転移事故
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ゾニアの工房は大まかにして三層に分かれる。一層が生活区域、二層が研究区域、三層が倉庫兼実験場区域だ。
今回向かったのは三層の実験場だ。ここにはゾニアの発明品やアンデッドが文字通り実験に使用される。
研究施設と違い、だだっ広い部屋が一つに、それに付随するように部屋の状態を管理する施設がぽつんとついた、殺風景な層になる。
その部屋の真ん中にそれはあった。
「『並列世界座標転移機』です」
見た目は無骨な丸である。髑髏のようにも見える。
大きさは約10mくらいだろうか。水晶のように艶々とした表面だが、手の形の台座に乗ったその丸は内に幾つもの部品が複雑に噛みあい、コードが血管のように張り巡らされている。水晶の中で機械の灯す光と反射する光は複雑な文様を描き、溶け落ちるように消えていく姿は幻想的というよりは不気味の方に比重が傾いた。
私はこういった機械に関しての知識はないので、大人しく隣の彼女に問いかける。
「……名前からぱっと聞いた感じ、どこかに移動する機械か?」
「大佐は異世界転生とか転移ってご存じですか?」
ゾニアは嬉しそうに笑って見せる。八重歯が見えて、童顔がより幼く見える。
「電子書籍で見たことあるな、君もああいった俗っぽいものを読むのかと思ったものだ」
「そうですね、環境汚染が進み、別惑星に民族大移動しようって時に再ブームしてたので面白半分に読みました」
環境汚染にて水源の確保が難しくなり、幾つかの国が自国民を別惑星に移動させようと大がかりな計画を立てた。巨大なロケットに万単位で分けた人間を乗せて打ち上げ、目星をつけていた小惑星に飛ばす、というものだ。
もちろん人間が活動可能な惑星というのは限られてくるし、そこまでに乗せる燃料やロケットの資材などは馬鹿にならない。乗せる人間の食料や酸素だって必要なのだ。
分かりやすく顛末を話すと、人が自生できる惑星を巡って戦争が起きて、ロケットの資材集めに戦争が起きて、ついでに乗せる人間の割り振りで内紛が起きて、それらをなんとか納めようと四苦八苦している内に計画してた国の殆どが倒れた。
一部は自家ロケットで宇宙へ旅立ったりしたらしいが、まあ彼らがどうなったかは知らない。遥か彼方の星で元気にやっていることを祈る。
「いろいろ品を変え手口を変えて、色々と売り出されては廃れていったものです。とはいえど、アイデア自体は悪くないかと思い至り作成にまでこじつけました」
「簡単に言うけれどそれってかなりすごい事では?」
「言っても大人数が運べるわけではありませんし、テレポートのように出る場所を選べません。どちらかといえばゲートのようなものだとお考えくださいまし。異空間座標に打ち込んだ楔を介して肉体を粒子分解、向こうで再構築しますので肉体負荷も高いのです」
個人が実用できるレベルに達しただけで、複数名を一気に運べる訳ではなく、また行く異世界も選べるわけではない。
下手に乱用すれば地上よりも危ない場所にでる可能性がある、との事だ。
また肉体の再構成はアンデッドならまだしも人間だととんでもない事故に繋がるケースもある。向こうについたとおもったら肉体の再構築が上手くいかずに手が頭に、足首に頭がついてとんでもない見た目になるなんてケースもあるらしい。
また上手く行っても負荷がきつく、吐き気と眩暈が酷い為非常に体調を崩してしまうのだとか。
「……でもついてくるのか?」
「ついてくために人が使えるように調整しました」
とんでもない女である。
「向こうに行って大佐に何かあったら困ります。私はなんとかなりますけれど大佐はどうにもならないですからね」
「君の方が取り返しがつかないと思うんだが……」
「もう、大佐ったら。そんなに私が心配なんですか?愛してくれてますね?」
「ノーコメントで」
にこにこ笑顔の彼女の言葉にうっかりと頷こうものならば即座にこっちが死体であるとか世界が滅んでるとか抜きに結婚式を挙げられかねないので曖昧に言葉を濁しておく。
何度か言質をとられかけて学んだ事だが、こと恋愛においては多少の拒絶や困難も必要であると彼女は認識しているらしく、言葉上の拒絶は許されていたのが救いだ。
げんなりと言葉を返すと、ゾニアは何が嬉しいのかくすくすと笑い声を零して軽やかにモニターに指を走らせる。
オォン……と形容しがたい機械の駆動音がして『並列世界座標転移機』が内なる光をより強めた。白い光が門の形を作り、目も潰れんばかりの輝きをもってして、待望した外への道を作り出した。
幻想的とも言える光が実験室を満たすのを見ながら、ゾニアは次に実験室へと降りる扉のロックを外す。
その姿に慣れたものを感じつつ、私は妙に感慨深くなった。
「しかしながら、これを使えば世界は違っても外に出られるのか……」
「一人ずつしか使えませんが、連続使用が可能です。何度か実験しております」
ゾニアの言葉通り、門は一人ずつしか潜れそうにない。
何度か実験している、との事はおそらくアンデッドで試したのだろう。聞けば彼女はたいした罪悪感もなさそうな顔で肯定した。
転移する場所は少なくとも人間が生存できる環境でなくてはならない。
海の中だったり空に放り出されたりするのは論外だし、空気の濃度にも気を配って様々な世界の座標を試した結果、人間に適した環境の候補の中でも特に安定した接続が望めた所が繋がっているそうだ。
場所は森の中、起伏に富んだ地形で有害動物も少なく、文化レベルの低い世界だそうで脅威度もそこまでないらしい。
安堵する私に、ゾニアはアンデッドを呼んで幾つかの装備を装着すると、私にも無制限のアイテムボックスポータルのついたコートを差し出した。
「一応ですが、トラブルも加味しておきましょう。ここに冒険セットがあります」
「用意周到だなあ」
「私としては、もっと早く駄々を捏ねられるかなって思ったんですよね」
ゾニアはコートに腕を通す私におっとりとそう言った。
困った顔をする彼女はやや私に対しては過保護だ。外に出る手段なら、きっと私だけであれば色々とやりようはあっただろう。
私の意識や魂のデータは彼女の手の内にある。動く死体が動かない死体に変わっても、彼女の手によればおそらく全く同じ私がこの工房内で作成されたに違いない。
だが彼女はそれを好んでいないようだった。
不思議なことだが、彼女が執着するのはこの肉体の私である、と自負している。
だからこそ、こんな大げさな物まで作り上げたのだろう。
ゾニアは白い歯粒を見せて、目を細める。
「多少の気晴らしは必要です。発狂されると色々と面倒だと知ってますから」
「錯乱した私は君を殺しかねないからな、助かるよ」
「それに新婚旅行みたいで悪くないなあって思ったので」
「まあ旅行ではあるな」
新婚ではないが。
記憶上の生前の私は普通のおじさんで、大した戦役も挙げれずにコネだけでたまたま空いた大佐枠に座った独身男性だったので、ゾニアがどこに気に入ったのかさっぱり分からない。
戦争で死んでーーー死んだときの記憶はない、爆撃で一撃だったとの事ーーー気が付けば彼女は私にべた惚れだった。
生前のモテなくて悩んでいた私が聞いたら激怒して血涙でも流しそうなものだが、今の私が彼女に迫られて好意を向けられても困る。様々な意味で。
頬を赤らめながらそっと腕を組んでくる彼女を引きはがしつつ、コートをきっちりと着こむと、実験室へと入って行く。
カツカツと硬い床はいつも通り無機質で、防音処置が施されているせいかあまり音は響かなかった。
門の前に立つと、ゾニアが少しだけ眩しそうにするので前に立って影になってやると、ゾニアが照れたようにコートの端を握る。
小さな彼女の頭をなでれば、照れくさそうに彼女は小首をかしげた。
「ある程度遊んだら、ここに戻りましょうね大佐。おやつにバナナは入りませんよ、あれはデザートです」
「バナナなんて洒落たものうちで作れたか?そも、私は飲食が必要ないんだが」
「ジョークですよ。ほら、行きましょう」
子供の遠足に伴う母親のように言う彼女に言われて、私は一つ前に出た。
門の扉を開けるように、白い光に指が触れる。
熱くもなく、冷たくもない光は容易く私の指先を飲み込み、そしてーーー。
「なんだ?」
ーーーその光は、突然爆発して、実験室を丸ごと飲み込むように輝いた。
「ゾニア!」
「わああ!?」
殆ど衝動的に彼女の体を庇ってゾニアの小さな体を抱きしめる。
体が分解される、粒子になる感覚は最悪なもので、皮膚から骨から血管内臓にいたるまで細かく砕かれる感覚はよく嗅ぎ慣れた死の匂いがする。
大佐、と囁く腕の中にいるゾニアがどんどん小さくなっていくのを感じながら、私はただひたすらに冷や汗をかいた。
私がどうなろうと知ったことではない。元より死体だ、こうやって思考している方がおかしい。
だがゾニアは?ゾニアはどうなるのだろう。
彼女は人間だ、アンデッド処理はされていない。ましてやあの悲鳴を聞いたところどう考えても意図して起きた作動ではない事は明白だった。
もし出た先で彼女が死んでしまったら、外に出た意味なんてなくなってしまう。
やはりついてくるなと最初から言うべきだった、彼女ならまあなんとかなるかと楽観視していた自分はやはり10年の歴史の中で何事もなさすぎたのだと理解する。
せめて名前を呼ぼうとした、だが気が付けば舌どころか声帯すらも散り散りになり、私は思考するだけの部分も削り飛ばされて、意識を失った。
暗転。