お帰りなさい
「気をつけてね」
私はキャンプにいくと言う息子を送り出した。
何やら深夜アニメに影響されたらしく最近、毎週どこかへ出掛けるのだ。
危ない事しなきゃいいけど。
まあ、あの子も高校生だ。
そろそろ信用してもいいか。
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母に見送られ俺は歩きで駅へと向かった。
今日の目的地は優成高原。
古くから避暑や、療養に使われてきた風光明媚な所らしい。
最近は交通の不便さで人気が落ちて、キャンプ場の使用料が安いのが今回の選定理由だ。
最寄りの駅に降りた俺は、駅前の唯一開いていたコンビニもどきで食材を買い込んだ。
使用料が安い分、多目に買った食材で、今日の夕飯と明日の朝食はたらふく食えそうだ。
「一泊ですね」
受付を済ませて、指定された番号の書いてある看板を探す。
402、402っと。
受付からしばらく歩いた所に看板を見つけた。
「こんにちは」「はい、こんにちは」
人気が落ちているといっても夏のこの時期、キャンプ場はそこそこ混んでいる。
隣のスペースの男三人、女二人の五人グループに挨拶した俺は、明るいうちにテントを組み立てて、辺りを散歩する事にした。
「炊事場は水だけ、トイレはあそこ。街灯は少ないな。なんだあの柵? 道?」
近くにあったキャンプ場の設備を確認した俺は、森の中に続く細い踏み固められた道を見つけた。
まだ明るい事もあって特に深く考えず道の先に向かった俺は、すぐ自分の迂闊な行動を後悔した。
道は廃病院に続いていた。
元は白かったらしい壁はペンキが所々剥げ落ちて蔦が絡み付いている。
裏口らしい扉はキィキィと笑うように軋みながら俺に向かって手招きしていた。
ちょっとだけ覗いて見る。
中は薄暗く、誰かが肝試しでもしたのか夜盧死苦だの、××参上だとかスプレーで落書きされていた。
「クワバラ、クワバラ」
俺は聞き齧った魔除けの呪文を口にしながら自分のテントに戻る途中、いやな事に思い当たった。
道から続くキャンプ場を囲む古い柵。
あれって所々無くなっているが廃病院の物じゃないか?
もしそうなら今日は廃病院の敷地で寝ることになる。
俺は首を振って今見た物を忘れる事にした。
ジュージューと油が炭に落ちて肉にスモークの薫りを纏わせていく。
横着して飯盒を持ってこず、お湯で十五分温めたパックご飯と一緒に口に放り込めば、外で食べる解放感も手伝って、高校生のおこずかいで買える値段の肉も松坂牛に負けてない。
「コレ飲むかい?」
隣でBBQをしていたお兄さんが、俺に派手な缶を差し出してくる。
「いえ、未成年ですから」
正直興味はあったが断った。
「ああ、そうなのか。悪かったな」
隣のグループのお兄さんは仲間のお姉さんにパシンと背中を叩かれながら謝ってくれた。
ご飯を食べ終わり、俺は一人まったりと炭の上に小枝を乗せて、燃え上がる炎を眺める。
刻一刻と形を変えて最後消える輝きは、俺を柄でもない感傷的な気分にしてくれた。
「これは、本当にあった話なんだけど」
隣のグループが怪談を始めやがった。
いや、待って。俺、そう言う話嫌いなんだよ! だから昼間の廃病院も忘れたかったのに。 え、肝試しに行った人が一人消えるの? なにソレ怖い。
逃げ出す訳にもいかず、廃病院、真っ赤な水の炊事場、使用中に暗くなるトイレ等々。怖い話をフルコースで聞いた俺は少し早いが震えながら寝ることにした。
隣のグループのお兄さんがトイレに行くらしいので俺もついていく。
「これから俺ら、近くの廃病院に肝試しに行くんだけど一緒にどう? ペアだと一人足りないんだよ」
手を洗いながらお兄さんが俺に声をかけてくる。
「いえ、遠慮します」
「なんだよ、女子とペアならオッパイ当たるぞ」
お兄さんが自分の胸の前で空想のボインを触る。
「いえ、本当に結構です」
俺はお姉さんとペアになる確率が半分以下だと計算し、誘いを振り切った。
「最初は誰から行く?」
隣からしてくる楽しそうな声を聞きながら俺は火の始末をして、カンテラつけっぱなしのテントで横になった。
「うわぁ!」
飛び起きた。凄い怖い夢を見た気がする。今のは病院か?
さいわい電池の持ちが良いようで、カンテラはテントの中をまだ照らしてくれていた。
「おい、起きてるか?」
隣のお兄さんの声がした。
「はい?」
俺はスマホの時計を確認した。午前二時。丑三つ時だ。
こんな時間になんだよ。俺は首をかしげながらテント入り口のチャックを開ける。
「雷が聞こえるんだよ。近づいてくる。僕らは病院に避難するけど、君もこないか」
お兄さんが焦った様子で早口で喋る。
空を見れば星がどんどんと雲に隠されていく。
「ありがとうございます。行きます」
俺はスマホと財布がポケットにあるのを確認してカンテラを手に取った。
間一髪だった。廃病院の裏口から中に入った瞬間、ドオッと音をたててバケツをひっくり返したような雨が降ってきた。
ピカッと光ってすぐにドンと雷の音が腹に響く。
「凄い雨ね」
俺の隣にお姉さんがきて、ガラスのない扉の窓から外の様子をうかがう。
「こりゃ、朝まで降りそうだな」
お兄さんが後ろから声をかけてくる。
「俺ら寝るわ。奥に窓のない部屋あったろ。あそこにいるから」
他の三人は奥に行ってしまった。
「君はどうする?」
避難に誘ってくれたお兄さんが俺の顔を覗き込む。
「俺、怖いの苦手で」
ここに残ると言ったらお兄さんとお姉さんは一緒に残ってくれた。
靴でゴミをよけた壁際に座りながら朝までとりとめのない話をする。
「オーイ。起きろ」
何時の間にか寝てたらしい。なんかつやつやした二人に起こされて俺達は目を醒ました。
隣ではお兄さんとお姉さんが互いにもたれ掛かって寝ていた。
「なんだ? 良い雰囲気だな」
つやつやした野郎二人にからかわれたお兄さんを援護しながら、俺達は自分のテントに戻った。
先に戻っていたもう一人のお姉さんと合流した俺達は、テントや焚き火の残りカスを片付けて、物足りない朝飯を食べ駅で別れた。
キャンプは一期一会。縁があればまた会えるだろう。
グーグーなる腹をさすりながら家に帰った。
≪≪≪
「お帰りなさい。すぐお昼にするから、ちゃんと手を洗うのよ」
今回も無事に帰ってきた。
ほっとしながら私は素麺を茹でる準備を始める。
昼は簡単な物で良いわね。
手抜きの昼食は足りるはずのめんつゆが無くなって、私は息子達に文句を言われた。