17 決戦
戦闘描写は一人称よりも三人称の方が書きやすいのでは?と後で思いついたけどもう書いてしまったので投稿します
心理描写がしやすいので一人称は好きです
でも一人称にしたことでメメの容姿を全然描写できなくなったのは誤算でした
揺れるポニーテールを書きたかった……
北東の村がオークと思われる魔物に襲われたという報告が届いたのは、ジェーンの言う通り、あれから一か月後のことだった。王都からの使者を名乗る男の誘導に従って馬車に乗り込む。
「魔物たちは強力で、周辺に配置されている騎士団で討伐するには戦力不足です。王都からも兵力を送る手筈になっておりますが、正直心許ない戦力です。現在北西部でも魔物の大量発生が起こっておりまして、騎士団の手が足りません」
「だからといって、結成間もない勇者パーティーを派遣するというのは、あまり得策とは思えないのですが」
「皆様には勝利よりも帰還を第一に考えて欲しいとの言伝も受け取っております。戦力として活躍してほしいというより、実戦経験を積んでほしいと考えておられるのではないかと」
「それはそれで何だか複雑な気持ちになりますわね……」
「逃げませんよ。皆助けます」
使者の言葉を聞いて、オスカーは気持ちを高ぶらせているようだ。あまりにも青臭い姿に、また俺が恥ずかしくなる。やはり自分の体だったものが全く違う自我を持って行動している現状は想像以上に複雑な気分だった。
馬車の中、これまでに今回のオークの集団に襲われたと思われる村の被害についての報告書を読む。王城でまとめられたそれには一定の信ぴょう性がある。俺に関しては読むまでもないのだが、三人に説明するためにパラパラと流し読むふりをする。
襲われた村は、全て村民全員が生還しなかった。襲撃の証人はゼロ。さらには遺体すら残っていないという徹底ぶりだった。オークたちの襲撃は夜だ。夜闇にまぎれて無防備な村を襲う。オークらしくもない狡猾なやり口だ。さらに村を占拠すると一日後には去っていく。人間の、騎士団の襲撃を恐れているかのような迅速な行動だ。明らかに統率された動き。周囲では騎士を増員して警戒していたらしいが、それでも今回の事件が起きた。
「魔物にそんな知能があるの?」
「一部の強力な個体は優れた思考力を持っている。人間が常に頭脳で勝っていると思っていたら足を掬われるぞ」
カレンが不安げな表情をする。女神暦がなって以来、戦略や団結力を以て、身体能力で劣る魔物に打ち勝ってきた人類だ。魔物相手に頭脳でも負けかねないと言われれば当然の反応だ。しかし特にこの「美食家気取りのオークたち」の一団に関してはこちらの思考の上で行かれることも想定しなければならない。
魔物といっても知能のない獣から人と変わらぬ思考能力を持った物まで多種多様だが、その中でも特に人間にとって最悪の存在であるのがデニス率いる「美食家気取りのオークたち」の一団だ。今から見た未来において、このタチの悪いオークたちはそう呼称されるようになった。
彼らの目的は人間をより美味しく食べることだ。恐怖を与え、醜く歪んだ顔を引き出すほどに、人の肉は旨くなるというふざけた哲学を持っている。彼らに敗北した人間は死以上の恐怖を、食われるという体験したことのない恐怖を味わうこととなる。
後手後手に回っていた過去の村襲撃と違い、今回は騎士団がオークの動向を捉えていた。襲撃は昨夜。即応した騎士団は予想以上の敵の多さに一時撤退したらしい。俺たちは第二陣に当たる。しかし動きを捉えられていると分かっていながら村に居座っているのだとしたら、ほぼ間違いなく迎撃準備が整っているということだろう。
俺たちが村人の救出に来ることは予想されていると考えた方が良い、というところまで伝えて、馬車の中の空気に気づく。みな一様に俯いて何事か考えている。重苦しい沈黙に息が詰まりそうだった。脅しすぎただろうか。「美食家気取りのオークたち」は強さだけで言えば魔王軍中枢ほどではない。しかし、初陣の浮足立った状態でやり合えば確実に犠牲が出る。そう思っての警告だったが、逆効果だったかもしれない。
「そうだよね。僕が負けたら大勢の人が犠牲になるんだよね」
誰に言うまでもなく、確認するようにオスカーが呟いた。その様子に危うさを感じた。
「気負いすぎるんじゃねえ。お前が未熟なのは分かっている。この前言われたことをもう忘れたのか?お前の頭どっか穴開いてんじゃねえのか?」
「わ、忘れたわけないじゃん!でも、僕まだ全然強くなれていないのに……」
「余計な事考えるんじゃねえバカ!そういうのは俺だけ気にしてりゃあいいんだよ。何も考えずに俺に任せろ」
「男よりも男らしいですわね……。では自信満々のメメさんに指揮は任せて、実戦慣れしていない三人は目の前の敵に集中しましょうか」
まだほとんど実戦を経験していない三人は、どこか気負い過ぎているように感じる。意気込みだけがふわふわと宙に浮いて、地に足がついていない。いつもと同じだ。頼るのは己のみ。なんとなしに手のひらを眺める。未だ自分のものとは信じられない少女の手は小さくて薄っぺらい。
馬車を森の中に停めさせる。おそらく発見されずに接近できるのはこの辺りまでだ。
「馬車はここまでの方が良いでしょう。後は4人で歩いていこう」
「では私はここで待機しています。撤退の際にはこちらまで」
「行こうか。大きな音を立てると気取られる可能性があるから、そのつもりで」
あの集団なら周囲の偵察くらい行っているだろう。人間の軍隊を相手にするような気持ちで臨んだ方が良い。
鬱蒼とした森に四人の静かな足音が溶け込む。ある意味、思いっきり武器を振るえる戦闘よりも疲弊する場面だ。飛び出した小鳥の影にすら過剰に反応してしまう。どこにオークの偵察がいるのか分からないのだ。魔術で探索すれば魔力でこちらの居場所がばれるだけだ。
足元の小枝を踏むことすら躊躇うような数分。ふいに、俺の視界の端に影が写る。
「『氷よ、我が敵を過たず穿て』」
声量を抑えた詠唱で小さな氷柱が飛び出す。打ち出された氷の矢は寸分たがわず森を巡回していたオークの喉元を直撃した。突然首に穴が開いたオークは断末魔を上げることもなく息絶えた。生命力の弱い個体で助かった。
「ここからは急ごう。あの死体が見つかる前に強襲する」
森の中の偵察の目はこれだけだろうと推測して先を急ぐ。時間をかけすぎたらどちらにせよ奇襲できない。先ほどまでとは打って変わって、できるだけ素早く移動を始める。すぐに森を抜けて視界が開ける。遠く見えるのは田舎の村らしい素朴な造りの家々。
「あれが件の村だな。これ以上は隠れる場所がない。一気に切り込もう」
向こうまでは二百メートルほどだろうか。ここから見えるのは村の中央の広場に座り込んで何かを貪るオーク達の姿。時折オークが一番大きな建物に入っていくと、また新しい人間を引きずっていくのが見えた。遠見と透視の魔術を使う。この距離ならば魔力を感知されることもないだろう。
ほとんどのまだ無事な村人は一番大きな建物に集められていた。守るべきはあそこだろう。中央の饗宴の中には人間の生存者は少なそうだ。しかし魔法をぶっ放して辛うじて生き残っている村人を傷つけるわけにもいかない。俺とオスカーで斬りこむしかなさそうだ。
「魔法の偵察なら私に任せていただいても良かったのですが……」
「いや、いい。オリヴィア、一番大きな建物を氷の壁で囲ってくれ。オークたちが通れなければそれでいい。発動後は周囲の警戒に当たってくれ。近辺を偵察していた奴らが戻ってくるはずだ」
「承りました。『今は亡き氷の女神よ、畏れ多くも我に御力を与え給え。望むは……』」
オリヴィアの凛とした詠唱を聞きながらオスカーとカレンの方に向き直る。どちらも緊張した表情だ。
「オスカーとカレンは俺についてきてくれ。俺たちが敵の注意を引いたらカレンは村人たちを助け出してくれ。でも、最優先は自分の命だ。カレンはこれからもたくさん命を救うんだからな」
場合によっては自分の身すら顧みず人を助けようとするカレンに釘を差す。ここに待機しろ、なんて言ったら勝手に飛び出していきかねない。オークの足は速くない。カレンなら負傷した村人を治癒しつつ健脚を活かして逃げてくれるだろう。俺たちはそれを守るだけだ。意気込むオスカーも、カレンを守るために戦うのが一番力を発揮するだろう。
「オリヴィアの魔法の発動と同時に行くぞ」
沈黙。数刻、オリヴィアの詠唱だけがその場に響いた。魔法の完成を待つ僅かな数秒が嫌に長い。タイミングを見計らって肩に力の入っているオスカーに声をかける。
「……それでは、我らの初陣といこうか、未来の勇者殿。――人類の未来のために」
握り拳を突き出すが、オスカーの反応はない。そういえばこの慣習を知っている人間はここにはいなかった。古臭い習慣だ。戦地に向かう男同士で握り拳をぶつけ合って、互いの健闘を祈る。左手でむんずと彼の右手を掴んで拳と拳を無理やりぶつける。久しぶりのジンと痺れる感覚。少し気分が奮い立った気がした。
「『何者をも寄せ付けぬ絶対零度の氷よ!あらゆる者を拒む絶壁を造り給え!』」
二百メートル先の建物を正確に囲んで、高さ十メートルほどの分厚い氷の壁が構成される。流石の精緻な魔法の発動だった。
「行くぞ!」
三人で平地を駆ける。食事に夢中なオークたちはまだこちらに気づいた様子がない。偵察を過信しすぎだ。距離が近づくと魔術の照準が容易になる。ここからなら村人に当たらない。
「『渦巻く炎よ、我が敵を飲め』」
人ひとりくらい軽く飲み込みそうなほどの巨大な炎の渦が、一直線にオーク達に向かっていく。運悪く渦に巻き込まれたオークは火だるまになって転げまわっていた。オークたちに動揺が走る。
炎に隠れるように、一番手前にいたオークに肉薄、飛び跳ね首筋を一閃した。腕が押し戻されるような重い手ごたえ。薄く入った刃は辛うじて致命傷たり得たらしい。やはり筋力が落ちている。
「急げオスカー!体制を立て直される前に生き残りを救出するぞ!」
生き残りの村人のところにたどり着くために進路を塞ぐオークを斬っては捨てる。両腕が疲労を訴え始めた頃、鮮血が地面に染みこみ、文字通りの血路を形成する。ひとまずカレンが通れる道は作れただろう。後は彼女が逃げる時間を作らなければ。
最初に仲間を火だるまにされたオーク達は浮足立って組織的な動きができていなかった。火は死体から燃え広がり、周辺の雑草に飛び火している。オークたちは思うように行動できず、鎮火することもできていないらしい。慌てふためいている様子が伝わってくる。
平静さを奪うことには成功した。こうなれば使い古した戦法ができる。敵が多い方へと突き進む。あえて敵のど真ん中に陣取った。見渡せば全方位に殺意に満ちた目。これで同士討ちを恐れたオークは飛び道具を使えなくなった。拙い造りの弓も、投石も恐れる必要がなくなる。
人間の食材の分際で中途半端な知性を持ったせいだ。ざまあみろ。後は俺が、奴らを一匹ずつ切り刻んでいくだけだ。
僅かに震える両腕に再び力が籠る。見覚えのある、不細工なオークたちの顔。何度切り刻んでも満足したことはない。俺は生きているこいつらに会うたびに復讐するのだ。
「大人しくしろ人間!」
オークが大斧を振りかぶる。体格の差は歴然だ。巨漢の敵の得物は、雷のように上から降ってくる。だが、それがなんだと言うのか。
その場でひらりと回り斧を回避すると、膝のあたりを切りつける。巨大な図体を支えられなくなったオークが崩れ落ちる。その隙を逃さずに俺は、渾身の力を込めて最も脆い弱点、首を切り落とした。そうやって作った死体に魔術で火を着ける。脂の乗ったオークの体は良く燃えるのだ。身の丈を超えるほどの炎柱。オークたちがたじろぐ。
「共食いしろ豚野郎!」
両手を使って投げ込んだ死体が、近くにいたオークに直撃した。火は燃え移り、オークを生きながら灼熱地獄に叩き込んだ。オークたちの殺気が膨れ上がる。そんなにいきり立って前に出てきては、せっかくの知性も生かせまい。この分なら遅れを取ることはなさそうだ。
「オスカー!カレンの方を頼んだ!俺があいつらの目を引き付ける!」