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デッドライフ・パラレル  作者: 蘇我烏
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ダンジョンコア=寄生植物

 動くものがいなくなった洞窟で、私は返り血がつかなかったか自分の服を軽く点検すると、腕を伸ばしたまま上から無理やり掴むように『回転式背鋸刃大剣(バスターチェーンソー)』を掴んだ。


 咄嗟に投げてみたが、意外と有効だったな。

とはいえど怪我一つなかったが、これをもう投げるのはやめた方がいいかもしれない。『回転式背鋸刃大剣(バスターチェーンソー)』の暴れ具合ときたらゴブリンを倒すよりも苦労した。


 アンデッドなので怪我も恐れずに掴めばいいじゃん!と思うかもしれないが、何もかもがイレギュラーなこの状態で大きな損傷は避けるべきだ。


 自己回復できるとは言えど、その回復にもエネルギーはいる。フェムトマシンはエネルギーの効率がいいとはいえど、怖いものは怖いのである。


「ゾニア、すまない。無事か?」

「……無事で、す。ハンネス大佐。ゴブリンが来ていたみたいですね」

「見ていたのか?」


 四苦八苦して『回転式背鋸刃大剣(バスターチェーンソー)』を背中に戻した私は、ゴブリンの遺体を1か所に集めておくと、彼らの衣服で軽く手を拭いゾニアの元へと戻った。

 ゾニアは既に原因不明の苦痛から回復したのか、洞窟の壁にもたれかかるようにしてくつろいでいる。


「いえ、これのおかげです。このダンジョンコアとかいうくそったれの」


 彼女はそういうと、足でダンジョンコア、と差したあの水晶を蹴り飛ばした。機嫌が悪そうなのは異例の事態が起こったからだろう。


 不貞腐れたように重たい溜息をつく彼女は疲れ切った表情でこちらを見上げる。


「やはり我々はどうやら事故でこの場所に転移させられたようです。予定されていた座標に打ち込んだ楔より、強い引力に引かれた様子。……このダンジョンコアがそうですね、ええ。ここは、生まれたてのダンジョンなのです大佐」

「まてまて、話の流れが読めない。一体どうしてそこまで言い切れるんだ?」

「このダンジョンコアはーーー、いってしまえば生き物。それも他者に全依存する寄生植物のようなものなんですよ」


 悔し気にゾニアが拳を握る。

 私は何とも言えず、長い話のようなのでとりあえず隣へと座った。


「ダンジョンコア、というものは、大佐もなんとなくゲームでご存じの通り、ダンジョンを作るための種です。法外なエネルギーを秘めており、自身の管理するエリア内において生き物が死ぬ度に栄養を蓄えて強化されます」

「うん、それは分かる。奥にはボスが待っているんだよな、つよいの」

「かわいらしい回答ありがとうございます。ダンジョンコアは基本的に自分から攻撃することはできません。ですので、自分で自分を養うことができないので、当然守ってくれるものに依存し、依存対象には大きな恩恵を授けます」


 なるほどなあ、と私は頷く。


 寄生植物のようなものだ。葉や花が退化する代わりに、宿主相手に実や本来であれば宿主が得られない栄養素を差し出して肥え太らせる。

 そういった恵みを受けて、宿主はよりその恵みを貰う為に奮起し、成長する。成長すればそれだけまた得られる栄養が増える。無限ループだ。


 ダンジョンコアも似たような生態をしているようだ。イメージでいうなら迷い込んできた生き物の肉や装備品が宿主への貢物だろう。ゲーム的に考えれば経験値などもそこにあたる、そこまで類似しているかは知らんが。


「ここのダンジョンコアに大佐が近づいても寄生されなかったのは、おそらく大佐がアンデッドだからでしょう。恐らく、ですがこのダンジョンコアの課す制約が大佐には脅しにもならないと判断されたからだと思われます」

「制約?」

「単純な脅しですよ。……ダンジョンコアを壊せば、ダンジョンマスターが死ぬ、というものです」


 その言葉に私は呆気にとられた。


 ダンジョンコアを壊せば死ぬ、という言葉に確かにそれは私には制約にならないだろうと理解する。

 私は死体だ。動いて話して思考するが、肉体は心臓が止まっているので定義的には生きてはいない。ダンジョンコアが破壊されたところでどこまで強い影響が出るかはわからないが、最悪の話、もう一度作り直されればそれで済む話なのだ。


 では、ゾニアは。生きているゾニアはどうなる。


 まじまじと見る私に、ゾニアはそっぽを向いた。


「はい。油断しました、……ダメですねえ、自分の創造物に囲まれていると対処が遅れて。大佐の想像通り、私がダンジョンコアに寄生されました」

「……それは、困ったな」


 むっすりと唇を尖らす彼女は、珍しい事に少々しょげているように見えた。


 仕方のない事かもしれない、工房では彼女は絶対的な支配者であり、不測の事態というのは工房の置かれた環境もあり数えられるほどしかなく、それもまた彼女の敷いた防御システムで防げていたのは事実だ。


 それが外に出た途端、意図しない転移に原生生物に寄生されたという事故が重なれば、彼女だって凹みもするだろう。


 しかし、と私は愚考する。


 壊されれば彼女が死ぬ。なるほど、と思う反面、このコアを見捨てて外に出ればいいのでは?

 彼女がアンデッドを作って、ここを守らせればいい。死体であれば先ほどのゴブリンがいる、あれは生き物としては弱いが、ただの人間である私がここまで強化されたのであれば彼らだって役に立つようなアンデッドになれるのではなかろうか。


死体操作術(ネクロニズム)』の強みは注入するフェムトマシンが少なくてもアンデッドが作れるところだ。

 量が少ないと注入されたフェムトマシンが栄養を得て自己増殖して数を増やすまで捕食行動か単純作業しかできないようなぼんくらにはなるのが欠点だが……原生生物を追っ払うに関しては問題がないだろう。


 単純な頭数と労働力が増えればダンジョンコアを持って外に出る事だって出来るかもしれない。

 首をかしげる私に、彼女は静かに首を振った。


「大佐、ダンジョンコアは私に寄生しているんです。寄生した物が、宿主からそう簡単に離れると思いますか?」


 そういうと、彼女は立ち上がって出口に向かった。


 後をついていくと、彼女は端っこに転がるゴブリンの死体に見向きもせずに外のーーー森の広がる曇天の外へと出ようとする。


 手を伸ばして、洞窟の縁から指一本はみ出た瞬間、痛々しい電気の音が響き、瞬間反射的にゾニアの手が引き戻された。

 指先がほんのりと赤くなった手をさすり、ゾニアがこちらを見る。


「……なんだ今のは。怪我はないか?」

「このようにダンジョンコアが私を逃がさないようにしてるんです。物理的に私は外へは出られません、ダンジョンコアが教えてくれました。ダンジョンコアの居場所はここなんです、マスターが出来た時点でもう、根付いてしまっている」


 諦めたように指をさするゾニアに、私は手を握ってやる。冷たい手が気持ちいいのか、強張った顔が少しだけ緩んだ。


 いや、これは私に手を握られた事を喜んでいるだけかもしれない。緩み方が痛いのが遠ざかったとかそんな顔ではない。


 手を握った途端頬を染めてうっとりと手を撫でだす彼女の好きにさせつつも、頭の中で私は逃げる算段をつける。


「『並列世界転移機(パラレルテレポート)』で逃げる、とか」

「難しいでしょう。今の私はかなりイレギュラーな状態です、次の転移に耐えれるかは不確定ですし、同じ条件の人間を連れてきて実験するのも難しい上、どうにも『並列世界転移機(パラレルテレポート)』はダンジョンコアを組み込んでしまっているようで……、大佐にも危険が及ぶ可能性があります」


 残念だ。


 しかしまあ仕方ない、では、彼女に死んでもらうというのはどうだろう。


 10年間あの世界で生きていたのは僥倖だったが、自己改造くらいできるのではないだろうか。死者であればダンジョンコアの軛から逃れられるというのであれば試してみてもいい気がする。


 ちゃんとした施設で体を改造するわけではないから、アンデッドとしてはやや低級になってしまうかもしれないがそこは私が守ればいいし。


「出来れば使いたくありません」


 ゾニアにそう提案したらばっさり切られてしまった。

 よくよく考えたらあの工房から出なかったし私を出さなかった時点で彼女が生にしがみついているのは自明の理であった。無念。


「まいったな、私の目的の一つが達成されなくなってしまった」

「大丈夫です大佐、まだ手があります。それから奥の手を使いましょう」

「はあ」


 外でピクニックしたかったな、と肩を落とす私に、ゾニアは胸を張る。

 手がある、という言葉にまた首をかしげる私に、彼女はほれぼれするようなかわいらしい笑顔を浮かべてみせた。

 そして、横に転がっているゴブリンの死体を掴むと嬉々として私の方に差し出してくる。

 黄色く濁った目が無念を訴えかけて、私はちょっとだけ目をそらしてしまった。


「ダンジョンを成長させるんです」


 そういうと彼女は指を鳴らして見せる。


 ぱちん、と音をたてた瞬間、彼女の持っていたゴブリンの死体が消え失せて、体に身にまとっていた衣類だけがばさりと地面に落ちた。

 粗末な衣類に仕舞いこまれていたらしい、なんだか妙にきらきらした石が地面に落ちて音を立てて転がる。


 得意げ満面な顔をしたゾニアに、私は一度、二度、その衣類と彼女を見比べて静かにドン引きした。


 ネクロマンサーとしての彼女でも、流石に人体を指パッチン一つで消失させるような所業はできなかった。


 あれ、これ、ダンジョンコアのせいでより力が増しているのでは?

 私ももしかしてこれから彼女の機嫌を損ねると指パッチンで消されてしまう可能性があるのだろうか。

 ……私は彼女のお気に入りだから、ないよな?ないよな……?


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