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腹部に激痛が走った。
奥さんの両手に持った包丁が、俺の腹に突き刺さってる。
「な、何故?」
俺は混乱した。
「声が…」
奥さんが言った。
俺の顔のそばに彼女の顔があるから、よく聞こえる。
「声が学生の頃から変わってなくて…『声が素敵だよ』って先生が、よく言ってくれました」
奥さんが綺麗な声で続けた。
「最初は怖かったんです。自分が自分でなくなってしまう気がして。先生に『君には、この格好が似合う』って言われて…とても恥ずかしかったけど…自分の中で何かが変わって…どんどん心が解放されて…初めて先生に抱かれたときも、とても気持ち良くて、天国に居るみたいでした」
何を言ってるんだ?
「そこからは、もう先生に夢中でした。毎日、『君は誰よりも美しい』って言ってくれて、かわいがってもらえて…生まれて初めて自分が好きになれたんです」
俺は奥さんを自分から引き離そうとした。
が、身体が思い通りに動かない。
「なのに先生は、突然、冷たくなって…僕じゃなく奥さんを選ぶって言い出して…」
な…。
すると君は…。
「それで今日は、どうしても先生の本心が訊きたくて…先生が『好き』って言ってくれた格好で、ここに来て…」
じわじわと広がる出血で、下半身に力が入らなくなった俺は両膝をついた。
もう、奥さんではないと分かった、彼の胸の辺りに俺の顔がある。
「話し合いでも先生は味方してくれなくて…奥さんが僕のことを『気持ち悪い』って…その言葉で目の前が真っ暗になって…気づいたら2人を…」
じゃあ、宗方先生と奥さんは、もう…。
俺は完全に床に転がった。
意識が混濁していくのにもかかわらず、俺にはひとつの疑問が浮かんだ。
「き…君は何故…逃げないんだ?」
彼は下から見上げる俺の顔を見返した。
そして、こう答えた。
「探す時間が欲しくて。画が…画が見つからないんです。先生が僕を描いてくれた画が。『綺麗だよ』、『愛してるよ』って褒めながら描いてくれた画がっ! もう先生は居ないからっ!! どうしても…1枚でいいから画を持って帰らないと! 先生の形見だからっ!!」
泣きじゃくり、まくしたてる彼の美しい顔を見ながら、俺の意識は完全に無くなった。
おわり
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
大感謝です。
怖く仕上がったと思います。←手前味噌(笑)




