1-1.第一戦 ビーム上空にて
薄暗い地下の酒場で男が一人、
ブラウンの液体の入ったグラスを傾けている。
そこに勢いよく扉を開けて、
一人の少女が駆け込んできた。
「また、空爆だよ!!」
「場所は?敵の数は?」
「敵は爆撃型フィコ6機、警戒型フィコ2機、
場所はビームって街、あそこはまだ防衛地殻が
ないから、はやく助けないと!」
「おお、ばーさんを叩き起こしてきてくれ!
カウンターで出るぞ。」
「うん、わかった!」
私は薄暗い廊下を走り、工房のドアを開ける。
小さな作業ライトの置かれた机に突っ伏して、
作業服姿の老人が眠りこけている。
「おばーちゃん、起きて!
出撃だよ、カウンター用意してほしいの。」
「あー、こんな時間に爆撃かい?まったく
ネオの連中も暇を持て余しとるんだね。」
老婆は大きくあくびをすると、
勢いよく立ち上がり、工具箱を抱えて
工房の奥に消えた。
ネオ、、旧晴朗教、、
私が世界で一番憎い相手だ。
私の名前はユカ、オルト第七区画の貧困街で
生まれた。
父は隣国との戦争で、爆弾に吹き飛ばされて
亡くなった。
帝国には死者は空に帰ると考える習慣があり、
戦争で亡くなったことを知らせるために軍が
家族のもとに送る淡い青色の紐のことを、
空糸と呼んでいる。
あの日、とても背の高い軍服姿の男が沈鬱な
表情を浮かべて、母にフィコナムを渡していた。
泣き崩れる母の後ろ姿が今でも頭から離れない。
あれから5年、世界は急激に変わった。
晴朗教のフィコケープの発見にはじまり、
フィコケープに残された古代の英知を悪用した
地上への攻撃が始まるまで時間はかからなかった。
雨のように降り注ぐ爆撃と0式フィコと呼ばれる
古代の戦闘用飛行装置による人類側フィコの壊滅、
帝国、隣国の戦争は一年とかからずに終わった。
だが、戦争が終わっても平和はこなかった。
始まったのは、晴朗教の支配する空の人類(ネオ軍)と地上に残された地上軍と呼ばれる
私たちのような人間との戦いだ。
「ユカ、出るぞ。」
少し物思いに耽る私の肩をポンと叩いて、
相棒のグレンが脇を通り過ぎる。
「なんかお酒臭くない?どれだけ飲んだの?」
「いつもの安酒を1本だけだぜ?」
「あのウシュケボとかいうきついの?」
「ああ、だが安心しろ。
多少酔っててもネオの機体程度なら
パッと落とせるからよ、ガハハ。」
「期待してるよ。と言いつつ、
撃ち落とすのは私だけどね。」
私たちが乗る機体はカウンターフィコ2型と
呼ばれる対0式フィコ用に地上軍が開発したもので、操舵を担当するメインパイロット、
敵を射撃するガンナーの2人で操縦する。
常に物資不足に悩まされる地上軍として
保有する機体は数十機程度だが、
ネオに対抗できる貴重な戦力だ。
重い鉄の扉が開く。
「ほら、あんたら。さっさと乗っちゃいな。
出すよ。」
「ばーちゃん、相変わらず元気だなぁ。
ガッハッハ。」
「無駄口たたいてないで、さっさといきな。
撃墜されたら骨ぐらい拾ってやるよ。」
「墓の造形はそんなこだわらんから、
供え物にはウシュケボを頼むわ、ばーさん。」
「もう、、。」
ばーちゃんことウメさんは、神聖帝国軍の
機械部隊に所属していた腕利きの女性で、
同部隊出身のグレンとは仲が良い。
「射出部クリア、発進!!」
私はいつも通りガンナー席に着くと、
グレンと視線を交わし、発信の合図を送る。
カウンターの乗る射出機の台がゆっくりと
音を立てて立ち上がる。
カウンターはネオに悟られないようにゆっくりと、
昔の役所を改造した建物から発信する。
フィコの特徴として、静止状態から対空状態までは
流動制御機構を応用して飛行する。
シンプルに空気の流れをコントロールして、
滞空状態に移行する機構だ。
流動制御を行うためのある程度のスペースが
あれば良いので、ネオ軍は地上の特徴だけでは
地上軍の基地を発見できない。
この点は地上軍にとって大きな強みだった。
「今日は空気が重いね、グレン。」
「ああ、やつらおれらのフィコに小回りで
負けないように重力剤を巻きやがったな。」
「嫌なやつらだね。ほんと。」
「ネオなんてそんなもんさ。おっ、
お客さんが来たぞ、いつも通り頼むな。」
前方からネオの警戒型フィコ(鈍重な爆撃型を
援護する小型の機体)が高速で飛んでくる。
私はガンナー席に設置された魔道機銃を構える。
カウンターは一度ピッチを上げたかと思うと、
流動エンジンをふかして、空高く上昇する。
敵は魔道機銃で攻撃してくるが、
グレンは機体を躍らせて攻撃をかわす。
重力剤を巻かれても彼の腕であれば、
まったく問題がない。
私は照準器で相手の機体を捉える。
「ターゲットロックオン、発射!!」
弾丸を打ち出す際の衝撃が体に伝わる。
ビリビリと体の芯が揺らされ、
少しめまいがする。
魔道機銃は火薬を使わず、術者の魔力を
消費して弾丸を打ち出す機構のため、
ダメージもそこそこあるわけだ。
「外れちまったな、後ろつけるか?」
「お願い!」
機体は目玉焼きでもひっくり返すような
動作でバッと敵機の後ろに着く。
地上軍のポリシーは昔から一貫して、
『可能なら生け捕り』だ。
私は敵機を照準に収め、ゆっくりと
引き金を引こうとした。
そのとき、グレンは機体を急旋回させた。
「ちょっと、グレン!!」
「ユカ!ダメだ、もう一機きた。
うちの方は一機やられたみたいだ。
挟まれるぞ!!」
東方の路上に味方の機体の残骸が見える。
私はいらだちを隠さず、敵のフィコを
ロックオンする。
なぜ?
私たちは相手を殺さないように戦ってるのに、
あいつらは平気で地上側の人間を殺すの?
そんなの理不尽だ!
どう考えてもおかしい!!
そんないらだちが照準器をずらしたのか、
直前に敵機から発射された魔弾が翼を
かすめたからかはわからない。
ただ、私の放った魔弾は敵のパイロット席を
目掛けてまっすぐに飛び、相手は被弾した。
世界がまだ平和だった頃に見た花火のように
鮮やかな鮮紅色を放ち、敵機は爆散した。
「そ、そんな、私、ちゃんと翼を狙ったのに。。。」
「ユカ!!ぼけっとするな!まだ一機残ってる!!」
味方の機体が粉々に砕けちり、地上へ
落下するのを眺めながら何を思うのか?
ネオの警戒機は私たちを撃ち落そうと、
魔弾を連射する。数発が機体をかすめる中、
グレンは機体を回転させ、また敵の後ろを取る。
焦った敵は、右へ左へなんとか照準を外そう
ともがく。
しかし、私は自分に言い聞かせる。
『戦争がこうさせた。私は悪くない。』
そして、震える指で引き金を引いた。