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15 カレンの決意

聖職者のカレン視点の話です


「――でも、オリヴィアだって忙しいのに、本当に教会への案内なんて頼んでよかったの?」

「授業はとっくの昔に全部取っていますから。学生の身分ですが、学院でやっているのは専ら自主研究ですので、時間はいつでも作れますわよ」

「本当?ありがとう!」


 お礼を言うとただ涼し気な微笑を以て返される。相変わらずの気品と風格だった。さらに平民との付き合いまでそつなくこなしている。メメちゃんはどうしてこんな凄い人を知っていたのだろうか。

 教会への道は、朝方にも関わらずたくさんの人がいた。なかには私と同じように白一色の巡礼服姿の人もいた。きっと彼らも中央教会へ参拝に行くのだろう。


「でもオスカーもメメちゃんも巡礼には付き合ってくれないなんてひどいよね!オスカーはまた一人で剣を見に行っちゃうし、メメちゃんなんて『教会には絶対に行かない!』とか言うんだよ?ひどくない?」

「メメさんは意外でしたね……。てっきり貴族のご出身かと」


 貴族階層はほぼ例外なく女神教の信徒だ。貴族社会で生きていくうえで、女神教とは切っても切れない関係が生まれる。


「メメちゃんが貴族?まさかぁ。あんな男の子みたいな女の子初めて見たよ?」


 なんというか基本的に言動が男の子なのだ。立ち姿や歩き方、喋り方もそうだし、オスカーと仲良く喧嘩しているときなど、兄弟のようだ。男同士のような遠慮のない距離感を、正直羨ましいと思わないこともない。


「まあ普段はそうですが……しかし私と話す時の態度は貴族相手でも失礼のないように配慮されたものでした。礼節を弁えた上流階級の振る舞いと言って良いかと。おそらくどこかで礼節について勉強したことがあるのではないでしょうか。貴族でないとなれば貴族相手の商いをしている商家のご出身でしょうか?」


 またもやメメちゃんの謎が増えた。アタシよりも小柄な体。それでも盗賊たちを打ち倒していく姿はとても力強くて大きかった。燃えるような赤髪と、対照的に深く沈んだ光のない瞳。話している時は表情豊かだが、普段のメメちゃんは何を考えているのかよく分からない。無表情で黒い瞳の奥からは何も読み取れない。虚無、という言葉が思い浮ぶ。


 でも揶揄うと表情豊かに反応してくれる。可愛い顔をしていて、ガサツな男の子みたいな話し方をする。でも思い返せば、最初に話しかけた時には大人の女性みたいな物腰の柔らかい礼儀正しい態度だった。買い物の時には、オリヴィアと早口で難しそうな単語で会話をしていた。どれが本当のメメちゃんなんだろうか。


「それも想像できないなあ。ここに来る前にメメちゃん盗賊団と戦ってたんだけど、すごく強かったんだよ?あの背中のおっきい剣で男たちをばっさばっさって。なんていうか、正直勇者よりも勇者らしかったよ」

「そうだったんですの……。勇者と言えば、カレンさんはオスカーさんの同郷、でしたか?」

「うん、そうそう。年が同じで家も隣の幼馴染」

「どうして、彼についていこうと?」

「どうして……うーん……」


 考えていますよ、と示すように自分の顎に手を当てる。理由を聞いていくる彼女の狙いは他にあるように思えた。にこやかな口元はそのままだが、青い瞳が少しこちらの表情を伺うような様子になっていた。見逃してしまいそうなほどの些細な変化。


 彼女がオスカーについて聞いてくる理由。勇者を、オスカーという人物を私の目を通じて見定めたいのだろうか。勇者という重大な役割を与えられたオスカーへ向けられる彼女の視線は少し厳しい。彼女としては少し前までただの村人だった彼が勇者の務めを果たせるのか疑問なのだろう。


 額の上、向日葵の形をした髪飾りを撫でる。オリヴィアの意図を推測した私だったが、結局思ったままを話すことにした。私はメメちゃんやオリヴィアほど賢くないのだ。だから、素直に思ったことを伝えることにした。


「オスカーとは物心ついた頃から一緒だったからさ。正直アイツが村を離れるって聞いた時、思ってたよりショックだったんだよね。ずっと一緒にいたからさ。急にいなくなるって分かって……心にぽっかり穴が開いたみたいだった。でも、一緒にいたいから勇者としての戦いについて行く、なんて簡単に言えないからさ、ガラでもなく結構迷ったりとかしたんだよね。――でもさ、村の宴会でふと見えたアイツの顔がなんか寂しそうだったんだよね」


 今でもその光景を思い起こせる。夜の闇の中、村の中心には薪が撒かれ、煌々と炎が灯っていた。みんなが篝火の光を浴びて楽し気に笑っている。その中でふとオスカーが光から目を背けるように後ろを向いて、ぼんやりと暗闇を眺めていた。その顔は、その瞳は何かを惜しむようだった。


「それを見てたら、肩書が変わっただけでアイツはアイツのままなんだなって何となく思って。急に日常を奪われて大変な役割を担ったアイツは平気なのかなって気になって仕方がなくなって。……せめてアタシが何かしてあげたいって思ったら、アタシも村を飛び出してた」


 当たり前の関係が消えることへの恐怖とか、それもあったけれど、そうじゃないのだ。オスカーのことが心配で、何かしてあげたかった。思い返せば、一番の理由はそれだった。


「……フフッ」

「な、なんかおかしかった?」

「いえ、良い、微笑ましいエピソードでしたよ。カレンさんは私が思っていたよりもずっと、オスカーさんが好きなんですわね」


 微笑んだままに、オリヴィアはとんでもないことを言ってきた。好き、という言葉を聞いて、買い物に行った時のオスカーの顔を思い出した。贈り物の向日葵の髪飾りを、私に似合うと思ったからって言って、顔を真っ赤にしながら突き出してきたあの時。


「えっ?す、好き?いやいやいや好きとかそういうのじゃなくって!守ってあげたいとか力になりたいとか!そういう姉みたいな目線の、家族愛みたいなもので!」

「あら、愛であることは認めるんですね」

「……オリヴィアのいじわるっ!」


 ごめんあそばせ、なんて笑うオリヴィアの表情はどこか先ほどよりも柔らかかった。その顔は貴婦人というよりお転婆お嬢様と言った方がしっくりくるような、素敵な顔だった。




 教会に近づくほど周囲には私と同じ巡礼服姿があふれてきた。白一色の巡礼服。女神様の象徴、正義を表す曇りなき白色だ。私も昨日シミがないか入念にチェックした。

 それから胸元には秤を象ったシンボルが一つ。こちらは女神様の審判という権能の象徴だ。私のように単に村で女神様にお祈りしていただけの聖職者はこれだけだが、偉くなると剣を象ったシンボルも付けるようになるらしい。

 剣は断罪、力の象徴で、女神様の最も苛烈な側面を示す。罪人を慈悲深い心を以て許したという逸話から想起される慈悲深い側面とは対照的だ。


「カレンさん、なんだか楽しそうですね」

「うん!だってあの神話に出てくる中央教会だよ?一生に一度訪れることさえできれば、なんて言われる凄い場所だよ!?」

「貴女が想像以上に真摯な信徒であることは伝わりましたから、少し落ち着いてくださいませ」


 クールな声に我に帰る。周囲の白服の人たちが微笑まし気な目でこちらを見てクスクスと笑っていた。思わず羞恥に顔を伏せる。思いっきり田舎者が出てしまった。


「恥ずかしい……」

「王都では珍しくもない光景ですから、あまり気にしないでくださいませ」


 中央教会は想像以上の大きさだった。昨日の王城も大きかったが、あれとはまた違った。王城の大きさは特に高さが特徴的だった。あちらは頂点が高い位置に位置するように、という思想が読み取れた。

 一方の中央教会。縦よりも横に広い。シミもヒビも一つたりとも見えない白い壁は、その威光を示すように広く展開されている。天井は緩い傾斜を描いていて、半円を描く。頂点には小さいながらも存在感を示す天秤を模した石像。石造りとは思えないほどの精緻さだった。


「それでは、行ってらっしゃいカレンさん。王都にいればまた来れますから、長居しすぎないように」

「うん、ありがとう。行ってくる!」


 おそらく貴族の巡礼の日にここに来るオリヴィアさんとはここで別れて、一人で中に入る。外から見た時もいたく感動したが、内部の光景を見た感動はそれ以上だった。まず目に入るのは神々しい光。入口正面に設置されたステンドグラスが朝日を反射して、非日常的な輝きを放っていた。


 続いて目に入るのはその下、光が当たる位置に設置された女神像だ。反射する光に照らされる女神様は、まるでそこに生きているかのような躍動感があった。右手に高く掲げた天秤は彼女の手の震えに合わせて揺れを起こしそうで、左手に持つ断罪の剣は今にも罪人に向けて振り下ろされそうだった。そしてその表情は慈愛に満ちた優しい笑顔にも見えて、敵対者へと向けた絶対零度の威圧感のある笑みにも見える。素晴らしい。それ以外の言葉が浮かばなかった。凡百の言葉で形容することすらおこがましい美。入っただけで私の心は感動に満たされてしまった。



 教会の奥に位置していた一室は、絶えず人が行き来している。一面が白い壁で覆われた殺風景な部屋だった。目立つのは部屋の最奥、ひと際大きな天秤と剣が交錯したシンボル。ここが一般に開放されている礼拝所だ。

 ここまでの道中と比べて明らかに異質な、無機質な部屋。これは雑念を払うために、礼拝の場には必要な物以外置かないというしきたりを踏まえた造りだ。前方の女性が去っていったので、前に進みシンボルの下に跪く。手を合わせ、目を閉じる。祈るのは俗世の些事ではない。女神への信仰、女神の加護がこの世に存在すること、それだけだ。





 礼拝が終わってからも教会の中をしばらく見て回っていた。満足して中央教会の外に出たころには、西日が王都を赤く染めていた。興奮冷めやらぬままに歩く。絵画、彫刻など、内装のことごとくが私の心を奪っていた。またあそこに行けるのだと思うとそれだけで幸福な気持ちになれる。改めて女神様への感謝の気持ちを強める。


 物思いに耽りながら夕暮れの道を歩いていると、ふと子どもの泣き声が聞こえた。道端の街路樹の下、男の子がその場にしゃがみ込んでいた。


「どうしたの?」


 男の子は話しかけても返事はなく、泣きじゃくるだけだった。


「どうしよう……」


 初めての経験に戸惑う。小さい子と接する機会は、老人ばかりの村ではあまりなかった。目を合わせて話しかけても、大丈夫だよと言っても、泣き止む気配はない。あたふたしている間に母親らしい人が来て、男の子を抱きしめた。


「この子と一緒にいてくださって、ありがとうございました」

「い、いえいえ結局アタシはなにもできなかったですから」


 目の前の女性は優雅に笑うとそんなことはないと否定した。


「何かしたか、じゃなくて何かしようとしてくれたことが嬉しいのです。一人で泣いているよりも誰かいてくれた方がこの子も心細くなかったはずです。それに、あなたがいなければ悪い人が来てこの子を連れ去ってしまったかもしれない」


 母親は男の子と手を繋いで去っていった。振り向いた男の子が満面の笑みでこちらに手を振ってくれた。それを見るとアタシがやったことに意味はあったのだと漠然と思った。


「何かしたか、じゃなくて何かしようとしてくれたことが嬉しい、か」


 何だか心に残っている先ほどの言葉を反芻する。思い浮かべるのは以前の盗賊団と遭遇した時のことだ。


 大人が怒号を上げている様子が怖かった。地響きのような低い雄叫びと、耳障りな金属同士がぶつかり合う甲高い音。何もできなかった。恐怖に震える喉元は詠唱もまともにできなかった。あんなに自信のあった治癒魔法で誰も救えなかった。戦いの後で治療をすると騎士の人たちに口々にお礼を言われた。誰もアタシが役立たずだったことを責めなかった。


「……どうしてアタシが治癒魔法で皆を助けられなかったことを責めないのですか?」

「お嬢さんが必死に恐怖と戦っていたことは皆見れば分かるさ。それに今、こんな別嬪さんが俺たちのために必死に治療してくれているのを見て、責める人なんて誰もいないさ」


 頑張ってくれている姿が嬉しいんだよ、なんて騎士のおじさんはニカッと笑った。そこまで思い出すと、なんだかこれからも頑張れるような気がした。殺し合いは、怖い。人間も魔物も怖い。でも皆のためなら、オスカーと、メメちゃんと、オリヴィアの顔を思い浮かべる。彼らのためなら頑張れる気がした。

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