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宗方先生は地下のアトリエで創作活動中ということで、一旦、リビングに案内された。
俺はソファーに座った。
「すみません、主人は一度、画を描きだすと他のことは手につかなくて。名前を呼ばれるのも嫌うのです」
芸術家とはそういうものか。
これは思ってたより、時間がかかるかもしれないな。
「今、お茶を出しますね」
「いえいえ、お構い無く」
俺は答えた。
それにしても、若くて綺麗な奥さんだな。
背が高くて痩せてる。
ショートヘアが似合ってる。
まるでモデルだ。
先生は確か50代だから…上手くやったもんだ。
奥さんはオープンキッチンで、何やら、棚を何回も開けたり閉めたりしてる。
「あ。すみません。私、すぐに物が、どこにあるのか忘れてしまって。主人にも、よく怒られるんです。ジュースでよろしいですか?」
「はい。ありがとうございます」
奥さんは冷蔵庫からオレンジジュースを手に取ると、コップに注いで、俺の前のテーブルに置いた。
奥さんが、俺の対面側のソファーに座る。
奥さんの後ろに、いくつかの写真立てが見えた。
おかしなことに、全て向こうを向いてる。
「あ」
奥さんが俺の視線に気付く。
「すみません。実は2年前に息子を事故で…それでまだ、気持ちの整理がつかなくて…」
奥さんの顔が曇った。
「それは、おつらかったですね。こちらこそ、思い出させてしまって済みません」
俺は頭を下げた。
「それで…今日は、どういったご用件でこちらへ?」
奥さんが訊いた。
不安げだ。
本来なら依頼者以外には、こういう話はしてはならない。
けど、まあ、俺はプロではない。
報酬も貰わないし、今回も普段、世話になっている知人から「宗方先生の力になってくれ」と頼まれたから、ここに来たのだ。
いきなり現れた、怪しげな中年男に不安を感じてる、若く美しい女性を安心させてやっても別にバチは当たらないだろう。
「実は宗方先生が、ある人物に、つきまとわれてるそうでして。私は、それに対処するために、ここに来たのです」
「つきまとわれてる? 誰にですか?」
俺に対する不信感は和らいだが、今度は別の不安が奥さんの瞳に怯えとして現れた。
無理もない。
普通の人は、こういったことに慣れてない。




