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20 決着

醜くとも生きる

「『女神よ!彼の者に最上の癒しを!』」


 聞きなれた声の詠唱。俺の体に眩いばかりの緑の光が灯る。


「カレン……どうしてここに……」

「騎士のおじさんたちが助けてくれたよ!あのお嬢さんを助けてやってくれってね!」


 彼女の後ろを見ると道を切り拓くように騎士たちが戦線を広げていた。人どうしの助け合い。俺が目を逸らし続けていたもの。


「無茶して突っ込んでいったってことは、そいつを倒せばなんとかなるってことだよね?」


 戦場の片隅で、少女はいたずらっぽく笑う。ああ、やっぱり俺なんかにはもったいないほどの女の子だ。


「……ああ、その通りだ」


 彼女を死なせないためにも、デニスを倒さなければ。全員で、笑って帰るのだ。俺の自分勝手な感傷などに浸っている場合ではない。助けるのだ。この場にいる人間全てを。足掻くのだ。この上なくみっともなくとも。


「自分から血抜きまでしてくれるなんて、良心的なサービスねえ。早く食べたいんだけど、さっさと倒れてくれない?」


 デニスは近場に転がっている同胞の大斧を手にしながら、俺を嘲る。空気を読まない戯言は無視する。

 体力はもうほとんどない。傷口はカレンの治癒魔法である程度塞がったが、失った血は戻らない。視界が定まらず、足元はふらついている。

 けれどもそれで十分だ。逆襲の手段は既に奴の背後から迫ってきている。俺は精一杯のシニカルな笑みを作って、デニスに向けた。


「騎士の決闘の作法を知ってるか?豚野郎」

「何それ?知るはずがないじゃない」

「そうか?ちょっと知識のある人間なら皆知っているんだが。やっぱりお前は人間みたいに賢くはないみたいだな」

「私たちのことを知っているみたいな挑発じゃない」


 そんな必要ないにもかかわらず、デニスは会話に応じてきた。やはり俺が知っている通りの奴だ。魔物らしい醜悪な顔をして、ひどく人間らしい側面を持っている。


「知っているからな。野卑な獣じみた同胞とは自分たちは違う。人間だけを食べて、誇り高く生きていく?その程度で知性の証明になるとでも思ったのか?

 ……ちゃちなおままごとみたいな掟作りやがって。お前の思考のどこが獣と違うんだ?結局のところ食べることしか考えちゃいないじゃないか。食って寝る、ただそれだけ。まさしく獣、家畜だ。俺が負けるとしたら、それはただの獣相手に、だ。お前が人間よりも優れた存在であることの証明にはならないだろうよ」

「それだけ?それだけなら今すぐそのよく回る口ごと肉塊にしてあげるけど」


 口では余裕ぶっているが、鼻息が荒い。そもそもがコンプレックスの塊みたいなやつなのだ。何も考えず本能のままに生きることのできる同族の知能の無さを羨み、知性を同族全てが当たり前のように持っていて、それを使って豊かな生活を享受する人間を僻んでいる。

 デニスの迫力が増していて、相対しているだけでも命の危機を感じる。きっと今度の一撃は先ほどとは比べ物にならないほど重く、鋭いだろう。


「しかしそんな生意気な俺が負けを認める唯一の方法があるぞ?」


 デニスは答えず軽く鼻を鳴らすだけだった。


「それが騎士同士の尋常な決闘ってやつだ。興味ないか?」

「……そこまで言うなら、あなたの流儀に則ってその鼻っ面をへし折ってやるのも一興ね」


 乗ってきた。自分に何の益もないことを分かっているのに。自分のプライド、尊厳のために。その様は獣などではとてもなく、ひどく人間的だった。


「流儀といってもそんな面倒なものじゃない。お前の小っちゃい脳味噌でも理解できるだろうよ。必要なのは決闘を行う二人、それから名乗りだけだ。得物を宙に掲げてこう言うんだ『我誇り高き騎士、メメ。女神に誓って、尋常な決闘を以て汝を打ち倒す』二人の名乗りの後で、己の武術をぶつけ合うって実に単純な代物だよ。でも人間は伝統ってやつが大好きだからな。未だにこういうのを好んでやるんだよ。そも始まりは……」


「――御託はいいから、さっさと始めないと後ろのお嬢さんを食べちゃうわよ」

「せっかちだな。餌を前に我慢できない家畜みたいだぞ」


 デニスの纏う雰囲気が一層鋭くなる。鋭さを増した殺気は、獣というより熟練の騎士のそれに近い。仕方なく、俺は茶番劇を始める。まだ時間が足りないのだ。できるだけゆっくりと剣先を宙に掲げる。天にいるとされる女神に切っ先が見えるように。


「我は誇りある騎士、栄光ある勇者殿の進む道を照らさんとする者、メメ。女神に誓って、尋常な決闘を以て汝を打ち倒す」


 俺の宣言が終わると、すぐにやつの野太い声が響く。時間としてはかなりギリギリだ。間に合うだろうか。額から冷や汗が垂れる。


「我は誇りあるオーク美食団の首魁、オークたちに啓蒙の光を齎す者。我らの神に誓って、尋常な決闘を以て汝を打ち倒す」


 得物を構えて鋭く睨み合う。交錯する瞳に映るのは憎悪。できるだけ惨たらしく殺してやりたい。そう思っているという一点において、両者はまったく同じだった。

 清廉な騎士同士の決闘からは程遠い、どす黒い感情が渦巻く。最後の一撃のために体に残る力をかき集める。逆転の目は揃った。後は醜くとも生にしがみつくだけ、死力を尽くすだけだ。呼吸を整えて、突撃する。


「頼んだぞオスカアアアアア」


 既に彼は奴の後ろを取れている。茶番で稼いだ時間を使って、彼はここまでたどり着いてくれた。ここに来るまでに立ちふさがっていたオーク達の返り血を浴びているが、聖剣の輝きだけは衰えることなく、彼の存在を示していた。彼に今すぐ仕掛けるように伝える。後ろを振り向いたデニスも事態に気づく。


「小賢しい真似をしやがって人間どもがああああ」


 怒りに身を任せ、こちらに猛スピードで突っ込んでくる。目で捉えるのも困難だ。砲弾が飛び込んでくるようなものだった。ぶつかればひとたまりもないだろう。肉体は容易く潰れ、俺の生はここで終わる。俺から先に倒して、後に来る未熟な勇者を万全の体制で迎え撃とうという構えだ。望むところだ。


 奴の豪脚を止めることさえできれば、万物を切り裂く聖剣がだだっ広い背中に突き刺さるだろう。切り札を切るタイミングがあるとすれば、ここ。


 俺は今まで奴に見せていなかった魔術の行使をする。詠唱すれば次から警戒される。魔術を撃つ時はこいつを殺せる時でなくてはならなかった。逆転の目が見えた今、ようやく使うことができる。


「『掘削せよ』」


 元々鉱山での作業に活かせないかと考案された魔術。それは地面を対象に発動し、デニスの足元に穴を開けた。最小の労力で、最大の成果を。短い詠唱で生み出された小さな穴が足を取り、デニスに致命的な隙を生む。つまずいた巨体が浮き、無防備な体を晒す。


「なんだとっ!汚い真似しやがってえええ!!」

「――知らなかったのか?人間ってのは、獣よりもずるいし汚いんだよ」

「――間に合った……『聖剣よ、我が前に立ちはだかる魔を裁き給え』」


 オスカーの詠唱で聖剣の神々しい輝きが増す。勇者の力を吸い取って、聖剣は本来の姿、断罪の剣としての機能を強化する。彼が今振りかざしているのは、伝承の女神の姿に描かれる左手の剣、その写しだ。聖剣に力を与えた女神の司る権能は審判、それと断罪。そして魔族、魔に属する者たちは女神の審判において例外なく悪と断じられる。


「きさまは!きさまだけは絶対に赦さない!薄汚い人間風情がああああ!」


 デニスが俺に向けて絶叫する。正義の女神、ユースティティアの裁きは例外なく悪性を殺す。今代の魔王を除いて、例外は歴史上一つたりとも存在しない。


 切っ先は真っ直ぐに振り下ろされ、断罪の剣がデニスの首を撥ねた。転がり落ちた顔は死ぬことへの恐怖で染まっていた。目は恐怖に限界まで開かれて、口は最期の絶叫のままに大きく開かれていた。

 俺はその死に顔を一瞬眺める。そして、地に落ちた首を剣先に刺して、戦い続けるオーク達に見えるように高々と掲げる。


「貴様らの首魁は我らが勇者様が討ち取った!貴様らに勝ちの目はないぞ!」


 絶対的な指導者を失ったオークたちは、明らかな動揺を見せた。掲げられた生首を呆然と眺めるもの。無謀な突撃を始めるもの。背中を向けて逃走していくもの。

 元来集団行動できるほど頭の良い種族ではないのだ。デニスというカリスマなき今、彼らはただの烏合の衆だ。そして組織立ったオークではなく、単なる魔物の群れであれば騎士団は容易く討伐してみせるだろう。勝負は決した。


「助かったよ、いい太刀筋だった」

「……死体を貶めるの?」


 助けられた礼を言う。しかしオスカーは俺の行動に不満げだった。生首を剣先で刺した蛮行が不満だったらしい。ああ、魔物にも同情を示してしまうお前の甘さは、反吐が出るほど嫌いだ。


「今生きている人間のためならいくらでも貶めるとも。オーク達を降伏させなければ死んでいた命があるかもしれない。ああ、俺が死んだ暁には俺の首を掲げると良い。負けたのはこいつのせいですってな」

「そんなことしない!」

「そうか?……いっそそうしてくれると俺も救われるんだが」


 オスカーが怪訝そうな顔をする。この話は終わりだと俺は軽く手を振って、こちらに走ってくるカレンに無事を示すように片手を軽く上げた。

 どうやら、未熟な勇者様は第一歩を踏み出すことはできたらしい。


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