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18 勇者の決意

オスカーの決意の話です

自分×自分(TS)ってどれくらい需要あるものなんでしょうか?(恋愛感情のあるなしは別として)

 勇者とは人類全ての希望の光だ。魔王という天敵に唯一対抗できる聖剣を扱い、最前線で戦い続けて味方を鼓舞し続ける。

 そんな役割が自分に課せられた、ということが僕は、まったく実感が湧かなかった。聖剣に選ばれた、と分かった時に最初に感じたのは、何故僕だったのかという疑問だった。


 御伽噺に語られる勇者の活躍はすごいものだった。聖剣を振るえば大地が割れ、誰よりも大規模な魔法を扱って敵を打ち倒す無敵の存在。話だけ聞いていれば同じ人間とは思えない。

 そんなものに何故僕が。燃えるような正義感なんてない。僕はただ、あの平和な村にいたいだけだった。己の義務を粛々とこなす才覚もない。剣もロクに扱えず、教えてもらった魔術だって中々上達しない。勇者の務めを果たせ、と言われても困惑しかなかった。


「おお、オスカー!頑張れよ!村の皆で応援してるぜ!」

「それでは勇者様、貴方のご武運を祈っております」


 期待は、巨大な質量を持って僕の肩にのしかかる。善意で放たれた言葉は僕の心を縛り付けて離れず、どんどん重くなっていく。頑張れ、と言われても頑張れなかった。人類のため、なんて大層な題目が僕には全く想像がつかなかった。


 盗賊と戦って、初めて命の取り合いがどういうものなのか分かった。負ければ全部を失う。富も絆も尊厳も全てが無慈悲に蹂躙されて、二度と返ってはこない。だからカレンを守るために振るった剣先はずっと震えていた。

 取り返しのつかない死がたまらなく怖かった。皆がどうして僕にあんなに期待するのか分かった。もしも魔王に負ければ人類皆が全てを失う。勇者の役割の重さが、リアリティを持って僕の心にのしかかってきた。



 義務と恐怖心に挟まれて、どうすればいいのか分からなくなった時に、メメの言葉に救われた。


「――お前の代わりなんて、ここにいるんだよ」


 嬉しかった。お前は特別な唯一の存在じゃないと言われたことが。凡庸な僕の肩には人類全ての希望なんてとても背負えないと思った。

 頑張れ、役目を果たせ、という励ましではなく、僕を否定するような言葉。自分が代わりに背負うのだと言い切ったメメの不敵な笑みは、僕なんかよりもずっとかっこよかった。



 肩が軽くなると色んなことができるようになった。自分の力を制御して、思い通りに動かす。やってみれば当たり前のことだったのだ。特別なことなんて何もない。


 余裕が出てくると他のことも見えてくるものだ。メメのことが気になった。僕の背負った重圧をなんでもないような態度でひょいと持ち上げて、自分の背中に背負った。彼女自身の内心はどうなっているんだろう。


 盗賊相手に華麗に舞った赤毛を思い返す。自分を顧みない苛烈な戦い方。体当たりするように敵に肉薄して、紙一重で攻撃を避ける。死に急いでいるみたいだ、と思った。

 あれはひょっとしたら、期待に圧し潰され続けた僕の姿なのではないだろうか。突拍子もない発想に思えたが、考えるほどしっくりくる。


 会った時から、不思議と他人とは思えなかった。ずっと一緒だったカレンよりも良く知っているような不思議な感覚。容姿も性別も全く異なるのに、自分の未来の姿を鏡で見せられているような。

 そう思うと彼女のことがとても気になった。カレンを見る時のような胸の焦がれるような感覚ではない。見ていないと前触れもなく消えてしまうのではないかという根拠のない不安だ。



 そして今、その小さな体の大きな背中を追っている。敵を蹴散らしながら、少女らしい高い声質で、されど凛とした響きを持って僕に呼びかけてくる。


「オスカー!カレンの方を頼んだ!俺があいつらの目を引き付ける!」


 やっぱり僕なんかよりもずっと勇者らしい。そして他人の重荷を背負ってしまうほどの優しさを持っていることを知ったのはつい最近だ。だから僕も助けたい。力になりたい。あの時僕を救ってくれた君を救いたい。


 でもまずは僕の役目を果たさなければ。僕の後ろには大事なカレンの姿。盗賊に襲われた時と同じだ。でも僕はあの時とは違う。誰かに与えられた役割じゃなく、僕のために大切な仲間たちのために戦おう。もう殺意に満ちた目に怯えることはない。世界を救うなんて未だに想像できないけど、せめて手の届くものだけは守る。決意とともに抜き放った聖剣は、今までで一番軽かった。



 


 大剣は敵を斬り伏せ、両断し、ねじ伏せる。倒しても倒してもきりがない。オリヴィアの魔術支援が届き、殲滅速度は上がるが、オークを全滅させられる気がしない。蟻の巣をつついたようにわらわらと湧いてくる。俺の手はもう疲労による震えを抑えることができなくなっていた。


 まずいな。オークを斬り伏せつつ、己の冷静な思考が告げる。殲滅速度が思ったより遅い。計算違いの理由はやはり己の力不足だった。以前なら一撃だったところを二撃、一刀両断できたはずが刃が止まる。


「食料風情が!」

「うるせえぞ畜生風情!」


 怒声を上げるオークの足の健を斬り、とどめに喉元に大剣を突き刺す。一声も発することができなくなったオークは、静かに死へ向かっていった。

 集結してきたオークの数は最初よりも多い。その中にはひと際大きな体躯、デニスの姿もあった。このままでは連携を立て直されてしまう。


「オリヴィア、敵後方の一団に攻撃魔術を!!」

「はっ?……承りました。『灼熱の炎よ、悉くを燃やし尽くせ』」


 怒鳴るように指示すると、天に届かんばかりの炎柱が昇った。本隊のオーク達、その前方が消し炭になる。それでも奴らは止まらない。仲間のなれの果てを踏みつけて、ただ愚直に前へ進む。敵軍の頭脳であるデニスは仕留めそこなったらしい。敵が最初よりも増えたことに、俺は冷や汗を垂らした。





「カレン、騎士団の左翼がヤバい。向こうの支援を頼む!」

「分かった!メメちゃんも無理はしないでね」


 戦いが始まってから早一時間といったといったところか。村人の救出はカレンとオスカーでうまくやってくれた。後は氷の壁の中に閉じ込めている村人さえ助けられれば完全勝利と言って良いだろう。


 こちらも王都から来た騎士団との合流も果たしたが、依然戦況はかんばしくない。騎士団も奮闘しているが、オークたちの想像以上の練度に戸惑っている。こちらの武器は分厚い脂肪に阻まれ決定打を与えられず、あちらの狙いは正確にこちらの急所を狙ってくる。


 さらに対魔物の戦いにおいて特に有効な魔法の使用もうまく牽制されている。詠唱を始めればオークたちは魔法使いの方に殺到して、それを阻止しようとしてくる。オリヴィアほど離れたところから魔法を正確に放てる魔法使いなどそうそういないのだ。敵味方入り混じる混戦で正確に相手を狙い撃つのは困難だ。もう少し犠牲が増えれば騎士団も撤退せざるを得ないだろう。


 結局のところ、いつもと同じ方法しかないようだ。指導者の斬首を以て敵を降伏させる。散々やった手口だ。俺はオーク達の首魁、デニスの方に向けて血路を斬り開き始めた。





 断末魔が絶えず響き続ける。俺の通った道には多数の死骸。数多の命を無に帰して、俺はやっとデニスの元にたどり着いた。両手の感覚はとっくに無くなっていた。


 大柄なオークの中でもひときわ目立つ巨体がオークたちの死骸の中に立っている。目の前に立てば、まるで城壁の前に立ち尽くしているような圧迫感を受ける。耳に付けられた小さな赤いリボンはあまりにも不釣り合いだ。きっとあの体躯は数多くの人の肉からできている。

 美食家気取りのオークたちの首魁、デニスは人間の肉しか食わない偏食家だ。俺にとっては何回殺しても殺したりない仇敵。この世界には存在しない過去の、因縁の相手。夢で何度も聞いた不快なダミ声が聞こえてくる。


「あらあら?美味しそうなお肉様が自分から現れたわね」

「ハッ、食糧はお前の方だろう。明日にはお前は俺たちの食卓の上だ。お前の肥え太った贅肉ならそれなりの人間の腹を満たすだろうよ」

「良くさえずるお肉だこと」


 憎しみを込めた俺の大剣とやつの大斧がぶつかり合い、火花を散らす。辛うじて拮抗。やはり、以前よりもずっと重たい。力づくでは倒せそうにない。鍔迫り合いのままに腹を蹴り、距離を取る。衝撃はたるんだ肉に全て吸収されたようだ。己の肉体のあまりの貧弱さにストレスが貯まる。


「人間の中では強い個体みたいだけど、私に勝てると思った?」


 再び切り結ぶが、やはりあまりに分が悪い。剣を交えるたびにこちらには小さな傷が少しづつ増えていくが、向こうはまったく疲弊した様子はない。力で負けている。魔術で隙を作るしかないだろうか。しかし中途半端な火力では厚い脂肪に阻まれるだけだろう。

 思考が詰まる。かすり傷から少しずつ血が流れ出し、俺の思考力を奪っていく。さらにここまでの連戦の疲労も溜まってきていた。かすり傷が徐々に深くなっていく。


「お嬢さんにしては力が強いようだけど、それくらいオークの里にはゴロゴロいるわね。それだけなら早くその細腕を味見させなさい!」


 デニスが巨体を振るわせて肉薄してくる。見た目に似合わぬ俊敏な動きは俺に熟考の余地を与えなかった。愚かにも、百年間で肉体にこびりついた習慣は、真っ向からの力勝負のために突撃を選ぶ。かつてなら間違いない選択だった。男だった、勇者だった俺ならば。


 もはや激突は避けきれぬ段階なってようやく脳の思考が追いつく。まずい。今の貧弱な体ではやつの肉体に打ち負ける。

 思考の次の瞬間、俺の軽すぎる体は宙を舞っていた。世界が反転する。地面が自分の頭に迫ってくる。慣れ親しんだ、死が眼前に迫ってくる感覚。ついに終わるのだろうか。終われるものだろうか。それが意識を保っている間の最後の思考だった。


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