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12 買い物っ!

誤字報告ありがとうございました


毒にも薬にもならないような話です

「買い物っ!行こっ!」


 昼下がり、結成間もない勇者パーティーの面々に向けて、カレンが勢い良く宣言した。


「買い物って……服なら昨日買っただろ?しかも要らないぶんまで」

「何言ってるの?王都で買い物に行ける服を買ったんだから、今度はいろいろ見に行けるじゃん!」


 カレンの瞳は昨日の服屋の時と同じくキラキラと輝いていた。興味のあるものに猪突猛進する時の顔だ。昔散々見た。そんな彼女の姿も嫌いではないが、俺はあまり買い物という気分ではない。


「いや、お……私は……」

「いいんじゃない?行こうよ、皆で」


 俺の言葉を遮るようにオスカーが言った。買い物なんて別に好きでもないくせにカレンの悲しむ姿が見たくなくて賛同しやがった。俺には分かる。俺もカレンのキラキラした目がシュンと伏せられる瞬間は見たくないからだ。気持ちはよく分かる。分かるが、オスカーのこちらを見る申し訳なさそうな表情を見ると若干腹が立った。


「王都でしたら私も案内できますわ」

「本当?ありがとうオリヴィア!」


 朗らかに笑うカレンにオリヴィアはまんざらでもなさそうだ。根が真面目なこの二人は結構相性が良い。すぐに打ち解けるだろう。しかしオリヴィアの知っている店は当然ながら貴族御用達の格式の高い店ばかりだ。案内には適しているとは言い難い。

 仕方があるまい。どちらにせよカレンの喜ぶ表情を見ていたら、俺だけ行かないという選択肢は消えた。きっと彼女も悲しむ。


「オリヴィアの言ってるのは貴族街の方の店だろ?庶民街の良い店なら私が知ってるよ」


 昔カレンに引きずられるように店を巡った成果だ。懐かしい日々を回想して、適当な店を思い出す。ひとまず3人が打ち解けられるようにレストランでも行くか。


「みんな、肉と魚どっちがいい?」

「今お昼食べたんだけどまだ食べるの?」

「昨日から思っていましたが、メメさんは結構食いしん坊ですわね」





 カフェという文化は最近王都に根付いたもので、店舗の中で軽い食事や紅茶と共に会話を楽しむことができる。まるで貴族のように優雅に紅茶を傾けて茶会をする楽しみは、特に平民の富裕層の、貴族的な生活への憧れをうまく満たしていた。

 最近開店したばかりのここ、「憩いの止まり木」の開放的で明るい雰囲気の中では客の表情もどこか明るい。


「見て、オスカー。これ凄いオシャレ!しかも良い匂いがする!」

「そう?僕はカレンのお母さんの出してくれるお茶の方が好きだなあ……」

「なに爺臭いこと言ってんの!バカ!中身おじいちゃん!」

「おじ……」

「なんでメメちゃんがダメージ受けてんの……」


 人生一周目のオスカーが爺と言われるのなら俺はどうなってしまうのだろうか。化石か?


 カレンのテンションは天井知らずだった。それに釣られてオスカーも楽し気だ。ふと静かなオリヴィアの方を見てみると、目を閉じて紅茶を味わっていた。


「平民の店にしては中々といったところでしょうか」


 本物の貴族令嬢であるオリヴィアは紅茶カップを傾けているだけで絵になる。窓から注ぐ日光も相まって絵画のような優雅な雰囲気がある。店内の客の目が時折こちらをチラチラに向くのはオリヴィアの影響が大きいだろう。


「お気に召しましたかお嬢様?」

「悪くないセンスですわ。褒めて遣わしましょう」


 冗談めかして尋ねると片目を瞑ったオリヴィアからご機嫌な答えが返ってくる。彼女がこの店を気に入ったのも当然だ。かつて、お嬢様なオリヴィアをデートに誘うために俺が必死に探し出した店の一つなのだ。しかし、それにしても俺がオスカーだった時よりも最初から態度が柔らかい気がする。

 男だったから警戒されていたのだろうか。それとなく久しぶりに会話をする彼女の様子を観察する。思案の合間に茶菓子を口に頬張った。娯楽としての食事も存外悪くない。


「メメは本当にいっぱい食べるね。それ何個目?」

「うるさいぞ勇者様。モグ……お前に一つ教訓をやろう。女性によく食べるねとか太らないの、とか聞くと烈火のごとく怒られるぞ」

「それ、分からない人いるの?」


 いたのだ、ここに。カレンは俺の言葉だけ聞いていたようだ。オスカーはカレンが呆れたように言っているのを見て一つ学びを得たらしい。俺の失敗を糧にできるのだ。感謝しろ。





 武具を取り扱う店は王都の東に集中している。立ち寄るのは王都に来た田舎の平民騎士や冒険者たちだ。魔物を倒して賞金を稼いでいる彼らは王都にはたくさんいる。

 暴力を生業とする者たちが行き交う通りだけあって王都の中では治安がかなり悪い。ここを通る時はガラの悪い人間に絡まれないようにいつも睨みを効かせながら歩いたものだ。今回も先頭を切って睨みを効かす。


「おい、チビ、お前来るとこ間違ってるぞ……イテテ!」

「女ばっかでここに来るとは良い度胸じゃねえか……アアア!指があああ」


 絡んでくる相手一人一人に痛みを教えてやっているといっこうに前に進めない。おかしい。数人倒せば誰も絡んでこなくなるはずなのに。疑問に思っているとオリヴィアが遠慮がちに問いかけてきた。


「その……メメさんが先頭切って睨み付けるのは逆効果なのではないですか?」

「え?そんなはずは」

「なに見てんだよそこの生意気なクソガキィ……ウワアアア!」

「……オスカー、先頭を頼む」


 ふざけたことを言ってきた男をバックドロップで頭から突き落した俺は、自分の過ちを認めた。オスカーは決して威圧感のある風貌ではないが、彼が先頭を歩いていると絡んでくる人間が減った。俺は体が少女のものになったが故の過ちを、ショックを受けながら認めた。不本意ながら。



 武具店に置かれている商品の質はまちまちだ。実用的で扱いやすい良品から、見た目だけを美しくした粗悪品まで並べられている。知識のない人間がここに来ても店員に騙されて鴨にされるだけだろう。


「オスカー、やめとけ、それ粗悪品だ。ぼったくられるぞ」

「でしたらこちらのロビン工房の大剣など……」

「噓つけ。そんな粗悪品がロビン工房製なわけあるか。もうちょっとましな嘘をつけ」


 武具店をいくつか巡った俺はこの時期の武器の品ぞろえの悪さに失望していた。比較的平和な現在、武具の需要はあまり高くなく、出回っている品も少なかった。


「オスカー、今予備の武器を買うのはやめとけ。レプリカみたいなのしかないぞ」

「でも、あの龍の刻印の付いた剣かっこよかったよ?」

「本当にやめとけ!あんなの雑貨店に置いとくべきレベルだぞ」


 そして俺の黒歴史を掘り起こすのはやめろ。あれをかっこいいとか思ってた俺が恥ずかしいだろうが。膝当てや鎖帷子など、パーティー全員分の最低限の防具だけ揃えて退散する。



「次は魔術具の方を見るか。オリヴィア、どうだ?」

「構いませんが……。しかし庶民街の方に私が興味を惹かれるようなものがあるとは思えませんが……」

「伝統に縛られた魔法使いだったらそうだっただろうな。しかし魔術師が行けばあそこは面白いぞ。実用しても良し、眺めて魔術の使い方の新しいインスピレーションを得るのも良しだ」

「……なるほど。メメさんは詳しいですね」

「ねえねえ、魔法と魔術ってなに?どう違うの?」


 カレンの疑問の顔にオリヴィアがすぐに答える。オリヴィアは人にものを教えるのが好きだ。カレンに説明している姿は生き生きとしている。


「簡単に言えば魔法は昔から受け継がれる保守的な伝統。魔術はそこからの発展を目指して伝統を壊すことを厭わない革新的な技術ですわね。主に貴族が使う、昔からの詠唱を用いた魔力の行使が魔法。主にそれ以外の魔力を持つ平民が扱う、技術としての魔力の行使を魔術、と呼びますわ」


「ざっくり言えば、準備が大変なぶん効果の大きいのが魔法。準備が簡単な分効果の少ないのが魔術だな」

「メメちゃん随分詳しいね?」

「ああ。俺も一応魔術使いの端くれだ」

「そうだったの!?でも盗賊と戦ってた時は使ってなかったよね?」

「あれは……あれはまあ騎士たちに身元を聞かれたくなかったんだ。それに俺の場合は魔術を使うよりも剣を振ったほうが早いことが多いからな。後はまあ慢心だったかもな」


 実際以前までの俺なら魔術を使うまでもなかったのだ。あそこまで反撃されるのは想定外だった。


「魔術使い、というとメメさんはどこか地方の学院のご出身ですの?」

「あー……いや、どこかに所属していたわけではないんだ。魔術は独学みたいなものだ」

「独学で魔術を!?是非、見たいです!」


 オリヴィアが急に鼻息を荒くする。魔法、魔術の話になると彼女は急に前のめりになる。よく言えば研究者気質、悪く言えば魔法オタクだ。もっとも、その気質が彼女を魔法学院トップクラスの魔法使いにしたと言える。


「折角だし他の二人にも魔法と魔術がどんなものか見てもらうか。まずは魔術。『火よ灯れ』」


 俺の手元に小さな火の玉に生まれた。弱弱しいそれは風に吹かれてあっさり消える。街中で使うならこれくらいの方が良いだろう。


「凄い!……けど、なんか随分弱かったね」

「魔力をちゃんと籠めないとあんなもんだ。あれでも煙草に火を着けるくらいはできる。便利だぞ?」

「煙草……?」

「次、魔法。『今は亡き火の神よ、我が掌に一抹の火を灯せ』」


 魔法については不得手な俺だが、初歩的な事くらいはできる。今度のは手の平に収まらないほどの炎だった。風に吹かれてもゆらゆら揺れるだけで、消える様子はない。俺が手を閉じると、炎は跡形もなく消え去った。


「熱くないの?」

「自分の魔法で傷つくのは三流のやることだ。そんなへまはしない」

「独学としてはあり得ないレベルの魔力の使い方でした……。今からでも王都魔法学院を受験しませんか?私、推薦いたしますよ?」

「そう言ってもらえると嬉しいよ」


 かつての師匠に褒められた歓喜を隠すために言葉に抑揚が出ないように気を付ける。思ったよりも嬉しかったからだ。半世紀以上の魔術の修練の結果、素人だった魔術の腕は、ずいぶん向上した。


「メメちゃんあんなに剣を扱えるのに魔術まで使えたの!?すごいね!」

「ハハ、ありがとう。でもそこにいる勇者様なら、俺よりもずっと魔術に適正があるはずだよ」

「そうなの?」

「勇者の体は女神の祝福であらゆる適正を与えられている。おそらく魔術に最も適正のある人間はお前だ。……女神から聞いてないのか?」

「女神様から?そんなことはなかったけど」


 女神と話をしていないのか?俺の時と違う。後でジェーンと話し合う必要がありそうだ。話が終わるのをうずうずと待っていたオリヴィアが辛抱たまらぬといった様子で話かけてきた。


「メメさん!随分と魔力の扱いがお上手ですが、いったいどんな技術を身に着けたんですの!?」

「あ、ああ、私のは魔力を体の一点に集中させることを目的にした技術なんだが……」

「しかしそれだと一瞬でガス欠に……」

「違うんだ、集中させるのは一瞬。ちょっとコツがいるんだが……」


 オリヴィアとの濃密な魔法談義は、それから魔術具店に着くまで長々と続いた。長く生きてきた俺だが、多くの書物を読み込んで、伝統的な思想を自分のものにしているオリヴィアとの議論はいつまで経っても新鮮なものだった。何度話しても彼女の思考の深さに驚かされる。





 魔術を道具に籠めて、誰でも使えるようにする。魔術具はそんな便利さを求めて作られたものだ。魔術を籠めるには貴重な魔石が必要なので、それなりの値段がする。しかしこれらの道具は庶民にも魔法の恩恵が届くようになるという活気的な発明だった。

 元々魔法は選ばれた人間が神より与えられた力である、という認識が強かった。かつては貴族にのみ使用を許されたものだったのだ。


「風の魔術を利用して魔除けのお香を拡散する!?伝統に反する魔術具ですが、これはどうしてまた実用的ですわね……」


 魔術具店に着いてからのオリヴィアはずっと一人でぶつぶつと言っている変人と化していた。オスカーとカレンは彼女の印象を大きく変えたことだろう。完璧な貴婦人から魔術オタクへと。オリヴィアが聞けば憤慨するだろうが、親しみやすさという面から言えば、悪くない変化だ。


「メメさん、メメさん!この魔術具を見てくださいませ!この設置型の、下から風を噴射する『捲りあげ機』とはいったいどういう品物なんですの!?何故男性に大人気なのでしょうか!?」

「あああ、それには触れるなオリヴィア!それは貴族令嬢が触れてはならない低俗の極みみたいな代物だ!」

「どういう風に低俗なのか教えてくださいませ!」


 好奇心旺盛な彼女は目を離すとどこまでも行ってしまいそうだった。


「……あの二人仲いいよね」

「うん、姉妹みたい」



 西日が肌に突き刺さる夕方。オリヴィアは多数の魔術具を買えて満足そうだ。一方の俺は世間知らずのオリヴィアに色々説明して疲れ切っていた。庶民の魔術文化に興味津々のオリヴィアはたて続けに俺に質問を投げかけてきた。今日だけで一年分くらい話した気がする。


 一方途中から別行動を始めたオスカーとカレンは二人きりでデートができたようだ。カレンの額には昨日までなかった髪飾りがある。向日葵をかたどった髪飾りが額のあたりで髪を分け、カレンの広い額をさらけ出している。……オスカーのくせにいいセンスをしている。彼のカレンとデートできてご満悦な表情を見ると腹が立つ。羨ましいから一発殴らせて欲しい。オリヴィアとデートしていた自分を差し置いてそんな馬鹿なことを思う。



 日が沈む時が別れの時である、というのは幼少期の刷り込みだろうか。斜陽を見ているとどこか物悲しい気持ちになる。夕焼け小焼け、影が伸びたらまた明日。意味もなく寂しさに襲われる。弱い自分が感傷に浸っていることそれ自体がどうにも腹立たしい。俺はこんなに弱い人間だっただろうか。


「何しているの、メメちゃん!早く私たちの宿に帰ろう?」

「……うん」

「オリヴィアさん、なぜ宿の方へ?」

「私も貴方たちの宿に泊まります。今決めました」

「お嬢様みたいな顔してめちゃくちゃ行動力あるよねオリヴィアさん……」


 帰る道に仲間がいる。行く時とまったく変わらぬ顔ぶれが笑い合い、冗談を言い合っている。この幸福は当たり前に見えて存外脆いものだ。魔王との戦争はこんな日常を容易く壊す。だから俺が、守らなくてはならない。


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