88 勇者パーティー最終作戦会議
「上手くいったな」
「よくそんなこと言えるな。ほとんど脅迫みたいなものだっただろうが」
アストルはこめかみに指をあて、深々と溜息をついた。
「あれでもヴェネリオは権力者だ。魔王討伐後、勇者パーティーという後ろ盾のなくなったお前に復讐しに来るかもしれんぞ。そこまで考えていたのか?」
「魔王討伐後、か……」
アストルの何気ない言葉に、俺はなんだか感慨深くなった。
「その反応、まさか何も考えていなかったのか……?」
「あ、いやいや違う違う! 考えてた! 考えてたから!」
慌てる俺に、彼はまた呆れたような顔を見せた。
「なんならそのまま騎士団に入るか? 貴様なら実力的にも十分だ。私の部下になるなら、守ってやることもできる」
「お前……意外と優しいな」
「意外とは失礼な」
正直、実利のないことには首をつっこまないやつだと思っていた。
「正直、俺自身も驚いている。同じ目的に向けて準備する中で、仲間意識などというものが芽生えたのかもしれん。……言っていて俺自身鳥肌が立ちそうだがな」
似合わぬ言葉を吐いたアストルは少し身じろぎした。
「……フッ……似合わな」
耐えきれずに俺が笑いをこぼすと、アストルは不機嫌そうに眉を顰めた。
その様子がおかしくて、俺はまた笑ってしまうのだった。
斯くて、運命は動き出す。俺が欲してやまなかった王国からの支援。それは、俺がアストルを信頼することがきっかけで引き出すことができた。
さあ、百年の繰り返しの格子からの脱却は、すぐそこだ。
会談の翌日、俺は勇者パーティーのみんなを宿の部屋に招いた。ドアの鍵をかけてもらうと、俺は声の漏れないように、オリヴィアに結界を張ってもらった。
いつにもない用意周到さに、みんなが少し緊張感を高めた。
「それでは、勇者パーティーの作戦会議をはじめる。当初の計画通り、騎士団長を仲間に付けることができた。さらに、王城、中央教会の王国のトップ三権の協力も取り付けた。ここまでは俺の想定通り。いや、むしろ出来過ぎなくらいだ」
「よくそんな偉い人と対談できるよね。君は本当に僕だったのかい?」
「こんなの、年数重ねれば誰でもできるさ。さて……」
俺テーブルの上に地図を広げた。王国の地理を詳細に記したそれは、アストルに持ってきてもらった軍事作戦にも用いられる貴重品だ。
「まずは目標地点、マルス渓谷の地形について解説しよう」
俺は王国の西部を書き記した地図の上の方を指さした。
「渓谷は二つの山に囲まれてできたものだ。谷間はそんなに深くはない。底には川が流れていて、これも足首程度の深さしかない浅いものだ。足場はそこまで不自由ではないだろう」
みんなの顔を確認しながら、俺は説明を続けた。
「一方で周囲の山に生い茂る森は深い。こちらは歩きづらく、重武装の騎士が歩くのには少々苦労するだろう。馬で乗り入れるのも厳しい。……逆に言えば、逃げ出しにくい地形といえるだろう」
「……なるほど、奇襲するにはうってつけってわけだね」
「そうだな。まあただ、あの魔王相手に背後から剣を振るえばそれで終わり、ってわけにはいかない」
「……権限を解放した聖剣で斬れないものはないんじゃないの?」
「本来ならそうだ。ただし、相手もまた神の力を持つものだと話が変わってくる」
女神の力の籠った聖剣を防ぐものなど、大神の見捨てたこの世界には存在しない。ただしそれは、叛逆神という例外がなければだ。
「魔王には、勇者と同種の祝福がかけられている。……呪いと言ってもいいがな。身体能力の向上、魔力の上昇。それから、魔剣を扱う権限の付与だな」
「魔剣……御伽噺に語られる、地上最硬の剣だよね」
「そうだ。あらゆるものを切り裂く聖剣と対をなすような性能をした、魔王の切り札だ。相手も聖剣を持っていると考えていい」
「……なるほど、神の加護を受けているのは向こうも同じなんだね」
「ああ」
オスカーは、難しい顔をして黙ってしまった。その様子を、カレンが心配そうに見つめる。
「でも、魔王は孤独だ。マルス渓谷の花の咲く頃に、あいつは一人であの谷に来る。……理由は、未だに知らないけどな」
何度かあの谷で襲撃をかけたこともあるが、結局のところ魔王が何をしに来ていたのか、全く分からなかった。
「お前には、仲間がいる。──それに、聖剣はもう一本ある」
「え⁉」
オスカーは素っ頓狂な声をあげると、こちらを凄い目で見つめてきた。
「聖剣がもう一本⁉ そんな話、僕一度も聞いたことないよ!」
「そうだろうな。教会が秘密裏に進めてきたことだ」
神のつくりたもうた聖剣を模倣するなんておこがましい。普通の人間ならそう思うだろう。
けれど、中央教会だけは違った。もっとも信仰心の厚い信徒であるはずの彼らは、最も徳の高い信徒である自分たちこそが女神の御業に近づくに相応しい、と思いあがった。
その結果、代々の勇者の聖剣を観察し、分析し、模倣を始めた。
作成を開始した三代目勇者の頃から700年。聖剣のレプリカは、ついに完成した。けれど、教会には聖剣を扱える人間がいなかった。
「……聖剣を扱える人がいないのに、どうやって聖剣のレプリカを作ったの?」
「レプリカは本物ほど拒否反応が強くないからな。常人でも持ち運ぶくらいはできる」
レプリカは、完成と同時に聖剣としての役割を全うしようとした。勇者以外の者の手に触れることを拒むようになったのだ。だからこそ、中央教会は今まで自分たちの私利私欲のためにレプリカを使用することができなかった。
不完全な偽物であるそれは、本物ほどの力を持てなかった。──それはつまり、不完全な勇者の残滓を持つ俺にこそ相応しいだろう。
「で、その力を振るうってなるとやっぱり拒否反応ができるらしい。だから、そんな不要なものなら俺が代わりに使ってやろうってわけ」
「メメには使えるの?」
「直感にはなるが、可能だ。今の俺に残る勇者の魂の残滓でも、レプリカは誤認してくれるだろうよ。だから、これで聖剣の担い手は二人だ。どうだ? 魔王一人くらいなら倒せそうな気がしてきたか、オスカー?」
「そう、だね。確かに、メメが魔王にトドメを刺せるのなら、戦術の幅が広がりそうだ」
オスカーが安心したように呟く。どれだけ励まされようと、やはり不安なものは不安だったらしい。
「ただ、出力はオリジナル以下だろうな。試してみなければ分からんが、魔王にトドメを刺せる権限の解放はよくて一度きりだろう。それに、耐久性には不安が残る。土壇場まで隠しておいて、確実に魔王を仕留められる時だけ使うことになるだろうな」
「試してない? メメは聖剣のレプリカを使ったことはないの?」
「……ああ。手に入れられたのは、これが初めてだ」
「そうだったんだ」
オスカーは意外そうに目を見開いた。
「あれは教会の重要秘密だからな。露呈すれば、下手したら信徒の信用を失いかねない」
神の御業の模倣とは、中央教会の権威を地に堕としかねないほどのスキャンダルだ。
「レプリカを手に入れようとしたとき、俺は王国と敵対するはめになった。それ以来、教会をむやみに刺激するのはやめたんだ」
中央教会が指示すれば、人類は勇者ですらも敵として討つ。そのことを、俺は身をもって思い知った。
「じゃあ、今回はどうして無茶をしてレプリカを手に入れようとしたの?」
「まあ色々あるが……一番大きかったのは、アストルと協力関係を築けたことだな」
「あの騎士団長様と?」
「ああ。前提として、教会と騎士団は権力争いをする関係にある」
会談中にも、アストルとヴェネリオは決して良好な仲には見えなかった。
「どうして? どっちも王国のために働く組織でしょ?」
カレンが純粋な目で聞いてくる。真っ直ぐな態度に、俺は少し次の言葉を躊躇った。
「……だからこそ、だ。どちらも王に近い位置にあり、多くの権力を持っている。だからこそ、争ってるんだ。どちらが王の信頼を得られるのか、どちらが多くの金を持つのか、どちらが多くの人員を持つのか。まあ、馬鹿が見栄張り合ってる、とも言えるな」
「アストルさんはそういうことしなそうだったけど」
オスカーの見立ては正しい。けれど、話はそう単純じゃない。
「あいつ自身はくだらないと思ってるんだろうよ。でも、騎士団全体では面子を気にする奴も多い。元々、貴族出身のやつが多くいる組織だからな」
アストルは騎士団長という立場だが、騎士団全てを意のままに動かせるわけではない。アストルよりも家柄の高い者もいるし、副団長もそれなりの権力を持っている。
「まあ、そんなこんなで騎士団と中央教会は仲が悪い。王の前ではどちらが彼の信任を得るのかいつも競っている。だから、騎士団長が提案したことに王が乗り気だった場合、最高司祭は否定がしづらい。規模も名声も同クラスの組織だからな。無碍にもできない」
あの場でアストルが俺の味方をしてくれていなかったら、最高司祭は俺の要求に一つも答えてくれなかっただろう。
「なるほど、アストル様を味方につけることができたから、ヴェネリオ様に要求を通すことができたのですね。しかしながら、それなら過去のメメさんにもできたのではないのですか? アストル様の公明正大な人間性は、貴族社会でも有名です。魔王討伐という大義のためなら、協力できたのではありませんか?」
「今考えると、そうなんだろうな。けれど、思い返せば、今までの俺は人間を信じられなくなっていたんだろう」
以前の、あのオリヴィアに諭される以前の俺は、人が信じられなくなっていた。失敗し続けた俺には、大人は全て敵に見えていた。あのアストルさえも。
「だから、アストルと協力することはあっても、信じて頼るなんてことはなかった。だから、今回の成功は、俺の目を覚ましてくれたあのオリヴィアのおかげなんだ」
俺がしみじみと言うと、オリヴィアは何かを考えているようだった。けれど発言する気配はなかったので、俺は話を続ける。
「──今までで一番上手くいっている。俺自身は今までよりも弱くなっているはずなのに、そんな予感がするんだ。……犠牲は、あったけどな。だからこそ、俺はこの作戦に全てをなげうつつもりだ」
俺の言葉を、みんなは真剣に聞いてくれていた。少し語りすぎた事に気恥ずかしさを覚えてた俺は、話を戻す。
「さて、マルス渓谷の地形はさっき言った通りだ。奇襲にはうってつけで、大部隊が入りづらい。だから、俺たちの作戦と同じタイミングで騎士団にはヤカテ平原で魔王軍相手に思い切り戦闘をしてもらう」
これこそが、今までの俺とは違うところだ。騎士団の協力を取り付けられたので、魔物の援軍を気にせずに余裕をもって戦える。
「騎士団の人たちにこっちに来てもらわなくていいの? アストルさんとか凄く心強そうだけど」
「あまり大人数だと魔王に気取られる恐れがある。連携の取れる少人数の方がいい」
そこは俺も悩んだところだが、連携のことを考えると、やはり勇者パーティーで事に当たった方がいいだろう。
「それじゃあ、もっと具体的な話をする。まずは、魔王の取り得る行動について」
俺たちの会議は、それから長く続いた。




