盗まれた怪盗 ~悪役令嬢は全てを知る~
『今夜十二時、私を盗みにいらして』
盗みの逆予告を受けた怪盗は、ある公爵邸のバルコニーで差出人と会った。
「『初めまして』、怪盗様」
――来なければ貴方の正体をばらします。
予告状にそう追記した令嬢の悪趣味な挨拶。面が割れているのは承知で敢えて仮面を付けたまま、彼は問う。
「僕を呼び出した目的は?」
「予告状の通りですわ、私を盗み出して頂戴」
「怪盗に人攫いをしろと?」
「このような付属品もございましてよ?」
彼女が見せた左手の指輪に、彼は目を瞠る。その石は太陽の光脈より採掘されたかの如き、大粒のイエローダイヤ。持てば巨万の富が築かれ、放せばその富が全て失われるとの謂れがある代物だ。
「貴方が度々私の家で探していた『真昼の夢』。お陰で私は貴方の正体を知れたのですけど」
「……やはりモリナ家からバネン家へ渡っていたか。で、王室王子の婚約者は、現状の何が不満なのかな?」
令嬢の顔つきが変わる。
「あの子――ルサを喜ばせた事。ルサは王子との結婚など望んでいませんでしたの。同じ者を愛しているとばかり思って憎んでいましたのに、私が奪い取った後に一度だけ見せた、安堵の顔……ああ余計に憎らしい!」
元々はルサ・モリナを見初めた王子の一方的な求愛だった。そこへリラ・バネンが横恋慕。最中にモリナ家が没落し、バネン家が勢力を増したのを機にその身分を最大の武器として、リラは強引に結婚へと漕ぎ付けたのである。彼女は続けた。
「それであの子にとっての最大の不幸が何か、分かりましたの。今本当に愛し合っている者と、そうとも知らずその正体も分からないまま、結ばれなくなる事と――」
道楽から始めた怪盗は現在、盗んだ金で貧しい者を救っている。それにはルサも含まれ、彼女は夜な夜な会う仮面の怪盗を、愛するに至った。
「……すると、もう一方も不幸になるな」
リラは悪びれずに言う。
「私、他人の不幸が大好きですの。ですから貴方の盗品になって、その懐で、悲しい顔をずっと見ていて差し上げますわ」
怪盗は苦笑する。
「君の非道さに魅了される日が来るとはね」
「怪盗という者は盗むより先に、ターゲットに心を盗まれているものではなくて?」
笑う彼女を軽々抱えて盗み出す前に、彼は尋ねた。
「真昼の夢を盗んだのも隠していたのも、君かい?」
「そうよ。王子よりも、怪盗の妻の方が相応しいでしょう?」
「上等だ」
その夜、一国の王子と婚約者が姿を消した。真昼の夢を、ルサの元へ返して。