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デッドライフ・パラレル  作者: 蘇我烏
6/11

次にやるべきこと

 ダンジョンコアは死体を吸収して成長する。


 個体が強ければ強いほどいい、病弱な若者よりは健康的な若者が、無知な少年よりも博識な老人の方が、苦労を知らない貴族よりは苦労を重ねた傭兵の方が、ダンジョンを育てるための糧となる。


 ただし、ダンジョンコアは攻撃手段を持たない。獲物を迷い込ませ誘い込むだけの権能を得た代わりに、自身だけではその権能を振るう事ができない。


 だからこそ、迷い込んだ旅人や魔物にダンジョンコアは、自身のマスターとして寄生し、代わりに権能を振るわせる事で必要な栄養素と経験値を得る。


 この世界は大雑把に魔物と人間、亜人の三種に分かれており、ダンジョンコアは魔物側に位置する生物である。数も多くはなく大概はたいした成長もせずにダンジョンは攻略されダンジョンコアは破壊される。

 中には大迷宮、だとか、無限回廊、とか大層な名前をつけられるほど大きくなるものもあるらしいが、そういった大きなダンジョンには付近に攻略するための町が出来、苛烈な侵攻を受けるらしい。


 と、いうのがダンジョンコアからゾニアに強制発信された知識である。


 私?私はそれを聞いて本気でゲームの世界だな、と思う程度だ。理不尽に憤りこそすれど、私はゾニアの所持品の一つであるからして、彼女の望むままにふるまう所存である。


「ダンジョンコアから穏便に解放されるには、ダンジョンコアの成長を促して権能の出来る範囲を高める事が一番だと思います」


 ゾニアは、私が情報を咀嚼している間に、当面の方針をそのように固めた。


「ダンジョンコアが成長……この世界に合わせるならレベルアップ、ですけど。レベルアップを重ねる事で、ダンジョンマスターの解放が選べるんです」

「ダンジョンマスターの解放?」

「ダンジョンの成長にも限りがあるようです。成長し切ったダンジョンコアは、マスターを必要としなくなり次のダンジョンコアを作成するための成熟期に入ります。ダンジョンマスターの解放は、その成熟期を促す機能となり、文字通りダンジョンコアによって打ち込まれた制約を外すことによってダンジョンコアに次代を産ませる準備をさせるんです」

「はあん」

「工房に飛べたら人工生物を延々と貢いでごまかしたところなんですが……、難しい現状、大佐に頼るしかないのは申し訳ないと思っています」


 ゾニアは唇を尖らせる。


 彼女からしたら下調べもできない内に私をアクティブに探索させるという事に不安を抱くようだ。

 危なっかしいんですよね、というのが彼女の私への評価なのだが、彼女はよく私の事を戦闘用アンデッドであるということを忘れていると思う。


「差し当って、生き物をようはここに連れて、殺していけばいいんだな?」

「そうですね。ただ、ダンジョンコアの情報がどれだけ正しいかはわかりません。という事でまずは地理の把握と、周辺生物の生態、そして文化レベルを確認すべきかと」


 私が確認すると、ゾニアは頷きながら手元を動かした。


 繊細な動きをさせながら針を動かし、縫い合わせていく彼女の手は毎度の事ながら見事なものだ。


 地理の把握、周辺生物、そして人間を含めた知的生物の文化レベル。


 大事な事だ、地理の把握はこれからダンジョンコアを育てていくにしても、我々が有利に立てるようなダンジョンにするためには重要なことだし、周辺生物がいない場所だとダンジョンに生き物を招くのは一苦労になる。文化レベルは推して知るべし、私たちが勝てない相手なら本格的に奥の手の検討も考えねばならないし、それに応じた生存戦略を練らねばならないだろう。


 我々は科学の徒……というか『死体操作術(ネクロニズム)』の徒ではあるが、ここは異世界だ。どこまで通用するかきちんと見据えるのは大事だと思う。


 そこまで考えて、私はふと先ほどのゴブリンを思い出した。


 あれも一応この世界の原生生物の一匹だ。あれを基準に考える事もあるだろうので、私はせわしなくアイテムボックスから薬液を引っ張り出しては調合する彼女に問いかけてみる。


「ゴブリン、そのままで悪いがゴブリンは……、ダンジョンコア情報だとどれくらいの生き物なんだ?」

「悪知恵が働く程度の最弱モンスターです。独自の言語と文化があるようですが、亜人ではなく魔物に分類されているところを見るとかなり他種族に関して敵対的な種族であるかと。多少文化的な野猿くらいなもんじゃないですかね」


 最低基準だった。


「……つまりあれは弱いのか」

「雑魚中の雑魚ですね」

「そんなはっきり言わないでくれ……」


 初陣は華々しくとは言わないけれど、弱いものにイキり倒して勝ったみたいな感じがあるな私。


 すまないな……とかカッコつけてたのが恥ずかしくなってしまう。だってどうせならかっこよく振舞いたかったんだよ。


 若干の哀愁を思いつつも、それでも勝ちは勝ちだと誤魔化した。


 雑魚だろうがなんだろうが初陣に泥をつけなかったならいいじゃないか、例えばそれを伝説の剣でレベル1スライムをオーバーキルするような行為でも彼女の安全には必要だったのだから。


 ……自分で言ってて悲しくなってきた。


「出来ました、大佐」


 自分で自分を慰めている内に、ゾニアは目的の物を仕上げたようだった。


 特徴的な緑の肌に、頭でっかちな手のひらサイズの体。目はボタンで出来た、独特の甘い腐臭のするそれはパッと見なら、ゴブリンを象った小さなぬいぐるみのように見える。

 象った、というか、文字通り皮から剝いで詰め込んだ、というか。


 それはゾニアの手を離れると、くるくると私の周りを回る。やけにコミカルな動きでタップを踏むゴブリン人形は過程を知らなければとてもファンシーだ。


 ちなみに剝がれて不要と判断された部分はダンジョンコアの餌になっている。ゾニア曰く微々たる経験値だったらしい。最弱だものな……。


 私は今は亡きゴブリンの死骸の寄せ集めであるゴブリン人形を持ち上げた。


 ゴブリン人形は高い高いをされて喜ぶ子供のように手を叩き、はしゃいで見せる。愛玩動物程度の愛嬌と知能はあるらしい。


 だが、私はシミジミとため息をつく。こんな玩具を連れ歩かなければいけないのは誰であろう私なのだ。


「本当にそれを連れて行かないとだめなのか?」

「私はついていけませんからね。不本意な事に。とっても不本意なことに。ものすごーく迷惑なことに!だから、保険です。これで大佐がどこにいって、何をしているのかぜーんぶ私に見えますからね」


 ゴブリン人形はゾニア直々の監視役である。


 本来なら私にべったりとくっついていたかったであろう彼女であったが、今はダンジョンコアにて拘束される身だ。


 私は逃げないと言うのに、自分がついていけないという事実に直面してもう新しい対策を打って出ていた辺りめげないしょげないあきらめない。


 その執着心どこから出てくるんだろう、と不思議になるがもう諦めた身としては粛々と受け入れるだけだ。


 ジト目の私がゴブリン人形をだっこするのを、持ってきていたカメラで撮影しながらゾニアは柔らかく微笑んだ。


「大佐を信じてはいますが、万が一があります、もし危険だと思ったら即座に逃げてきてください」

「分かってるよ」

「兎にも角にも今は頭数が足りません、このコアで魔物を生産できるみたいですが、そのための材料が足りない状況です。私に危険が及んだら大佐にも連絡がその子から届くので、撒いたり置いて行ったり捨てたり刻んだりしないでくださいね」

「信用ないな!」


 やったことあるけれども。


 何度か工房で彼女がべったり引っ付いてくるのに困って無理やり外に出る為に作業アンデッドを破壊して逃げようとしたことがあるけれども。


 いい大人だからもう学習したし、もうしない。あの一件から私は彼女の機嫌を損ねると酷い目に遭うことを覚え込まされた。


 アンデッドの主である彼女によって痛覚神経を取り戻させられ、その上で上下の歯を全列重度の虫歯に替えられたのは今でも涙が出そうな思い出だ。地味な嫌がらせだが、痛みという感覚から遠のいていた私にとってこれ以上にない罰だった。


 にこにこゾニアに押されて抱いたままのゴブリン人形は冷たい。


 足のリーチの差もあるし、見たところそこまで俊敏さもないようなので、肩に乗せてしがみつかせるのが一番手っ取り早いだろう。

 抱き上げるのをやめて指先で摘まみ上げて肩に乗せてとしっくりくる。


「ゴブリンの巣はここから歩いて半日ほど。ゴブリンの足のリーチや速さを考え見て大佐であればそう時間もかからないかと思います。ゴブリン人形がナビゲートしてくれますので、道に迷いそうになったらそれにお問いかけください」

「わかった」


 私達がしようとしているのは、ゴブリンの巣の強襲だ。


 はっきり言ってゴブリンはダンジョンを成長させるのには屑餌でしかない、そんな屑餌にちょくちょく襲われて対応を迫られるのも困るのだ。


 巣が遠ければ放っておいても差し支えないが、ゴブリン人形に加工する前に聞き出した所、巣は存外と近いところにあるらしい。この洞窟は旅人や冒険者、弱い魔物などが雨宿りなどのひと時の宿として使用している事があるらしく、ゴブリン達は定期的な狩猟スポットとしてここを見回りに使っていたらしかった。


 どうせちょくちょく来て餌になるのであれば最初からどかっと大量確保しておいて、ダンジョンコアの成長に当ててここをしっかりとしたダンジョンへと変える下地にしてしまいたい。


 個体数がいればそれだけ得られる情報も変わる、言語や文化があるのだ。魔物独特の情報を持っている事に期待してもいいだろう。


 単純な武力差であればゴブリン種の魔物が何匹いても問題ないだろうとダンジョンコアの知識と照らし合わせたゾニアの許可で、私はこうやって初めてのお使いに出かけるわけである。


 わーい。


「怪我しないでくださいね」


 ゾニアは心配した顔でそう囁いた。


 心配性だなあ。自己修復もあるし大丈夫だと頭を撫でてやれば、違う違うと首を横に振られてしまう。


 不思議そうにする私に、ゾニアは私の胸元を妖しげな手つきで撫でた。


「自己修復が直せるのは本当に軽い損傷だけです。それ以上の損傷となると修復パーツが限られている以上、本当に重篤な状態でない限りは現地調達して宛がいたいと考えています。……私は緑肌の大佐は見たくないので。私、その肉体の貴方を気に入ってるんですよ」

「私も、今の私が好きだな……」


 緑の肌は、なりたくないなあ。

 真緑のゴブリン人形を見て、私は苦い笑顔を浮かべてみせた。



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