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デッドライフ・パラレル  作者: 蘇我烏
2/11

嘆願

 

 ゾニアはにこやかな笑みを浮かべて、首が8つ程もある子犬の尻尾を持って振り回した。

 明るい茶髪にソバカスの地味な見目の少女であるが、手に持たれた子犬の目が皆飛び出してピカピカと光っていなければ、磨けば可愛い、と言われる程度には可愛らしいはずだ。


 彼女はネクロマンサーである。

 人類社会を真っ逆さまに破滅へと叩き込んだ『死体操作術(ネクロ二ズム)』の研究者であり、この世界の滅亡を生身でやりすごしたマッドサイエンティストだ。

 大抵のネクロマンサーはセルフ改造でアンデッド化を行っているのに対して、ゾニアは地下工房を要塞化させることで自身の生命を脅かさずにあの終末を乗り切った。


 要は究極の引きこもりのようなものだ、おかげさまで私は彼女以外の知的生命体とここ数年会話をしたことがない。

 有害ガスや二酸化炭素、窒素を取り込んで酸素に変換する酸素生成装置、鉱石や土を栄養のあるレーションに変える機械に人工日光による食料用のバイオーム、この工房には様々な英知が詰め込まれ、会話が成立する生き物が自分とゾニアしかいないという事さえ除けば全てが足りている。

 なお工房の出入口はこの工房に入った直後に撃たれた帝国滅殺消滅レーザーによって地形が変わり崩壊した山の土砂に崩されてすでに使用不可になっている。

 外の偵察のためのドローンや小型アンデッドの輸送テレポートがが使える為、地上はまだ確認できるが我々がここから出る目途は一切立っていない。

 つまるところ我々は工房ごとここ十年ほど、生き埋め状態なのである。


「その可哀そうな何かは一体なんだ?」

「愛玩動物です大佐、最近のバイタルをみる限りストレス値が上がっている傾向にありますので、アニマルセラピーでもいかがかと。地上の生き物で推測ではありますが亡国の生物兵器『ケルベロス』が食肉寄生植物に寄生されたものかと存じます。抱かれますか?」

「廃棄」

「はい!」


 にこやかに差し出してくるゾニアにすげなく棄てろと言えば、まるでどちらが主人かわからないほど忠実にゾニアは笑って犬もどきをゴミ箱に投げ捨てた。

 この工房ではどんなものでも貴重な資源だ、放り込まれたゴミ箱は中がミキサー状になっており、ゴミだろうが生き物だろうが問答無用でミンチに変えて有害物質を取り除いた後食料用バイオームへの肥料に底につながった管で送る。

 にわかに鉄臭くなった部屋の換気扇を回しながら、私は静かにため息をついた。


「ゾニア、君は何をしてるんだ。外に出るんじゃなかったのか?」

「ハンネス大佐が出たいだけであって、私は別に今の状況が後5000年続いても平気ですよ?」


 ゾニアはけろりとした顔でいたいけな怪物をぶち殺したとは思えないほど明るく言い切った。


「外の調査は適時天変地異や別ネクロマンサーが襲ってきていないかの確認と材料の獲得の為にしているのであって、外に出る為の手段探しではないです。そも、地中深くに埋まってますから今あるテレポートでは小型アンデッドを大量派遣して掘らせるくらいしか出来ませんし、掘ってる間に変異生物に襲われて全滅します。工房内で生活と研究するのは内内でおさまっていますし外出にそこまでメリットはありませんよ」


 ゾニアはにこやかにモニターの電源を入れる。

 現在のこの工房の真上ーーー地上を映し出す小鳥型アンデッドの目がきょろりと動き、周囲の状況をよく見せてくれる。

 この工房の真上は土砂崩れと荒れ狂う天候の結果小さな湖となっている。

 紫に緑のマーブルを垂らしたような色合いをした水の中では大小さまざまな鋭い爪と牙を兼ね備えた魚が泳ぎ回り、その魚を狙った動物やら昆虫やらが水辺で死闘を繰り広げていた。

 暴れて襲い掛かる熊のような生き物に、羽を広げた蛾が覆いかぶさる。

 羽ばたきが激しくなり、鱗粉がはっきりいと視認できるほど舞い上がり、その粉を力いっぱい吸った熊が口から血の泡を吐き出した。

 ばたつく手足から力が抜けていくのを見て、蛾は熊を抱えて飛ぼうとするのに鋭い蔦が二匹まとめて一遍に掴み、草場の茂みへと連れ込んでいく。引きちぎれた羽と血の泡だけが地面に残り、その死骸の残りにもまた生き物があさましく群がっていく。

 相変わらずの地獄絵図だった。


「こんなとこに、出たいんですか?」


 ゾニアはにこにこしながら私に現実を突き付けてくる。

 酷い有様だ、出たいとか何一つ思わない。生き埋めになって最初の3ヵ月、アンデッドなりたての私だったらこの光景を見て口をつぐみ、静かに首を振っただろう。

 しかし今の私は違う、外への欲求が高まっている。外が危険?なんてことはない、未知なる危険に飛び込むなんてまるで冒険みたいではないか。


「出たい」

「ええー?」

「先に言っておくが私はランプの魔人でもなんでもないんだ。多少広いとはいえど密閉空間に置かれれば気だって滅入る。それに君と違い研究者でもないからやることがない。ストレートに暇を持て余している」


 10年。

 工房に閉じ込められての10年は思った以上に私の精神を疲弊させた。アンデッドとして生き返った以上仕方のない事だが睡眠や食事が不要であるこの身の慰めになる物がないのである。

 最初は良かった、死者として蘇ったことを悩んだし、体の死後硬直が抜けきらずに訓練を積み体を慣らしたり、後は娯楽用品として彼女が所有していたゲームや電子書籍を読み漁るなどして知識を深めた。

 しかしそんなものはつかの間の暇つぶしだった。睡眠がないということは常人よりも遥かに意識が覚醒している時間が長く、工房にあった娯楽用品は早々に品切れになる。

 ならばと仕事を覚えようとしても彼女の使役するサーヴァント……つまりは自我を持たない機械的アンデッドの手によって常に最善の状態が保たれている工房は素人が触るような余地はなく、多少覚える事はあっても実践することはなかったのである。

 ましてや私は戦闘用の護衛型アンデッドとして望まれたのだが外的刺激がない状態で何から彼女を守れというのか。机の角から足の小指を守るくらいしか何もないぞ。

 10年、は結構耐えたほうだと思う。

 少なくとも私は死んではいるが精神構造は一般的な成人男性だ、人とは狭い空間にいるには適さない生き物なのである。


「私は大佐といるだけで楽しいですよ。幸せですよ?」


 しかしながらゾニアはそういいながら頬を染めた。

 彼女は肉体的には人間であるが根っからの研究職肌で引きこもりなので私の気持ちがわからない。まあ、やることが多いというのも気持ちを落ち込ませない理由かもしれない。

 ゾニアの好意はありがたいが、私としては少々眉を下げてしまう。


「だが私はとりあえず出たい、機械の検針なりメンテナンスなりは君のサヴァントがやるし、渡されたゲームもやり飽きた。オンラインゲームなんか誰がやるんだ、ネット環境はほぼ死滅してるだろう」

「有志がそのうちまた作りますよ、ネクロマンサーでもああいったゲーム類は好きな人が多いですから」

「出来たとして君はそれを受け入れるのか?」

「知ってましたか大佐、情報の流出防止の一番効果的な方法はネットにつなげない事なんですよ」


 ネクロニズムは人類が滅亡してなお、個々のネクロマンサーの内で発展を繰り返している。それは恐らく殆ど独自の技術になっているだろう。

 ゾニアのそれも、従来のネクロニズムとは大きくかけ離れているものだ。だからこそ、生き残ったネクロマンサーたちは各々が技術を目当てに未だ争いを行っている。

 我々の位置はまだばれていないが、復帰したネット環境に繋げでもすればばれる可能性は否めない。


「知っていたさ。だけど私は外に出たいんだよ」


 こつ、と靴先で壁をたたく。

 薄い緑の鋼の向こうに広がる空を思い出す。青とは形容しがたい、なんとも言えない色の空が恋しい。

 外に出たい理由は一つではない、やる事がないのもさながら、ここに閉じこもってはいけない理由が幾つかあった。

 そのうちの理由の一つである彼女は、つまらなさそうに唇を尖らせる。


「外に出たい、かあ」


 思案するように目を伏せるゾニアは、困ったように周りを見回した。

 雑多に積み上げられた道具や書類、そして試験管の中に入った小さなベイビー達。この10年で積み重ねた彼女の研究の証だ。


「確かに工房内だけでの研究も行き詰ってきましたしねえ」

「そうだろう?」

「フィールドワークなり、新しい研究テーマを見つけるなり、したいかもしれませんね」

「そうだろうそうだろう」


 拳を握り、思わず嬉しい声が出る。

 何をするにもやはり彼女が外に興味を持たなくては結局のところ動かないのである。私は彼女の所有物だ。自発的に動いてくれるならそれに越した事はない。


「でも、やっぱり今現状外に出るのは危険です、そもそも私まだ人間なので地表を探索するのには向きません、大佐のお供が出来ないので却下です」

「ついてこなければいいだろう?」


 最もな私の言葉に、ゾニアはにこりと笑った。

 目は一切笑っておらず、口端だけ上げた表情は笑顔が本来威嚇の表情であるという事を思い出させる笑顔だった。


「大佐が逃げちゃうと困るので、嫌です」


 笑顔の圧に私は静かに目をそらした。

 先ほども思ったが、私は彼女の所有物だ。アンデッドとして蘇った際にがっちがちに制約が決められている。逃げるなんてことは土台無理な話なので考えていないと何度か口にしたこともあるのだが、ゾニアは何一つとしてその一点だけは譲ろうとしなかった。

 まあ、私が彼女の求愛に満足に応えていない、というのも大きいのだろうが。


「でも、外に出たいっていう気持ちは汲んであげます。大佐、いいものがあるんです。発明があるって言ったでしょう?」


 そういいながら、『死体操作術』の希代の天才は爽やかな笑顔を浮かべるのである。

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