気がついたら異世界で孤児院らしきものをしている自分がいた。
フィクションです。
気がついたら異世界で孤児院らしきものをしている自分がいた。
唐突で申し訳ないがほとんど流されるままにいたらこうなってしまっていたんだ。
誰に言い訳をしているのか華子自身もわからないが。
小林華子、25歳にして故郷からいわゆる神隠しというものにあって、知らない世界に降り立った。現在45歳独身のおばさん、育て上げた子どもは数知れず。最近の悩みは腰痛である。
初めは見知らぬ場所にいることに混乱をした。
「あれ? ニンゲン? こんなところにどうしたの? 迷った?」
「え、ええとたぶん迷子です?」
「そうかそうか。大変だなあ。そうだ! じゃあ大変そうなニンゲンにはなにかあげよう。何か欲しいものはある?」
「ええとなにがあるのですか?」
「そうだなあボクがあげれるものといえば、うーん。考えるのめんどうになってきたな。どれ、ニンゲンの考えを読み取ってあげよう」
「考えを読み取る?」
「ふむふむ。よぉくわかった。ニンゲン、君は頼れる相談相手と飲み物と食べ物と自宅が欲しいんだな。それならあげられるよ。ほら、この先を少し行ってごらん。美しい池のそばにニンゲンの望むものが待っているよ」
「はあ」
「足元には気をつけてね」
「はあ」
人語を操る奇妙な二足歩行のウサギであった。
ここはかの有名な有栖的御伽噺世界かと錯覚を起こしそうな光景であった。とりあえずウサギの云うようにその池とやらに向かって進んだ。
途中木の根につまずいて転びそうになったのはナイショだ。
美しい池の横には家があった。
しかも華子の実家の二階建て一軒家と瓜二つのものだ。
入ってみれば内装も実家と同じであった。靴を脱いで上がれば、家具もそっくりそのままである。冷蔵庫を開けてみれば食材がぎっしりと入っている。蛇口をひねれば飲んでも問題がなさそうな水が出てくる。
「お母さんおかえり!」
幻聴が聞こえる。
「お母さん? 僕だよ? 息子の太郎だよ?」
目の前には弟の子ども時代に似ている小学生程度の男の子がいた。どうやら幻覚も見えているようだ。
「現実逃避はそろそろいいんじゃない? お母さん」
「いや、私は結婚さえしていないし、絶賛彼氏いない期間だったし、結婚願望ないけど子育てはやってみたいとは思ってただけだし」
「はいはいお母さん、僕はね、さっきお母さんが出会った『幸運の運び屋』のプレゼントのひとつなんだよ。お母さんはあのときこの状況を説明してその後の生活なんかも相談できる人と会いたいと思ったよね。さらに昔から自分の子どもが欲しいと希望してたよね。だから、ハイ! 僕が来ました」
「はあ」
「もう一度名乗るけど、小林華子の息子の小林太郎、七歳です」
「はあ」
「さあ、初めに家の中を見て回ろうよ。気に入らないところがあればお母さんの希望通りに直すことができるよ」
ということで、華子は息子の太郎と一緒にお風呂を銭湯のような立派で広いものにした。一瞬光ったかと思えば華子の思い通りの形になる風呂を見て子どものようにはしゃいでしまった。ああ、息子の前なのにお恥ずかしい。はしゃぎすぎて転びかけたのもばっちり見られてしまった。
「お母さんは神隠しにあってコチラに来てしまったらしいんだけど、この世界でなにをしたい?」
「ええ……なにをしたいか訊かれてもなあ。さっきから思っていたけど展開が急ピッチすぎじゃあないかな」
「そうかな? じゃあまずはスローライフでもしてみる? この森の中であればお母さんは『幸運の運び屋』に力を貸してもらっていろいろなことができるからね」
「その、あのウサギさんのことだよね? どうしてプレゼントをくれた上に力を貸してくれるのかわかる?」
「もちろんそれはお母さんのことが気に入ったからだよ。『運び屋』たちは基本的に無差別に生き物になにかを運んでくるからね。それでもこんなにいろいろとくれるのはその生き物が気に入ったときだけだよ。お母さんはすごいなあ」
「ふーん。その『運び屋』ってなんだろう?」
「えー説明がめんどうだなあ。うーんと、あれだあれ、精霊? とか妖精? とかそんな感じかなあ」
「そうなんだあ」
「そうなんだよ」
太郎のめんどうくさがりは『幸運の運び屋』というウサギのものではなく、私譲りらしい。なるほどなあ。
そんなこんなで息子の勧め通りにスローライフをしてみた。ぶっちゃけ楽しい。
食糧も水も勝手に補充されるから無理に狩りや畑なんてものをやらなくて良い。暇つぶしに家庭菜園ぽいものは作ってみてはいるが。
電気もガスも使えるから料理も容易だ。
家具は私が把握しているものは出せるらしく、ふかふかの布団なんかも出し放題だ。服も同様に問題ない。
息子とも無事に打ち解けた。この場所の物事や知識を私より知っているが、その他は少しませた七歳児の言動と変わらず、一緒に遊んで暮らしている。
故郷と同じような気候で過ごしやすい。植生もあまり変わらなさそうだ。
家にひきこもっていても暮らせるが、外に出ても特に問題はない。
野生の動物はそこかしこに見られるし、池に水を飲みにくる動物も多いが、襲われたことはない。
熊が来たときはさすがにビビってつい転んでしまったが、太郎が言うように見向きもされなかった。
襲っても『幸運の運び屋』の守護によって防がれることが動物たちにはわかるそうだ。なので獲物や敵認定されず、私がなにかちょっかいを出そうとしなければ大丈夫らしい。
その生活に慣れてきて数ヶ月経ったある朝、掃除をしようと玄関を開けたら、そこには赤ん坊が置いてあった。
「はて? これは私の第二子だったりするのかな?」
ウンウン唸っていると、太郎がきてくれた。
うちの息子は天使だな。
「お母さんどうしたの? それは? ……赤ちゃんだね。誰かが置いていったのかなあ」
「誰かが? 『運び屋』さんじゃなくて?」
「たぶんね、『運び屋』たちが関わっている可能性は大きいけど、おそらく、哀しいことに子どもを置いて行かざるを得ない事情があった人が、偶然にもココを通ったのだろうね。それで外見が立派なこの家の前に置いていけばなんとかしてくれるかもしれないと、一縷の望みをかけて置いていったのかも」
「はあ。どうしようか」
「お母さんが良ければ育ててみたら?」
「でも乳飲み子はさすがに育てられる自信がないよ」
「僕がついているから大丈夫だよ。それにお母さんなら育児書や液体ミルクを出せるし、何の心配もいらないよ」
「はあ、そうねえ」
「他の選択肢もあるよ。半日歩けば実は人里まで辿り着けるから、赤子を望む誰かに託すことができる。人里には孤児院もある。おススメはしないけど置いていった実の親を探す旅に出ることもできる。探し出すまでは僕らで面倒をみながら大変な旅を続けることになるし、実の親が存在するかもわからないし、置いていった人が赤ちゃんを育てられる状況にない可能性が高いけれども」
見捨てることはさすがに私ではできかねるので、実質二択だった。自分で育てるか、人里まで連れて行き知らぬ誰かに託すか。
「数日育ててみてムリそうだったら人里に行くという手もある」
「ああ、じゃあ私が育てられるところまで育てたい」
「おお! よく言ったさすが僕のお母さんだ。僕もせいいっぱいがんばるから一緒に育てようね」
「がんばります」
そこからは子育てに奮闘する日々が始まった。
赤ちゃんは女の子であった。名前は明子にした。
よく笑いよく泣きよく寝てよく食べる子であった。
育児書と睨めっこをしながら、がんばった。睡眠を削って夜泣きと闘い、ミルクを人肌に温めるのもゲップを促すのもオムツを交換するのも上手くなった。
それもこれもかわいい息子が助言をしてくれて支えてくれたからやり遂げられた。
明子はスクスクと育ち、ハイハイを始めたかと思えばすぐに二足立ちを覚え、「んま」や「てぁ」などと華子と太郎を呼び、あれやこれや言葉を覚え、気がつけば世界を見たいと言って巣立っていた。
「いや、早すぎでしょう」
「えー、別にいいじゃないか。僕とお母さんが会ってから二十年も経ったし」
「まあいいけどさ。ところでどうして私は『ママ』をやってるのさ。どうしてこうなった」
「さあ? 性分が向いてたのかもね」
「そんな太郎はもう二十七歳くらいなのだけど世界に飛び出さなくていいの?」
「別に飛び出さないよ。自分から言っておいて涙目で睨まないでよ。僕はお母さんと一緒にいるって言っただろ」
「そう? 彼女さんとかは作らないの? お嫁さんが来てくれるなら大歓迎なのにな」
「ああそれなら近々解決するよ」
「へ?」
「まだナイショ」
「はあ」
この二十年間で巣立った子どもは二十人を超え、今現在うちにいる子どもは十人だ。多すぎるって? 華子もそう思う。
いつのまにか玄関に見知らぬ子どもがいたり、交流をするようになった近くの人里で孤児を拾ったりしていたら、こんなことになっていたのだ。
巣立った子は自立をしたり、良縁に引き取られたりと様々だ。
ちなみにこの世界の文明はだいたい江戸あたりらしい。普段着は着物だ。しかし話し言葉も書き言葉も文字も華子が使っていたものと大差ない。
やはり過去ではなく異世界らしく、ところどころに西洋かぶれの文化や発祥不明のものが混ざっているのも、華子にとっては逆に溶け込みやすかった。
ただしなぜか魔術技術という摩訶不思議なものが科学の代わりに台頭している。そこら辺はがんばって学びました。子どもに教えるためにも必要だったので。
多くの子どもを育てるにあたっての話だが、部屋は問題がない。華子がいつでも増築改築できるからだ。家の外装も近くの人里風のものに早々に変えてある。いささか大きさは桁違いであるが。
服は小さい頃から慣れておくのが良いだろうと、着物だ。構造がわかれば衣類も華子が出せる。
食糧も問題はないし、近年は家の裏に小さな畑を子どもたちと一緒に作っている。
池が近くなので新鮮なお魚には事欠かない。陸上の野生動物は狩ることができないがそれはしかたがない。
怪我や病気なんかはどうしようもないので人里まで背負っていき、医者にみせるしかない。幸いなことに取り返しのつかない怪我や病気になった子は未だいない。
人手不足は否めないが、明子のように乳飲み子から育てた子は少ない。拾うのは三から十歳くらいの子が多い。五歳くらいになれば年上の子がついていればほとんどは大丈夫だ。
子どもたちは皆いい子に育ち、子ども同士の仲も悪くない。喧嘩は日々起きるがそれがフツウというものだ。
子どもが多ければ多いほど大変なのが家事だ。料理や洗濯、お掃除など。時間がかかってもいいので子どもたちと手分けしてやっている。教育のほうも大変なのだが、人里から教科書のような冊子や本を華子の力で複製をして、さらにそこに華子なりの知識や太郎からの助言により、この世界においての高水準の教育ができる環境を整えた。普段は決まった時間に太郎が教師役をやって、各自わからないところは子ども同士で教え合ったり考えたりさせている。太郎は器用にも武術なんかもできるらしく、闘い方や武器の使い方なんかの稽古もしている。
才能がある子が多く、皆スクスクと育ち、自立や引き取られたりして巣立っていく。
『ママ』である華子はよく何もないところでも転ぶような天然が入ったよく笑う母親であり、『お兄ちゃん』である太郎は頭が良く華子を支える良い兄貴分である。
もちろん楽しいこと以上に大変なことも多い。子どもを育てるのは華子にとってままならないことが多くそのつどいらいらしたり泣いたりもしているが、一晩経てば切り替えて笑顔を見せる華子は立派な母であった。
「みんな良い子に育ってよかったなあ」
庭で子どもたちとかけっこをしながら華子はつくづく思う。
魔術技術ありのかけっこなので、様々な色の技が飛び交っている。
殺傷力のある魔術技術はほとんどないのでこうやって遊びにも使えるのだ。ほとんどと言ったが、直接的に傷をつけないだけで不運が重なって事故につながる場合があるので安全配慮は必要だ。
「ママー!!!!」
森のほうから元気な聞き覚えのある声が聞こえた。
子どもたちも何事かと注目する。
太郎がひとり苦笑している。
「ママ!! 会いたかった! 元気? ひさしぶり! ただいま!!」
弾丸のようになにか腕の中に飛び込んできた。転びかけたが飛び込んできたものによって支えられたため難を逃れる。
「明子?」
「そうよ! 明子よママ!」
「おかえりなさい明子! 元気だった? ママも太郎もみんなも元気だったよ。あらあら見ないうちに随分とべっぴんさんになったね」
「元気だったわ! ママも相変わらず美人よ!」
十六歳で世界を見るために巣立った子が帰ってきた。今は二十歳ちょいくらいだろう。すっかり垢抜けて帰ってきた我が子の姿に華子はウルっとした。歳なのか涙腺が緩いのだ。
「明子、おかえり」
「ただいま太郎兄さん!」
「知らない子もいるだろうから紹介するよ、うちの一番最初のお姉さんの明子だ」
「そして太郎兄さんのお嫁さんになる明子よ!」
「はあ……?!」
「お母さんがビックリしているだろう。明子はしかたがないなあ」
「太郎兄さんはまだ言ってなかったの? わたしが修行に出る前に結婚の約束をしてたのに!」
「明子が本当に約束通りに帰ってくるとは限らなかったし、お母さんを驚かさせたくてな」
「まあ! じゃあドッキリ大成功ね!」
「そうだな。そういうことでお母さん、念願のお嫁さんだぞ」
「はあ」
「「「ママー呆けてないで起きてー」」」
「はあ」
うちの子はとても良い子たちだ。
にぎやかで楽しい子育て異世界孤児院ライフはまだまだ続きそうだ。
おわり……続きが思いつかなかったとか、そんなことないですよ?