は俺にとっては苦痛であった。相反する二つの感情は矛盾することなく存在し続けていた。罪深いこの身に罰を。


 幸福に相反する渇望、それを満たすために俺は、痛覚を以て自分の身に罰を受けることを望んでいた。平たく言えば、被虐願望のようなものか。加護のない、かつてない肉体的痛覚を伴う戦場で、俺は俺の罪を罰してくれる存在に逢ったのだ。唯一俺を救うもの。ずっと望んでいた全てを救う、神。


「……いってぇ」


 自分で左腕に刺した予備の短剣を引き抜く。愚かな自傷行為。傷口は意識せずとも、少しずつ治っていく。痛みは感じたが、あの時感じたような充足はなかった。二度とやるまい。血を拭い短剣をしまう。


 やはり、俺の意識は他者に罰せられることを望んでいるらしい。単なる自傷では満足できない。とはいえ、勇者パーティーの一員としての役目を果たしていれば、俺の渇望を満たしてくれる機会も自然と訪れることだろう。


 罰は俺から進んで受けるものではなく、神に与えられるものでもない。他でもない人や魔物、俺が過去殺した生命から受けるものなのだ。俺の罪を忘れ去った者たち。俺を罰する機会を逸した被害者たち。


 俺のこの生は、女の身で生きているこの不思議な生は贖罪のためにあるのではないか。答えを見つけたような気がした。戦いの中で痛みが罰であると気づいた時と同じ感覚。まさしく天啓を受けたような思いだった。


 俺のこの生を戦場で生きて、痛覚という苦しみで、俺のあらゆる罪を償う。そのための肉体ではないだろうか。であれば、魔王討伐の旅路のなんと好都合なことか。戦場は常に俺を苦痛の中に置き、満足させてくれる。醜く吊り上がった口端をなんとか抑える。この不道徳な欲望を抑えることには、しばらく苦労しそうだった。





 人類の生存領域は大陸の南側に位置している。気候は比較的穏やかで暖かく、作物も良く育つ。一方の北側は魔物の生存領域だ。大陸を上下に分断しているエーギ山脈を隔てたこちら側は、南方とは一転、一年を通して厳しい寒さに支配されている。通称「祝福なき地」。生き物が生きていくのには適さない、死の土地だ。


 北部領域のさらに北端、大陸の一番上。吹雪舞い散る極寒の地には家屋や田畑は見当たらない。その中で唯一、堂々たる威厳を持って聳え立つ城郭が存在した。魔物たち全般の低い文化レベルからは考えられないほどの精緻な装飾と、暴風にも耐える堅牢な造り。名を魔王城。叛逆神を祀る神殿にして、歴代の魔王が根城としてきた、魔王軍総本部だ。


「魔王様。吸血鬼による、斥候部隊の編制が完了したとのことです。部隊は全て飛行能力に優れた個体で編成。今すぐにでも出撃可能とのことです」

「結構。当初の予定通りに情報収集にあたれ」


 厳かで凛とした声だった。その声が響くだけでその場にいる者はわずかに緊張に身を固くする。玉座の間には数体の魔物が集っていた。山羊の頭を持った者、背中から翼が生えた者。人間に似た形をしておきながら、どこかに決定的に異なるパーツを持っていた。


 異形の傅くその先には、王座がある。座っている女は、一見人間であるようだった。背中のあたりまで真っすぐに伸ばされた美しい黒髪。赤い目に白い肌。顔立ちはゾッとするほど整っていて、見るものを惹きつける不思議な引力を持っていた。黒を基調とする装いは華美すぎず、されど決して粗末ではない。利発そうな表情から、少なくとも獣同然の魔物よりも優れた頭脳を持っていることが分かる。


 それだけであれば玉座の前の魔物たちにこれほどの緊張感はなかっただろう。異常なのは纏う雰囲気。餌を目の前にした猛獣のような獰猛さと、あらゆる事象を全て知り尽くしているかのような落ち着き払った聡明さが同居している。


 相対するものは、知らないうちに不興を買っていて、自分には考えもつかぬ高尚な考えを元に、今すぐ首元を掻き切られるのではないかという、言いようのない不安を覚える。彼女こそが第十代目の魔王。のちに、疑いようもなく歴代最強の魔王であると全人類に恐怖と共に知られる魔王だ。


百年かけて拗らせてるんだから、そう簡単に救われるわけないよねっていう話でした

これでひとまずひと段落です

ご愛顧ありがとうございました。


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