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デッドライフ・パラレル  作者: 蘇我烏
7/11

ゴブリンの巣穴

外に出ると、空は曇っていてどこかじめじめとしている。


この場所付近は湿原になっているのか、肌寒くなんとも陰鬱さが鼻につくが、久しぶりの外は随分と感慨が深いものがあった。


まばらに生えた木々は深い色合いをしており、森の薄暗さに拍車をかけて、蔦や葉は空からの光を塞いで地面に影を落としている。

それでも密閉空間ではない広大な大地を前に、私の機能していない肺が現れるような心地になる、見たこともない実や遠くで視認できる鳥は恐怖というよりは冒険心を擽られた。


私も男の子、というものだからかもしれない。最も、生殖器はこの体になって既に役に立たない無用の長物と化しているので、気持ちの持ちようかもしれないが。


軍靴で歩くにはややぬかるんだ地面を歩き出す。


爽やかな心地とは到底言えないが、この時私は間違いなく浮かれていた。

なんせゾニアの監視付きとは言えど、一人での行動は本当に……本当に久しぶりだ。


彼女がいなくてはならない、とも分かっているが、私も一人になりたいことくらいあるし、戦闘用アンデッドとして活躍できる事にわくわくしている自覚がある。


彼女の元で目が覚めたのであるからには、彼女の役に立ちたいと思うのは間違いだろうか?

願わくば彼女も早く外に出られるようになってこの感慨を味わってほしいものである。

その時は晴れで、日向ぼっこできるとなおいい。


空気を吸って、体内に酸素を取り入れながら、私はそのかわいらしい姿を妄想して一人怪しく笑ってしまう。


「低層、というよりは高層湿原に近いな、酸素濃度が通常よりやや低い。苔が多い事も考えるとただ単に雨でぬかるんでいるというわけでもなさそうだな。ただそれにしては、自生している植物が多い……、根腐れもしていないし、泥炭が地層に積み重なっていると考えてもよさそうだ」


たった一人の行軍を続けながら、私は時折植物や地形を確認し、マッピングを脳内で刻み続ける。


こういう時にアンデッドでよかったと思うのは自分でいちいち地図に書き込んだり、メモをしたりしなくて済む事だ。方角も『死体操作術(ネクロニズム)』によってフェムトマシンを埋め込まれた体であれば間違う事はない。


お恥ずかしながら、私は生来の方向感覚というものを何一つ信頼していない。フェムトマシンによるナビゲーションを切ってしまうと力いっぱい迷子になる自信がある。


欲を言うなればもう少しここらの調査を念入りにしてしまいたい所だが、今は速度が重要視される案件だ。確かめたい事があるゾニアに最も適切かつ信頼できる回答を出せるのは死体だけだ。


とはいえど、行く先に食人植物やら生い茂らせた藻と泥で表層を地面に見せかけた底なし沼がないとは限らないので、多少の用心深さや調査は必要なのだけれど。


「ゴブリンの巣は南東をまっすぐ、か。たしか連中にしか分からないような目印が……おお、これか」


ゴブリン人形が指さす方を見て、道が正しいかを確かめる。


柔らかな地面すれすれに、木の幹に塗りたくられたそれはゴブリン達が作った乾いた泥団子がある。


鼻を近づければかすかに独特の臭気がして、なるほど、この団子が崩れてもゴブリン達の嗅覚がこれを置いた位置を教えてくれるのだろうと分かった。


ゴブリン人形にもある鷲鼻をつつくと、けけ、と笑うようにゴブリン人形が頭を揺らす。

泥団子を辿りながら、道なき道を進んでいくと、やがて開けた場所に出た。


人工的に切り開かれたそこは、ゾニアと私が最初に出た洞窟よりは大きな洞窟だった。

中の様子は暗く伺えないがそこそこに深いようだ。洞窟の出入口に篝火が焚かれている事を見ると火を使うだけの知能はあるらしい。


洞窟前には暇を持て余しているらしい門番のゴブリンが胡坐をかいて、舐め腐ったような顔で周囲を見張っている。たまに戻ってくる角の生えた兎やけばけばしい鳥、木の実を抱えた狩猟帰りのゴブリンがそれを見て笑うのに、門番ゴブリンが鋭い舌打ちを零した。


機嫌を損ねた門番ゴブリンの手に、一番年かさに見えるゴブリンが手に木の実を握らせる。


道中でも見かけた小粒のベリーに似た果実だ。


甘酸っぱそうなそれを、仲間からのご機嫌取りを受け入れたのか口に入れた門番ゴブリンの表情が僅かに綻ぶ。

耳障りな笑い声をさせながら戻る仲間に、門番ゴブリンは口の中の種を吹き出すと、またどっかりと胡坐をかいた。


「意外と社会性があるんだな……」


文化性のある野猿、とゾニアが言っていたが野猿よりはしっかりしたコミュニティを築いているように見える。野猿なら煽られた瞬間獲物を奪う為に殴りかかってる。


ゴブリン達が持って帰る獲物から見て一人で消費するだけの食料というよりは、コミュニティに分配するための狩猟だろう。まとまりがもっとないかと考えていたが、思ったよりも群れとしての統率が取れている。


もしダンジョンコアの知識がなければこの世界の人類だといわれても納得したかもしれない。


言語を使い、道具を使う。人とゴブリンのこの世界での違いとはなんなのだろうか。

肌の色とかか。宗教か。あるいはそこに深い因縁があるのか。


ゲームではかなり流していた部分だが、こうやって生活の営みを見せられるとどうにも気になってしまう。


「人とゴブリンの違いを知りたいところだが、そこは私が考えるところではないか」


分からないからここから情報を得るのだ。


ダンジョンコアから得る知識は良くも悪くも大雑把だとゾニアは言っていた。細かな生態やらなんやらは応えてはくれないらしいし、私の身を巡る『死体操作術(ネクロニズム)』も万能ではない。


頭を切り替えて、私は洞窟を眺めた。


見たところ出入口は一つ。門番ゴブリンは二人、中の様子は分からないが、相当数いると考えていいだろう。

戦えるゴブリンの装備は切れ味の悪いナイフや槍とみていい、もっと上物を持っている個体もいるだろうが、狩猟から戻ってきたゴブリンや門番ゴブリンを見ても種族の成人サイズから加味して全体の練度の平均はそう高くはない。


巣というからには成人前の子供や繁殖のための女ゴブリンもいるだろうがそちらは非戦闘員だと思っていい。男より女が強い種族というものは多いが、そういった種族は狩りも女が受け持つことが多い。


従って女子供のゴブリンの優先順位は低い。後々の事を考えれば放置してもいいくらいだ。


問題は、洞窟が奥で行き止まっていればいいが、どこか別の出入り口があったら面倒だな。


見たところ自然に出来た洞窟のようだし洞窟のある場所は切り立った崖の壁にある事からそう貫通はしていないと思うが中で掘り進めているとも限らない。

多少の取りこぼしは推奨されているが、大多数の見逃しは出来ればやりたくない。


時間はかかるが、もっとしっかりと洞窟周りを探すべきかと考え込む私の視界に、ゴブリン人形がぴょこりと顔を出した。


素材の記憶からか、巣穴に帰ってきたことに喜びでも覚えているのか、また陽気なダンスを踊り出すのに、肩に乗られている身として非常に鬱陶しい。


やめなさい、と手で押さえつけて、ふと思い出した。


「……、そういえば君、ここの洞窟の地図って分かるか?」


ゴブリン人形のじたばたした動きが止まった。


手をどけてやると、ぴょい、とゴブリン人形は地面に降りる。拙い手つきで地面に落ちていた小枝を握りしめて、地面に突き立てるとがりがりと何かを描きだした。

形容しがたい、なんとも幼子の描くような線の頼りなさだが、それは間違いなく洞窟の内部を描こうとしているのが分かる。


ゴブリンを素材としているこの人形には、素材達が知っている基礎情報が詰め込まれている。


線が引かれていくのを見つめながら、私はゾニアの無邪気な笑顔を思い出す。


ゴブリン人形の役目はナビゲート、監視、ーーーそしてサポート役な訳だ。本当にとことんまで信用がない、と言うべきか愛されていると言うべきか。


「これも見越してこの監視を作ったのかな。はあ、彼女にはかなわないな」


偵察型ではないとは言えど、自分でなんとか出来ないほど無能じゃない。


要は実績の問題だろう、彼女にとって、私は工房にずっと腐らせていた道具だ。メンテナンスは欠かさずとも、いざ使うに当たってきちんと作動するか不安になってしまう。


なら、実績を積み上げれば彼女だって安心するはずだ。頑張らなければ。


マップを描き終わったゴブリンが、私の意気込みを知ってか知らずか顔を上げてこちらを窺っている。


小さく拳を握って自分に活を入れたのを見られたかもしれない。


照れて口端を緩めると、私は静かにゴブリン人形の目元を隠して後ろを向かせた。


しいーっと手遅れではあるとは思うが念の為の誤魔化しだ。


「……内緒だぞ?」


びたんっ!とゴブリン人形は卒倒した。


一瞬びっくりしゾニアの身に何かあったのかと思ったが、のろのろと顔を上げて心配ない、とぷるぷる親指を立ててサムズアップするゴブリン人形に、私は静かに見なかった事にした。


よくわからないが、何か琴線に触れたんだろう。うん。


「さてと、頑張るか」


足で地図を消して構える。


踏みつぶして、ただ勝つ。一頭の象は万匹の蟻に負けるというが、あくまでそれは蟻の数が足りているからだ。


蟻の巣を蹴散らす様に、私は静かに『回転式背鋸刃大剣(バスターチェーンソー)』を引き抜いた。


私が勝つ、それだけだ。ゾニアに失望されないように、ただ圧勝するのだ。



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